僕のせいだ、僕のせいでみんな……
(何で、自分を責めてたんだろう…)
大丈夫、私が一緒にいてあげるからね
(大丈夫……いつ大丈夫じゃなかったっけ…)
あなたは一人じゃない、もう一人ぼっちにはさせないから
(今、僕はどっちなんだろう…)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
目が覚めると、知らない白亜の天井が網膜に映った。ハッキリとしない思考のまま辺りに視線を向けると、横に心電計が置いてあって、無機質な電子音でもって決まったリズムを刻んでいた。
(病院かな…)
もう少し視覚情報が欲しいと体を起こそうとすると、全身が鉛の様に重たかった。長い事眠りに就いていたのかもしれない。上半身にのし掛かる倦怠感に逆らって、半身を起こす。目に映った風景は病院のそれに近かったが、何だか妙に狭く感じた。というのも、医師が診察に使うような机が近くにあり、すぐそばにカーテンで仕切られた寝台のスペースがあったからだ。
「どうして此処に…」
普段の速度には未だ達しない思考回路を使って、意識を失う前の記憶を引き揚げる。思い出せるのは横須賀第三鎮守府を訪ねたこと、来襲した深海棲艦との戦いに半ば強引に参加したこと、負傷し今にも沈みそうな艦娘達の護衛をしたこと、それから…
「それから、何だろう……?」
わからない。忘れてしまったと言うより、元から無かったかのような、それでいて鍵がかかってしまいあると知っているのに、それを思い起こせなくなってしまったような、そんな感覚。それならそれで良いと思う反面、何か重大なことがあったような気がしてならない。
「……だめだ、本当に何も覚えていない。」
仕方なく、他にする事もないので、今一度眠りに就こうとしたその時、足元から寝息のような呼吸音が聞こえて来た。誰かと思って見れば艦娘の少女の
「目が覚めたかい、思ってたより元気そうで何よりだ。」
「貴方は、昨日診て下さった…」
石井軍医、体が異常に冷え切ってしまったことが発覚した際、織部中将に紹介してもらった第三鎮守府の筆頭軍医だ。
「時間感覚はズレたのか…まぁ三日も寝込めばそりゃ仕方ないか。」
「三日?そんなに寝て…」
そんなに寝ていれば、体が鉛になっても仕方ない。だが、今までそんなに長い時間寝ていたことは無かったので、驚きだ。
「そうだっ、他の皆さんは!?戦闘はどうなりましたか!?」
「終わったよ。被害はデカかったが、襲って来た化け物共は全滅だそうだ……あの音が聞こえるかい?
軍医の言う通りに耳を澄ませると、成る程、重機の轟音や工具類の甲高い音が微かに聞こえてくる。
「……そうだ、そこで寝てる嬢ちゃんに、起きたら礼を言っておくと良い。毎日飽きずにそこでお前さんのことを看ててくれたんだ。昨日だって遠征から帰って来て、夜中だってのにそこでジッと座って……兄ちゃん、愛されてるなぁ。」
妙に温かい目を向けて電がそこにいる理由を教えてくれる軍医。最後の一言にあまり良からぬ印象を受けたが、そこには触れないでおこう。
(でも良かった、電ちゃんが無事で…)
あの戦いの時、一度も彼女と会っていない。何かあれば駆け付けようと思っていた記憶はあるが、何事も無かったようでホッとした。
「そうだ、動けそうなら、後でここを見て回るといい。お前さんを助けてくれたのもいるし、提督殿もお前さんのこと心配していたしな。全く、自分が一番大怪我してるってのに、どこまでお人好しなんだか…」
「中将が大怪我っ…大丈夫なんですか?」
「別の所に寝かせてあるが、敵の攻撃に巻き込まれてよ。しばらく一人で起きれそうにない、嫁さんに手伝ってもらって飯食う元気はあるみたいだからまず大丈夫だが、しばらく横三は開店休業だな…」
「そう、ですか…」
中将の身を案じると、とても心配ではあるが、軍医の彼の口から大丈夫という言葉が出るなら一先ずそうなのだろう。しかし、中将一人動けぬ体になっただけで(十分重大ではあるが)運営が滞ってしまうとなると、それだけ大きな損害を受けたということになるのだろう。何か手伝うことができれば良いが、余所者が出しゃばるのもあまりよろしくないだろう。
「それはそうと、お前さんだって提督殿と同じくらい…いや、提督殿より重症だった。並みの人間であればとっくに仏さんになってたろう。」
普通の人間ならば死んでいた、それ程の傷を負っていたのかと驚き、自分の体を見渡してみるが、何処にもそのような傷は無い。今思えば、戦いの最中右腕の骨が砕けたはずだが、その右腕にはギプスも何も付けられていない。
「右腕は肘から先が無くなって、胸には大きな刺し傷、腹も抉れてた……そんな重症患者がどうしてそんな健康体になったか、知りたいか?」
知りたいも何も、そもそもそのような重大な傷を負った記憶が無い。しかし目の前の軍医が、患者をいたずらに怯えさせるような嘘を吐くような人間にも見えない。それに、仮に嘘だったとしても、記憶にある怪我だけでほんの三日間寝ていれば治らないようなものも幾つかある。そこで、事の真偽は一旦脇に寄せ、軍医が言う
「先ず艦娘と人間は違う、ってのはお前さんも理解してるな?」
「艦娘が深海棲艦と戦えるのは勿論のこと、人間に比べてはるかに高い回復能力を持つと聞いたことがあります。」
「そう、けど別に艦娘達は回復能力が高いわけじゃない、少しばかり打たれ強いけど、怪我をすれば人間と同じくらい治るのに時間がかかる。」
初耳だった、深海棲艦の砲にも耐えうる強靭な肉体と、何度でも立ち直れる奇跡的な超回復こそが艦娘の人間と一線を画す由縁であると一般に言われているが、実際に彼女達を見ている者からすればどうも違うらしい。
「入渠ってのを聞いたことは?」
「傷付いた艦娘を癒し、回復させるための手順というか行為というか…」
「そんな認識でいい、けどやってることはただ風呂に入るだけ。艤装に関してはまた違うが、艦娘は風呂に入ることで傷を治してる。」
なんと突飛な話だろうか。風呂に入るだけで傷が治る。湯治という言葉もあるが、それに「奇跡的な超回復」を謳うことが出来る程の効能など在ろう筈もない。しかも傷を負って血を流している体で湯船に浸かるなどそれこそ命を危険に晒す行為に他ならないではないか。
そんな疑問が顔に出て怪訝な表情を作っていたのだろう、軍医はさも当然の反応だと言わんばかりに軽く頷いて、話を進めた。
「風呂に入れば、普通に入るより時間はかかるが傷が治る。おかしな話だし、誰も理由を知らない。けど現に艦娘達はそうして体を治してからまた海に出ている。」
「では何故貴方のような軍医が?それに、こんなに沢山の寝台は必要ないのでは?」
「艦娘たって風邪も引くし病気にもかかる。それは入渠では治せないから、こうして私らがいるわけだ。」
意外だった、こうして聞く限りでは人間と艦娘には、身体的にあまり差異は無いように感じられる。けれども、今知りたいのはそこではない。自分の所為ではあるが、脱線してしまった話を今一度元に戻してもらう。
「戦いが終わって、傷だらけのお前さんが運ばれて来た時…私らは今にも死にそうだったお前さんの手当てを始めた。そしたら丁度その時、ドジで有名な娘が台車にバケツ積んで通りかかってよ。何をどうやったらそうなるのかわからんがそれをひっくり返しちまって、中身がお前さんにかかっちまった。」
「バケツ?」
「ああすまんね、さっき艦娘が風呂に入ると傷が治るって言ったな?そこに高速修復剤ってのを入れると、どんな怪我してようが一瞬で治せるっていう便利な薬液があってよ。でもって、それが緑色のバケツに入れられてるからみんなバケツって呼んでるわけだ。」
つまり、そのバケツというのが先程の話では端折られていた艦娘の超回復の秘密ということだろう。そして、それが傷付いた自分の体に浴びせられた。それが意味するのは…
「僕は、艦娘と同じ方法で治癒された…?」
「その通り、薬液がかかった所が治り始めたもんだから、すぐにお前さんをドッグに運んで浴槽に突っ込んだんだ。そしたらってなわけよ。みんな驚いちまって、お前さんのこと艦娘なんじゃねえかとか、艦娘の子供なんじゃねえかとか、今でも色んな噂が立ってる。」
自分が艦娘と同種の回復能力を得た。別にそれを恐れることも、疎んじることもしないが、ただ素直に喜んで良いことなのかわからなかった。普通の人間であれば誰もが羨ましがり、欲し、妬む奇跡の力。それ即ち、現に軍医が言ったように、人に非る者として見られるということだ。体が凍りついてしまった、それはまだ人との接触を最小限にすれば良い。触れてしまっても夏ならば重宝されることだろうし、軍医のようにおかしな個性と捉える者だっている。海を駆け下等な個体であれ深海棲艦を討つことが出来る、陸にいる限りそんなことを人前で披露することなどまず無いのだから、問題無い。
しかし、今回は実際にその奇跡が大勢の人間の前で起きた。人の噂は波紋のように止められることを知らず、話題性が大きければ大きいほど瞬く間に広範囲に拡散する。今すぐ箝口令を敷いたとしてももう手遅れだ、この鎮守府で知らない者はいないだろうし、そうなれば外部へ漏れるのも時間の問題、あるいは既に漏洩しているとも考えられる。
(だとしたら僕に、もう二度と平穏なんて訪れない。)
拉致されて人類の未来のためという大義名分のもと研究機関で人体実験を繰り返されるか、それとも海上で一生涯戦わせられるか。
『この先日常なんてものとは程遠い、お前が生きてきた場所とは真逆の世界が待ってる』
前に刀が言った言葉が甦る。戦うならばまだいい、どうせ血を見なくては生きられない体になってしまったのだから。しかし、モルモットとして生殺与奪の権利を握られ、愛すべき者もいない死後の世界のために
肩を落とす自分に、軍医は何も言わなかった。もうじき消え失せるこの絶望を和らげようとしてくれないのは、寧ろかえってありがたみを感じる。
例の如く虚空へと吸い出される絶望を見送り、軍医に織部が療養している場所を聞く。戦いに傷付き倒れた結果とは言え、三日も音沙汰無しというのはやはり申し訳ない。館内を出歩くのに少しばかり抵抗はあるが、心配をかけた手前いずれ顔を出さなくてはならないのだから、甘えたことを言ってはおれないだろう。
他にやる事があると言って退出した軍医を見送り、目覚める気配のない電を自分の代わりに寝台に寝かせて、側に置いてあった自分用らしい服に着替える。ここを訪ねた時とはまるっきり異なった柄からして、自分のは既に廃棄されてしまったのだろう。まあ血に
医務室を出ると、待ち受けていたのは延々と続くのではと錯覚してしまいそうな長い大理石の廊下だった。初めて来た時にも思ったことだが、横須賀第三鎮守府の本館は非常に大きな施設だ。旧時代に都市の至る所に建造された超高層ビルとは高さが比べものにならないとの事だが、そのほとんどが世界が崩壊した時に瓦礫と化した今、敷地面積も鑑みればこれ程大きな建築物は多くない。
恐れていた人からの視線だが、艦娘ではないと思われる者は皆一様に忙しく立ち回っており、あまりこちらの事を気にしている様子は無かった。なるべく人目は避けたかったが、一本道の廊下が続く以上それはなかなかに難しく困っていたので、そうして気にかけられないというのは助かる。
所々に据付けられた案内板を頼りに、あまり急がなくても良いだろうと思ってのんびり織部のいる場所を目指して歩いていると、見覚えのある茶色、藍色、雪色の三つの頭が見えた。向こうもこちらに気付いたようで、こちらに駆け寄ってくる。電も含め、あまり似通っていない四人だなと思っていたが、三人共皆一様なフォームで走ってくる姿を見ていると、改めて姉妹なのだと実感させられる。
「紫さん目が覚めたのね!」
「ご、ごきげんようです。」
「
相変わらず威勢の良い雷と、努めて淑女たらんと上品な言葉遣いをする暁、そして耳慣れない言語だが回復を喜んでくれているらしい響達と挨拶を交わし、こちらからは三人の体調について尋ねる。見る限りでは無事なようだが、戦いの時の様子が気掛かりだったのだ。
「大変だったけど、もう大丈夫よ。ちゃんと直してもらったもの。」
「そっか、それは良かった。」
「そう言えば、電は一緒じゃなかったかい?」
「疲れていたみたいだから、僕の代わりに寝かせてもらっているよ。」
「じゃあまだ話はしていないんだね?」
「そうなんだよ、僕はこれから織部中将の所に行くから、悪いけど起きたらそっちにいる事を教えてもらえるかな?」
「いいわ、ずっと付きっ切りだったもの、休む時はちゃんと休ませてあげないと。」
内心、健気に看病してくれていた電を放って出歩いたことを咎められるのではないかと思っていたが、それを許してもらえる程に電は一生懸命付いていてくれたようだ。ならば、電が起きた時にはきちんとお礼をしなくてはなるまい。
「そうだ、電に聞いたの、妹を助けてくれてありがとう。」
「僕が…?僕は何も…」
「えっ、覚えていないの?確かに電は紫さんに助けてもらったって言ってたのよ?」
そのことは雷と響にも言っていたようで、二人共不思議そうに首を縦に振った。記憶の中には敗走中の艦隊の殿を務めたことは鮮明に残されているが、電やその他の艦娘を助けた記憶は無い。しかし、先程軍医から戦闘が終わった後の自分の状態を聞いた時に、身に覚えの無い傷があったため、もしかしたら何らかの影響で失った記憶があるのかもしれない。
いまいち釈然としないまま電の元に行くと言う三人に一時の別れを告げて、再び織部の元へ歩みを進める。その間に再び記憶を整理してみたが、微かな頭痛を覚えたのみで、結局何も見つけられなかった。
「あ、そう言えば『ゆかりの鬼』どこ行ったんだろう。」
ベッドから起き出してからずっと
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「おい、しっかりしろ!大丈夫か?」
気が付けば、美しく長い黒髪を持った女性が心配そうな顔でこちらの瞳を覗き込んでいた。
「ああ良かった、意識はあるようだな。立てるか?全く、急に目の前で倒れるな、危うくこちらの心臓が止まるところだ。」
どうやら倒れたらしい。あの刀のおかげで久しく忘れていた
「ありがとうございます。」
「全く、こう何度も救う機会に恵まれると、そう遠く無いうちに借りを返せそうだな。」
そう言って眉をひそめながらも笑いかけてきた女性の顔は、三日眠り続けていたが故に記憶に新しかった。
「あの時、撤退していた艦隊の旗艦だった方ですね?」
「ああそうだ、長門型超弩級戦艦、1番艦の長門だ。」
「
大和撫子を想わせる美しい黒髪、凛々しく強い信念に満ちた顔立ち、女性らしい曲線美を描く豊満な肢体を持ちながらも、弱々しさを感じさせない気迫を背負った、まさに英傑といった言葉に相応しい艦娘だ。丈の短いスカートと腹部を露出させた和服をアレンジしたような上着、そしてマストを模しているのであろうヘッドギア等、少々奇抜な格好をしているが、それを自然に見せる超然とした態度が、より一層彼女の存在感を大きくしている。
「よせ、武勲など遠い過去の話だ。それより随分酷く負傷していたが、目覚めてから何か不自由なところは無いか?」
「今の所は何とも、本当に怪我をしていたのか疑問に感じるくらいです。」
「そうか…思い出すな、私もこの姿で初めてドッグに入った時は、そんな風に戸惑ったこともあったな。」
口ぶりから察するに、やはり長門は自分が艦娘と同じように
「そう言えば、軍医が言っていた僕を運んでくれた方って、もしかして長門さんですか?」
「ん、ああそうだ。だが別に恩に感じることはない、むしろ礼を言うなら私だ。危ない所を救ってもらった、そのことに深く感謝している。あの時貴殿が来てくれなければ、残った者も含め我々は皆沈んでいただろうからな。改めて礼を言わせてほしい、ありがとう。」
見事な立ち姿から、長門はこれまた美しく頭を下げた。その姿に圧倒され、またそこまで感謝されているのかと思うと酷くこそばゆくなってしまい、二の句が出て来なくなってしまう。困って頭を掻きながら謝辞を受け取っていると、顔を上げてそれを見た長門に「何だその不服そうな顔は」と言って膨れ面をされてしまった。正直言って、こちらも命を救われたということで貸し借り無しにしてもらいたいのだが、長門は義理堅そうだ。それで差し引いたとして、0にならず余ってしまった部分を何かで埋め合わせようとしてくるだろう。そこをどうにか0にすればいいのに、などと思うのは、こちらの身勝手だろうか。それともただのこちら側の惰性が故の価値観か。
「まあいい、ところでこれからどこへ向かうつもりなんだ?」
「織部中将の所に見舞いを兼ねて。寝ていたせいでずっと顔を見せていませんでしたから。」
「提督のところか、だとしたら今は少し難しいかもしれんな。聞き及んでいるとは思うが、先日の襲撃で寝台から起き上がれない程の重症を負った。だから療養に専念するために面会も制限されている。」
中将ともなれば、仕事の都合上毎日色々な方面から面会の依頼が来る。しかし、それに今まで通り一々対応していては体を十分に休めることができない。だから面会を極力制限して体力温存に努めろ、という軍医からのお達しらしい。だとすれば残念だが当分の間は諦めた方が良いだろう、たかが一般人の我儘などそう簡単にまかり通る程甘くはない。
「……そうだ、私が取り次いで提督に紫殿の面会を申請しようか?私ならばそれなりに提督と付き合いも長い、無下には断られないと思うが。」
願っても無い申し出に、二つ返事で乗っかる。日を改めるのも面倒だし、あまり時間をおくのもよろしくない。ならばと長門は一緒について来ることになった。一般人が第三鎮守府の主力と並んで歩く、というのはなかなか異な状況だが、長門はそんなことを気にすることなく、むしろ親しげに話しかけてきた。すれ違った者達が後に語るところによれば、互いに敬意を払いながらの会話でもその姿はまるで友人同士に見えた、とのことだ。
織部のいる部屋の前に着くと、長門は「少し待っていろ」と言って先に入った。面会に制限がかけられているといっても、別に衛士が扉の近くに立っているわけでも、何かしらの書状を持っていなければ中に入れない、ということでもないようだ。まあ外部から来た人間となれば、事務室なり受付なりを通さねばならないだろうから、こうして彼女がなんの躊躇もなく入れるのは、先程言ったように互いに信頼しあう仲だからなのだろう。
「許可が下りたぞ。提督も是非にとのことだ、良かったな。」
長門に促されて部屋の中へ入り、その後大きな寝台とそこに横たわる織部中将の姿が網膜に映し出された。パッと見ただけでも酷い怪我を負っているようで、両足と右腕はギプスで固定され、頭には片目を覆う程の包帯が巻かれていた。
「ようやく目覚めたようですね…良かった、もう目覚めないのではと不安だったところです。」
「ご心配お掛けしました……と言うより、今は中将の方が心配なのですが。」
「なに、安静にしていればいずれ治ります…沈んだ艦以外で死者はいなかった、その代償なら安いものですよ…」
一瞬、横目で見た長門の顔が険しくなる。それに中将は敏感に反応して、彼女のことを責めたわけではないと弁解した。無論彼女にもそれはわかっているのだろうが、余程悔やまれることだったのだろう。
「…紫君」
「何でしょうか?」
「互いに積もる話もあるでしょうが、まだ体力的に本調子じゃなくてですね…だから少しだけ確認したいことがあります…」
「…はい」
中将の雰囲気が変わる。周囲の空気がピリッと張ったのを感じて、紫も姿勢を正した。
「あの時…私の指示に従わず、そして危険なやり方で戦場に飛び出して行ったのは君ですね?」
「その通りです、その節はすみませんでした。」
「いや、最初は驚きましたが、結果として長門達を救ってくれた。だからそのことについては既に不問として扱っています。」
けど、と言って織部が次に紡いだ言葉は、紫が予想していたものであり、そして聞かれたくない部分だった。
「君は、
それに対する答えは用意できていなかった。何せ、自分でもわからない。否、認めたくない部分が多すぎるのだ。
「技術科の人に聞きました、カタパルトで撃ち出された君はスケート靴で海の上を滑っていたと…艦娘でさえそんなことは出来ません。況してや刀で奴らの砲撃を防ぐなんて芸当、自分は聞いた事がない。そして、死に瀕していた君は
それが何故紫に可能なのか、それを聞かれているのであれば紫に回答させるのは難しいだろう。もっとも、理由は単純だ。死んで偶然妖刀「ゆかりの鬼」に再生され、力を与えられたためだ。
しかしそれをどう説明する?崩壊した後の今の世界で、人間が説明できない自然の摂理を大きくこえた事象など星の数ほどある。だが正体不明の超自然的力という言葉で片付けられる程、織部が質問した意図は軽くない。織部は自分を心配してくれているのだ、適当な事を言ってお茶を濁すような真似はしたくなかった。
非常に悩ましい問いかけに対するこの場で適切な答えを、未だノロノロとしているように感じる脳を無理やり回転させて、導こうと努力する。そしてどうにか原型を作ったが、言葉を選び組み立てるのに手間取ってしまう。そんな紫に対して、織部は助け舟を出した。
「自分が何者なのか……自分で聞いておいてなんですが、非常に難しい問題です。自分ですら、ちゃんと答えられません…でも、自分がそうだと信じるもの、そうなりたいと願う理想、そして成りたくないものは君にもあるでしょう?」
つまり真偽は別として、心はどうあるのか、その答えを織部は求めていたらしい。ならばと間髪入れずに思うところを伝える。
「人間です…多分、今はまだそうです。」
「変わる気があるのですか?」
「いえ、ただいつか変わってしまうのではないかと…そして、僕はそれが怖い。」
「……どうなろうと、君は君です。もし自分で戻って来れなくなってしまったら、その時は自分達が腕を引っ張ってあげます。」
すると『達』の部分を肯定するように、長門がこちらの肩に手をかけて微笑みかけてきた。力強く、何より暖かい手の感触が肩越しに伝わってくる。少し熱いくらいだったが、安心できる優しさが込められていた。
一人じゃない。夢の言葉が脳裏で再生される。
(その通り、みたいですよ…)
名は思い出せない、しかし昔そう言って励ましてもらった人物へ、小さく礼の言葉を呟く。
これ以上は織部の負担になるだろうと、長門と揃って退出した。出る前に、もう一日滞在を伸ばしても良いか確認をとったところ、織部は承諾してくれた。住処に帰りたくないわけではなかったが、それよりもう少しここに居たかった。
扉を閉めると、眠り姫を筆頭に四人の少女が紫の名前を呼びながらこちらに駆けて来た。例に漏れず電も姉達と同じフォームで走るので、つい吹き出してしまった。
「あの四人が何かおかしいのか?」
「いえ、ただ四人とも同じ走り方するんだなって。」
「むぅ、そうか。」
どうやら長門はあまりご機嫌がよろしくないらしい。それが何故かわからないまま、彼女は四人が到着する前に表情を正してしまった。
「紫さん、電を連れて来たわ。あ、長門さんも一緒だったの?こんにちは、長門さん。」
「ん、相変わらず元気がいいな。良い事だ。」
雷に声をかけられ、一瞬だが長門の口角が上がったのが見えた。成る程、先程機嫌を損ねたのは四人が紫の名前しか呼ばなかったかららしい。見かけによらず、四人のような可愛らしい少女が好きなようだ。
「紫さん、お目覚めになったのですね、良かった。」
「心配してくれてありがとう。皆から聞いたよ、ずっと看ててくれたんだってね。」
心ばかりの礼ではあるが、頭を撫でて彼女を労う。嬉しさ半分、照れ半分、おまけに幸せ一杯、といった表情でそれを受ける彼女は少しの間、温もりを感じられないであろう手を嫌がることなく堪能した後、急に何かを思い出したようにかぶりを振って手を退けた。何か物申したいことがあるらしい。
「でもでも、電をおいたまま出て行くなんて、紫さんは薄情なのです。」
「ああごめんね、ただ起こすのも悪いかなって…」
「それなら待っていて欲しかったのです、電は怒りました。」
頰を膨らませ、プンプンという擬音語が似合いそうな顔で電はそっぽを向いてしまった。まずい事をしたという自覚はあったが、そこまで怒るとは思わなかった。慌てて謝ろうとするが、その前に響が告げ口をしてしまう。
「電、うそは良くないよ。さっき私たちが説明した時はすぐに許したじゃないか。」
「はわわっ、響ちゃんそれは言わない約束…!」
「紫さんを困らせたいのかい?」
「そ、そんなわけじゃ…」
心底困った顔で電は紫の顔をチラとうかがう、そして演技だとバレたことが居たたまれなくなったのか、視線を下に落として縮こまってしまった。
「ええとじゃあ、おあいこって事でいいかな?」
「……はい、ごめんなさいなのです。」
「こちらこそ、ごめんね。」
これで仲直りは成立した。したのだが、一向に電が縮こまったままでなんだか気不味い。そんな時、空気を混ぜっ返してくれたのは長門だった。
「そうだ、そろそろ腹が減らないか?丁度昼時だし、特に紫、貴殿はしばらく何も食べていないじゃないか。」
「そう言われると、すごくお腹が空きましたね。」
「そうだろう?ならば共に食堂に行かないか?無論、四人も一緒だ。」
紫よりも先に雷が賛成と手を挙げたので、紫も強制的に同意ということになった。まあ元より断る理由も無かったので、そのことに対して問題は全くない。
果てしなく久しぶりに六人という大人数でした食事は、これがまた楽しいものだった。他にも大勢艦娘や職員が周囲で食事を摂っているため、騒々しさはあったが、それも自分の中で「賑やかさ」に変わり心地よかった。
一人じゃない、この時確かに、そう思えた。
どうも、最近色んなことに挫折しそうな影乃であります。
いや本当に!自分の無知無力が嫌で嫌で堪りませんですよ!まあ何とか読者様の存在を思えばこそ、理性を保てておりますが、なかなかに辛いものです。
まあかと言ってそれをこの場で言うのはちとダメですね、反省反省。
作品にはなるたけ反映されないよう心がけましたが、テンションの高低で書きたいものが変わってしまう気まぐれ屋な作者故、作風がいつの間にか変わってる、なんてことも多々あると思われます。お気づきの時は、生暖かい目で笑ってやってください。(^_^;)
次回ですが、回想が終わったということで、時間軸を『現在』、10話の続きに戻したいと思います。急な場面展開で面食らってしまう方もいらっしゃるでしょうから、珍しく予告とさせていただきました。
蛇足
キャラ紹介や、用語解説についてです
キャラ紹介は主要というか作品の中でそれなりに活躍した、または活躍するであろう人物に絞って書かせていただきます。キャラが増えるにつれ脇役や忘れ去られてしまう場合もあるでしょう。けど、もしこのキャラの紹介が見たいと言う方は遠慮なくコメント欄にでも記載して下さい。喜んで書かせていただきます(露骨なコメ稼ぎ)
用語解説についても同様の扱いをさせていただきますと言うことで、今回はここまで。また次回お会いしましょう。