序章:温もりを忘れた青年が提督になるまで   作:影乃と月ノ神

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前回に続いて戦闘シーン、織部中将視点+紫君視点であります。


13:奮闘

 繰り返される電子音を聞いていると、次第に心臓の鼓動が早くなり、四肢が二、三日ベッドに括り付けられた後のようにうずうずしていくのがわかった。ただ不快感しかないそれを、しかし身じろぎ一つせずに圧し殺す。

 

【我慢なんかしてどうしたよ、居ても立っても居られないみたいだぜ?】

「僕に下された命令は待機だよ、軍属じゃない一般人とは言え、郷に入っては郷に従うべきだと、僕は思うけど。」

【そんなこと言って、本当は戦場に出たいんだろ?俺を振り回したくて堪らない。】

 

 これ見よがしに、意思と食い違う本能を刀が指摘してくる。事実、先程から胸が切なくなり、喉が酷く渇く、終いには動悸までもがせっついてきた。海を駆けたい、刀で風を薙ぎたい、硝煙の突くような臭いを、幾度となく爆ぜる火輪を、怪物供の断末魔を感じたい。そんな煩く野蛮な欲望の叫びが、喉元をせり上がってくる。理性で抑えつけようとすれば頭が痛みだし、息が苦しくなっていった。

 

(違う…僕は戦いたくなんてない…手の届く範囲で守れれば、それで…)

【無理すんのはあんまり体に良く無いぜ〜】

 

 刀の言葉に呼応するように、理性のくびきを逃れようとする心の疼きが強くなる。それと同時に、早く楽になってしまいたいと、自分の弱い部分が逃避を願い始める。心が、脳の制御下から一枚一枚花弁を散らすように離れていく。

 

 すっかり様変わりしてしまった醜悪な心の有り様に絶望する自分を、どこかそれを受け入れ始めた自分が塗り替えていく。否、絶望の念がどこか知らない虚空へと吸い出されていき、そこを元あった生物的本能に相応しくない感情が何事も無かったかのように埋め合わせていくのだ。

 

 やがて抗う力を失うと、途端に騒がしく感じていた胸中がシンと静まり返った。新たな主を歓迎しているかのような手のひら返しに内心呆れつつ、抜いた刀を一振りして戻す。哀しみを叫ぶ北風のように鳴った風切りの音は、最後の最後までみっともなく縋り付いていた弱い自分を無情に切り離した。

 

「…行こう」

【いよっ、待ってました!】

 

 茶化す刀の声を無視して、応接室を飛び出す。再び、呪われた我が身を戦場(いくさば)に投じる時がやってきた。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 突如として横須賀第三鎮守府に襲来した、五艦隊からなる総勢三十隻の深海棲艦との戦闘の火蓋がついに切って落とされた。しかし…

 

「これ程とは、見立てを誤ってしまったかもしれませんね…」

 

 端的に言って、状況は最悪だ。

 

 敵の対空防御力が想定の倍ほど高く、頼みにしていた基地航空隊がそのほとんどを撃墜され、また正規空母による先制攻撃も大した戦果を上げられなかった。第四艦隊による支援攻撃も、敵の数の多さに狙いが分散してしまい、一隻の撃沈も確認されていない。

 

 そうなれば、今度はこちらに気付いた敵の猛攻撃が始まる。水上艦だけの編成に加え、全体に対する空母の割合も低いことから、敵機による攻撃は然程脅威にはならない。しかし、前線に並んだ十二隻の軽巡洋艦、駆逐艦から放たれた数十本もの雷撃がこちらの連合艦隊をことごとく打ちのめし、結果第一艦隊は半数が大破、二隻が中破と壊滅、第二艦隊は大破一隻中破二隻と半壊状態になった。昼戦火力の低い第二艦隊が三十隻もの巨大な艦隊を相手に、第一艦隊の火力を補いながら戦うことなど出来るはずがない。すぐ様撤退を命じた織部だが、道中殿(しんがり)を務める艦娘達の被弾を矢継ぎ早に告げるオペレーターの声が、とてもではないが聞いていられなかった。ただ逃げろとしか言いようがない、己の非力を呪うしかできない、戦力が制約されていたとはいえそんな無念が心を押し潰していく。

 

「……避難状況は?」

「周辺にある住宅地の住民に関してはほぼ完了、最終確認を残すのみ。また、鎮守府内の人員に関しては、軍医科、技術科を残して非戦闘員は全員避難途中です。」

「退避を急がせてください、もう一刻の猶予もありません。大田大佐率いる防衛部隊は?」

「第四艦隊が合流完了、総員配置済みとのことです。」

「第一艦隊をやり過ごしたら迎撃を開始すると伝えてください、ドッグの使用状況は?」

「現在入渠中の艦はありません。」

高速修復材(バケツ)の用意、彼女達には申し訳ないが入渠が完了しだい再出撃をさせます。」

「破損した艤装は如何しますか?」

「予備の物を、無ければ姉妹艦の物を流用してください、多少なり窮屈でしょうが丸腰よりマシです。」

 

 潰れそうな心を、半分やけになって指示を飛ばすことで、無理矢理にでも奮い立たせる。だが奮い立たせたまま狂うのでは本末顛倒だ。指揮台に立っている時は、たとえ隣人が目の前で殺されようとも冷静でいろ、そんな無茶を教え込んだ恩師の顔が頭を過る。今になって思い返せば、本当に無茶だ。それこそ気が狂ってしまっているとしか言いようがない。

 

(けど、貴方が言いたかったのはそんなことじゃないですよね…?)

 

 気構えの話……だと思いたい。あれは自分にも他人にもすこぶる厳しい人だった。もしかしたらと、本気で言った線も否定できない。

 

「っ! 中将!!……」

「どうかしましたか!?」

「駆逐艦潮……轟沈です。」

 

 司令室の空気が凍りつく。それはそうだろう、第三鎮守府はここ数年轟沈した艦娘を全く出していない。なんの誇張でもなく0なのだ。しかも今回の作戦に駆り出した艦は全て精鋭のみ。それが沈められたというのは、その場にいた全員を唖然とさせるのに十分過ぎる衝撃だった。

 

「仲間を庇い、見事な最…っ!?」

「旗艦長門に告ぐ!今いる全ての仲間を母港へ帰投させよ!それ以外に関する全ての思念は捨て、全力をもって任務に当たるべし!!」

 

 お決まりの、死に様を美化する文句を、ヘッドセットを無理矢理引っ手繰ることで中断させ、感情のままに旗艦へ伝える。言うべきもない、重々理解しているであろうことをわざわざ伝えたのは、やはり自分が師の教えを守れない人間だからなのだろう。だがこんな時に、彼女達に声をかけないことがあろうか。言わなくとも変わらないかもしれないし、返ってプレッシャーを与えて逆効果を招くかもしれない。けれども意味はあるはずだ、自己満足だろうがなんだろうが、そこに意味があると信じるから叫ぶ。

 

 だが、想いは無情にも現実という名の鋏に麻布ように軽々と引き裂かれる。耐久力のない軽量級の艦が一隻、また一隻と沈んでいった。

 

「防衛部隊の射程圏内に入りました!」

「まだです…まだ撃ってはいけません…」

「瑞鶴航行不能!このままでは…!」

「まだです…私とて沈んでは欲しくない…でも、味方の弾に倒れることだけは絶対にあってはならないんです…」

 

 無論、今砲撃を始めれば敵の足を止められる上に、新たな脅威の出現を察知した敵の火力を分散させることができるだろう。このまま無闇に敵の砲火にさらすことは無論本望ではない、だが味方の弾で沈むなどという不名誉なことが、これ以上他にあるだろうか。

 

 あと少し、そう自分を励ましながら必死に逃げ帰ったかと思ったのに仲間に阻まれた。それはどれ程の絶望を、私怨を遺すだろうか。片や撃ってしまった方も、誤射とは言え共に戦ってきた仲間を撃ってしまったことに、どれだけの悲しみと自責の念を抱くことになるだろうか。いずれにせよ、双方ともに深い傷を負う。

 

「……っ、瑞鶴轟沈……」

 

 もう被害報告をする気力も湧かないだろう、優しく仲間想いで、作戦中の艦娘達のある種心の支えである彼は、彼女達からよく慕われている。そんな彼女達が次々と倒れる、自らに与えられた役目とは言えども、そのことを淡々と伝えなくてはならない。それが一体彼にとってどれだけ辛いことだろうか。

 

「第一艦隊旗艦長門より中将へ…」

「聞きましょう。」

「撃ってくれと、それだけ…」

 

 諦めた、というわけでは無いだろう。長門は律儀な人だ、今尚言い渡された使命を果たさんと尽力していることは想像に難くない。だがそれでも撃てと言うのは、こちらが彼女達のことを慮ってのことと悟ったからなのだ。ならば気遣い無用と、そう言ってきている。

 

「……大佐、聞こえますか?」

『聞こえてますよ中将、目の前に敵がいるってのに、あんたはいつまで撃たせない気ですか……まあ、今撃ったら同士討ちには目を瞑らんといけませんがね。』

「……たった今から、防衛部隊の指揮権を全て、貴方に移譲します。」

『随分と卑怯な物言いだ。あんたより幾らか無情な自分に、引き金を引けと…そう言ってることの自覚は?』

「無かったら引き受けてはもらえませんか?」

『いんや、あんたらしくないと思ったまで……後悔してももう遅い、権限はもう戴いたんで。』

 

 通信が途絶える、そして直後に湾岸に配置された砲門が一斉に砲撃音を轟かせた。ここからは、せめて一発も当たるなと、そう願うより他ない。

 

「最低限の人数を残して司令室より退去を始めてください。ここも既に敵の射程範囲内です、砲撃が始まる前に早く!」

 

 ここで自分の身を案じる声も上がるが、当然それに乗じてここを離れるという選択肢は無い。作戦中に持ち場を離れる指揮官が一体どこの世界にいるというのだろう。無論、敗北が目に見えていて無駄に命を散らすべきでない場合には自分も共に脱出をする。しかしまだ負けると決まったわけでも、諦めた者がいるわけでもないこの状況下で、その選択はあり得ない。

 

「……中将、港より所属不明の艦が発進用意……ええっ!カタパルト最大出力!?」

「どういうことですか?うちの艦は全て出揃っているはずですが。」

「それが、艦かどうかすらも怪しいらしく…」

「ならば今すぐ停止させてください。あれを最大出力にしようものなら無事では済みません。」

「了解、中将より発艦許可が降りませんでした、直ちに停止…うそっ!もう出た!?」

 

 どうしましょうと言いたげな彼女の視線を取り敢えず無視し、窓辺に駆け寄る。カタパルトで射出されたという正体不明の人物の姿を探すが、波間を見るにそのような形跡はない。よぉく目を凝らして、やっとそれらしい人影を捉えることができた。

 

「あれは…」

 

 海の上を、それこそスケートでもしているかのような足取りで、航跡すら立たずに疾駆して行くそれは、どうも刀を持っているらしい。腰から鞘らしい黒い棒が下がっており、時折手元がキラリと陽光を反射した。

 

「うちに刀を扱う者は居ましたか?」

「大佐が時折帯刀しているのを見かけますが、現在防衛部隊の指揮を執っておられますので、それ以外の者ですと私は存じ上げません。」

「自分も一時期持とうかなと思ったことはありますが、鎮守府にいるうちは無用の長物ですし、置き場所にも困るので止めました。多分、皆さんそうだと思いますよ。」

「そうですか…」

 

 そもそもここの職員であれば、艦娘でさえ最大出力で発艦させること自体稀な程危険な代物だと分かっている者ばかりだ、思い返せば酷く愚問である。

 

「……そう言えば、今日ここを訪ねてもらった天凪 紫君はどうしていますか?応接室で指示があるまで待機するように言ってあったのですが。」

「それに関しては、あの辺一帯を見回った者が既に避難済みで…でも、恐らく避難したとは思います。」

「ふむ…」

 

 その言葉が真実であればそれで良い。しかし妙な胸騒ぎが蟠って疑心を生む。

 

「港の監視カメラの映像、先程カタパルトが使用されたくらいのものですぐに出せますか?」

「監視カメラの映像ですね、少々お待ちください。」

 

 杞憂であれば良い、というよりも寧ろ杞憂であって欲しい。落ち着きの無さに任せて通路を小さく行ったり来たりする。

 

「中将、出ました。三分程前から始めます。」

「どれ…」

 

 カタパルトのある辺りを中心に捉えた映像が画面に表示される。側では技術科数人に加え、腰から刀を下げた一人の男が映り込んでいた。言い争いをしているらしいが、男が柄に手を掛け少しばかり刀身を現した瞬間、技術科が全員恐れ慄いて蜘蛛の巣を散らすように離れて行った。斬り殺されると思ったのだろうか、だが港で働く技術科は全員鍛え抜かれた肉体を持つ屈強な男たちだ。火器も携行してあるはずだし、そのような脅しにそう簡単に屈することはまず無い。

 

 その後、複数人の技術科が畳大の板を持ってきてカタパルトに取り付け始めた。これは最大出力で射出する際に、足だけ固定するのは非常に危険なため(最大出力を出させる事自体使用者にとって危険極まりないのだが)、鋼板に乗せて射出するためだろう。

 

 アングルの都合上一向に男の顔が見えないことにヤキモキしながらやり取りを眺めていると、不意に男が、否、織部が招いた青年天凪 紫が、カメラに気づいたのかこちらに視線を送ってきた。画質が悪いので表情まで読み取ることはできないが、目元が不自然な輝きを帯びている。画面上の彼と目が合った瞬間、射すくめられたような感覚が背筋を走り抜け、二の腕の辺りに鳥肌が立つ。異様な不気味さに思わず固唾を飲み込むと、画面から目を逸らした。知りたいことは確認出来たし、映像もあと少しで終わりそうだったというのもあるが、意識の奥深く、本能に近い部分が彼の姿を捉えることを拒んだのだ。

 

「中将?」

「いえ、何でもありません…」

 

 当たって欲しく無い予感が的中し、自ら招いた青年の不可思議な一面を垣間見たことで、心の中に漠然とした不安感が蟠る。

 

(けど死なないでくださいよ、紫君。)

 

 不思議と呼び戻す気にもならず、まだ会って間もない、かと言って命を落とされるのは御免被りたい客人の無事を祈るのだった。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

【ヒュー、なっかなか良いスピード出るなあアレ。】

「技師さんには無理言っちゃったなぁ、後で織部中将に怒られないと良いけど。」

 

 途轍もない加速Gと着水時に足に襲いかかる衝撃を耐え、紫は自らが手にする妖刀の権能をもって、周囲だけガラス張りのようになった海を疾走していた。光学観測だろうが一切の凹凸を確認出来ない、されど摩擦は持ち合わせる不可思議な見えざる台座を、簡易的なスケート靴で初速をなるだけ殺さずに駆けていく。全身に掛かる強烈な空気抵抗が、余程の速度を出していることを示唆させた。

 

【お前の脅迫もなかなかだったぜ。あいつらの顔面白かったな、こんなヒョロい青二才にビビらされてやんの。】

「僕の顔が怖いってわけじゃないといいけど…」

 

 言われた試しが無いが、顔が怖いと言われるのは御免だ。化け物じみた力に加え随分と冷めてしまった心を持つことになってしまっても、やはりまだ人間、どこかで他人と触れ合いたいと思う部分は健在なため、近づかれなくなるのは困る。

 

【まあまあ、元より一人暮らしだし、あの可愛い子さんとも三週間前に縁を切ったわけだろ?今更顔怖くなったって変わんねえよ。】

「頷けるとこなんだけど、やっぱり怖くなるのは嫌だよ…」

 

 脳内で行う会話は非常に便利だ。超速で駆けていても耳元で鳴る笛のような甲高い音を気にせず会話ができる。またそれも相手がただ一人、もとい一振りで尚且つ奇怪な妖刀に宿った謎の意思であるから可能なだけであって、他の者(今の紫と肩を並べて海の上を走るような者はまず存在し得ないだろうが)との会話であれば、インカム等の機器に頼る他ないだろう。

 

「……あれか。」

【うっはぁ、すげえ弾幕。】

 

 空間そのものをも従えているような威圧感を伴い、数多の深海棲艦が大挙して侵攻して来るのが見える。そして、それに対して湾岸に整然として配置された艦娘達が、雨霰の如く砲弾を浴びせようとしている。幾筋も空に火線を引き、青空を橙色に染めるその攻防戦は混沌を極めており、この世の終末か、はたまた地獄への門を思わせられる。火線の交わる真っ只中に飛び込めば、どの様な生物であれ生きて帰ることは出来ないだろう。

 

「斬り込む、先ずは前線を突破しすぐに中核を叩く。」

【おいおい、この間やっと頭デッカチな雑魚を斬れるようになったってのに、いきなりボスクラス行けんのかよ?】

「上位の個体になるにつれ、人型に近くなるらしい。体格が同程度なら負けないと思うけど。」

【甘く見ない方が得だぜー、ちっこくなったって戦艦は戦艦だ。】

「む、まあいいや。なら前線の雑魚を殲滅、防衛部隊の火力を中核に集中させるようにするか。」

 

 火線の集中する所を避け、斜めから敵の艦隊を突っ切るように進路をとる。だが途中、今にも生き絶えそうな女性数人が互いに庇い合いながら懸命に前に前に進もうとしている姿が見えた。第三鎮守府の艦隊だろう、だがそれにしては異様に数が少ない。なす術もなく返り討ちに遭って敗走中、というのが彼女達の状況を説明するのに相応しいだろうか。

 

「……」

【放っとけ、じきに全員沈むだろ。】

 

 さらっと心無い発言を刀が頭の中で呟く。確かに、もう息も絶え絶えで足もフラついていておぼつかない。装備も屑鉄と変わりない程にボロボロだ。あのままでは全員が海の藻屑となるであろうことは簡単に予測できる。

 

 だが、自分はどうする。無視するのは簡単だ、何事も無かったような顔をしてこのまま突き進む。強い自分なら、それが悩むまでもなく出来るだろう。だが、喰われた弱い自分は?今にもその生を終わらせられてしまいそうな彼女達を見てどう思う?今の自分と同様の答えを導くのか?

 

 黒く美しい長髪を持った艦娘と目が合う。一瞬だけの出来事であったが、それだけでも彼女が救いを求めているのがわかる。成熟した肢体を持ちながらも、此方を見るその悲痛な表情はまるで不安に駆られる少女のものだった。そして、自分はその表情を過去に見たことがある。

 

「……そんなわけ、無いだろ。」

【あ?おいどうし…】

 

 馳ける、砲火の真っ只中を走り抜けて彼女達の元へ向かう。

 

【何やってんだよ!】

「僕は僕に従う、ならば自分に下す命令はただ一つだ。」

 

 守れと、それをしたいと願う者達を。野蛮な欲望に突き動かされて飛び出したとは言え、まだ誰かを慮る心は健在だ。置き去りにしようとした自分の心に、弱い自分はまだしがみ付いていた。その根性は捨てたものではない。

 

 四方八方から砲弾が飛んでくる、人間が所持する火器の弾ではない、直径が2cmを優に超えるような鉄塊が音速並の速さで飛んでくるのだ。当たれば即粉微塵、掠るのでさえ危険。靴底に取り付けた刃を外し、小回りを利かす。更に動体視力を限界まで高め、反応速度も強化する。

 

 それだけの事でギュルギュルと音がしそうな程に片っ端から吸われていく体力。だが糸目を付けていては死あるのみ、止まって見える世界の中で、砲弾をギリギリのラインで躱しながら最短距離を行く。

 

 一際大きく重い弾が彼女達の元に飛んでくる。それが敵のものか味方の流れ弾か、混沌としたこの場でそれを確認している余裕は無い。考えるべきはどう防ぐかだ。

 

(砲弾をいなした事は何回かある、でも今の技量であれをいなせるか)

 

 弾の速度、重さ、軌跡を計算し、弾を刃に沿わせる過程を演算して最適解を導く。一瞬のうちに膨大な計算を課せられた脳は爆発寸前だ。激痛を堪え、焼けて千切れそうになる思考を無理やり抑え付けて保たせる。時間がない、自らの持てる耐久力を一切考慮する間も無く机上の空論を実行に移した。

 

「ぐうっ…ああ!!」

 

 案の定耐えられなかった右腕の骨を砕きながらも、辛うじて弾道を変えることに成功する。諦めて目を瞑っていた彼女達は、紫の突然の乱入に驚き、何が起こったのかわからないという顔をしていた。

 

「はぁ…援護します、撤退を急いで!」

「わかった、すまない!」

 

 黒髪の艦娘はすぐ様その表情を正し、仲間の肩を担ぎ進み始めた。紫もすぐ後ろについて飛んでくる弾から彼女達を庇う姿勢を取る。軽い弾であれば、左手だけでもどうにか対処出来そうだ。

 

 数えるのも億劫になる程の弾を弾き、逸らし、見送る。数が多過ぎたり、重量のある物が飛んでくることも多々あったおかげで、盾の代わりを務めた体は満身創痍も良いところであったが、対価としては安いと見るべきだろう。その間に敵は湾岸の防衛部隊の活躍によりその数を最初と比べ半分まで減らしており、彼女達のことも間も無くドックへ上げることができる。

 

「はぁ…はぁ…うっ」

「すまない、我々が不甲斐ないばかりに…」

「まだ助かったわけじゃない…敵はまだ追いかけて来ています、僕のことは気にせず今はお仲間と自分の事を考えていてください…」

 

 未だ執拗に此方に向けて進路を取り続ける敵を一瞥する。周囲から数多の砲撃を浴びせられ続けようと、戦意も継戦能力もない敗走兵をただひたすらに追い続けるその執念に、紫は腑に落ちないものを感じていた。

 

(おかしい…攻め入りたいなら包囲網を攻略するのが妥当、なのにこっちを追いかけ続けるってどういうことだ?あいつらが意思のない特攻兵器だっていうのなら別だけど、少なくもその程度の知能はあるはず…)

 

 撃って下さいと言わんばかりに堂々と真っ向から侵入し、尚且つ速度を落とすこともない。周囲に応戦しつつも、前を向き続けるその姿はいっそ狂気じみており、不自然さと共に不気味さを感じさせられる。

 

(奴らが前進に拘る理由…)

【何だよ、とっくに答えを出してるくせしてまだ考えるのかよ】

「まだ確証に至ってない、勘だけでは判断しかねるよ…」

 

 思考を巡らせながら、ついに母港へと帰り着いた艦娘達の揚陸を手伝い、簡易的な応急処置だけ済ませて再び海へと駆け出す。前線の崩壊した敵の艦隊は、どの艦をとっても無事と呼べるものは無い。だがその速力は未だ衰えず、矛先を変えないまま突っ切ろうとしている。元の数が多いとは言え何というタフネスに溢れた怪物達だろう、『ゆかりの鬼』の助言に従わずに斬り込んでいたら今頃どうなっていただろうか。それを考えるとゾッとしない。まあ、それを口に出すと腹立たしい声色で手柄を主張してきそうなのでしないが。

 

【これからどうするよ。雑魚はほとんど壊滅、もうお前の相手できる奴はいねえぞ?】

「ふむ…一度電ちゃん達を探そう、周りから撃ってるだけだとは思うけど心配だ。」

【随分とロリコン拗らせてるなぁおい】

「人聞きが悪い…第一僕に年下趣味はない。」

【ロリコンは決まってそう言うんだよ。】

「今まで君本物のロリコンに会ったことあるの?】

【俺の今の主人がロリコン第一号だ。】

「だから違……っ!」

 

 くだらない会話の最中、今まで行軍速度を落とさなかった敵艦が一斉に停止し、鎮守府の建物へ向けて一斉に火球を放ち始めた。流星の如く降り注ぐ砲弾に、城壁の様に堅牢に造られた外壁が打ちのめされ次々と原形を歪めていく。

 

「やはりそうかっ…」

【おーおー、これまた派手にやるなぁ。】

 

 進行を止めなかった理由、候補に挙げていた最も有力な仮説の一つが今答えとなって現実になる。戦力ではなく、それを統治し使役する根本を叩くことこそが敵の目的というわけだ。故に飽和攻撃を可能にするだけの多大な戦力でもって攻め、特攻紛いの猛進を続けたのだと考えられる。

 

 だが、そこには動機が見あたらない。指揮系統を叩いて無力化するという戦略自体に間違いは無い、昨年横須賀第四鎮守府が陥落させられたことなど、前例は幾つかある。しかし、ここ第三鎮守府においてそれを実行する意味が見出せない。第四鎮守府は、七つある横須賀鎮守府群に所属する有力な鎮守府の一つであるが、その実力は第三、第二、第一鎮守府とは比べるまでもない。つまるところ、第三鎮守府は非常に強力な機関であり、今回のような作戦(三十隻にも及ぶ大艦隊が襲撃を行なった例は、紫が今まで得た情報の中には一度も無いというのは今は置いておく)を行う上で、相手に選ぶというのは非常に大きなリスクを伴う。尤もその力は凄まじく、主力と思われる艦隊を返り討ちどころか壊滅に追い込む程であり、結果として第三鎮守府を相手取った判断に間違いは無かったと言える。

 

 しかし目的である鎮守府そのものに対する攻撃に到達するために、既に奴らは半数の犠牲を出しており、その被害は甚大だと言わざるを得ない。ならばもっと成功確率が高いであろう下等の軍事機関を狙い、リスクを抑えて少しずつでも確実に戦力を削るのが妥当だ。どこの機関がどれだけの力を有しているかは、実際に駆逐される側としてよく知っていることだろう。

 

(何か他の要因、第三鎮守府に鹵獲された深海棲艦の奪還か…)

 

 鹵獲が行われているというのはあまり聞いたことが無いが、一隻や二隻研究の為に捕獲していたとしても何ら不思議なことはない。だがその一隻や二隻のために巨大な戦力を投入する程、奴らが身内意識の高い生物には見えない。

 

(非常に強力な上位個体を鹵獲している線も考えられるけど…)

 

 情報が欠け過ぎていて考えようがない、一先ずは置いておいて先に織部中将の生存確認に向かう。脱出済みであるなら良いが、まだ館内にいれば命が危ないだろう。

 

 ふと、耳が遠くから僅かに響く羽音を捉えた。鳥類や昆虫類のそれではない、エンジンによって回転する人工物が空気をかき乱す音。砲撃音が四方で轟くなか、普通であればかき消されて気がつかない程度の小さな音であったが、残り僅かな体力で聴力を補って強引にそれを拾い上げる。

 

 果たして、それは敵の艦隊の後方から鳴り響いてきており、それも相当な数の音の集合体だった。

 

 全身の血液が滝のように落ちるような錯覚を覚えさせ、蓋をして封じ込めた記憶を引きずり出してはそれをもって理性の基盤を崩しにくる羽音の主が、イナゴの大群のように青空を垂らした墨汁の如く灰色に塗り替えながら迫って来る。

 

 

 




投稿時間が遅れて申し訳ないです、前回もそうだったような気がしてなりませんが、後書きの都合上故御了承をm(_ _)m

さてさて今回のキャラ紹介はあの方に来ていただきました!織部中将です、どうぞ

小鳥遊 織部
読み方:たかなし おりべ
横須賀第三鎮守府の提督、見るからに文官面をした基本穏やかな人。怒らせると怖い
非常時や戦闘指揮中を除き、箸が落ちただけでもツボるようなオールウェイズ笑い上戸さん

織「ちょwwwオールウェイズ笑い上戸ってwww始めて聞きましたよwww」
雷「司令官、そんなに笑ったらアゴ外れちゃうわよ?」
織「そんなことでアゴ外れる人間がwどこにいるんですかはははははwww」
紫「織部中将落ち着いてください、折角中将の格好いいシーンを本編で描かれているのに、それだと台無しになってしまいますよ。」
織「この程度でw台無しになるくらいだったらwwそりゃ作者の技量不足でしょうがはははは…」

ガコ

織「あひゃひゃ…あ、あほはふへはひは(アゴ外れました)はははwww」
紫「ええ…本当に笑ってるだけでアゴ外れるんだ…」
雷「しかもまだ笑ってる…司令官かわいそう…」
織「あはははwwwはれは、ほほひへ(誰か戻して)www」
紫「だめだこの人、早くなんとかしないと…」

この後医務室ではめ直してもらったそうな

※色々とツッコミを入れたくなるような描写や設定等がここ最近多いかと思いますが、また改めて解説を入れますのでお待ちくださいm(_ _)m
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