序章:温もりを忘れた青年が提督になるまで   作:影乃と月ノ神

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ちょっと時間軸戻します、そしてようやく「あの子」が再登場!


11:第三鎮守府に招かれて

 

「やあ、よく来てくれましたね。」

 

 話は一週間程(さかのぼ)

 

 突然舞い込んだ手紙に招かれて訪ねた、横須賀第三鎮守府、通称第三鎮守府のその応接室。案内に連れられ、立派な拵えのドアを叩いて中に入ると、以前スピーカー越しに聞いた物腰の柔らかな声の男性が出迎えた。開かれているのかわからない程細い目をさらに細めて、穏やかに微笑みかけてくる。

 

「わざわざ遠い所を急に呼び出して申し訳ない。」

「いえ、電車を使えばそれ程苦ではない距離ですから。」

「そうですか?自分この歳にしてあの駅まで歩くだけでもかなり厳しいものがありましてね、君のような若い人が羨ましい。」

 

 冗談めかして言うが、この男性はそこまで歳をくっているようには見えない。確かに、青年期とはとうに別れを告げて大人の余裕を身につけたといった印象の面立ちではあるが、中年と呼ぶには無理がある若々しさがあった。ざっと実年齢30代といったところだろうか。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、すみません少しだけ考え事を。」

 

 顔を観察していたと直接言うのは気が引ける。あまりそういった事に頓着しそうではないが、敬意を持って接することを忘れてはならない。

 

「あ、わかりましたよ。肩書きに似合わぬ顔をしていると思ったでしょう。」

「すみません、少しだけ…」

「構いませんよ、慣れっこですからね。士官学校時代はよく軟弱者といびられたものです。」

 

 出世して見返してやりましたけどね、と悪戯っぽく笑うのは彼のユーモア溢れる一面だろうか。どうもその笑顔の裏には、推しては量ることのできない多大なる闘争心の一端が見えるようでならない。だが、だからこそ武官には向かないであろう自分の地位を、ここまで高く盤石なものに築き上げることができたのだろう。

 

「おっといけない、自己紹介を忘れていましたね。僕はこの横須賀第三鎮守府の提督を名乗らせてもらってます、小鳥遊 織部(たかなし おりべ)です。君の名前は?」

天凪 紫(あまなぎ むらさき)です。よろしくお願いします、織部中将。」

「おっと、この妙ちきりんな名前を聞いて一発で覚えられたのは君が初めてですよ。」

 

 確かに、そうそう聞かないというかこの先の人生で同じ名前の人物には二度と遭うまいと断言できる希少性の高さだとは思うが、自分や茜と同じ『色』から取られた名前なのだろう。それを思えば不思議と親近感が湧いてくる。確か深緑に近い色で、織部焼という焼き物から名前をとった色だったはずだ。

 

 因みに、中将と判断したのは、彼の身につけている肩章の星の数を数えたからだ。第三鎮守府という高位の機関の提督であるなら、星二つであることを確認するだけで中将と判断してもまず間違いないだろう。

 

「妙ちきりんだなんて、苗字の方が馴染むような気もしますけど、十分魅力的な名前だと思います。」

「お世辞でもそう言ってもらえたのも初めてです。いやぁ嬉しいな、昔っから織兵衛(おりべえ)だのオリバーだの言われて、今でも部下達から名前で呼ばれたこと無いんですよ。」

 

 男なのに織姫とか言われたりもしましたねぇ、としみじみ思い出を語る中将。言っては悪いがそれはあまり呼ばれたくない。(男なのに「ゆかり」とか変なのと言われたことがある(むらさき)も、そこまで大差はない)

 

 そう言えば、玄関で応対した事務員の方や、ここまで案内してくれた人と言い、皆誰もが小鳥遊(たかなし)の方を呼称として使っていた。もしかすれば織部(おりべ)中将のことだ、部下にあだ名で呼ばれていてもそのままにしているのかもしれない。であるなら、小鳥遊(たかなし)の方に拘ったのには、客人の前で間違えて普段の呼称を使ってしまうのを防ぐ目的があったのだろう。

 

 急に話が変わってしまうが、そろそろ何故横須賀第三鎮守府という名前に「第三」が付くのかについて説明しよう。

 

 以前の騒動の時、紫含む虹明高校の生徒達が訪れたのは横須賀第四鎮守府の跡地、そして先述の通り今現在紫がいるのは横須賀第三鎮守府だ。

 

 何故三も四もあるのかと言われれば、それは現海軍が保有する兵力に理由がある。

 

 旧時代に起きた第二次世界大戦と呼ばれる人類史上最大の戦争、その当時の海軍の戦力と言えば言わずもがな全長が100m〜200mにも及ぶ艦艇であり、それだけ大きな船にはそれ相応の軍港が必要になる。しかし、現代において艦娘が新たに海軍の主力となると、そのような巨大な施設は必要とされない。寧ろ極端な話、下手な桟橋でさえもが彼女たちにとって港たりえる。

 

 また、スケールの縮小は、そのまま戦力が展開可能な範囲を大幅にカットダウンさせることになった。よって、爆発的な勢いで鎮守府や警備府、要港部と呼ばれる軍関連の施設が日本の沿岸部の至る所に建設されるようになったというわけである。

 

 横須賀第三鎮守府は、そうして建てられた多くの軍施設のうち、第一から第七まである横須賀鎮守府群に属している。別個に異なる名前を与えられず、数字を割り振られる形となったのは、建設計画の最中に便宜上の都合で区別されていた時の名残であるとか、誇りある横須賀鎮守府の名を継ぐのには、元のそれと比べ第一鎮守府の施設の規模があまりに小さ過ぎるので(しかしながら今現在、全国的に見てここほど巨大な施設はそうあったものではない)、その名の威光を維持するために複数継承させようという魂胆があったとか様々に言われている。

 

「ああそうだ、自分としたことがうっかりしていました。ささ、どうぞ掛けてください。今珈琲でも淹れさせます。」

 

 呼び鈴で呼び出されたのは、アッシュブロンドの髪をアップで束ねた、翡翠色の虹彩を引き立てるシンプルな銀縁眼鏡を掛けた女性だった。絶世の美女を冠しても全く遜色ない美貌と、日本ではなかなか見られない髪の色からして彼女もまた艦娘なのだろう。電も可愛らしい少女であったが、成る程海の戦乙女とは彼女のような人を指して使われるのだろう。目配せ一つで男のハートを鷲掴みしてしまいそうな程強烈な色香だ。

 

「どうぞ、お熱いので気をつけてくださいね。」

「わざわざすみせん、ええと…」

「練習巡洋艦香取です、どうぞお見知り置きを。」

 

 ふふふと朗らかに笑う彼女に、悲しい男の性で一瞬目を、否、目だけに留まらず心までもが奪われた。穏やかな笑みは営業用スマイルなのか、自然と出た笑みなのか、そんな些細なことなどどうでも良い、大きく見開かれた瞳が、自我を放っぽり出して彼女を視界に捉えることに没頭してしまっていた。

 

「私の顔に何か付いてますか?」

「あ、いいえ!香取さんお綺麗だなってただそれだけで…」

 

 余程見つめ続けてしまったのだろう、自らの不躾な振る舞いにようやっと気づき、慌ててかぶりを振る。なんという魅力だろう、まるで魔女の秘薬を振り掛けられたかのような誘引力。下手をすれば、危うくそのまま呼吸をすることさえ忘れそうだ。

 

「まあ、そんな風に褒められるのはいつぶりかしら!しかもこんなに若い男の人に褒められるなんて〜!」

 

こんな若い、と紫のことを言うが香取も織部同様そんなに年を重ねているようには見えない。織部は三十代と見積もったが、香取はおおよそ二十代半ばといったところか、いやもう少し若くとも全く驚きはない。

 

「紫君もなかなか見る目がありますね、自分もこんな素敵な女性と仕事ができることに殊の外幸せを感じているんですよ。」

「あらあら、そんなこと言って、いつもは鹿島にべったりではありませんか。」

「そんなことはないですよ!?あれは鹿島の方から…」

「契りを交わした仲ですから大目に見ていますけども、ちゃんと御自分でもそこはキチンと折り目をつけていただかないと。第一ですね…」

 

 まるで嫁がだらしない夫にするような説教が始まる。いや、契りを交わしたと香取が言っていたので、「まるで」ではなく本当にその通りなのかもしれない。見た目を裏切らない程度には女性に対して気が弱いらしい織部(おりべ)中将は、何も言い返せず項垂(うなだ)れるしかないようだ。

 

 公の場であることを全く感じさせない夫婦間の(一方的な)やりとりを、熱くてなかなか飲めないコーヒーを冷ましながら傍観していると、不意に応接室のドアが叩かれる音が聞こえた。

 

「失礼します、ここに香取姉ぇがいるって……あ、また提督さん怒られてる。香取姉ぇ、そのくらいにしておいたら?」

「あら鹿島、いいのよこのくらいがこの人には丁度良い薬になるから。」

「そ、そう?でも香取姉ぇ、今日はお客様がいらしてるんでしょう?」

 

 鹿島と呼ばれた女性の一言で、ハッと我に返る香取。すると、慌てた様子でこちらに頭を下げてきた。

 

「申し訳ありません!つい夢中になってしまって…」

「いえ、それは別に気にしてないですから。それより、妹さんが御用があるみたいですよ。」

「ええ!この人がお客さん!?」

 

 驚きの声をあげたのは鹿島だ。気づかれていなかったのか、はたまたこんな青二才が訪ねてくるとは予想だにしていなかったからなのか。いずれにせよ、急にそんな素っ頓狂な声を上げられてはこちらまで驚いてしまう。

 

 しかし、彼女の驚きに見開かれた目を見た瞬間、天から音速を超えて電子の奔流が舞い降りてきて、またもや脳が思考を放棄した。先の香取もそうだが、香取を「姉ぇ」を付けて呼ぶ妹らしい彼女もまたとんでもない美貌の持ち主だ。香取よりかは少しばかり大人的魅力に欠けた印象があるが、そのあどけなさのある顔にはそれを補って余るほど蠱惑的な若々しさというか、初々しさがあった。じっと見つめているだけで心臓が高鳴り、頭がぼうっとして視界がクラクラとしてくる。ふんわりとした癖のある銀髪を左右でまとめた髪型は小型犬のような愛嬌を醸し出し、丈に合い過ぎてピッタリとした制服が、肉体的魅力を隠すどころか妄想を掻き立てられて仕方のない非常に悩ましい曲線美を描いている。

 

 これ以上瞳を見つめてしまえば完全に惹き込まれて抜け出せなくなりそうな気さえして、どうにか意識の端っこに引っかかってた理性の力で首をひねり視線を外した。

 

「こら鹿島、お客様に失礼よ?」

「ああごめんなさい!気を悪くさせるつもりはなかったんです、ただお客様だって聞いてこんな若い人だとは思わなかったからつい…」

 

 こちらの機嫌を損ねたと勘違いしたのだろう。そうではない旨を上手いこと伝えられれば良かったが、こんな時に発揮される持ち前のコミュニケーション能力の低さはいっそ清々しい程に忌々しい。それ故に、息を絞るようにして出たセリフは酷く、完全に赤面モノだった。

 

「そ、そんなんじゃないので、謝らなくても大丈夫です……でも、あまり僕の事は見ないようにしてもらえますか…?鹿島さんが綺麗過ぎて、どうにかなってしまいそうで…」

 

 瞬間、部屋の音が凍った。暴走する心臓と頭を巡る血液の音がうるさく響く程に静まり返った応接室。口に出す言葉を盛大に間違えたと後悔するが、その静寂を破ったのは織部中将の失笑だった。

 

「くっくく…紫君、最高ですよそれ…」

「まあ…」

「そんなぁ、綺麗だから見つめるななんて、初めて言われました…」

「くっ、あはは…紫君も男ですねぇ、わかります、わかりますよ、鹿島は本当に素敵な人ですから…ふははっ!」

 

 どツボにはまって笑いが止まらない織部中将と、それをふくれっ面で(たしな)める香取、さらには顔を真っ赤にしながらも満更でもなさそうに照れる鹿島。一瞬にして部屋の空気が可笑しなものに変わってしまった。どうしたらこの場が収まるのか全く見当もつかない。

 

 中将の笑いを止めるのを諦めた香取は、一先ず失礼しますと言って鹿島共々部屋を出た。流石に紫の前では自制心が働いてくれるだろうという判断でも頭の中で下したのかもしれないが、当の本人は未だ笑い転げている。ツボが浅い上に笑い出したら止まらないという厄介な性分の持ち主らしい。

 

 七分程してようやく堪えられる程に収まってきたらしい中将、それをじっと待っていた紫の手の中のカップはとうに空になっていた。

 

「し、失礼、紫君…ふはっ、自分昔からこんなんでしてね、くひひっ……はぁー、はぁー、くくっ…」

「なんか、すみません…」

「いやいや、なかなか、面白いことを聞かせて、ふははっ、もらいましたよ……はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ…」

 

 笑いを押し殺すも息切れして喘息を発症したような呼吸音を鳴らす中将。言っては悪いが、その様には威厳も何も見受けられたものではない。

 

「そ、そうだ。電ちゃんは今どうしていますか?あれから彼女のことは何も聞いていないので、どうしているのか気になって。」

「電ですか…?ああ!そうだそのことを話そうと思ってお招きしたのでした。改めてお礼を言わせてください。君のおかげで電を失わずに済んだ。」

「いえ、助けられたのは僕らの方です、彼女のおかげで僕も含めて大勢の友達や先生方が救われた。」

「そうでしたか、単艦で勝手に艦隊を抜け出したと聞いた時はヒヤリとしましたが、彼女も頑張ってくれていたんですね。」

 

 ようやく笑いから解放されて、本来の目的を思い出したらしい中将。なんだか、初めから大体予想できていたことなのに、随分な遠回りをした気がする。

 

「……ですが、それに関しては謝罪をせねばなりません。」

「どうしてです?」

 

 先の砕けた態度から一転、神妙な表情で言葉を綴る中将。急変した態度に、紫も自然と背筋が正される思いになった。

 

「横四の…失礼、旧横須賀第四鎮守府跡地周辺の海域の警備は、当日我々が請け負っていたのです。しかし、途中監視していたはずの敵艦隊を見失ってしまったとの報告がありましてね、指揮を執っていたうちの副司令が一時持ち場を離れて、それに関して私に指示を求めてきたのです。ですが、私に通信が入る前に襲撃が始まってしまい、恥ずかしい話ですが副司令は一足先に逃げ出してしまったのです。」

 

 ギリリと歯を噛みしめる中将、彼の思うところは少しわかった。身内の人間が自分可愛さ故に、刈り取られようとする若い命を顧みることなく我先に逃げたというのは、彼に耐え難い屈辱と怒り、同時に志す所を違えた悲しみをももたらしたのだろう。

 

「ええと…では、警備に当たっていた艦娘の方々は?あの時一体どこへ?」

「……思いの外、君は冷静な人なんですね。」

「過ぎたことと言えば、僕は貴方の目には無情な人間に見えるでしょうか。」

「いや、軍人とは言え自分も人の子だ、指をさされて糾弾されながら贖罪をせねばならないのは承知していますが…やはりそうして責められるのは辛いものがありますよ……」

 

 余程、気に病んでいるのだろう。自分が一言気にするなというのは簡単だが、死んだクラスメイトや遺された遺族達、それに何より中将自身が許せるのかと言えばそれは別の問題だ。

 

「言い訳になりますが……あの時派遣していた艦娘達は、監視していた敵艦隊をロストした直後に、別の部隊と遭遇しましてね、それも奇襲だったと言います。それの対応で手一杯で皆さんの応援に駆けつけることができなかった……彼女達に非はありません。慢心した自分の責任だ。確たる証拠も上がっていないのに、良く良く見返せばザルだった調査の結果を鵜呑みにして、甘く見ていました。」

 

 申し訳ないと頭を下げる中将、だが紫はそれに対し何も答えてやれない。ここへ来たのは大切な者達を喪った人々の代理としてではないし、この場で紫が許すと言ったところで、単なる一個人の言葉に過ぎない。無情にも愛する息子娘、友人や恋人を奪われた者達の悲しみと怒りは長い時間を経ることでしか薄れゆくことはない。

 

 また紫自身、無二の親友を失い、人間であった天凪 紫(あまなぎ むらさき)を失った日でもある。それが防ぎ得た結果であるなら、納得などいくはずがない。

 

 しかしながら、結果として起こってしまった。未来が見ることも聞くことも許されないように、事実としての過去には誰も干渉できない。また、世にはどうしようもないという言葉がある。いくら織部中将、その部下や艦娘達が有能であろうと、不意の事態や処理能力を大幅に超えた懸案に直面した際には、どれだけプロとしての気高い意識、または譲れないものがあったとて、どうしようもないというのは起こり得てしまう。

 

 故に許そう、そう彼は思った。納得はいかないが、かと言って許されるべき日はいつかやって来る。早いなら、それに越したことはないだろう。

 

 ありのままの気持ちを余すところなく伝えると、中将は子供に許される自分が情けないと漏らした。確かに情けなくはある、彼の立場と背負わされた物を考えれば、そんな柔な言葉では済まされない程だ。

 

「でもこれでまた一歩、情けなくない男に近づいた。」

「はは、君には敵いませんね。」

 

 子供なのによく聞き分けられると、彼は紫の事を評価した。この歳にもなって聞き分けのないというのもまた変な話である。だが、改めて自分の周りに起きた悲劇の数々を考えてみれば成る程、大人であってもなかなか聞き分けられたものではない。

 

 それは単に自分が無情だからか、酷く消極的すぎる性分に端を発するのか、いずれにせよ褒められた事ではなさそうだ。

 

「君のような人材も、恐らくは今後必要とされてしまうのかもしれないですね。」

「必要?僕が軍にですか?」

「他人の誤ちを前にしても、それを責めるではなく冷静に受け止めて許してしまう。これは、どんな相手のことも(おもんばか)ることができる深い愛があるからです。彼女達も、君の元でなら喜んでその力を振るうでしょう。」

 

 彼女達というのは、艦娘達のことを指しているのだろう。解釈の仕方によっては勧誘ともとれる発言だが、まだ学生の身である自分にそのような事を普通言うだろうか。確かに、年度の終わりには受験を控えいて、将来のことに対する見通しを立てておかなくてはならない時期であることに違いは無い。しかし、紫にはそれがお門違いな発言にしか思えなかった。

 

 そして、紫に深い愛があると彼は言ったが、それは事実だろうか。もし自分に中将が言うような深い愛があるとすれば、そんな人間が無二の親友に対してあのような事を口にしたりするだろうか。巻き込みたくなかったと如何にもそれらしく響く偽善めいた優しさを隠れ蓑に、彼女を、その愛するものを貶めることが本当に愛のある者のすることだろうか。

 

「どうかしましたか?どこか体調でも優れませんか?」

「いえ、大丈夫です。お気を遣ってくださってくれてありがとうございます…」

 

 部屋の空気がどこかドロリとした質感をもってして両肩を上から圧迫するような気分の中で彼の言葉について考えていると、淀んだ空気が不意に開け放たれたドアにかき混ぜられた。

 

「しれいかーん!お客さんが来るって本当?」

 

 なりふり構わず飛び込んで来たのは、癖のある茶髪をボブカットにした、ハツラツとした笑顔に光る八重歯が眩しい少女だ。しかしながら、その見覚えのある顔は、同時に思い出した名前もよく似通った少女と頭の中でゴチャゴチャになって判別ができなくなってしまう。

 

(いかづち)ちゃん、ノックもしないで入ったらダメなのです。」

「オリバー司令官だから平気よ!それよりお客さんは…あ!この間のお兄さん!いらっしゃい!」

「や、やあ……ええと、雷電ちゃん」

『名前をまとめないで(なのです)!!』

 

 見事に怒られてしまった(まあ、そうなるな)

 

 そのやり取りを見た織部中将がまたツボにハマる。ウケを狙ってやっているわけではないのだが、お気に召されてしまったらしい。というか、よく思い返してみれば先に入って来た少女は雷と呼ばれていたではないか。一体どうして、違いがわからないと頭の中で言い訳した上で、苦肉の策など用いたのだろう。自分の未だ足りない思慮の浅さを悔いる。

 

 取り敢えずは、目下機嫌を損ねてしまったらしい二人に必死に謝る。雷はともかく、(いなづま)はかなりショックを受けてしまったことだろう。短い間とは言え、共に死線を潜った仲だ。

 

「まあいいわ、許してあげる。ね、電も許してあげるわよね?」

「雷ちゃんがそういうなら、電も許してあげるのです。」

「面目ない…」

 

 もう時期大人になることを強要される年齢になる男が、見た目小学校低学年程の背丈しかない少女達に膝詰めで謝り倒し、そんな哀れな男を少女達が慈悲の心で赦す。そんな光景が堪らなく可笑しかったのだろう、織部中将の笑い声がヒートアップする。

 

「司令官、あんまり笑い過ぎると死んじゃうのよ?」

「だ、だって…えへへへ、三人がははははは!可笑しくて可笑しくてへへへへへ!」

「お客さんの前で、あ、あんまり笑っちゃ、ダメなのです!!」

 

 落ち着かせようと声をかける雷を他所に、電がどこからか取り出しのか銀色の、先端が黒く塗られたバットのような筒を手にしている。紫の知識が間違っていないのであれば、それは確か魚雷だ。見た目か弱い大人しそうな少女が、笑いを止めるために上官に雷撃をお見舞いしようというのである。

 

「あははっ、あはっ、い、電…それ…くひひひっ」

「いい加減にしないと、こうなのです!」

「あは、あはっ!やめ!やめて!ストップストップ!もう笑わないからやめてください!!」

 

 振り下ろされる破壊の筒を、中将が血相を変えて拒絶する。側から見ていた紫も、見てはおれぬと電の暴走を止めに駆け寄った。

 

「電ちゃん止めるんだ!もう織部中将は笑ってないって!」

「いつもそうやって笑ってばかり、偶にはお仕置きしないとダメなのです!」

「お仕置きの度合いがおかしいって!そんなことしたら中将が死んじゃうよ!」

「そうよ電止めなさい!」

「大丈夫なのです!この間瑞鶴さんに爆撃されても平気だったのです!」

「なんでそれで生きてるんですか!?」

 

 電の衝撃的な一言に、ツッコミの矛先が中将へと移る。危うく掴んだ魚雷を手放しそうだった。

 

「あれはただの挨拶みたいなものですからね。」

「なら魚雷の一本くらい平気なのです!」

「なんで余計に危ない方向へ持って行くんですか貴方は!?」

 

 折角こちらはフォローしようと必死になっているというのに、トスを真下に叩きつけて味方陣地にボールを入れようとするような言動にフォローし切れない紫。電を御すこともできずに、あわや中将の真上から魚雷の一撃が振り下ろされようとしたその時、どこからか落ち着いた声が彼女を止めた。

 

「電落ち着いて、君は恩人まで巻き込むつもりかい?」

 

 ハッとして声の主を探すと、眼下に雪のように白い髪を持った一人の少女が立っていた。

 

 背は電より少し高いが、紫からしたら十分小さいと思える背丈に、絹のような滑らかな白髪(はくはつ)。灰色がかった薄水色の目に、穏やかでどこか芯のある優しい声。おおよそ日本人ではなさそうな外見のその少女も、これまた前の騒動の時に出会ったことのある娘だ。

 

「やあ(ひびき)ちゃん、助かったよ。」

「ん、いらっしゃい。また会えて良かった……さ、その手に持った物騒な物を私に渡すんだ。」

「響ちゃん……」

 

 我に返ったように、姉の姿を見てしゅんと縮こまってしまった電。大人しく魚雷を響に手渡すと、ペコリと頭を下げて中将に謝った。

 

「悪いね、電は時折周りが見えなくことがあるんだ。」

「そ、そうなんだ…」

「今回は運良く助けられましたね、また肩章を作り直してもらわねばならないところでした。」

「あ、既にくらった経験がお有りでしたか…」

 

 何故生きているんだと問い質したい気分だが、まあその話は今は別に必要でもないだろう。目下、それよりも気になることがあった。

 

「ええと雷ちゃん、確かもう一人妹っていなかったっけ?藍色の髪の…」

「ブフォwww」

 

 すっかり冷めてしまったであろう、先ほど香取が淹れていったコーヒーを、飲もうとしていた中将がまたしても吹き出してしまう。一体今度は何事かと思うも、話を聞くところによれば紫の誤解が原因であるらしい。

 

「暁のことだね。でも紫さん、雷に電意外の妹はいないよ。」

「くっ、くはは…」

「暁が一番上のお姉ちゃんよ!!」

 

 開け放たれたドアの所に立って声高らかにそう言ったのは、紫が以前会った時からずっと三女だと誤解していたらしい少女、(あかつき)だった。

 

「ええええ!?」

「ええじゃないわよ!!正真正銘、私が特三型駆逐艦、暁型の一番艦でネームシップの暁よ!」

「雷ちゃんが長女だと思ってた…」

「ほら暁、私の方がお姉さんに見えるみたいよ?」

「だから暁の方がお姉さんなの!れでぃに向かって何なのよ!もう、失礼しちゃうわ!」

 

 ぷんすかと言ってむくれてしまう暁、それを見た中将の笑いは今や最高潮である。

 

「ごめん、別に暁ちゃんを子供っぽいって思ってた訳じゃないよ?ただ雷ちゃんは面倒見が良いなって思ってただけで…」

「それなら百歩譲って次女だとして、なんで三女になるのよ!」

 

 正直な話をすれば、暁のことを響や雷と比べて子供っぽいと思っていた。だが改めて見れば、響とそう大して変わらない雷と電より少し高い背丈と、艶やかな長い藍色の髪、凛とお澄ましした顔は、お姉さんと呼んでも差し支えなさそうである。だが滲み出る背伸びしてます感が、母性に溢れ面倒見の良い雷と比べた時に子供っぽさを際立たせてしまっており、初見で彼女が長女であることは見抜けなかった。(響が次女と判断したのは、落ち着いていながらも表情の変化の少なさからどこか掴み所の無い所があるのが理由だ。)

 

「ふふっ、暁、見事に、ふっふははは、言われてしまいましたね…あっははははは!」

「司令官も笑い過ぎなのよ!良い加減にしてちょうだい!」

 

 暁の言う通り、いくらなんでも笑い過ぎな気がする。よくぞこれだけ笑えるなと引いてしまう域だ。流石にどうにかならないかと考えたくなってきてしまった。まあ、このような人物と触れ合った経験など無いので、どうにかする術などわかろうはずもないが。

 

 響の放っておくのが一番だという助言に従い、主である中将を差し置いて勝手に談笑を始めることにした。少し鼻につく笑い声も、BGMだと思えば聞き流していられる。

 

「そう言えば、あれから体の調子はどう?」

「はい、ちゃんとドックで直してもらったので、もうすっかりいいのです。」

「改めてお礼を言わせてね、電を助けてくれてありがとう。」

「あ、それ暁が言おうとしてたのに!」

「電の面倒を見てるのはいつも私なんだから、私が言うのが正しいんじゃない?」

「一番上のお姉ちゃんが言うべきことなの!」

「まあまあ、暁ちゃんも雷ちゃんもケンカはダメなのです。」

 

 何だか、どこか懐かしいような、それでいて全く知らないような、そんな彼女達の素のやり取りは見ていて少し新鮮だった。思えば中学に入って以来、小学校低学年程の子供達と触れ合う機会は無かった。この慣れなくも心地良い賑やかさが、ここ数日、凍結してしまいそうだった心を融かしてくれるようにさえ感じる。守れて良かったと、心からそう感じた。

 

 しゃがんで彼女達と同じ目線になって、輪の端っこから会話の様子を眺めていると、不意に背中によじ登る者が現れた。

 

「ん、よいしょ…わあ、少し大きくなれたみたいだ。」

 

 響だ、ちょっと目を離したかと思えば、いつの間にか背後を取られたらしい。ほぼほぼ初対面だというのに、かなりフレンドリーな性格なのか、それともただ怖いもの知らずなのか。いずれにせよ人見知りの多そうな電とは違って随分と人懐っこいらしい。

 

「あ、ズルい!雷もおんぶしてもらいたい!」

「順番だよ、先に登ったんだから、今は響の番…ねえ紫さん、立って歩いてみてくれるかい?」

「あはは、いいよ。」

 

 いつの間にか順番制になっていることに苦笑しつつ、かと言って(やぶさ)かでもないので、全員が満足いくまで負ぶってあげることにした。

 

「おお…ハラショー」

 

 何語だろうか、耳慣れない文句だ。だが言葉少なくとも、今彼女を背から降ろせば浮足立ってしまう程には興奮しているのだろうなというのが、負ぶった感じでわかる。背に感じる温度がちょっと熱いような気もするが、子供の体温とは総じて高いものなのだろう。

 

「見てごらん暁、暁よりこんなに背が高くなってしまったよ。」

「おんぶしてもらってるからでしょ!私だって同じことしてもらったらそのくらい高くなるんだから!」

「なら、暁ちゃんも雷ちゃんの後で乗るかい?」

「え……べ、別に暁はいいわ。代わりに電をおんぶしてあげて…」

「遠慮はいらないよ?」

「遠慮なんてしてないわよ!子供扱いしないで!」

 

 そこまで言うならと、響が堪能したら雷、雷が堪能し終わったらその次は電と、取っ替え引っ替え暁抜きで負ぶってやる。すると、交代の度に暁が物欲しそうな目をするので、可笑しいやら何だか気の毒やら。終いには半泣きになりながら、満足して降ろしてもらう電を見ている姿に、流石にこれ以上は黙って見てはおけなくなってしまった。

 

「あ、暁ちゃん?僕なら構わないから、乗ってもいいよ?」

「いいの、私お姉ちゃんだから、そんなんじゃ立派なれでぃになんて、なれないから…」

 

 もう完全に涙声である。これは一体どうしたものか。子供に対する経験値の低さが疎ましく感じるが、つべこべ言っていられない。最も効果が見込めそうな言葉をソート、それを噛み砕いてわかりやすく伝えられるように文を構成していく。

 

「ええと暁ちゃん、君のそれはレディ?になるための我慢とはちょっと違うかな。」

「ふぇ…?」

「大人の女性だって、風邪をひいたりしたら自分で歩くのは大変だろう?そんな時、誰かにどこかに連れて行ってもらうにはどうしたらいいと思う?」

「……手をつなぐ?」

「うーん、確かにそれも正解…でも、立つのも難しい時はどうかな?」

「……おんぶ?」

「そう、その通り。暁ちゃん、大人の女性だっておんぶしてもらう時はあるんだよ。」

「で、でも、何ともないのにおんぶして欲しいって言うのは、子供っぽいじゃない。」

 

 甘かった、見た目小さいからと程度を低く見積もってしまった。あの時指摘されたように、自分には相手を低めに見てしまう傾向にあるらしい、反省反省。

 

「でも大人の女性だって、何ともないのにおんぶして欲しいってお願いする時はあると思うな。」

「例えば…?」

「そうだね…ちょっと疲れたな〜って時とか、好きな人に甘えたい時とかかな。僕だって、誰かにおんぶしてもらいたいな〜って時はあるよ?」

「っ!……本当?」

「勿論、ずっと大人でいることなんて、なかなか難しいことなんだ。」

「そ、そっか……そっか!」

 

 ようやっと、納得してくれたらしい。それならばと、彼女も負ぶってくれとせがんできた。なかなかどうして、小さなレディの扱いは難しいらしい。

 

「そう言えば、紫さんってけっこう冷んやりしてるのね。」

「…え?」

「確かに、あったかくはないですね…でも、冷たくて気持ち良かったのです。」

 

 驚きのあまり、咄嗟に自分の額に手を当てる。だが、手の平とあまり温度が変わらないためか、イマイチ良くわからなかった。同様に暁と電の言葉を怪訝に思ったらしい織部中将が、代わりに検温した。

 

「……確かに、紫君の体温は異常な程冷たい。酷い末端冷え性とか…いや、それにしてもこれはあり得ないな。」

「な、何で…」

「電、医務室に案内してあげてください。身内自慢になりますが、うちの軍医はかなりの腕だ。何かしらの診立ては出してくれるでしょう。」

「了解なのです、紫さん付いてきてくださいなのです。」

「う、うん…ありがとう。」

 

熱く感じる電の手のひら、これもやはり体が冷え切ってしまった所為なのかと思うと、戦慄する他なかった。

 

 

 




11話でありました、割と書きたい所だったので結構張り切っております。

キャラ紹介は……どうしようか
まあ大事なアレを忘れているますし、仕方ないのでやります

『ゆかりの鬼』
紫の刀、刃渡り70cmと長く打刀(うちがたな)と呼ばれるものと思われるが、発生原因、存在意義、そもそも何の変哲も無い刀に何故ヘンテコな意思が宿ったのかと全てが現在不明なので、考えるだけ無駄

ゆ「おい、仕方ないつった上に何だよそれ。」
作「だって謎キャラの秘密バラしたってつまらないやん。」
ゆ「そうだけどよぉ、もうちっといい所書くとかよぉ〜」
紫「言うだけ無駄だって、諦めなよ。」
ゆ「あ、前回誕生日書き忘れられていつ紹介しようか悩まれてるやつだ。」
紫「そうなの?」
作「紫のだけ忘れた〜。」
紫「もう、息子の誕生日くらい覚えてなよ。」
作「こんな大っきな子供僕は知らない。」
紫「はぁ…もう疲れてきた…」

まあこんな所で、また次回お楽しみに
(因みに、紫君は7/3、茜ちゃんは6/5です)



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