序章:温もりを忘れた青年が提督になるまで   作:影乃と月ノ神

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大分長くなった第三鎮守府のお話ももうすぐお終いとなります。



14:目には目を

 戦況は苦境から絶望へと変わった

 

 空を深海棲艦が使役する100を下らぬ艦載機が飛び交い、湾岸の艦娘達を蹂躙した。館は外壁をぶち抜かれて崩壊の一途を辿り、誇りを、栄華を、希望を、瓦礫に帰した。

 

 その手の届かぬ破壊が周囲で連鎖し、小さな男の無力を嘲笑う。忌むべき斯様の力を、人としての生と、絶えず湧き出る筈の熱と、心の輪郭の半分と、無二の友を失ってまで手に入れて尚、この絶望を防ぐことが出来ない、切り拓いて導くことも出来ない。

 

(何も変わらない、昔から…)

 

 年月を経て容姿は変貌すれどもその本質は、愛する者が犯した大罪から一人逃れ、元凶となった己の無知を呪った頃より何ら変化していない。変わったと、力を手に入れたと、そう思い込み自分に言い聞かせていただけなのだという自覚が、擦り切れそうな心の摩滅に拍車をかける。

 

 また一人、仲間を守るために戦った少女が撃たれる。

 

 また一人、己の居場所を守るために戦った少女が倒れる。

 

 また一人、最後まで誇りを失わず懸命に戦い抜いた少女が犠牲になる。

 

 

 また一人、長女なのだからと言い張って妹達を守ろうとした少女が倒れる

 

 

 また一人、姉を失おうとも遺された姉妹達を励まし続けた少女が倒れる。

 

 

 また一人、今度こそは絶対に失うものかと末の妹の手を離さなかった少女が倒れる。

 

 

 また一人、姉三人を失いそれでも絶望の中で抗おうとした少女が倒れる。

 

 

 心に突き刺さる断末魔が、まるで彼が救いの手を差し伸べてくれなかったことを糾弾するかのように鼓膜を震わせる。受け流すことも出来ずに、その身一つでそれを全て受け止めていた紫の心が限界を迎える。

 

 

 

 プツンッと、何かが切れる音が聞こえた気がした。それが理性を心に繋ぎとめておくための錨鎖(びょうさ)なのか、それとも堪忍袋の尾と呼ばれるものなのか、はたまた摩耗した心の搔き消えた音なのか。

 

 わからない、理解しようとする気力も湧かない。ただわかるのは、それによって保たれていた自我が支えを失って崩壊することだけで、その後どうなってしまうのか予想もつかない。

 

 

 意地の悪い妖刀に奪われていた感情が怒涛のように押し寄せてくる。悲壮が思考を破滅させ、憤怒が腸を焼き焦がし、怨嗟が怒号をもって空気を震撼させ、殺意が四肢を突き動かす。鈍色の刀身からはいつの間にか朱に墨を混ぜたような禍々しい焔が立ち昇っており、斬りつけた相手の傷口から入り込んでは呪怨の熱で至上の苦罰を与えた。

 

 あらゆる装甲を紙きれのように断ち切り、餓狼のような邪気の灯った視線に晒された首を尽く刎ねる。木枯らしのような速度で紫が通り過ぎた後には、夥しい重油の血飛沫が空と海を染め、それを一瞥もせずまた次の獲物へと向かう。その間に、獲物の抵抗によって右腕が吹き飛び、太腿が抉れ、脇腹を貫かれたが、そこから滴る血液すら刀の供物にして道楽の糧とした。溢れ出す力が、さらに歯止めの効かぬ勢いで欲望を加速させる。

 

 嬉々とした表情で深海棲艦の最後の叫び(こえ)の余韻を愉しむ紫は、最早人間とは呼べない化け物へと変貌してしまった。だがこの瞬間にそれを憂う彼はどこにもいない。彼の心にあるのは殺戮の悦びだけで、骨肉を断つ快楽に飢えていた。

 

 

 やがて周囲に獲物の姿が見えなくなると、今度は空を舞う蝿のような個体を狙った。少し遠くまで行けば斬り甲斐のあるものがいるが、そんなに我慢は出来ない。今しがた斬り殺したばかりの死骸から砲を引き剥がし、適当な個体に発砲して威嚇する。単細胞な蝿どもはそれだけで群がり始める。仲間の仇とも思わずただの襲撃対象としかこちらを見ていない奴らは、意気揚々と命を刈り取るために攻撃してきた。

 

 雨の如く降り注ぐ銃弾を、幾多も水面に降り立って足場を奪う爆弾を冗談のように全て躱し、手頃な高さまで降りて来た獲物を凄まじい跳躍力で迎え撃つ。焔揺らめく妖刀を一薙(ひとなぎ)すれば、それだけで五、六体分の火の塊となった屑鉄が海に落ちる。花火の残り火が水面を彩る海が一変、深海棲艦の屍から流れ出た油が引火して辺り一帯が文字通り火の海となった。空を雲が覆い始めた薄暗いステージで、真下から破壊の産物である脚光を浴びて狩りを続ける紫は、それに心を躍らせ更に殺戮を加速させる。空を覆い尽くさんばかりに群れて襲いかかってきた深海棲艦の航空兵器は、いつしかその全てが灰と化して海の藻屑となっていた。

 

 

「もう終わりか……ああもう、どれも弱いなぁ。すぐ終わっちゃう。」

 

 命を刈り取れなくなった途端、急に胸が切なくなり、深海棲艦の死によって潤されていた心が渇きを覚えた。脳が破裂しそうな程の欲望の暴走が、血走った目で生者を探し求めさせる。

 

 屠れればこの際何でも構わない、そう思って湾岸の傷ついた艦娘の元へ駆け出す。大半がまだ息はあるが、どれも悦に浸れる程生き生きとしていない。その事に心底落胆させられるが、背に腹は変えられぬと近場の少女の元に寄る。まだ生の匂りを立ちのぼらせる、成熟すればアフロディーテさえ嫉妬させるであろう少女のその白く美しい肌から鮮血が迸るのかと思うと、下品にも喉を鳴らしてしまった。食するつもりなど毛頭無いが、そうしてしまう程には肢体に訪れる死が美味そうに見えて仕方ない。

 

 気を失っているらしい白髪の少女の体を蹴飛ばして、手頃な場所に寝転がす。露わにされたほっそりと華奢なうなじを見た途端、心が斬れ早く斬れと激しくせっついてきた。それを煩く思うも、願うことは同じであるため拒否する理由が無い。しかし急いではまた先のように満足できないまま終わってしまうので、今度はじっくりと味わうことにする。

 

「先ずは一人目…」

 

 妖刀を振りかざし、真っ直ぐ首に向かって振り下ろす。ブレること無く、禍々しくも美しい軌跡を描いて刃がうなじに向かった。

 

「やめて!!」

 

 不意に、背後から停止を求める悲鳴に近い声が鳴り響いた。意表を突かれた紫は、その声に呼応し今にも肉を断とうとしていた刀を止める。

 

「お願いなのです!やめて!響ちゃんを殺さないで!!」

 

 お楽しみを邪魔された化け物は、内心穏やかではない。されど、自分に指図しようという命知らずの顔が気になって振りかえる。つまらなければ最初の(にえ)にするだけだ。

 

「そ、その人は、電の大切なお姉ちゃんなのです!だから……」

「だから…何?その代償に君は何をしてくれる…?」

「っ!!……紫、さん…?」

 

 見るからに弱々しい、そして姉と呼んだ眼下の少女とは似ても似つかない少女は、どうやら自分を知っているらしい。だが今の化け物には元々の自我も記憶も無いため、それがどうしてかわからない。精々人違いをしているのか程度にしか感じられなかった。

 

「ど、どうして響ちゃんを…?さっき、あんなに仲良くしてくれたのに……」

「これは…殺したいからじゃあ納得してくれないみたいだ…」

 

 さっきの威勢は何処へやら、動揺して急に弱腰になっている。正直目障りだが、先程首を落とそうとしていた少女より生き生きとした彼女は、えも言われぬ魅力に溢れていた。

 

 少女の暖かな吐息が、少女の体の芯に宿る熱が妬ましい、その生の輝きに満ちた瞳が欲しい。されど、叶わぬ望みと知っている以上、自分と等しくなることを願うしかない。そして、その方法は一つだ。混乱しておどおどと挙動がおかしくなっている少女を蹴り地べたに仰向けに横たわらせる。

 

「きゃっ!……む、紫さ…」

「その白い子は仕方ないから見逃してあげるよ…ただ、その対価は…」

「ぐうっ…!」

 

 胸元を踏み付けて拘束し、喉に突き立てるようにして刀を向ける。

 

「君の命を貰うよ。最後に一言、知り合いらしい僕に何か言うことはある?」

 

 少女の瞳が絶望に染まる。目尻から溢れ落ちる涙は、死への恐怖か、理不尽に対する嘆きか、はたまた狂気に染まった知人に裏切られた悲しみか。

 

 何だろうと構わない、そんな悲愴精神に侵されたこの上なく美しい表情は永遠と眺めていたくなる程好ましい。首を貫いたら、どうにかして永久に保存できないものか。まあ刎ねたら刎ねたで、折角の表情が歪んでしまうのは避けられない、いつまで保つかはわからないが記憶に留めておくとしよう。

 

「い、電は…」

「手短に頼むよ、もう苦しくて我慢できないんだから…」

「むら、紫さんに助けてもらえて…とても嬉しかったのです…」

「へぇ、覚えてないけどどう致しまして。で?」

「…何でそんなに苦しいのか、電にはわからないのですけど……泣く程つらいなら、電は助けたい…電の命で紫さんが助かってくれるなら、あげるのです…」

「僕が泣いてる?この後に及んで何を…」

 

 言葉を紡ぎ終わる前に、二粒の雫が少女の顔に落ちて跳ねる。一瞬雨かと思って真上を見上げるが、違う。気づけば頰が生温い液体で濡れていた。サラサラと流れ落ちるそれは舐めると塩辛く、ここでようやくそれが涙だとわかった。

 

「何だ、これ……あは、あはは…何で泣いて……ぐっ、あああ!」

 

 瞬間、脳に頭蓋が内側からこじ開けられるような痛みが走り、今体を支配している自我の基盤が揺らぐ。あまりの苦しみにたじろぎ少女の拘束を解いてしまうが、それどころではない、自我の崩壊に先立って死の境地に立たされた時のような恐怖が心臓を鷲掴みにした。

 

「やめ、やめろ……ぐっ、僕の心を返し……させない、そんなことさせて堪る、か……お前は僕じゃない、これ以上好きに……うるさい、黙れ黙れ!」

 

 思考に、言葉に、誰かが混ざり込んでくる。恐ろしいことに、そちらの方が支配力が強く、また体との整合性も非常に高い。居場所を次々と奪われ、自分という心の中での存在がどんどん薄れ行く。

 

「やめろ、やめろ…消えたくない……何と言われようが返してもらうよ!……嫌だ、嫌だあああ!!」

 

 一方的な負け戦に抗っていると、腰回りにしがみついてくる感触が生まれた。見れば殺し損ねた少女がまとわりついている。

 

「くそっ、この…!」

「紫さん頑張って!負けないで!」

「離れっ、がああああ!!」

 

 少女が締め付ける腕の力を強くする度に、崩壊が加速する。もう欲望も本能も維持できない程に消えかかった自我の残りで、せめて少女を道連れにしようと刀を振るう。無防備に密着した少女の体に刃を届かせるのに、最早寸分の時間すら必要ない。鈍色の光が襲いかかるのに少女は気づいたが、しかしそれでも彼女は逃げようとしなかった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「こちら横二第一艦隊旗艦、霧島です。横三司令部、応答願います…」

「なかなか返事が無いようね。」

「ええ、何も無いといいのですが…」

 

 先刻、横須賀第三鎮守府よりSOSを受けた横須賀第二鎮守府は、旗艦霧島以下計十二隻で応援のために出撃、道中空母ヲ級のみで編成された機動部隊をどうにか撃破し、目的地の近海までやって来た。そこで間も無く到着する旨を伝えるために第三鎮守府の司令部へ通信を入れたのだが、返ってくるのは土砂降りのようなザラザラとしたノイズのみで、一向に繋がる気配がない。

 

「十二時の方向、黒い煙が立ち上っています!」

「ええっ、あそこ横三の本館がある所ですよ!?」

「総員機関上げてください、急行します!」

『了解!』

 

 元より早めだった速度を一斉に上げて目的地に向かう。その際に一切の陣形の乱れも見られなかったのは、誇りある第二鎮守府の艦隊として絶え間ない努力を積み重ねて来たが故であり、些細ではあるが彼女達の自信を象徴するものだ。たとえ力では及ばぬ強者が自分達の上に存在しようとも、それを超そうと躍起になるのではなく、些細なことにも妥協を許さない精神で己を磨くのが正しいと彼女達は信じている。

 

「こちら第一艦隊旗艦霧島より司令部へ。」

『こちら司令部、報告をどうぞ。』

「間も無く横三に到着、しかし火災のものと思われる黒煙を観測しました。よって到着予定を早めます。」

『了解しました、到着後の対応について斉木中将にお伺いを立てますね。』

「……」

 

 受話器の外される音が聞こえ、遠くの方で中将のものと思われる声が聞こえてきた。横二(うち)の司令はいつもワンテンポ遅れた決断をする。適確で正しいから許せるが、通信を切って待つのは逆に手間になってしまうのが何とも困りものだ。おかげで慣れない頃は、今か今かと虚空とにらめっこしながら待っていたせいで前の仲間に額をぶつけてしまった事がある。

 

『……お待たせしました、戦闘が継続中であれば直ちに応援に、完了していたのであれば残党を処理しつつ救護活動を開始して下さい。』

「復唱、戦闘中であれば応援に、戦闘後であれば残党処理を行いつつ救護活動でよろしいですね?」

『はい、間違いありません。あ、あと一つ、中将から今夜食事に行かないかとお誘いが…』

 

「今が一体どんな場合なのかをキッチリ考えてから仰ってください!!!」

 

「と、お伝えください。」

『うぅ、痛たぁ…今ので伝わったとは思いますが、念のため伝えておきますね。」

 

全く、命令を下す時は正しい選択肢を選ぶことができるのに、こういったことに関してはまるでダメ人間だ。いい加減学習してもらいたいものである。

 

「また提督にお小言?」

「ああ、榛名…あの方ったら、こんな時に食事に誘うんですよ?どう思いますか?」

「懲りないお人だもの、霧島も大変ね。」

 

「大変なのは霧島さんの怒声を毎回耳元で聞かされてるオペレーターさんだったり…」

 

「そこ、聞こえてますよ。」

「ひゃあ!?」

「まあまあ、事実そうだし…」

「う…申し訳ないとは思うのですが、どうしても我慢ならなくて…」

 

そういった誘いを受ける間柄とは言え、公私混同は非常によろしくない。以前から何度も何度もそのことで注意勧告をしてきたが、一向に改善される気配が見れないのは、自分にはそういった面で全く役に立っていないのではと不安になる。隣にいる榛名からの忠言にはきちんと耳を貸すのだから、余計に心配だ。

 

困った我らが提督の事を憂いていると、風に乗って来た焦げ臭い臭いが鼻を突いた。硝煙のものとは違う、油の燃えた臭い。いつのまにか現場にかなり近づいていた。

 

「全艦戦闘準備、航空隊索敵開始!」

「了解、索敵機発艦させます。」

 

次々と頭上を越えて飛び立っていく艦載機を見送り、霧島達は残党の討伐に乗り出した。しかし、この時既に紫が暴れ回った所為で深海棲艦は一隻残らず沈めていたため、彼女達は速やかに救護活動を始めた。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 刃が頭蓋を貫く前に、天凪 紫に(あらざ)る自我は消滅した。そして、偽の人格の最後の抵抗は、自我を取り返した紫が、刀を自分の体に突き立てることによって防いだ。しかし、いとも簡単に背中まで突き出した刀傷は深く、多量の出血と無理矢理引き抜いた際の激痛に、紫は倒れ伏してしまう。

 

「紫さん!」

「ごめ…助けるの、遅く……」

「そんな事より早く手当…!」

 

 今しがた刺し貫いた右胸を始めとして、全身の至る所にある大きな傷痕から血を流す紫は、言葉を発することすら億劫になる程弱っていた。手当てについてのノウハウに乏しい電から見ても、今手当てをしたところで助けられるのか不安しかないが、だとしてもこのまま死んで欲しくない。

 

「顔…せっかく、可愛いのに…傷だらけに、なっちゃ……」

「喋っちゃダメなのです、今は紫さんの方が大変なのです。」

「……誰も…守れなか…」

「守ってくれたのです、ついさっき電のこと助けてくれたのです。」

 

もぎ取られたような跡を残す右腕を、紫の服を借りて縛るが、力が弱く流血を止めることが出来ない。両の手を使って抑えつけるが、それ以上の事は出来ず、他の傷口に対しては何も出来ず終いだった。そのことが悔しく、またどんどん紫の命が薄れ行くのが辛くて泣きそうになってしまう。否、実際涙腺からは既に涙が溢れていた。

 

「泣か…いで……電…んのせ…じゃない…から……」

 

掠れた声であやそうとしてくれる紫の右腕を抑えたまま、ただひたすらに泣き続けてしまう。もうすぐその声が聞けなくなってしまうのかと思えば、悲しくて嫌だと思う反面自分のグズグズとした鼻声でそれを邪魔したくなかった。

 

「ごめ゛んな゛ざい…電、何もお返し…」

「……もう…もらっ、たよ…」

 

大義そうに、それでもどうにか想いは伝えようという笑顔を見せて、それっきり紫の意識が途絶えてしまう。だがそれではいけない、何を自分は渡したのかが全くわからない。それを知りたい、だからまだ死んで欲しくない。だがその願いは、自分で叶えることが出来ない、誰かに手を差し伸べて欲しい。ただ泣くことしか出来ないよくばりな自分に手を差し伸べてくれた彼を、非力な自分に代わって誰かに救ってもらいたい。

 

「誰か…助けて……」

「見つけた!おい、無事か!?」

「はわわっ!?」

 

突然横から声をかけられ、素っ頓狂な叫びを上げてしまう。恐る恐る声の方を見やると、そこには長い黒髪を持った、度々面倒を見てくれる年の離れたお姉さんのような、頼れる横三の主力、長門の姿があった。

 

「すまない、待たせたな。」

「長門さん…!」

「もう大丈夫だ、それよりこの男は先程の…」

「助けて欲しいのです!たくさん血が流れて…がんばって手当てしようとしたけれど…上手くできなくて…!」

「…まだ生きてはいるな、急げばまだ間に合うかもしれない。私が運ぼう、石井軍医が今怪我人の手当てを始めている。」

 

グッタリしている紫を、戦艦の持ち前のパワーで易々と担ぐ長門に続き、半壊した鎮守府の本館へ向かう。姉達の事が気がかりだったが、そこは長門が連絡して迎えを出してくれた。スキンシップがやたら多くてしばしば面倒なことになることが多い彼女だが、こういう時はやはり頼りになる。

 

港に上がると、そこには負傷した艦娘達や技師達が大きなシートの上に並んで寝かされていた。最低限医師が楽に通れるだけの間隔は空いているものの、人数もさることながら足の踏み場も無いと形容するのがしっくりきそうだった。

 

「こんな有様だが、死者は出ていない……私の率いた艦隊を除いてはな…」

 

前半の言葉に安堵しつつも、悲痛な表情で呟かれた後半の言葉に何と返して良いかわからず、黙りこんでしまう。慰められたらと思うが、自分の言葉一つで片付けられる程、彼女の言葉に込められた胸中は、そんなに簡単ではない。

 

「軍医、悪いがすぐに診てもらいたい人がいる!」

「こっちも手が回らなくてよ!人手が足りないんだ!」

「そっちは私が代わる、だからこの青年を…!」

「んなこと言われたって……おいおい、今日来た兄ちゃんじゃねえの!何でまたこんなボロボロに…」

「沈みかけた私を助けてくれた、何者なのかはわからないが恩人なんだ。」

「…こりゃ本当に早く診ないと危ないな。わかった、そっちの空いてる所に寝かせてくれ、すぐに診よう。嬢ちゃん、包帯巻きは出来るな?代わりに巻いててくれ。」

「了解なのです……あの、紫さんをお願いします。」

「任せろ、嬢ちゃんを泣かせたりするものか。」

 

似合わない目配せを電にすると、石井軍医はすぐに紫の手当てに取り掛かった。他の軍医科の者も数人呼び寄せているところからして、やはり一人では到底対処出来ない重症なのだろう。今が戦時中でなくて良かった、あれだけ負傷していれば間違いなく黒いタグを付けられただろう。

 

「右腕損傷、太腿と腹部に弾痕多数、膝下に火傷、右胸に刺し傷……傷の手当ては良いとして問題は肺と血だな。酸素と輸血パックO型Rh+、ドレーンあるならそれも。あと右腕は肘切除するから工具持って来て。」

 

紫の手当てが始まる。電は長門の手伝いをしながらその様子を見ていたが、張り詰めた緊張感が伝染して胸が苦しくなった。手際が悪くなって長門にそれを見咎められてしまう。もう助かるのを祈るしかない、どうにか頭でそう割り切って、手当てに専念した。

 

ところが、ここで事故が起きた。高速修復剤(バケツ)を台車で運搬していた艦娘が、誤って紫に内容物をかけてしまったのだ。経路のすぐそばに寝かせられていた上に、運搬している艦娘も慌てていて台車の行く手に気を配れていなかったのもある。しかし、流血の酷い患者に液体をかけてしまうのは体温を奪うため非常に危険だ、普段から何かと失敗の多いその青髪の艦娘を石井軍医は怒鳴って叱りつけた。その怒声は遠目で見ていても思わず肩をすくめてしまう声量で、悪いことをしたのだから叱られて当然ではあるが、何だか可哀想になる。

 

「急いで拭くぞ、あと毛布とか掛けるもの!」

「……石井先生、ここの火傷何だか治り始めてませんか…?」

 

異変に気付いたのは、側で手伝っていた若い軍医だ。何でも、焼け爛れた足が少しずつ治癒し始めていると言う。

 

「……その拭いたやつで湿布してみよう、ただし火傷の所だけ。」

 

石井軍医目線でも明らかに変化していたらしい、その場で手当てをしていた軍医が皆包帯を巻き直しながら見入っている。

 

「……っ!こりゃ魂消(たまげ)たな、本当に治ってる…」

「どういう事でしょう…まさかこの青年艦娘とか?」

「さあ、けどこれは使えるかもしれない。ドッグで指揮執っている奴に掛け合って一つ空けてもらってくる、担架を準備しておいてくれ。」

「わかりました。」

 

そう言うと、石井軍医はすぐさま駆け出して行った。途中先の青髪の艦娘とすれ違うと、慄く彼女の頭を撫でてから行った。何が起きたのかわからない様子で困惑している彼女が、その理由を知るのは次の日になってからだった。

 

 

 




14話でありました、最近は多くの方にご覧いただけて非常にありがたい!そしてこの場をお借りしまして、評価やお気に入り登録をしてくださった方、本当にありがとうございますm(_ _)m

さて今回の後書きは最近放置気味の用語集的なものを載せておきます。

『艦隊』
最大六隻で編成され、原作では四つまで登録可能
作中ではある理由により戦闘に参加できる艦隊は二つまで(援護可)とされており、第三鎮守府を襲撃した計六艦隊の深海棲艦に対して織部は絶望的な戦いを強いられた

『第二種戦闘配備のアラート』
鎮守府のすぐ近くまで攻め込まれた際に鳴らされる非常事態の警報。第三鎮守府ともなればまず鳴らされることはない。(第一種は緊急で遠くに出撃する際に鳴る)

『基地航空隊』
原作のシステムの一つ。攻略の難しいイベントなどで使用可能(一部通常海域も)一度に大量の航空戦力を送り込むことで戦闘のサポートを行う

『カタパルト』
作者の趣味
見た目は完全に機動戦士のソレである

『バケツ』
正式名称:高速修復剤
原作において一位二位を争うレベルの謎アイテム。入渠時に使用することで即座に艦娘のダメージを回復させることができる優れものだが、その正体は不明(入浴剤的なものと捉える場合や、注射器で注入する等様々な解釈がある)
また、とある艦娘がチョコレートを作る際にボウル代わりにしているという非常にシュールな絵面が見られるなど、扱いが掴めない
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