「くっ…眠い……」
「なんすかなんすか、転入三日目にしてもう不純異性交遊っすか?ヒュー、流石ヒーローは違うっすねぇ。」
「否定したいのに100%否定できる自信がないですよ…」
「んで?昨日は誰と熱い夜を過ごしたっすか?」
「まず、そのすごく誤解を生みそうな言葉遣い止めて…というか、黙ってもらえますか…君の声すごく頭に響くんですよ……」
「ぐっさああ…黙れとかそれ一番僕に一番言っちゃいけないやつっすよ…心が、心が痛むっす…」
「知りません」
「さらにぐさあああ…」
勝手に胸を押さえて自沈しそうになっている
それもこれも全て、昨日新聞部に所属している艦娘青葉に向かって、軽はずみにインタビューを受けると言ってしまったのが原因だったのはわかる。だが、彼女の常軌を逸した飽くなき好奇心など、ここに来たばかりの紫が知るはずもなく、況してや絶対的な美貌を誇る艦娘である彼女に対して、彼女の作った新聞を水の泡にしてしまった以上、男である自分が何もしないというのは脳内の選択肢には入らない。結果、夕食や整容などを除く、夜から朝にかけての全ての時間を彼女のために捧げることになってしまった。
気を抜けば一瞬で意識が吹き飛びそうになる強烈な眠気、自律神経の失調からくる平行感の喪失、処理能力の絶望的な低下からくる頭痛、常に腹の底に蟠る嘔吐感、それら全てと格闘しながら一時限目の授業を乗り切ると、流石に思考回路がボロボロになってしまった。 次はフランス語、これもまたロシア語に続き厄介な科目だ、ついていない。
「大丈夫っすか?」
「大丈夫な人間のする顔に見えます?」
「まぁ、流石に医務室で休むのをオススメしたくなるっすねぇ…でもフランス語もまた違う可愛い艦娘さんいるっすよ?」
「別に求めてないです……」
結局、黙って医務室へ行って一時間だけ休むことにした。流石にこれ以上身も心も擦り減らすのは辛すぎる。
この後、行った先でまた青葉に遭遇した紫は、ショックを起こして気絶したという。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ふふ〜ん♪」
「どうしたの青葉、何か良いことあった?」
放課後、暑い校舎から逃げるように飛び込んだ新聞部の部室で、空調の風を浴びながら写真を眺めていると、同じ部員の古鷹が声をかけてきた。彼女もまた自分と同様艦娘であ昨日り、一見すると艦娘にしては地味な茶色のボブヘアーを持つ普通の女子といった感じだが、真正面から向き合うと、発光する左目という非常にユニークなオッドアイに目がいく、これまた随分と特徴的な女の子である。とは言っても、それを除けば異質な部分は全く無い、というかその性格は聖母を冠しても全く遜色無く、またはにかんだ笑顔はかのクレオパトラでさえ裸足で逃げ出す程の破壊力を秘めた、まさに常世の世界に住まう天使である。実際、この学校で男女共に高い人気を誇る艦娘ランキングなら確実に五指に入る。
「ああ古鷹さん、実はまた良い写真が撮れたんですよ〜見ます?」
「もう、昨日も一昨日も徹夜したのに、また新聞のこと考えてる。少しはちゃんと休まないと、それに授業もサボらないようにしないとだめだよ?」
「はぁ〜い、っと、それよりもこれ見てくださいよ!我ながら良く撮れたんですよ!」
出会って初めての頃は、彼女のエンジェルスマイルにチェリー坊や同然にドギマギして、なかなか話せなかったが、今はこうして普通に接することができている。友達、というよりかは年の近いお姉さんといった感じだ。正直何かにつけて頼ってしまうことが多いが、彼女はそれを何とも思っていないらしく、悪いなぁと思う反面それに甘えさせてもらっている。彼女も彼女で頼られるのが嬉しいらしい。
「これ、今噂の転入生さん?」
「そう!そして昨日私は彼の独占取材に成功したんですよ!だから早いところ記事を書かないと…!」
「確かにこれを逃すワケにはいかないね……でもだーめ、今はちゃんと休みなさい。」
「あいたっ!」
古鷹のデコピンがクリーンヒットし、ロクに休息を与えられていない脳に衝撃が響き渡る。大した力も込められていないだろうに、呆気なくソファーの上に転がされてしまい、如何に体を酷使していたかがわかった。だが、今ここで倒れるわけにはいかない。
「くっ、まだだ…まだ終わらんよ…!」
「ダメったらダメ。今日は新聞のことは忘れて、寮に戻って休みなさい。」
「うぅ、でもでも…」
「いつも心配させられる身にもなって?前にも青葉が倒れた時、私すごい心配したんだから。」
「それは……じゃあじゃあ、何もしないからせめて時間までここに居させて下さいよ。」
「もう、仕方ないなぁ…」
はっきりダメとなかなか言えない古鷹に、半ばつけ込むような形で、その場に留まる権利を得ることに成功する。とは言え、古鷹の監視がある以上何もできないし、流石に眠気も酷かったので、新しい記事の内容を考えながら仮眠をとることにした。気を利かせてタオルケットをかけてくれた古鷹に、さり気なく膝枕をお願いしてみたところ、素気無く断られたが、代わりに眠るまで側に居ると言ってくれた。彼女はいつか天の世界で名高い天使となり、後世の世界に福音をもたらし続けるのではなかろうか。何の冗談ではなく、十分にあり得る話である。
結局そんな詮無いことを考えているうちに、眠るまで何も記事に関する考えはまとまらなかったが、古鷹の温もりを感じられただけで十分幸せだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「もう寝ちゃった…起きたら起きたで眠れないって言って、また夜更かししたらどうしようかな…」
昼寝を渋る子供を宥めるような気分で青葉を寝かしつけた古鷹は、青葉の撮った写真に再び目を通した。写真の中の転入生は、無理を言って撮らせてもらったことが嫌でも伝わってくる表情をしていたが、青葉の腕なのか、それとも彼の持つ素質なのか、そんな顔も何だかサマになっていた。
「この人が生徒会長を…何だかあまり信じられないな。」
不機嫌そうに目を細めているせいで少し人相は悪くなっているが、悪人ヅラでは間違いなくないし、強面といった感じでもない。言っては何だが、あまり運動ができるようには見えなかった。だが、実際に青葉は見たというし、写りは悪いが写真もある。人は見かけによらないと言うのを改めて感じる。
(ちょっと会ってみたいな。)
強く、ではない。ただの興味本意だ。青葉に毒された影響である。
「ん、何だろこの写真……ええ!?」
何枚かめくっているうちに、突然撮影された時間と場所の異なる写真が現れ、それを見た古鷹は大いに驚いた。ベッドに横たわった転入生が、 ワイシャツのボタンを大胆に開けて胸元を露出していたのだ。当然下着は着ていたが、ピッタリと張り付いるせいで筋肉の線がくっきりとあらわれており、素肌が見えるより逆に艶かしかった。
「違う違う!な、艶かしいとかそんなんじゃなくて…!な、何でこんな写真があるの!?」
見ればアングルとポーズまで変えられた写真が他に何枚もあった。一枚一枚めくるごとに上半身の露出が多くなっていき、最終的に上裸となった転入生に青葉が向かい合って添い寝するといった非常にふしだらな構図が出来上がってしまっていた。
「こ、こんな…学校で一体何を…」
羞恥で上気した頰が熱い、心臓がバクバクと暴れている、ずっと見ていると頭がクラクラしてきた。見てはいけないものだとわかるし、今すぐ手放してしまいたい。だが、何故だか手はその写真を目の前に固定したまま離してくれない。禁断の果実を食したかのような背徳感が全身を駆け回り、さらなる興奮を求めて隅から隅まで舐め回すように視線が写真の上を踊る。もう自分では制御できなくなってしまっていた。
(見ちゃだめ、見ちゃだめ、見ちゃだめなのに…!!)
「失礼します、青葉さんはいますか?」
「きゃああああ!!!」
何の前触れもなく引き戸をガラガラと開けて入ってきた男子生徒の声を聞き、興奮で沸騰寸前だった心が一気に爆発を起こした。高鳴った心臓が喉から飛び出してくるのではないかと思う程にドキリとし、自制が働く間も無く騒々しい悲鳴が口から溢れ出してしまう。
「すみません、驚かすつもりは…」
「見てません!何も見てませんから!!」
咄嗟に声の主の目から逃すように写真を後ろに隠し、そんな脈絡の無い(自分にとってはある)ことを口走ってしまう。案の定急にどうしたんだと言わんばかりの顔をされてしまい、無理やり作った愛想笑いで誤魔化した。よく見れば何ともまあ写真の転入生ではないか。噂をすれば影とはよく言ったものである。
羞恥心で逃げ出したいのを必死に我慢しながら転入生の声に耳を傾けると、どうも青葉が落とした髪留めを届けに態々来てくれたらしい。こんな親切な人の淫靡な写真をマジマジと見て、その上興奮していたのかと思うと、自己嫌悪で自分自身を穴の中に埋めてしまいたくなったが、悟られるわけにはいかないので努めて平常を装った。若干目尻から涙が零れかけているので無駄かもしれないが。
「そうだこれ、黒条君から伝言を預かってきました。内容をザックリ言わせてもらえば、あの新聞に関して彼は不問にするそうです。」
必死に隠している様子が伝わってしまったのだろうか、彼は挙動不審な自分のことを敢えて口にはせず、もう一つの用件を伝えてきた。彼のそんな大人の対応に、感極まって泣き出してしまいそうだった。
写真をそっと死角になるように置いて、伝言の書かれた紙を受け取って中身を見る。確かに、そこには何度か見たことがある生徒会長の字で、件の新聞について書かれていた。幸いにして他の生徒達の興味関心があまり生徒会長に向いていなかったらしく、記述内容に対する注意だけに留められていた。青葉の暴走を止められなかった自分に責任を感じていたので、少しほっとした。
「青葉さんは寝ているんですね。」
「ここのところ完徹続きで疲れたみたいで」
「なら、今日は僕の仕事は無さそうです。これで失礼します。」
「仕事?」
「何も聞いてませんか?」
「はい、何も」
こちらが首を横に振ると、彼は溜息を吐いてから背筋を伸ばし、こう告げた。
「改めまして、今日付で生徒会の新聞部担当になりました天凪 紫です。ここへ来て日が浅いので、不慣れな点は多いですがよろしくお願いします。」
言って彼は折り目正しく礼をしたが、あまりに突然のことなので驚いてしまい、しどろもどろになる。今まで生徒会から担当者が派遣されるなんて無かったからだ。
「えっと、すみません。一体急にどうして…?」
「僕が聞きたいくらいなんですけどね。急に黒条君に生徒会に入れって言われて、新聞部の監視をしてこいと。学級委員長の仕事もあるっていうのに、彼は人使いが荒くて困ります。」
つまり、また問題を起こさないようにということだろうか。いや、それならそれで回りくどいことをせずとも活動停止するなりすれば、もうそれで良いのではなかろうか。部活動を無くすことは確かにそう簡単には出来ないが、やろうと思えば案外簡単にできるものだ。最近評判はあまり良くないのだし、存続を望む声も少なかろう。
「まあちょっと手助けしてこい、ということではないでしょうか。僕に何ができるかはわかりませんが。」
そうだとすれば、まだチャンスはあるということだ。ここで挽回すれば、一先ず危機は脱することができる。
「よろしくお願いします、紫さん。」
「こちらこそ、微力ですがよろしくお願いします。そうだ、貴女のお名前は?」
「古鷹です、古鷹型重巡洋艦の一番艦。」
「ああ、それで
「?」
「いえ、何でもありません。ではまた明日、失礼します。」
「はい、お疲れ様でした。」
紫がドアを開けて部屋の外へ出ようとしたその時、誰のイタズラか開け放たれた廊下の窓から盛大に風が吹き込み、部屋の中を搔き乱した。すると、積み上げられた例の写真が部屋中に散らばり、その最もふしだらな一枚が紫の元へ飛んで行った。
「これは……」
「ああそれはっ…!」
その声も虚しく空回りし、紫は彼の痴態を捉えた写真を見てしまった。だが、それを見た彼の表情は、古鷹の予想していたものと大きく異なる驚きに満ちていた。まるで突然希望を奪われて死の淵に陥った人間のような、現状を受け入れられず思考にラグが生じた状態に似ていた。
「これを撮ったのは…?」
「その、多分青葉が…怒りましたよね?」
「いや、少しタチの悪いイタズラですが、このくらいまだイタズラで済む……けど、青葉さんは触れてはいけないモノに触れてしまった……」
力なく開いた両の手のひらを見てそう呟くと、彼は一度ギュッとそれを握りしめ、青葉の寝ている辺りを見てこう続けた。
「古鷹さん、青葉さんから目を離さないでください。
「え?それは一体…」
「突然こんなこと言われて、すぐに頷けないのはわかりますが、取り敢えずは言う通りにしてください。でないと一生後悔しますから……」
神妙な面持ちで後悔する、などと重い言葉を言われてしまえば、一先ずは承諾するより他ない。せめて理由が欲しいと言ってはみたが、何も答えてはくれなかった。肝心の青葉はまだ起きる様子がない。紫の発する緊迫感に包まれた部屋の中で、スヤスヤと安らかな寝息を立てる青葉が、逆にこのまま二度と起きないのではと不安になった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえねえ古鷹さん。」
「どうかしたの?」
「それがですよ?青葉、最近誰かに見られてるような気がするんです。」
「気のせいじゃないかな…?」
「だといいんですけど、どうも落ち着かなくて…」
「私がついてる、じゃあまだ不安?」
「いいえ!そんなことは言ってませんよ!」
「良かった、ならあまり気にしない方が良いと思うな。もし本当に怖い目に遭ったらすぐ私に言ってね。」
突然黒条に言われて新聞部を任された紫は、学級委員長の雑務をこなす傍ら、そんな彼女達の会話に耳を傾けていた。実を言うと青葉の言う誰かの視線とは紫のものだったのだが、それに彼女はまだ気付いていないらしい。当然のことながら、犯罪すれすれのストーキング紛いのことをしているのは、気づかれたくてやっているわけでも、彼女に好意があってやっているわけではない。呪いが伝染してしまった彼女を影ながら見守るためだ。
側から見れば、ごく普通の学校生活を送っているように見える紫だが、人外の力を得た代償として彼の体には幾つか呪いがかけられている。
一つ、温もりを全く感じられない死人同然の体温になる呪い
二つ、体に触れた者がその冷たさに気付いた場合、その者に不幸をもたらす呪い
三つ、心から愛した相手をしに至らしめる呪い
以上が現在把握している呪いであり、まだ公言されていないだけで他にも隠されたものがあるかもしれないが、他人と関わるのであればこれだけで十分厄介だ。そんな自分を周囲から遠ざけようとして、彼は母校を離れる決意をした。だが、第一海軍学校転入し、人間関係も白紙にしてなるべく他人と関わらない生活を送ろうと決めたはずなのに、初日から人の目を集め境守 山葵や自分の知らない香取と鹿島と馴れ合ってしまった。海軍元帥の息子である海鎮 黒条には怪物としての自分の姿を晒し、そして青葉には下らない悪戯を仕掛けられたせいで呪いをかけてしまった。
世の中には自分の思い通りにならないことなど幾らでもある。だが自らの甘ったるい情を殺しきることも、自分を律することもできなかったことを、紫は強く恥じた。心を完全に閉ざして閉め出せば良かったものを、受け身の姿勢を取りすぎたせいで新たな人間関係が次から次へと構築されてしまう。目に見えぬ鋭い針を沢山抱えた自分に誰かが触れ、こちらにその気がないのに相手が傷ついていくのが怖い。それなのに真の孤独を選ぶことができないでいる。ヤマアラシのジレンマに苛まれる、そんな弱い心がたまらなく嫌になった。
だから決めた、絶対に青葉を不幸に陥らせるわけにはいかない。絶対に守り抜き、その後はちゃんと距離を置くと。
「そうだ、ねえ紫さんここの文章ちょっと見てもらっていいですか?何か気になるところとかあればアドバイスもお願いします。」
「わかりました。日誌もう少しで書き終わりますから、それが終わったら拝見します。」
どうやって埋めようか少し悩んでいた空行を思いつきでささっと書き切り、紫が書いたページがまだまだ少ないファイルを傍らに置く。青葉から受け取った原稿に目を通して、指定の文章に関しての意見を述べる。少しおざなりな返答になったのは、全体を見て黒条に関する記事がやたら多く辟易したためだ。ネタに困らない彼にもビックリだが、彼以外にあまり目を向けようとしない新聞部にもビックリである。
「最近の新聞部の評判が悪いのって、もしかして黒条君のことしか書いてないからじゃないですか?」
「うっ、言われてみればそうかもしれないです…」
「艦娘も合わせて千人を超えるような学校で、成果を上げているのは彼一人だけ、見る者にはそう思ってしまうかもしれません。」
「じゃあじゃあ、紫さんは最近何かないですか?」
「僕を記事にしたところで仕方ないでしょう?むしろ普段なかなか脚光を浴びない生徒に目を向けることで、新聞部がちゃんと学校を見ているという認識を持ってもらえると思いますが。」
「そう言われても、あまり情報が入らないから認知するのって大変なんですよ。」
「はぁ…」
「紫さん?どちらへ?」
「ここに籠って生徒の活動を認知できないなんて、どんな言い訳ですか。だったら実際に現場に行って、その目で見たらどうです?」
机に向かってばかりでは、良い物は生まれない。そう考えて二人を部屋の外へ連れ出す。軍の学校とは言っても、中途半端に色々と普通の高校と変わらない部分を残したここは、放課後になると部活動の様々な音が聞こえてくる。1日では到底全部は回りきれない程の生徒達の活躍が溢れている。その中のちょっとしたことを記事に書くだけで生徒達が新聞部に感じる距離感がぐっと縮まるだろう。
呪いをかけられたとは知らずに無邪気に笑う少女は、ここぞとばかりにその飽くなき好奇心を爆発させ、気に入ったらしいとある男子生徒に滅茶苦茶に食ってかかった。流石に翌朝までのインタビュー継続だけは止めさせたが、それでも雨霰の如く質問を青葉に浴びせられたその生徒は、慣れない艦娘と長い時間を過ごしたことも相まって真面目に練習に取り組んだ後よりもヘロヘロになって寮に戻っていった。そして何事もないまま一週間が経つ頃には、インタビューする相手を尽くヘロヘロにしてしまう彼女の噂は、様々な誇張も付けられて全校に行き渡った。黒条から注意をするように言われたのは、語るまでもない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
事件は、突然やってきた。
艦娘の生徒のみが行う、海外での遠征任務を模した実習の授業中に、青葉が行方不明になってしまったのだ。
ベテランの艦娘が引率として参加するため、万が一深海棲艦の襲撃を受けようが悪天候に見舞われようが絶対に安全だと言われてきたこの第一海軍学校の遠征実習。実際、過去にこのような行方不明者を出した記録は一切無く、今回の件は異例中の異例として非常に大きな騒ぎに発展した。
「どうして、言ってくれなかったんですか?」
「……」
「あの時、こうなることがわかってて、私に青葉を見てろって、そう言ったんじゃないんですか?」
「……」
「何か答えてください!!」
何も言わずに立ち尽くす紫を、古鷹が問い詰める。彼女の表情は今にも泣いてしまいそうで、目尻に溜まった涙を落とさぬよう必死に堪えているように見えた。彼女にもそんな顔をさせてしまったのかと思うと、紫の自分に対する怒りは膨れ上がるばかりだが、今は古鷹が怒る番だった。
「何で、黙っていられるんですか…?私の事が嫌いで、そんな私に開示したくない情報があるなら仕方ありませんけど…それでも、私には知る権利くらいあるでしょう?」
「……人は、都合の悪い未来から目を背ける。僕が青葉さんに何かしらの不幸が訪れると言って、彼女を大切に思う貴女がそれを信じますか?」
「それは……」
「残念ながら『信じられる』と即答できる程、僕と貴女との絆は強くない。それを言ったところで、僕が青葉さんを貶めようとしているのではと疑うでしょう?」
「でも、それなら青葉に直接、遠征実習の時は気をつけろって言うくらいできるはず…!」
「僕は予言者じゃない、何が起こるかなんて言い当てられるわけないじゃないですか。」
「ならどうして青葉を見てろって…青葉が危険な目に遭うかもしれないって、紫さんはわかってた。それはどうしてなんですか?」
言いたくない。が、言わなくてはならないだろう。暫しの間を置いて、観念した紫は口を開く。
「僕には、触れた人間を不幸にする呪いがかかってる。それを出会った時に予め説明しておかなかったのは、確かに僕の失態です。けど呪われてるから触れるななんて、言える気になると思いますか?言ったら、貴女方にどう思われるかわかったものじゃない。不幸を振りまく相手と仲良くするなんて、到底無理な話ですから。」
急にそんな突飛な話をされて、古鷹は困惑していた。紫が何を恐れ、避けていたのか、それらが正確に彼女には伝わらなかったらしい。紫の気持ちを考えることもできなかったようで、それでもと紫への非難を止めない。
「今こうしている間にも、青葉は辛い思いをしているかもしれない。もしかしたらもう……考えたくないけど、この世界には既にいないかもしれない。そんな青葉に、紫さんはなんて言うんですか?」
自分を正当化しようとしていた紫の心に、彼女の言葉が深く突き刺さる。既に取り返しのつかないことだと一蹴しても良かったが、後悔と自責が過去の過ちを忘れさせようとしない。
真っ直ぐにこちらを見据える古鷹の目線に居心地の悪さを感じて視線を逃すが、逃げた先でそれが解消されることは無かった。寧ろ、余計に古鷹の事が気になり何をどう語れば良いのか必死になって考えてしまう。しかし、彼女を満足させられそうな答えは、何一つ出てこなかった。
「失礼する、ここに紫はいるか?」
「…黒条君?」
「失踪した青葉の捜索隊が出ることになった。これからブリーフィングを行うから、お前も来い。」
突如として現れた黒条は、そう言って紫の同行を求めてきた。捜索隊が出るというのは予測できることだからまだわかる、だが何故そのブリーフィングに紫を参加させようとするのかがわからなかったため、すぐに行くとは返答できなかった。
「何故僕にそんな話が?」
「お前は士官学校を進路に希望していただろう?実際に指揮現場を見られる機会はそう無い。これを気に学べという学校長のお達しだ。」
「……わかりました、すぐに行きます。」
「あの、生徒会長!」
「なんだ?」
「私も捜索隊に入れてください!実戦経験は少ないですが、少しは役に立てると思います!」
「残念だが、既に艦隊の編成は完了している。それに前例のない事件だ、未熟な艦娘は連れて行けない。」
それを聞いた古鷹はがっくりと項垂れてしまった。今一番行方不明になった青葉を心配しているのは彼女だというのに、青葉を探しに行くことも出来ないというのは酷な話だ。だが、立て続けに行方不明者を出すわけにはいかないだろう、さぞ無念だろうが黒条に対して異論を挟むような事はしなかった。
「今回の件は僕に責任があります。出来る限りの事をして、必ず青葉さんをここに連れてきます。だから待っていてください。」
肩を落とした古鷹にそう言い残して、新聞部の部室を出る。窓の外から照りつける日差しが肌に刺さった。
「……編成に僕を入れることは?」
「可能だ、と言うより既に捜索隊のメンバーになっている。」
「よくもまあ艦娘でもない学生を起用する気になったものですね。」
「父がお前を使えと言ったそうだ。お前がどれだけ使えるか見ておきたいらしい。」
「……言われなくとも、青葉さんは絶対に連れ帰ります。」
「随分躍起になっているな、恋でもしたか?」
「まさか…強いて言うなら自分のため、くだらない罪滅ぼしですよ。」
「詮索はよそう。だがお前の初任務だ、動機はどうあれ全力を尽くせよ。」
かくして、紫にとって軍人として初めての任務が始まった。それは同時に過去との決別を意味したが、この時の紫には関係の無いことだった。
構想を何一つ練っていなかったせいで無駄に時間がかかってしまった22話、途中寝ぼけ眼で書いた場面もあり見苦しい仕上がりになってしまったかと思います、本当に申し訳ないですm(_ _)m
次回も続きということでまたお時間を頂くことになりそうですが、何卒ご了承くださいますようお願いします
さてさて、今回は設定がイマイチ伝わり辛そうなこの作品のキーアイテム、紫君の刀「ゆかりの鬼」について触れておこうと思います。
……古鷹の紹介はまだかって?それは次回、多分次回、恐らく次回、です
ゆ「と言うか、今やる必要無くね?」
いいんです、ふと思いついたことを大事にするスタイルなんです
というわけでお茶請けにもなりませんがどうぞ
『ゆかりの鬼』
名の由来は主人公紫が、「紫(むらさき)」の鬼みたいに性格が悪い刀、つまり『紫(ゆかり)の鬼』と言った感じで適当につけた。
見た目は日本刀、70cmと長めの太刀と呼ばれる部類…だったはず(どっかで書いた覚えがあるも忘れてしまったorz)
鞘と柄はシンプルに黒、鍔は金、刀身は黒ずんだ銀色で直刃
刃こぼれすることがなく、使い手によって斬れ味が左右される
能力は、基本的に体力を代償にした持ち主の身体能力の底上げ。五感を敏感にするも良し、人間離れした体技もOK(ただし燃費はかなり悪い)
また、持ち主の負感情を使って効果を増幅させたりもできる。この際、刀身や片目が気味の悪い色で発光するので威圧目的なんかにも使える
怪我したら艦娘みたいに入渠で治せるっていう便利アビリティが付く
使用するにあたって起きるデメリット
まず中身と契約することで、持ち主の心を潰しにかかる。またそれを助長させる『呪い』を付与してくる。
過剰に能力を発動し続けると体力がすっからかんになって行動不能になる。それ以上動こうものなら心を食い尽くされて生ける屍になるか、体組織を破壊され肉片になってしまう
また、万年全身冷え性…というか体温が死体同然になる。紫は呪いの一つと考えているがこれは契約時についてくるオマケ。周囲のありとあらゆる温度が相対的に高くなるので、超暑がりの超猫舌人間が出来上がる(一般人の20c°が37c°くらい)
同じようなもので海に拒絶されて海の上に立てるようになる(でもそれって海水浴できない)
負の感情を食べられるので、喜怒哀楽がだんだん乏しくなる
存在理由や発生原因は未だ不明、そのうち解明されるかもしれないされないかもしれない
今回はここまで、次回もお楽しみに