序章:温もりを忘れた青年が提督になるまで   作:影乃と月ノ神

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申し訳ないですが今回7000字いきませんでした!本当にごめんなさい!!(土下座)


16:求める物

 

駆ける、降りしきる大粒の雨を全身に受け、凍てつく風に逆らいながら走る。もとより寒さなど感じないのだ、風雨がどれだけ体温を奪おうと襲いかかろうとも、既に人肌の温度を失った紫には効果が無い。だから気にする事なく足を前に出せる。時間は無いかもしれない、勝手に沈み込んで無駄な時を過ごしておいてなんだが、このままでは間に合わない。

 

吉川 玲奈(よしかわ れな)が危ない。なんの罪もない同級生の身に危機が迫っている。まだ確たる保証は無いが、経験則上あまり時間をかけずに彼女の身に不幸が訪れるだろう。これ以上、もう誰かを悲しませるわけにはいかない。

 

先日、深海棲艦の襲撃があった横須賀第三鎮守府から帰宅する際に、道中で刀に尋ねた時の事が思い出される。

 

(ねえ、1つ聞いてもいい?)

【お、何だよ藪から棒に。】

(はぁ…藪から棒じゃない事くらい君でもわかるだろ。)

【おっとバレちった。さっすが俺の主人(あるじ)よ】

(ふざけて君に話しかけてるわけじゃないんだ、茶化さないでよ。)

【まあまあ、んな肩張らなくていいだろ。んで、どうした?】

 

あまり内心穏やかでなかったため、ムッとしてしまう。こちらのペースに合わせる気のない話し方に、少し腹が立った。だがここで冷静さを欠いては元も子もないので、努めて頭を冷やしながら尋問を始める。

 

(あの深海棲艦の襲撃について、君は何か知ってるだろ。)

【はあ?改まって何かと思えば、そんなことかよ。】

 

ここ数日世話になった第三鎮守府への、史上類を見ない大規模な襲撃事件。軍上層部のみならず、政府にまで衝撃を与えたこの事件に、軍事関係についてよく知らないものの紫は何か別のモノの意思が介入しているように感じた。年度の初めに起きた旧横須賀第四鎮守府への襲撃、続いて偶々訪れた第三鎮守府へ降りかかった災厄。たった二回、けれども自分のよく知る者達が危機に瀕する程の事件をごく短い期間に目の当たりにして、原因は自分にあるのではと不安になったのだ。

 

【少し考え過ぎじゃねえの?不幸が起こった現場に偶々何回も居合せる、なんて生きてりゃ一回はあるだろ。細かいことばっか気にしてると、折角くれてやった寿命がドンドン減ってくぜ?】

(いいから答えろ)

 

少し、いやかなりの怒気を孕ませて返答を強要する。話をこれでもかと脱線させてくる刀の声に苛立ちを隠せなくなったのもほうだが、会話のペースをこれ以上崩させてなるものかという意思表示でもあった。

 

【要はあの怪物共を呼び寄せたのは俺かって疑ってんだろ?なら半分正解、半分ハズレだ。】

 

答える気などこれっぽっちも見せていなかった刀が、拍子抜けしてしまいそうな程すんなり自白した。威圧したのが効いたのではないらしい、元より話す気があったのか、聞かれれば答える気でいたかのどちらか。まあそれはどちらでも構わない、今紫の脳内を占めるのは予感が的中したことに対する少くないショックと、今までそれを黙っていたことに対する憤りだった。

 

しかし、半分ハズレとはどういうことだろうか、何が違うと言うのか。

 

(……正解しなかった残り半分は?)

【知りてえか?ならまずは前提の話をするぜ。お前を蘇らせた時、俺はお前の記憶を最初っから全部、今お前が忘れてる分まで見せてもらった。】

(僕が忘れてる記憶?)

【お前が忘れることを望んだ記憶だな、この前ちょっと思い出したみてえだが、その分だともう忘れたろ。】

(それに関して教えてくれる気がないなら、とっとと続きを話してくれる?)

【ははっ、わかってんじゃねえか。でまあ話を戻すけどよ、俺はその時お前の()()を見つけた。】

 

弱点、意地の悪い頭に巣食う声から言われたそれは、元の言葉よりさらに意地の悪い響きをもって脳に染み付いた。

 

【お前、愛に飢えてるだろ。誰かに愛されたい、誰かと共に居たい、誰かに必要とされたい、一人になりたくないってな。】

 

胸の奥の、誰にも触れられたくない部分を無遠慮に鷲掴みさせられたような気がした。当然、以前から自分にそのような面があることは自覚している。自分へ向けられる他人の目を常に気にかけ、否定や侮られることを嫌う。その不快な視線に晒される日々に嫌気がさすと、自分を否定しない従者を作り出し、また理解者が現れればそれだけで完結させようとした。

 

間違いなく、自分は他者の存在に飢えている。だがそれを自覚するのと、指摘されるのでは雲泥の差だ。それを拒絶する心が、発作的に否定を強く願う。しかし、それによって発生する矛盾に気がつくと、自分が酷く醜悪に思えて仕方なくなった。普遍的なはずの欲求がほんの少しばかり強い、それだけのことを刀に強く批難された気がした。

 

【そんな事を知ってどうするのかって思ってるだろ。それはな…】

 

腹立たしい程の間を空けて刀が放った一言は、自分の正気を疑う程の狂気に満ちた、非常にショックな言葉だった。

 

【いずれ、お前には壊れてもらう。精神的にな。】

 

あまりにも唐突で、意外で、信じ難い一言だった。蛇が小動物をゆっくりと吞み下すように、ジワジワと脳裏に浸透した言葉の毒のおかげで思考が麻痺し、一時的に脳内が白紙同然になる。だがそんなことには御構いなしで刀はさらに言葉を続けた。

 

【だからお前にはその弱点を利用して、2つ呪いを掛けさせてもらった。1つはお前に触れて一瞬でも冷えと思った奴に不幸をもたらす呪い。】

 

先日の第三鎮守府に規格外の規模を持つ深海棲艦が攻めてきたのは、これが原因だと言う。あの時、(いなづま)を始めとした四人の艦娘、そして小鳥遊 織部(たかなし おりべ)中将が紫に触れてその異常を教えてくれた。その際に、自分を媒介として呪いをかけられたのだそうだ。そしてそれが元で、第三鎮守府は手酷い損害を被った。疫病神とはこの事だ、自分は呪いを振り撒きに行ってしまったことになる。

 

もっと早くに知っていれば防ぎ得た悲劇だったのだと思うと酷く遣る瀬無くなり、悔恨の海に心が沈みそうになったが、刀はそれにさらに追い討ちをかけてきた。二つ目の呪いの内容、それがとんでもなく理不尽で、信じ難いものだったからだ。

 

 

【そして二つ目、お前が心から愛した奴の命を奪う呪いだ。】

 

 

後悔した、あの時黙って死を受け入れ、また片時でも自分に不可欠な物としてこの最悪の妖刀を見したことを。これを聞いた時、すぐさま刀を破壊しようと試みたのは何ら不思議なことではない。だが怪物の堅牢な外殻を切り裂くだけの力を備えた妖刀である、そう簡単に成せることではなかった。また例え破壊された所でこの第二の命が燃え尽きるまで呪いは消えることがないと言われ、断念する他無かった。嘲笑うように刀が言い放った、あの意地悪い言葉が忘れられない。

 

【精々抗ってみせろよ、壊れたくなったらいつでも相談に乗るけどな。】

 

だから誓った。もう誰も傷付く事が無いよう、この身が朽ちるまで一人で戦い続けると。

 

だが、玲奈に触れてしまった。本当はあの時、触れるか触れないかの所で止め、温もりが消え失せていることに気付かせようとしたのだ。だが、彼女は自分と触れ合うことに待ちきれず、自らその手を取って頰に当てがってしまった。せめて自分のことを嫌うように、または畏怖の対象として見るように仕向けたが、慣れぬことに自分の心が耐えられず、行動が遅れてしまった。

 

 

学校への道を辿り終え、今度は民家の屋根伝いに玲奈の姿を追う。実のところ彼女の家を知らないため、高所から探すしかないのだ。晴れていれば空気中に残る化粧の匂いと足音で探知できるが、生憎今は予報外れの豪雨だ、匂いは洗い流され音は雨音でかき消える。外を出歩く者が少ないのを利用し、地上からではその全貌を把握することが難しい乱雑な住宅地の動線を見下ろす。だが見つからない、たかが地上15m程度では死角が多すぎる。

 

懸命の捜索を続けていると、突然微かな金切り声が鼓膜に飛び込んできた。距離はわからない、また一瞬のことで漠然とした方向しか割り出せなかったが、もしやと思い進路を悲鳴の方へ取る。その間に別人であればと願ってやまないが、予感はこと都合の悪い時に限って自らを導くものだ。

 

次第に助けを求める女の声が延々鳴り響くようになり、それに伴って膨れ上がる焦燥が脳を席巻する。急げ急げ急げ急げと、これ以上速力を上げることのできない両足を叱責し、辛うじて冷静さを残した部分で悲鳴の主を探すことに注力する。

 

悲鳴を上げていた女との距離が20m程の所に差し掛かったあたりで、一際大きく悲痛な叫びが上がると、それっきり何も聞こえなくなった。その事で焦りが爆発し、最悪の状況を描く思考と混ざり合って冷静さを弾き飛ばしてしまう。視覚を除いた全ての感覚を忘れ去り、無我夢中で曲がり角を曲がった。

 

果たして、予感の通り悲鳴を上げていたのは玲奈だった。だが、塀にもたれかかっている彼女の目は恐怖に見開かれ虚空を見つめたまま動くことはなく、その腹部は夥しい血で赤黒く染められそのまま地面にまで彼女の()を広げようとしていた。間違いなく、絶命している。見れば彼女の真向かいには一人の男が立っており、彼女の命を絶つ際に使ったと思われる血の付いたサバイバルナイフを手にしていた。

 

その姿を見た時、異形と化した自分の中に巣食う極めて野蛮な性質が目覚め、放たれた矢の如く男に向かって迫った。人外の速度で接近してくる紫に面食らった男は、回避する間も無く蹴り飛ばされ、濡れたアスファルトの上を転がされた。掠れた声で呻いて腹部を抑えながらも、すぐに脅威が迫っていることを理解した男は逃げの体制をとり始める。だが、それをぼんやり紫が眺めているはずがない。背を踏みつけ再び地に這い蹲らせた。

 

「誰だ、一体何の恨みがあってこんなことするんだよ!」

「……吉川 玲奈を殺したのはお前だな?」

 

その名前にハッとして、男は紫の顔を確認しようと首を捻った。そして、すぐにそれが驚きの表情に変わる。

 

「紫…!」

「もう一度だけ言うぞ、吉川 玲奈を殺したな?」

「ちょっ、何だよお前!玲奈のことフッたんじゃねえのかよ!それともあれか?正義のヒーローぶって粛清のつもりですか?」

 

煩く、そしてみっともなく喚く男に飽き、刀を振り上げる。狙いは頭部だ、その耳障りな声を発する声帯ごと真っ二つにしてやろうというわけである。それがわかったのか、男は急に態度を変え命乞いを始めた。紫の友人を名乗ってまで。

 

「今まで笑って悪かったって、だから頼むよ、友達を助けると思って…!」

「……お前、誰?」

 

サッと音が聞こえて来そうなほどわかりやすく、男の顔が青ざめる。何の冗談だの、何組の何番誰々だの言っているが、紫は本当に知らなかった。否、正しくは男の事などこれっぽっちも覚えていなかった。終いには紫に踏まれながら泣き始める男。だが、今の紫にはそれが哀れとも思わない。

 

「命を軽んじる自己中心主義のお前に、同情すると思ったら大間違いだ。」

 

それだけ聞かせて、上げた刀を振り下ろした。脳天を割り、胸の中程までから竹割りにされた男はいとも容易く絶命した。ビクリと身体を震わせたきり、生命からただのモノへと変貌する。血と心臓、頭蓋から溢れる脳が雨と共にアスファルトに流れて、穢れを具現化したような色で濃い灰色を生物が嫌悪する色に染め上げていく。

 

 

だが、ここで異変が起きた。男の死骸が、切り口からどんどん砂のような粒になって崩れていったのだ。熱を失ったドス黒い血赤色の砂は、雨に打たれても固まることなく、やがて風に舞い上がって血の滴る刀身にまとわり付いた。刀はそれをさも当然のごとく次から次へと吸収し(喰らい)、やがて脳汁すら余す所なく舐めとってしまう。そしてついに、男のいた痕跡は跡形もなくなった。

 

「…何をしたの?」

【こんな()()()()()、放っておくのは勿体無いだろ?】

 

訳もわからないことを言い出す。まあ価値観の齟齬が見られるのはよくある事なので、別段気にしなかった。本来それでも気にするべき事であるのに、この時の紫はあまりにも無頓着だった。

 

まだ血の残る刀の洗浄を雨に任せ、抜刀したまま吉川 玲奈の骸の元へ歩み寄る。もう救急車を呼んだ所で手遅れだろう。それに、通報しようにも生憎通信手段がない。偶然彼女を発見した体を装って道行く人に通報してもらおうかという、やっていて自分でも吐き気がするであろう演技の予行をしようかとも考えたが、やめた。一先ず、彼女が自分の部屋に置き忘れた荷物を傍らに置き、その恐怖に引きつった顔を覗き、そっと目を閉じさせる。

 

雨は一向に弱まる気配を見せない。大粒の水滴をいくつも背中に受ける感触が、心にこびり付いた狂気を洗い流す。無骨な氷の感受性が融け、有るべき負感情をやっと取り戻した。

 

「ごめん…間に合わなくて……」

 

目の下に、雨とは異なる感触の液体が留めなく流れてくる。視界をぼやけさせるだけの邪魔なそれを、しかし紫は拭わない。悲しみを愛おしむように、見苦しい嗚咽も、雨と涙でグシャグシャになった顔も、押し殺して隠すことはしなかった。また消されてしまうだろうから、この理不尽と不条理を憂う気持ちを一瞬でも長く感じていたかった。

 

一頻り泣くと、まるで湯気が消えていくように悲しみが消失し、それに呼応するかのように豪雨も止み始めた。

 

立ち上がり、静かにその場を離れようとした時。ふと、向こうからよく知った顔の女子が歩いてきた。それも今、この場で最も出会いたくない人だった。

 

「紫?こんな所で何を……玲奈!?何で倒れてるの!?」

 

傍らで倒れている吉川 玲奈に向かって、紫の元竹馬の友である南谷 茜(みなみや あかね)は駆け寄った。驚きのあまり一瞬固まってしまった紫を突き飛ばし、彼女は既に亡き者となった友に声をかけるが、すぐに腹部の傷に気が付き涙を流した。

 

「玲奈!玲奈…!何で、どうして……」

 

冷たくなった亡骸を抱き寄せ、彼女もまた号泣した。だが、紫などよりもずっと強い彼女は、嗚咽を抑えながらすぐに救急車と警察に通報を始める。そしてそれが終わると、紫の方を振り返り涙目で糾弾し始めた。

 

「どうして…玲奈を殺したの…?」

「違う、僕じゃ…」

 

と、そこで気づく。未だ仕舞っていなかった刀の刀身から、鮮血が滴り落ちていたことに。また吉川 玲奈の腹部もいつの間にか色鮮やかな紅に染まっており、そして彼女を殺めた真の犯人の骸もとうの昔に消失していた。

 

必死で弁明したが、茜は信じようとはしなかった。当然だ、これだけ証拠が揃っていれば、自分が逆の立場なら絶対に虚言を吐いているとしか考えない。ましてや、討伐したとされる犯人の死体が無いこの状況で、どうすれば自分が第三者だと証明できるのだろうか。

 

「何で、そんな嘘吐くの…?紫のこと、私あれからもずっと心配してたのに……親友だと思ったのに…」

「嘘じゃない、嘘じゃないよ……だって僕に玲奈さんを殺す動機なんて無いじゃないか。」

「っ!……でも、紫クラスのみんなのこと好きじゃなかったじゃん。」

「確かに、どうしようもないこと(あげつら)って笑われて辛かったよ。でも玲奈さんは周りに合わせて、笑ってただけだ。面白がってたことは変わらないけど、僕を馬鹿にしていたんじゃないってことは知ってる。」

 

でなければ、あの日彼女を救ってはいない。そう言うと、茜は黙り込んだ。だが、まだ友人の死を目の当たりにして冷静さが欠けてしまっている彼女は、未だに猜疑の目で紫を見ることをやめなかった。

 

「ごめん紫、信じてあげたいけどできない……だって玲奈が可哀想だもん。誰に殺されたかもわからないなんて、そんなの報われないよ…」

 

犯人なら殺された本人と自分が知っている、だがそれを口に出すのは憚られた。今茜を納得させられるのは、紫が犯行に及んだという偽りの事実だけなのだから。そして、この時自分が殺めた男のことを覚えておかなかったのを、後悔した。

 

遠くからサイレンの音が聞こえてくる。どうするべきか、それは茜が答えをくれた。

 

「行って…それから、もう二度と私の前に現れないで。」

 

これがかつての親友に対する、最後の情けということだろうか。当然紫も無実の罪で縄を掛けられることは御免なので、小さく礼を言ってその場から離れた。だが、もうこの土地からも離れなくてはならないだろう。この時バケモノは居場所を見つけるために、平穏を捨てることにした。

 

 




内容薄くてあまり字数が伸びませんでした…
おまけに今週ものすご〜く忙しくなるので、執筆の時間が取れないと思います。なので、こちらの勝手な都合で申し訳ございませんが、来週の投稿はお休みさせていただきますm(__)m
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