大本営に連行されてからほぼ一週間が経った頃、紫はようやく帰宅を許された。ごっそりと郵便受けに詰まった新聞の束を無理矢理引っこ抜いて部屋に入り、人の気配が布団の上のシワ以外見当たらない室内を見回す。それだけ、たったそれだけの事が紫の心に安寧を呼んだ。
「なんだかんだ、愛着はあったのかな…」
日常的過ぎてのぼせてしまいそうな部屋の暮らしが、今思うと掛け替えのない物に思えてくる。毎朝メイドさんか茜に叩き起こされて、学校が終われば勉強会、夜は三人で談笑しながら夕飯だ。今の紫がこれ以上、どんな幸福を望むだろうか。
だがもう元には戻れない。この身は呪われてしまった。体のみならず心までバケモノに成りつつある。それを思うと、涙が溢れた。号泣とまではいかなかったが、小さな嗚咽がいつまでも続く。溢れそうな負感情を次々と洗い流していく。見っともない姿なのはわかる、けれど泣き止んで欲しくなかった。泣き止んでしまえば、今後こんな女々しい感情で泣く事は一切出来なくなってしまうだろうから。
悲しみが愛おしい。負の感情の中で最も嫌われるものの一つであるはずのそれが、紫にとっては唯一心を癒す事ができる感情のように感じられた。恨み、妬み、辛みは心を壊すだけ。しかし悲しみは台風のように、訪れた時は災難だが過ぎた後は心を潤してくれる。男が女性に比べ短命なのは泣かないからなのだそうだ。つまり涙を生む悲しみは、人の生を裏で支え、彩りを添え、心を育む無くてはならない感情だ。
けれど、紫は力を得るためにそれを代償として捧げなければならない。負感情を喰う鬼との契約、それは多大なる損失の上に生きていくことを強いられる呪いなのだと、今になってようやくその本質を理解した。
やがて、負感情を洗い終わった涙は枯れ、後に残るのは鼻を啜る音と、しゃっくりの混じった醜い嗚咽だけになった。意地汚く、いつまでも泣いていようとする紫に、見ていられなくなったのか、突然ポケットの中が
「何…メイドさん……」
『いつまで泣いておられるつもりですか、マスター。』
取り出した携帯端末から厳しい口調のメイドさんの声が聞こえる。無論、他の携帯端末を使う相手と通話しているわけではない。端末の中に「いる」奇怪なプログラムが話しかけてくるのだ。紫が「メイドさん」と呼んだ彼女の正式名称は、デスクトップマネジメントアプリ、つまりコンピュータにおける面倒な雑務を肩代わりしてくれる、言わばAIだ。ひょんなことから自我を持つかのように振る舞うようになった、紫の部屋の同居人である。本来PCの中にいるはずの彼女が小さな携帯端末にいるのは、大本営に連行される前、引越しの準備をしている時PCを片付けようとしたものだから一時的に避難させてあったが故である。
「泣きたくて泣いてるんだ…放っておいて……」
『そういうわけにもいきません、私はこれでもメイドの端くれ。マスターを立てるのもまたその役割です。』
メイドを自称するだけあって、基本従順。しかし、彼女が自ら編み出したメイド道は何としても貫こうとする融通の利かない面もある。紫を立てる、つまり見っともないから早く泣き止んで涙に濡れた顔を洗ってこいと言うことだ。客人でも来たらどうすると言いたいらしい。少し冷たく感じられるが、別に彼女は心配していないわけではないのだ。むしろ、心配だからこそそうして発破をかけてくれる。けれど、今はその言葉を素直に受け入れるだけの余裕は無かった。
「命じた覚えはないよ…ごっこ遊びに僕を巻き込まないで…」
『今まで遊び半分で任務を全うしたことは一度もありませんよ。いつだって本気です。』
「なら機嫌悪いからって、任務放棄されるの困るからやめてくれない?」
『私にだって気分と、調子の良し悪しがあります。それは認めていただきませんと。』
「ははっ、何それ…」
機械にも気分と調子の良し悪し。正直下らないなと思ったが、良く良く考えてみればメイドさんはプログラムとはいえ、それを動かすのは他でもない電子端末なのだ。彼女の本体であり家でもあるPCは、紫が廃材から製作し、メイドさんを動かすことに特化させたポンコツである。つまり、PCの調子が悪ければメイドさんも調子が悪くなるということなのだろう。何だか、妙に人間くさいくせして切実なのが、ちょっと可笑しかった。
「……まとまったお金が入れば、もっとスペック高いの買ってあげるよ。」
『おお!それは本当ですか!』
「いつになるかは、まだわからないけどね。」
けど、メイドさんは嬉しそうだった。その様子からすると、随分彼女も苦労しているらしい。まあ最近メイドさんの性能は以前に比べかなり上がってきている。PCが彼女について行けなくなってきているのだろう。
「僕は、エンジニアにでもなった方が良かったかな…」
もしくはプログラマーでも良かっただろう、完成された部品の集合体とは言え、独学でPC一つを作り上げたのだ。就職先にも困ることはないだろう。壊滅した今の世界において、IT産業の復興は急務だ。それこそ『旧時代』のように安定したネットワークサービスの充実が求められている。今の紫でも、もう少し学習すれば、高卒でも戦力になれただろう。
しかし、もう自分の進む道は決まってしまった。高三にもなって、今までまともに進路のことなど考えていなかったというのに、考えるまでもなく道が決まり、それにも関わらず今自分の可能性と適性を見直している。滑稽だった。呆れて自嘲するような笑みが浮かぶ。
「……さて、転校も決まったし。ちゃんと荷造り最後まで終わらせないとね。メイドさん、ありがとう。」
『その前に洗顔しておくことをお勧めしますよ、放っておくと肌がボロボロになってしまいます。』
「はいはい、わかったよ。」
適当に返事をしておいて、埃を被ったPCの前に携帯を置く。そして、布団の上に投げ出せれたままになっている刀を手に取った。瞬間、自分の存在が空間と切断されるかのような錯覚を覚える。前には無かった感覚、でも何となく紫はそれが異常には感じられなかった。
【やっと帰ったかよ、退屈したぜ。】
「うん、ただいま。」
【なんか、少し変わったか?】
「さあね、僕には実感が無いよ。」
【んま、後で俺のいない間の記憶は見せてもらうとして、なんとなく吹っ切れた感じがするな、お前。】
「……もう、涙は要らない。悲しみは全部もらっていいよ。その代わり、壊れるまで使い潰してあげる。」
【へへっ、上等だな。俺とお前、どっちが先にぶっ壊れるか。】
【精々あがけよ、紫】
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえ茜、そう言えば最近紫来てないけど、何かあったの?」
「ちょっと、やめなよ。」
「え、私何かいけないこと言った?ごめん、そういうわけじゃ…」
「ううん、別にいいよ。それと紫なら大丈夫なんじゃないかな。元々あまり外に出たがらないし、単位落としてもうちあの制度があるから。」
「そう言えばそっか、いいなぁ〜頭良い人って。」
いつも通りの日常
彼が居なくとも回り続ける世界で、
先程目の前の友達にも言った通り、彼のことは別に心配してはいない。なし崩し的に協力することになったが、元々彼は彼で苦労しながらも自力でどうにかしてきたのだ。今更自分が居なくなったところで、彼の方もまた気にも留めてないだろう。
友達の言葉も半ば聞き流すような形で、担任が来るまでほんの少し考え込んでいると、いつもより一分ほど遅れて担任が教室に入ってきた。何となくだが、いつもよりただならぬ表情だ。
「皆に一つ知らせがある。最近来ていなかった紫だが、この度転校することになった。」
それを聞いたクラス全体が、一時騒然とする。突然のことに驚き理由を尋ねる者、誰が原因だのとわけのわからない責任転嫁を始める者、影で喜ぶ者、様々な意味で別れを惜しむ者。千差万別色々な声が聞こえてくるが、自分には関係のない事だと気にも留めない様子の者は、ほとんどいなかった。
「残念だが、もう紫は学校に来ないそうだ。何か用のある者は、早いうちに紫の住所を知っている人にでも聞いて、行くといい。まあそうでなくとも、短い間とは言え同じ学び舎で生活した仲だ、できるだけ行ってやって欲しい。」
ホームルームの間は、クラスの至る所で紫の転校が話題になっていた。あれだけ紫が毛嫌いしていたクラスメイト達が、皆何かしら彼の転校に反応を示している。せめて、この光景だけでも見てから行けば良かったのに…
そんなこともあって、この日の授業はあまり身が入らなかった。もう戻ることができない、人の温もりがある非日常の世界のことを考えいるうちに、いつの間にか放課になる。慌ててカバンに物を突っ込む合図だったチャイムの音を、少しぼうっとして聞いていると、突然あのマンションに行こうという衝動が体を動かした。そして気がついた頃には、何度も自分の家と同じような気軽さで通り抜けてきたはずの玄関の前に立っていた。だが、ドアノブに手をかけた瞬間、それを引くの必要になってしまった勇気の大きさに気付き怯んでしまう。そして思った、自分の行いの浅はかさを。何故、今更になってこのドアを開けられるだろうか。彼の突然の拒絶に乗じた形とは言え、自ら手放した非日常にどの面を下げて戻れるだろうか。そして、自分の勝手な思い込みで傷つけた相手に、どんな言葉を以って謝意を伝えようか。
あの突然の豪雨の日、友人を喪った自分は紫を一方的に加害者と定めて彼の抗弁を聞かなかった。そして悪意に満ちた目で彼を拒絶した。けれど、その後すぐにそれが誤解であることがわかった。玲奈の死因とされる腹部の刺し傷は、サバイバルナイフのような刃物によるもので、紫が手にしていたあの狂気じみた刀は、彼女のことを一寸たりとも傷付けてはいなかった。そして、紫が言っていた真犯人だが、あの日を境に不自然な失踪を遂げた隣のクラスの男子生徒がつい先日遺体となって見つかった。大きな刀傷があったということから、紫が討伐したのだろう。信じてあげられなかった自分の愚かさを呪うが、時既に遅しだ。
結局、何もせずに静かにマンションを去ることにした。同じ階の住人に会って伝言でも伝えてもらおうかと思ったが、その言葉すら思いつかなかったのだ。帰り際、ふとマンションの方を振り返ると、たった今帰ってきた様子の紫の姿が目に留まったが、声を出して呼ぶだけの勇気を振り絞ることができず、そのまま見送ってしまった。この時何か一言でも声をかけていたら、これから彼を待つ未来が変わったかどうかは、いつまで経ってもわからないことだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
1ヶ月半後
これから本格的に夏が始まろうという頃、紫は第一海軍学校へ転入した。母校を離れてから随分と時間が空いたのは、この日までずっと準備に追われていたからだ。通常の高等学校とは大きく異なるカリキュラムを組んでいるこの学校は、以前まで獲得してきた単位は一切認められない。いくらある程度学習能力に長けていたとしても、他の生徒が二年以上かけて習得してきたものを一朝一夕に身につけられるはずもない。また転入試験も、この学校においてかなり上位の成績であると認められなければ、転入は認められず来年の春まで待たされることになるので気を抜けないのだ。故にこれだけの時間を準備に充てることになる。朝昼晩と勉強漬けの生活は、慣れていない紫にとってかなり辛いものがあった。(これだけとは言っても、普通に考えると随分と短いのだが)
転入するからと言って、何か特別なことがあるわけでもないので、他の生徒と同様にして予め伝えられていたクラスへと向かう。軍属を志す者達が目指す場所として、一番初めに挙げられる学校というだけあって、校舎も大きくまた外見もなかなか立派だった。白亜の外壁が、天に広がる眩い青空と心地よい海風を運ぶ煌びやかな蒼海によく映える。だが一方で、無機質さが際立つ色にどこか母校への恋しさが掻き立てられるのも事実だった。けれど、些細なこととしてすぐに頭の中からその考えを捨て去る。時期に忘れられる感情なら、早い方が良い。
割り当てられた下駄箱に靴を入れ、指定された教室へ向かう。他の生徒とすれ違う度に訝しげな視線を送られるが、我関せずと尽く無視して突き進む。他者の目など気にするだけ無駄と言うものだ……もっとも、数ヶ月前の自分には持ち合わせていなかった考えだが。
「何あの人…」
「あれじゃない?噂の転校生…」
「おい見ろよあの刀…」
「ただの軍人気取りだろ、絶対抜いたことねえぞ…」
「弱そ、ガリ勉君って感じ…」
「でもこの間の試験満点って…」
「うわ、気持ち悪…」
「どーせ金包んだんだろ、いいよな金持ちは」
「なんでも元帥と繋がってるって、関わらない方がいいよな…」
教室が近づくと、周りから様々な声が聞こえてきた。予想通り歓迎の意思はゼロらしい、まあ馴れ合いに来たわけではないのでその方が楽だから一向に構わない。けど、その中に一つこちらの制止を命じる声があった。面倒で無視していたが、くどいので立ち止まって声の主を振り返る。
「やっと気付いたかよ、どこに耳付けてんだ。」
柔道経験者だろうか、良い体格の持ち主だ。残念なことに仏頂面が呪いでもかけられたかというレベルで似合わない顔をしているが、それでも金魚のフンが付いて回る程度には嫌われていないらしい。
「お前新入りだろ、そんなナヨナヨした顔に似合わないクソでけえ刀ぶら下げて、随分でけえ顔してんなあ?」
リーダー格、というよりかはガキ大将風のポジションらしい。幼少期からの素行の悪さが手に取るように想像できる、ある意味でわかりやすい人物だ。要はここは俺の縄張りだから余所者は媚び諂って小さくしていろ、ということだろう。言うまでもなく相手にする価値もない。
「護身用の刀です、昨今は何かと物騒ですからね。」
「はっ、軍人が素手で自分のこと守らなくてどうすんだよ。おい、そいつの刀預かってやれ。」
やたらニヤニヤした表情を顔に貼り付けたままにした取り巻きが、周りを囲む。そして、不躾にそのまま刀に手を伸ばしてきた。けど、これを渡すことはおろか触れられるわけにはいかない。自分のためではなく、それがその取り巻きのためになるからだ。その場で跳躍し、囲いから離脱する。突然の出来事に困惑する声が聞こえてくるが、無視して再び歩みを始める。
「何だよあいつ…!」
「おいボサッとすんな、捕まえてやれ!」
あわをくったように取り巻きが襲いかかる、肝心の大将は高みの見物らしい。行動力のない軍人が、一体どこで使えるというのだろうか。まあ動かない人間が上に立つのはよくある話だ、それに自分に都合の良い人材を集める能力はあるようなので、運が良ければある程度は出世できるだろう。そんな事を考えているうちに、取り巻きがすぐそこまで迫ってきた。校舎内での抜刀は禁じられているので、応じるなら肉弾戦となる。だがそんな野暮なことに体力を使うつもりも無いので、ただひたすら躱すことに専念する。格闘技の授業があるだけあって、皆それなりに腕がある。素人の暴漢ぐらいなら難なく対処できるだろう。けど、刀を帯びた紫を相手取るには型にはまり過ぎており、そして遅い。
「くっそ、なんで当たらない!?」
「どけ!この役立たず!俺がやる!」
取り巻きが悠長(本人達は真面目)にしていると、ガキ大将が自ら飛び込んできた。紫のことを捕まえようと手を伸ばしてくる。ガキ大将だけあって少し速い、だが彼の力の真髄はその体格を活かしたパワーだろう。俊敏さより、あらゆる一撃に重きを置いたタイプだ。だが、それでは速さの優れた紫に対し相性が悪い。掴みかかった手はすんでのところでいとも容易く空振り、バランスの崩れたところをそのまま紫に払われて転倒する。だが紫が足を払ったのは他の誰にも見えなかった。ガキ大将自身、ただ払われた感触があるのみで何があったかわかっていない。
「廊下は走る際は気をつけた方がいいですよ。」
「てめえ、俺をおちょくる気か!」
言うや否や、咄嗟にガキ大将が飛びかかる。瞬発力はなかなかだ、一瞬の隙を突いて技をかけ合う勝負において、その特性は大いにアドバンテージを齎すだろう。が、不意をつくと言う意味では不合格だ。完全に応戦の準備を終わらせた紫が、鞘ごと引っこ抜いた刀を真上から振り落とす。ドス黒い感情が騒つき、理性に襲いかかる感覚。それを自覚した瞬間、剣速が何倍にも加速し常人では捕捉できない速度を生み出した。
「がっ…!」
苦悶の声を一瞬だけ上げ、ガキ大将がまるで棍棒で殴られたかのように床に叩きつけられた。おおよそ、刀では成し得ない技。刀を手にした紫でも、一度バケモノに身を落とす必要がある一撃だ。だがその分威力は十分にあり、先程まで威勢の良かったガキ大将が沈黙する。その異様な光景を目にした取り巻きは紫に畏怖の眼差しを向け、周りの野次馬は一様に驚愕で目を見開く。こうなるのがわかっていて、最初紫は矛を交えるのを嫌った。けれどバケモノは彼に隷属する方を嫌った、だから力でねじ伏せたのだ。敵に回せば破滅するだけだと本能に教え込むように、絶対的な力で。
「だから言ったんですよ、気をつけるべきだと……すみません、彼を運ぶのを手伝っていただけますか?僕一人では骨が折れそうなので。」
先の諍いを見て、その言葉を信じる者はいないだろう。だが紫の視線を受けた取り巻き達は、皆恐れ慄いて我先にと伸びた大将を担ぎ始めた。そして何も言わずとも医務室がある方角へ立ち去って行った。あれだけ力任せに無理矢理叩き伏せたのだ、軽い脳震盪くらい起こしているだろうが、大事には至らないだろう。心の方はまた別の話だろうが。
鞘を元どおりに腰に下げ、再び歩き出す。すると、後方から何やら歓声が上がった。どうやらあのガキ大将に各々不満があったらしい。彼もある程度は大人しくなるだろうと、皆平穏の訪れを歓迎している様子だった。
「ヒーローに担ぎ上げられるのは、御免だなぁ…」
良いことをしたという満足感や、承認欲求が満たされるような感覚を覚えるわけでもなく、ただ紫はその光景を自分の浅はかな行動が招いた面倒事としてしか見ていなかった。
教室に入ると、様々な視線が紫に降り注いだ。余所者に対する排他的な目、先の騒ぎを聞き正義の執行者として期待を寄せる目、それか恐怖し機嫌を窺う目、その他諸々が、突然ストロボの光を浴びせられたようにびっしりと肌に刺さる。何度も味わうこの気味の悪い感覚を、どうにか意識の外に追いやって自分に割り当てられた席へ向かう。お約束の黒板消しトラップと足掛けが無いあたり、まだこの教室での紫に対するスタンスは固まっていないのだろう。まだ明確な排斥の意思は見当たらなかった。
ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り、自分にとって新たな担任となる教師に紹介を受け簡単な自己紹介を済ませる。そこには非日常へ踏み出す高揚感も、後先に対する不安感も無かった。
「よし、それでは早速だが天凪には今日から学級委員長を担当してもらう。」
「…何故でしょうか?既にいらっしゃるはずですが。」
「クラスの成績最上位者が担当するのが、我が校の規則だ。異存は認めない。境守もいいな。」
「いや先生、前にも大丈夫だって言ったはずっすよ?寧ろ楽できてそっちの方がありがたいっす。」
「軽はずみな発言は控えろ。それにその口調、いつになったら直るんだ。」
「完全にアイデンティティと化しちゃってるんで、それはもう勘弁してくださいっすよ〜。」
この学校に来て初めて目にする茶髪に、変わった口調で話す生徒が、このクラスの元学級委員長だったらしい。人は見かけによらないを地で行くような彼は、随分とクラスメイトに好かれているらしい。彼を見る目に冷ややかなものは一つも無かった。
「はぁ…まあいい、何かあれば境守を頼れ。道案内くらいできる。」
「それは流石に低く見積もり過ぎじゃないっすかねぇ…あ、先生僕から一言良いっすか?」
担当の承認を受けると、躊躇いもなく彼は教壇の近くへ躍り出た。
「初めましてっすね、天凪 紫君。僕は
クラスに馴染むよう自分から歓迎の意思を示してくれたのだろうか。自分から率先して輪の中に加えようとする心がけは、見ていてなんだが茜と通じるところがある。是が非でもという感じがするところが、また彼女とは異なるが、彼の事を悪い奴認定はできそうにはなさそうだった。
握手するっす、とか言って手を差し伸べられたのには、呪いの都合上断らざるを得なかったので困ったが(何せクラスメイトの面前で散々に仲良くしようアピールをされたのだ、無碍に断るのは酷く格好がつかない)、どうにか丁重に断った。
「さあもう時間だ、席につけ。確か一限目は語学だったな、境守は天凪を案内してやってくれ。」
「了解っす〜」
(一応全フロアの把握はしてあるんだけど…)
まあ、色々尋ねるべきことも多いだろう。これを機に彼から情報を得るのも悪くない。ホームルーム終了を告げるチャイムと同時に飛んで来た山葵に連れられ語学の教室へ向かう。山葵の話によれば今日はロシア語なのだそうだ。
ここで第一海軍学校の大まかな履修科目を説明しよう。一つはこの学校の最たる特色である語学、専門的な数学を学ぶ経営学、人体に重きを置いた生物学、物理工学、第二次世界大戦に的を絞った世界史、護身術や格闘技を学ぶ体育、そして選択科目に音楽科と家庭科ならぬ主計科がある。専門的な分野に特化したカリキュラムが多いが、大体は基礎的な内容がほとんどだ。ほとんどなのだが、語学に関してはまた別の話だ。国語は勿論、古典に英語、それに加えてロシア語、フランス語、イタリア語が必修科目となっている。近年徐々にではあるが国交が回復しつつあり、その影響で軍事的協力、具体的には国同士で艦娘の交換が活発に行われている。当然日本語教育を済ませた艦娘が送られてくるわけだが、異国の言葉でも意思疎通を図れるのが望ましいとしてこのような無謀極まる科目が設定されているのだ。一ヶ月半の準備期間はほとんどこれのために充てられたと言っても過言ではない。
「そうだ、紫君は外国語何が一番得意そうっすか?」
「英語、としか答えられません。他はただ詰め込んだだけですから。」
「それであの試験パスするんだからすごいっすよ…」
「でも正直危なかったです。ロシア語は一番苦手ですから、今日の授業も不安ですよ。」
「ほんと、授業について行くだけでも大変っすよ……でも、実は僕達の間じゃ語学が一番好きだって人多いんすよ。」
「ああ、そう言えばその時間だけ艦娘の方と一緒に勉強ができるんでしたね。」
「そう!それがあるからこそ辛い学校生活にも余裕で耐えられるってものっすよ!」
先にも述べた通り、国同士で艦娘の交換を行う都合上、こちらから送る艦娘に外国語の教育を施す必要がある。故に生徒達の授業に便乗させてしまおうという魂胆だ。時間はかかるがコストが安いし、何より生徒達の勉強意欲が高まるのであれば一石二鳥である。この授業の存在だけを目当てに無謀な挑戦をする受験者も毎年少なくない。軍の経営する学校だというのに、下手な公立の高校よりも受験倍率が高いというのも事実だ。
「紫君のこと彼女達に紹介しておくっす。」
「いえ、別に僕は仲良くしたい願望は無いので。」
「そんな固いこと言ってるとすぐに老けるっすよ。僕らまだまだ若いし、折角だから残り少ない青春をエンジョイするっすよ!」
そう言うと、山葵は紫の背中を押して教室の中に突っ込ませようとしてきた。だが、流石にワイシャツの上から触れられるのは危険だ、咄嗟に前方へ飛び回避する。そのおかげで山葵が勢い余って転んでしまった。
「うぅ、紫君いけずっす〜」
「突然来られたら困ります。」
「何でそんなに触られたくないっすか?」
「……知らない方が、友達でいられますよ。」
「随分含みのある言い方するっすねぇ。まあそのうち紫君の
妙に不穏なものを感じる言い回しに、悪寒がした。これは早々に彼から距離を置いた方が良いかもしれない。一方たいして気に留めていない様子の山葵は、ズボンの埃を軽く払うと威勢良く教室の中に手を振りながら入っていった。彼の視線の先には、この学校の制服とは異なるがどこか既視感がある制服に身を包んだ美女が二人座っており、あれが共に勉強する艦娘なのだなとわかる。それを放って黙って席に着こうとすると、山葵が手招きしてきた。その上こっちに来て一緒に勉強するっす、などと言っている。競争倍率にして十倍は下らないであろう彼の隣の空席になど行きたくなかったが、このままでは授業中にも来い来いとアイコンタクトを送って来そうなので仕方なくお邪魔することにした。
「彼が紫君っす、ちょっとシャイな奴っすけど彼のこともよろしくっす。」
「……香取さん?それに鹿島さんまで?」
一方はアッシュブロンドの髪をアップでまとめた銀縁の眼鏡がよく似合う秘書然とした紛うこと無き美女、片やその隣に座るのはあどけなさと蠱惑的な美貌を兼ね備えた小型犬のような髪型が特徴の美少女。間違いようがない、横須賀第三鎮守府で出会った香取と鹿島だった。
「
「同じく二番艦の鹿島です。よろしくお願いしますね。」
紫「前回、今回から艦これらしいことをちょっとずつ書いていくって、言ってたよね?」
作「ええ、言いましたとも」
紫「一つ質問いいかな、それにしては随分と前置きが長かったようだし、肝心の『艦これらしいこと』って何だった?」
作「この世界の矛盾、存在するはずのない第二、第三の自分に出逢った時、人はどんな反応をするんだろうね」
紫「……苦しいね」
作「苦しいですとも…」
はい、と言うわけで艦これ成分極薄でお届けしました記念すべきかどうかわからない20話です!でも数字上切りがいいです!そして、絹ごしを超越した口溶けなめらかな豆腐メンタルの僕がここまで続けられたのも、またこれからも続けたいと思うのも、読んでくださる皆々様の存在あってこそです!ダンケダンケ!
そうそう、言い忘れてましたがこの間(?)UAが7000、お気に入り登録も70を超えました!もう素直に言いますよ(いつも素直ですが)、しったげ嬉しいです(*´꒳`*)
まあ、度々アクセス解析眺めてはニヤニヤしている僕のことは置いておいて、そろそろ企画に移りますね
まずはキャラ紹介、今回初登場も含めこの二人ですどうぞ
『海鎮 群青』
読み方:かいちん ぐんじょう
ぱっと見の字面では小鳥遊 織部中将と一二を争う格好良さ、けどいざ口に出せばなんだか垢抜けなさが酷い元帥殿
初登場の時は訳あって大将だが、今は普通に元帥
群「貴様、我が海鎮家の名を愚弄するつもりか…」
作「意味合いと聞こえの良さの両立は難しいなって改めて思いますよ。そういう意味で貴方は良い教師になってくださった。」
紫 (略しかた酷い…せめて名前そのまま表記すればいいのに…)
群「挙句の果てに踏み台扱い…拘束しろ、銃殺刑だ。末端から徐々に破壊してやろう。」
作「個人的には気に入ってるんですけどね、総計一時間くらい悩みましたし。そのくらい思い入れがあるってことで許してもらえません?」
群「……わかった、嘘なら切れない斧で首を滅多斬りだぞ。」
紫 (なんかこのコーナーの元帥、言動が物騒になってる…)
『境守 山葵』
読み方:きょうもり わさび
群青と打って変わって、多分この作品で一番可愛い名前を持つ男
「〜っす」口調の持ち主だが、既に本家には「〜っしゅ」と一緒に使い分けるちみっこがいるので、いずれ存亡が危ぶまれるかもしれない
山「ちょっ!?初登場回にしてリストラの危機っすか!?」
作「僕が例の子を登場させなければワンチャン大丈夫だと思うよ(人ごと)」
紫 (やっぱり略し方おかしい…)
山「よし、じゃあ僕ちょっと行ってその子の存在消してくるっす…」
紫「諦めた方がいいですよ、山葵君。既に彼女には何千何万のバックがいる、それに一人消したところで第二第三のその子が君に復讐しにくるかもしれない」
山「なん……だと……」
紫 (あ、凹んじゃった)
群「なんだこの軟弱者は、早々に退学させた方が良いか?」
山「げ、げげげ元帥殿!?いや待ってそれだけは勘弁してくださいっす〜!!」
群「よし、私に従順なその姿勢はいい。ならばいずれ使ってやろう。」
山「いよっしゃあああああ!!元帥殿に使ってもらえるうううううう!!!」
群「…やはりやめるか?」
紫「これ以上遊ばないでやってください。」
さて、いつもならここで終わりですが、今回はおまけにもう一つ。皆さんお気づきかとは思いますが、この作品のオリジナルの主要登場人物にはある共通点があります。そう、『色』ですね。今回はその色キャラ達をまとめてみましたので、どうぞ最後までお付き合いください
天凪 紫
color:紫
そのまま
葡萄 智彦
color:葡萄色(えびぞめ)
ぶっちゃけぶどう色と同意
南谷 茜
color:茜色
そのまま
大田 紅助
color:紅色
そのまま
境守 山葵
color:山葵色
そのまま山葵のような明るい黄緑
小鳥遊 織部
color:織部色
織部焼に名前が由来する濃い深緑
相沢 湊
color:湊鼠
実は色からネーミング、鼠にも関わらず明るい水色
海鎮 群青
color:群青
そのまま
美しく濃ゆい藍色で、かつ人の名前にもなるから便利
以上でした、案外少ないもんや…
それぞれキャラに合った色を選んでつけているつもりです(紫系はよくわからん)、色でどんなキャラなのか大体わかるってのが個人的にミソですね(初見の色名は逆に分かりづらいかもですが)
これからどんどん増えますので、増えてきたらまたやりたいと思います。それではまた次回お会いしましょう