今回お送りするのは18話でありますが、今日はこの後19話も投稿します故、そちらもお楽しみに
苦しい
ロクに水分を摂っていないため、度重なる咳に侵された喉が悲鳴を上げ、呼吸を一つするのも苦痛だった。干上がった口内は一滴の唾を喉に落とすことさえ許してはくれず、延々と渇きに苛まれる。苦しみに悶えようとも四肢が鉛に成り代わったかのような倦怠感に阻まれ、身動ぎ一つするのも億劫になってしまっている。水を求めて声を出そうにも、乾いた声帯は震えることなく、ただ掠れた音と共に呼気を吐き出すだけで、まるで使い物にならない。
虚無だけで構成された独房に、何度も何度も咳の乾いた音が木霊する。おそらく今がピークなのだろう、果ての見えない断崖絶壁をただひたすら登っているかのような、物理的な苦しみと先行きの不透明さ故の苦しみが続く。
一応、希望とも呼ばれない程度の希望ならあった。供される食事が酷く質素なこと。まともな栄養素を含んだ食事なら、脳が今以上の苦痛を感じ、防衛本能に従って今頃精神を粉々に粉砕してしまっていただろう。こんな酷く寂れた場所で、自我を持った自分としての生を終わらせるなど、考えるまでもなく御免被る。
そしてもう一つは持病だ。真昼間だろうが会話中だろうが問答無用で意識を奪う非常に厄介なこの病は、苦しみのあまり自らの力で眠りに落ちることのできない体を、僅かながらでも休ませてくれていた。今できることと言えば、目が覚める度に次の眠りをひたすら願うことだけだった。
『壊れたくなったら、いつでも相談に乗るけどな。』
こんな時でも、否、こんな時だからこそあの刀が言い放った悪魔の囁きが甦る。最近、日増しにこの言葉を思い出す事が増えている。いっそこのまま精神が崩壊した方が楽なのではとチラと考えるようにもなってきた。人に関われない、誰かを愛することもできない。とうに壊れた世界で、隣を歩く誰かの存在を求められないなら、一体この先何を糧に生きて行けば良いのか。わからなければわからない程、悩めば悩む程、答えを欲する欲望は夜毎にどんどん膨れ上がる。生きる意味を見出せないというのは本当に辛い、自分を肯定できない事が途方も無く悔しい、無価値に塗れた日々をのうのうと生きるのが酷く悲しい。けれども、かと言って悪魔の手を取ることは、揺らぎながらもまだ立っている自分の意思が許さない。延々と続く先の見えない闇の中で生きるか、堕落して人外に甘んじるか。人間は楽な方へと流れたがる。紫の心の中にも常に、自分と自分を取り巻くしがらみを捨て去ってしまいたいという欲望が、手を伸ばせば簡単に届きそうな所で渦巻いていた。
そうこうしているうちに、また眠りの時が来た。苦しみを全て現世に残したままの一時的な逃避でしかないそれは、目覚めた時の絶望を助長することしかしないが、紫はそれを拒むことはできなかった。
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大本営、そこは海軍の中枢たる最高機関であり、日本各地の沿岸部に散らばる全ての鎮守府、警備府、要港部に対する絶対的な支配権および発言権を有している。旧時代の大戦時に存在した大本営を模して設立されたが、陸軍が存在しない今(それに準ずる私的組織はあるが)専ら海軍組織の統治を主に活動している。
先述の通り、大本営の持つ権限は絶対王政の如くであり、一度下された命令は何があろうと遂行され、稀に召集される大本営会議で決定されたことは二度と覆されない。当然、人類が何度も繰り返し失敗してきた体制だ、欠陥なら探せばいくらでも出てくるが、それでも今の体制を変えないのは、未だ安定しない政治体制に端を発する。確固たる秩序の基盤が出来上がっていない今の世だ、強者が弱者を統制するのが最も手っ取り早い。
とは言え、何者の言葉も聞かぬほど愚かでも融通が効かないわけでもない。上奏は正式な手順を踏めば比較的簡単に、そしてそれが活かされる場合も多い。また総帥への謁見も頻繁だ。そういうわけで、昨日
気になることは多い。彼が訪ねて来た時のこと、その後のこと、何故大本営がわざわざ彼に目を付けたのか、そして一度明るみに出れば手痛い非難を浴びるであろう愚行に何故あの男が手を出したのか。
(大体は聞いてみればわかることでしょうけど…)
かと言って見聞きしたもののみを鵜呑みにし、また自ら考えることを放棄するのは、死んでいるのと変わらない。答え合わせはある程度しっかり考えた後だ。
色々と思案を巡らせているうちに、目的の執務室の前に到着した。ここ大本営にはいくつか執務室と呼ばれる部屋があるが、その中でも限られた人間のみが使用を許される…とは言っても大体総帥が陣取っているためそれ以外が使うことはまずないが、上位階級の者にとって立ち入ること自体がステータスとなり得る、
ノックはせずに、マホガニーを思わせる木目が美しい重厚な扉を開ける。ノックをしないのは、単純にするだけ無駄とわかっているからだ。内から外へ、また外から内への音を遮断するように作られた扉は、ノックの音さえ吸収してしまい中にいる人間に伝わり辛いし、また中にいる人間に聞こえていたとしても応答は外に聞こえてこないので、結局いるかいないか、また立ち入りが許されたかどうかを確認することなく中に入ることになる。
「失礼します、横須賀第三鎮守府提督代理、香取です。」
「御苦労、入りたまえ。」
横須賀第一鎮守府の提督にして、実質の現海軍総帥
「ふむ、いつ見ても美しいな。我が鎮守府にも
「お褒めの言葉、有り難く頂戴しておきます。」
来た者に決まってこのように気休く声をかけてくる群青大将だが、西洋式の豪奢な執務室という場において全く見劣りしないどころか空間を完全に支配しているかのような気迫を感じさせるこの男は、圧倒的な存在感をもって相見える者に途方も無い距離感を感じさせるので、全くフレンドリーな性分として見られる事がない。まだ四十路と軍のトップに立つ者としては若いが、彼の風貌を一目見れば誰しもがそのことを
「して、私の秘書を震え上がらせてまで謁見しに来たのだ、余程の事があったのであろうな?」
「はい、一つ誤れば軍の名誉に関わる事ですので…」
「安心してもらって結構、人払いはしてある。」
「ありがとうございます、それでは単刀直入に言わせていただきます。今現在ここの地下牢に監禁されている青年、
「天凪…?」
群青大将の顔が曇る、まるでそんな人物など知らないとでも言いたげに。
「其方は聡い、故に虚偽の発言だとは思わないが一体情報源は何だ?」
「青年を監視している看守の方に聞きました。そして私が独自に調べたところ、青年は四日前にここへ連れて来られ、三日間に渡る暴力的な聴取を受け昨日投獄されたそうです。」
「大本営に送られる容疑者に関しては、私は全て把握しているが、青年と呼ばれるような年齢の者は確認していない。こちらの不手際も考えられるが、その件に関して一先ず私は一切関与も認知もしていないと言っておこう。」
「ですが、実際に彼は拷問のような聴取を受け肺炎になり、十分な治療も受けられないまま牢で苦しんでいます。」
「…他にこの事を知っている者は?」
「地下牢の看守の方々、話を聞いた看守の友人と見られる方、そして尋問を行なった方々でしょう。」
「事実であれば明るみに出してはならない問題だ。まずは確認を急ごう、今珈琲を持って来させるから、それまでそこに掛けて待つといい。」
そう言って電話をかけ始めた群青大将を、脅した人物とは違う秘書から受け取ったコーヒーカップを片手に待つ。普通立場的に逆なのだが、それでいいと言うのであればそうしておく。どうせ何かできるわけでもないのだから。
「……そうか、なら後ほど詳しい話を聞かせてもらおう……香取、青年が地下牢にいることの事実は確認した。だが解放はまだしてやれそうにない。」
「どうしてですか?」
「かの者は深海棲艦のスパイだという容疑をかけられてここへ連行されたそうだ。非公式の逮捕とは言え、聞き捨てならない。私直々に聴取を行う。」
「そんなっ!彼がスパイだなんて、況してや深海棲艦の味方などあり得ません!彼は未成年の人間です!」
「私はこの両目で見、両耳で聞いたことしか信じない。それに、ただの人間がそんな取って付けたような容疑で捕まるものか。」
「しかし、彼は今聴取を受けられる状態では…一時医務室へ移しある程度回復を待ってからが望ましいかと。」
「駄目だ、容疑者を外に出すことは許さない。だがまあ治療くらいは施してもいいだろう、物も話せない状態では困るからな。」
どうやらこれ以上は何も望めそうにない。せめて紫のいる地下牢への立ち入りの許可をもらって、香取はその場を後にした。
地下牢に行くと、今か今かといった様子で
「どうでしたか?」
「申し訳ありません、まだ解放は……容疑がかけられているから出せないと。勿論根も葉もないものですが、キチンとした治療を受けさせた後に大将自ら聴取を行うとおっしゃっていました。」
それを聞いてみるみるうちに相沢の顔がしょげたものに変わる。紫の咳が一向に良くならず、見ていられない程なのだそうだ。助けてあげたくて仕方ないのだろう、そんな彼の期待に添えなかった自分が不甲斐なく思えて仕方ない。
「いっそ、マスコミにでもこの情報を…」
「いけません、そんなことをすれば折角まとまりつつある日本が寄る所を失ってしまいます。」
「しかし、いつまでもこんな劣悪な環境に病人を置いておけないでしょう?看病できるったって、ロクな飯も食わせられないなら良くなるもんも良くならないでしょうし。」
彼の言っていることは正しい、地下牢など病人を看護するような場所ではない。しかし群青大将が自ら決めたことだ、引退した元元帥でさえ先程の彼の発言を取り消すことは難しいだろう。
「今、私達にできるのは彼の病状が早く好調に向かうことを願うのみです…」
「そんな、なんでそう簡単に諦められるんですか?貴方ならまだ…」
まるで自分のことを、できる努力もしない愚か者だと責めているように受け取れる非難の言葉が、相沢の口から出た瞬間、気付けば手が彼の頰を乾いた音を立てて強かに打っていた。
「んなっ…」
「諦めることが、簡単だと思いますか?私達艦娘は、そんなに心の無い人擬きだとでも言うのですか?」
「いや、俺は別にそんな…」
「私は言いました、無茶をしようとしていた貴方がたに代わり紫君を救い出すと、約束しました、けれど果たせなかった。それがどれだけ辛いかわかりますか?貴方がたを失望させてしまった自分の無力さを、私がどれだけ嘆いているとお思いですか?」
相沢が怯む、だが彼に、そして自分に対する怒りが心に蟠った物を全て吐き出そうとして止まない。
「何事も諦めないことが肝心とよく言われます。とても良い言葉で、戦いの場に立つ身として私も日頃常に意識しています。けれども諦めなければならない場合もある、貴方は何事も今まで諦めることなく全部やり遂げてきましたか?もうとうに成人されているなら、諦めないという言葉の難しさはもうわかるでしょう?群青大将の決定です、それが誰にもどうすることができない事だとわかりませんか。」
「でもあいつは俺達が守ってやんないと!国民を守ってこその軍でしょう!」
「軍は今の彼を守るべき対象として扱っていません。私はそれに同調するのは不服です、でも群青大将の意思に、軍の総意に逆らってどうしますか?守るべき者は彼一人ではないんです。そして貴方が守れるのは彼一人だけじゃない、今ここで命を落とすようなことになればこの先貴方が救えたはずの人々を救うことができなくなります。」
「しがない一兵卒の看守が救える人間なんて、たかが知れてますよ。このまま一生こんな暗い所で働くくらいなら、せめて誰かに感謝されて死ぬほうがマシです!」
「子供みたいな事を言って甘えるのはいい加減にしてください、自分の自己満足を押し通して勝手に死のうなんて、大の大人が何を言っているのですか!」
「自己満足って、俺はあいつの事を考えて…!」
「なら彼を秘密裏に脱獄させますか?そんなことをすれば貴方だけではなく、何の罪もない彼にまで汚名を着せることになるのがわかりませんか。」
相沢はもう何も言い返せなかった。一方香取もこれ以上何も言いたくなかった。紫を救いたいと願うのに、それを今は不可能だと言うしかない自分が、言葉を重ねる度にどんどん悲しくなっていくのだ。軍にいて自分の信念を曲げなければならない時は多い。純粋な正義が、正義のための悪に抑圧されても、それを見て見ぬフリをしなくてはならない、以前はそれが苦痛だった。今でこそある程度割り切りができているが未だに良心は傷付き悲鳴を上げる。だがその点相沢はすごい、看守という人の闇を目の当たりにする事が最も多いであろう仕事に就きながらも、青年のような正義感を持ち続けている。正義を貫き通せないことを悔しがり、理不尽を憎んでいる。羨ましいと思った。大層生きづらいだろうが、香取が理想とする正義感がそこにあった。
「……彼の独房に立ち入る許可は得ました、時間のある時にでも彼の看病をします。」
「俺は…」
「約束は果たせませんでしたが、私は自分のできるだけの事をします。貴方はどうしますか?」
「……」
問いかけたものの、返事を待つ事はせずに香取は紫の独房へと向かった。残された相沢は一人呆然と立ち尽くし、それを見兼ねた看守長が彼の肩を叩く。
「お前の言ってることは間違ってない、だが端くれとは言え俺達は軍人だ、
ヒーローじゃない、その言葉が心に突き刺さる。けれども、ああこの人も自分と同じだったのか。それを思うと、不思議と今まで抱いていた畏怖の念がすうっと薄くなっていった。
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目が覚めると、香取が側に座っていた。何故いるのか尋ねると、どうやら看病に来てくれたらしい。ここは独房なのに大丈夫なのか気になったが、すっかり参ってしまった精神は彼女の存在をすぐに受け入れた。近くに誰かがいる、それだけでささくれ立ち風化したアスファルトのように崩れかけた心が癒されていくのがわかる。呪いの都合上触れることは自ら拒なくてはならなかったが、香取の優しく包みこまれるような暖かさのある言葉を聞くだけでも十分だった。
もしかしたら、彼女はランプの貴婦人の生まれ変わりなのかもしれない。こういう時なのに、そんな下らない考えが頭を過る。最近は鹿島贔屓だという横須賀第三鎮守府の提督である織部が、それでも彼女を選んだ理由が何となくわかった。艦娘はその女神をもたじろがせる程の容姿から目の保養だなんだと言われることも多いが、彼女達が美しいのは外面だけではない。全ての人間を包みこむことができる程の愛の美しさが心にあるのだ。そして、愛の表現の仕方が人間一人一人異なるように、艦娘もそれは同じだろう。織部は香取の控えめながらも、側にいるだけで常に暖かく確かな愛を感じられる、そんなところに惹かれたのではないか。今度、彼女の知らないところで聞いてみるのも悪くないかもしれない。
織部を魅了した香取の愛の一端は、幸いにして紫にはとうの昔に忘れてしまった亡き母の温もりを伝えてくれるような、親から子へ与えられるようなものとしか感じられなかったが、もう少し深みに落ちれば織部同様、紫も内面的外面的にも彼女の虜になってしまうかもしれない。ならば回復を急いだ方がいい、彼女のためにも、自分のためにも、そして彼女を愛する者達のためにも。彼女に感謝するからこそ、早い段階で彼女との交わりを断てることを紫は願った。
紫?『香取は私の母になってくれたかもしれない女性なのだ(キリッ)』
紫「言ってないよ!!」
作「ええやん、一度言ってみたかったんよ。」
紫「良くないしわけわからないよ!ロリコンだのマザコンだの変なキャラ付けはやめて!」
そんなわけで(どんなわけだ)18話でありました。とは言っても、今回後書きで何かやろうとかはあまり考えていないわけですが…(キャラ紹介以外)
まあ気を取り直してキャラ紹介に移りましょう、今回はこの方!
長「長門だ……他に何か?」
紫 (とか言いつつすごく色々聞いて欲しそう…)
『長門』
読み方:ながと(ながもんじゃないよ)
今でこそ大和の方が知名度があるが、当時は秘匿され続けた大和と違い数多くの武勲を上げWWⅡを生き残った名戦艦である。作中では某アニメのような「かわいいでちゅね〜(´ω`*)スリスリ」等のポンコツぶりは見受けられず(他の『長門』は知らない)、原作を意識したThe武人として描くつもり(裏じゃ好き勝手してるみたいだけど)
作「というわけで、今回はオフの長門さんをお送りしていきましょー!」
長「うおおお!?ノックもせずにいきなり入ってくるアホがあるかー!!」
紫「ちょっ、流石にそれはマズi……え?」( ゚д゚)
長「だあああ!見るなあああ!!」
作「Oh…素敵な趣味をお持ちで…」
紫 (やたら可愛い部屋着に…等身大電ちゃん抱き枕…駆逐艦ブロマイドぎっしりのアルバム…フワモコな縫いぐるみ多数……)
長「や、やめてくれ紫…!そんな汚物を見るような目で見ないでくれ!」
紫「え、あーそんなつもりは無いですよ?目が良くないから目つきが悪くなってるだけで…(嘘)」
長「ならそんな人相が悪くなる程マジマジと見るな!」
紫「大丈夫、女性らしい素敵な趣味だと思います。」
作「本音は?」
紫「誇り高き武勲艦にこんなキャラ付けがされたのかと思うと、哀れに思えて仕方ないです…」
長「別になんでも良いだろう!?私だって人の心を持っているのだ!哀れまれる道理は無い!」
電「あ、紫さん。何をしているのです?」
紫「ああ電ちゃん、今こっちに来ない方が…」
電「……」
電「……お邪魔したのです。」
長「あああああああ!待て!待ってくれええ!!」
作「僕らももう行こうか。」
紫「今日のことは無かったことにしよう…」
長「き、貴様らああああ!!」
作中では見られない長門さんの姿でありました、それではまた19話でお会いしましょう。