まだ出ません、以上
高く
「そしてボロボロに崩れた赤煉瓦…」
「いや〜、これは派手にやられてますね。」
何の気なしに漏らした呟きを拾い上げて律儀に一々レスポンスを送ってくる0と1で構成された電子のメイドに頷くと、手にした携帯のカメラを周囲の瓦礫に向ける。ぱっと見記念撮影しているのかと思われそうな格好だが、
「仕方ないこととはいえ、これ割と面倒だな……専用の三脚作って勝手に360°回せるようにする?」
「そんなこと言ったらマスター、その三脚持ち運ぶの面倒くさいなんて言うに決まってるじゃないですか。」
「それもそっか、茜に頼もうかな…」
「茜様は只今他の方々とキャッキャウフフですよ。」
「誤解生みそうだから付け加えさせてもらうけど、女子グループで一緒になって水遊びしてるだけだからね?」
このメイド、なまじ無駄に語彙力と文法力があるせいで、時々今のように聞く人によっては不適切な言い方をすることがある。本人はただのジョークのつもりだろうが、まれに冷や汗が吹き出しそうなくらいトンデモな発言をすることがあるので、割と行動を共にするのは不安要素が強過ぎたりする。それでもこうして態々携帯に移植して連れて来たのは、不安を少しでも和らげるためだ。
現在、紫達は校外学習の一環として鎮守府跡地に来ている。何でも学校長の旧知に当たる人物に軍の関係者がおり、近々ここを完全に更地にするという話をその人物から聞いたのだそうだ。そういうことなら更地にする前に是非見学させて欲しいと頼む校長に、軍の上層部直々の許可が下り、近くの旅館での宿泊を含めたこのプチ宿泊研修が急遽今年の行事予定に組み込まれた、というわけである。
だがこの鎮守府跡地は、昨年深海棲艦の襲撃で崩壊させられたばかりであり、一応目の前の正面海域では哨戒部隊が警備にあたっているらしいが、100%の安全が保証されているとは到底思えない。他の生徒は学習とは何だったのかとツッコミを入れたくなるほど長い自由時間(多分、見るものが瓦礫しかないから)と滅多にないクラス単位での宿泊に浮かれているが、紫はどうも先述の不安要素のおかげで無防備にはしゃぐ気になれずにいた。そんな釈然としない気分の中、メイドさんを連れて来たのは、考えたくもない最悪のケースにおいてかなり有効であると判断したためである。無駄としか言えないレベルの
「それにしても、日差し強いな…今何度?」
「只今25℃、そこそこ暑めですね。」
「からっからに晴れてるおかげで体感30度くらいあるんだけど…」
「まあマスターもやしですもんね。」
「否定したいけど、日光あまり浴びてない自覚あるから否定できない…」
そもそも、病のおかげで外に気軽に出れないのだ。危険があるとわかっていたら、態々外に赴こうと思う気が起きるはずもなく、必然的に学校へ行く以外は家に引きこもることになる。
これ以上は太陽の熱で皮膚が溶けそうな気さえしたので、日陰をさがしてそそくさと刺すように降り注ぐ陽光から逃げる。炎天下の中こもる日陰はやはり至福だ、人が2人入れば満員になる程小さくとも、このような場所をオアシスと言うのだろう。
「あれれ、またカタツムリになってる人がいる。今は雨降ってないよ?」
目を閉じて暫しの間皮膚が陽の刺激を受けないという贅沢なひと時を楽しもうと思っていると、いつの間にか水着に着替えた
手で眩しそうに目の上を覆い海を眺める彼女の視線を追いかけ、彼女に手を振る数人の姿を確認すると、手を振り返す彼女にまた視線を戻す。こうして改めて見ると、それなりに恵まれたボディラインだ。先程から周囲の男子の視線が、濡れて肌に密着した水着が作り出す曲線美に釘付けになっているのがなんとなくわかる。今こうして冷静に彼女のプロポーションを分析している紫だって、前日の夜に久しぶりの外出で浮かれて明け方まで延々話しかけてくるメイドと、ちょっと目ぼしいものが車窓から見えるたびに大はしゃぎするそこの友人が来る途中のバスのなかで大人しくしていてくれれば、素直に顔をストーブよろしく真っ赤にして無様にむっつりスケベを晒してしまっていたことだろう。
「それにしてもいい天気だよね〜、折角晴れてるんだから、日陰にいるなんて勿体無いよ?」
「日差しが強過ぎるんだよ、あまり長いこといたら蒸発しそう。」
「じゃあ紫も泳げばいいのに、水着なら鞄に入れておいたよ。」
「何で僕の水着の収納場所まで知ってるのさ……まあ遠慮しとく、朝から怠いし、泳いでる途中で寝たら海水飲みそうでやだ。」
一応、泳法はクロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライと4つ全て習得してあるので、万が一のことがない限りそのまま溺れることは無いだろうが、口内や鼻に海水が入った時のことを考えると乗り気になれるはずがない。塩分濃度が高いだけあって、鼻や喉に入った時の粘膜へのダメージはプールに張られた塩素多めの水なんかとは比べものにならないのだ。
「せっかく泳ぐの上手なんだから、こういう時に生かさないと、泳げなくなるよ?」
「別に覚えてればいつでも泳げるって。」
「私の目算だと、けっこう筋肉量が低下しているようです。健康のためにも、お誘いを受けることをオススメしますよマスター。」
「ほらメイドさんも言ってるし、ね?」
女性2人(正確には1人と一台)にこうも寄ってたかって言われては、一応健全な高校生である紫のメンタルでは流石にこれ以上断り続けるのは無理だ。渋々日陰と絶妙な硬さで背中を受け止めてくれていた砂地に別れを告げて、鞄から水着を引っ張り出して瓦礫の中の手頃な場所で着替える。
「あ゛〜、暑くて焦げそう…」
誰に聞かせるわけでもなく、ひたすら暑い暑いと呟きながら着替える。だが呟きが一度止まると、今度は誰かが間違って来てしまわないかが気になって変質者よろしく常にキョロキョロ頭を振った。間違って女子生徒が来てしまったら面倒だ、その場合何故かこちらが変態扱いされ、挙句の果てにはまた変な意味で脚光を浴びてしまう。こちとらカエルの見せ物にされるために生きているのではないのだ。
着替えが済むと、ふと辺りを警戒していた時に目に止まった元鎮守府の建物の、破壊されて露出した外壁の断面が気になった。
(へぇ、意外と基礎がしっかり残ってる。壁も軍の施設だけあってかなりの厚みだ・・・これをブチ抜ける深海棲艦って火力凄いな)
見た目30cmはありそうな鉄筋コンクリートと赤煉瓦、さらに5mm程度の鋼板が埋め込まれた三重構造の外壁は、もう既に本来の役割を果たしていない。雨水にさらされた影響もあってか、かなり風化して蹴り一つで崩れそうなほどボロボロだ。
(そうだ、この辺に弾丸は・・・あった、取り出せそうにはないけど、直径4cmくらいか。思ってたより小さいな。)
他に何かないかとあたりを見回していると、不意に後ろから声をかけられた。声の主は言うまでもなく茜だが、あまりの突然さに盛大に声を上げてしまった。目隠しをしてくれていた壁の向こう側に誰かいれば、おそらくその者にも驚きが伝染したに違いない。
「び、びっくりさせないでくれるかな…」
「だっていつまでも来ないから何してるのかと思えば、勝手に砂遊び始めてるんだもん。」
「砂遊びじゃなくて観察、ここがどんな被害を受けたのかなって。」
「ふーん、紫ってほんとみんなが気にしない事気にするね。」
聞きようによってはかなりの毒を含んでいそうな一言に、少々心がささくれそうになったが、間髪入れずに彼女が言った「いい意味でね」というフォローに単純な頭はコロっと気分を良くしてしまった。
「紫のそういう面白い着眼点、私好きだな。」
「はぁ、茜って本当にずるい人…」
本当に、彼女は人がどんな事を言えば喜ぶのかよく理解している。逆もまたしかりで、そういう場合は相手の気分が悪くなる前にすぐフォローに回ってしまうのだ。それ故に男女問わず人気が高く、なかなか怒るに怒れない人物である。
「あれ紫どうしたの?もしかして怒っちゃった?ごめん、怒らせるつもりは・・・」
急に黙り込んで明後日の方を向いた紫が怒ってしまったと勘違いし始めた彼女の唇を人差し指で抑える。意味するところは勿論声を出すなだ。
「……っとよく探せ!そう簡単に見失うものか!」
軍服を着た男性が、ヘッドセットをしながらその場にいない誰かに向かって怒鳴っていた。口ぶりからして、内容は穏やかなものではないらしい。自慢の聴力をフルに駆使して、何について話しているのかまで聞き出そうと思ったが、軍服の男性はヘッドセットを投げ出して何処かへ行ってしまった。
「……何だったんだろうね、今の人結構怒ってたけど。」
「まあ、あの制服を着てるってことは…やな予感しかしないな……」
軍人の人はよく怒っているイメージがある紫だったが、流石にいつも怒鳴っていられるほど体力があるとは思えないし、もし仮にそうだったら軍人は皆喉を枯らしてしまうことだろう。常にのど飴を携行していても、それはそれで面白そうであるが。
「メイドさん、津波対策のための避難経路を一応調べておいて。なければ勝手にルート試算、なるべく大勢でも通れるルートがいい。」
「勝手にやるとなると、この端末じゃスペック貧弱過ぎて処理落ちしちゃいますよ?」
「じゃあ調べるだけ、ない時はある程度耐久力がある建物とか高台へのルートを探しておいて。」
「了解しました。」
そうメイドさんが言うと、画面の電源がぷっつり切れてしまった。だがこれは貧相な携帯の処理能力を可能な限り検索に使うためだ。メイドさんはなんでも勝手にやってくれて便利な反面、かなり処理にかかる負荷が重いので、携帯端末ではこうでもしないとまともに動けないのである。
「津波が来るの…?」
「僕らを襲うのが海水ならまだいいんだけどね。」
「え……じゃあ、深海棲艦?」
「だろうね、そうじゃなかったらあの人あんなに怒鳴らないと思う。」
「嘘、冗談やめてよ…」
信じたくないらしい。だが残念ながら彼女には、こんな馬鹿げた冗談を言ったことは一度たりともない。
「ど、どうしよう…?」
「まだ100%決まったわけじゃない、だけど何かしら対策しておかないと。」
「じゃあ、私は何をすればいい?」
「他のみんなと着替えて、そこそこ安全な場所に連れ出して。理由は何でもいい、とにかく海から離れて。」
「わ、わかった。」
「できる限りパニックは避けたいから、それとなくだよ。茜は割と顔に出やすいから悟られないように。」
自信なさげに、それでも意思を強く持とうと頷く彼女を送り出そうとしたその時、ごく普通の自分達の生活を引き裂く音が海岸中に響き渡った。
きゃああああああああああ!!!
「悲鳴!?……うわっ!!」
突如として、爆音と共に砂の地面が揺れた。体勢が崩される程の揺れではなかったが、崩壊一歩手前の赤煉瓦の壁には、その微小な揺れに耐えられるだけの余力すら残されていなかった。
「茜こっち!!」
「ひゃあ!」
真後ろから彼女の命を喰わんと倒れてきた壁から、間一髪で彼女の腕を引いて逃す。それでも、思った以上に高さがあった瓦礫はそれだけでは不十分に過ぎる。逃げようにも、緊急回避を許してくれほど砂は甘くなかった。なす術もなく2人の身体はもつれ合って倒れ、意思なき赤茶けた悪意に呑まれた。
前書きにも書きましたが、まだまだ艦娘の登場は先のことになってしまいます。今はちょっと我慢してこのまま読んでくだされば、これ幸い。
あ、そう言えば前回ご覧になってくださった方々、大変ありがとうございました。参考になるコメントもいただけましてね、幸福感でお腹いっぱいであります。読んでくださる貴方様とのこの些細な出会いが、長らく続くものであることを願っています。