「敵視認!三時の方向に六隻!」
「航空機発艦!先制攻撃を始めてください!陣形を単縦陣に変更!その後全艦機関停止、T字戦で叩きます!」
「「了解!」」
青葉を捜しに遥々やって来た、何処とも見当がつかない海の上で、幾度となく繰り返してきた海戦の合図を出す。声を張り上げある時は攻め、ある時は退き、ある時は回避を命じるのにも、幾らか慣れてきた。だが、発する命令一つ一つに、元人間の、海戦の経験はおろか指揮経験にも乏しい学生である自分にここまでついて来てくれた戦乙女達の命運がかかっているのかと思うと、途方も無い重圧が心を緊縛する。何一つ間違えてはいけない、その言葉の意味を、難しさを、ここに来る前にどれだけ理解していたことだろうか。はっきり言えば何もわかってはいなかった。自分の拙い指揮で、たかが捜索任務なのに随分と随伴艦に損害を負わせてしまった。下手をすれば、この一戦が終われば勝とうが負けようが関係なく撤退を余儀なくされるかもしれない。
「艦長!敵空母より艦載機の発艦を確認!」
「全艦機関始動!対空迎撃用意!」
艦長、それが艦娘でも指揮官でもない自分に与えられた肩書きだ。個の艦だけでなく、艦隊を総括する長、大それた肩書きだ。ただの学生には荷が重すぎる。それを象徴するかのように、敵の攻撃でまた被害が出た。度重なる被弾で、熟練の艦娘達が次々と小破、中破状態になっていく。
「第二次攻撃隊発艦始め!砲戦用意!」
「敵艦より砲撃を確認!」
「僕が防ぎます!構わず放て!!」
砲火が交わり、刹那の時、空を赤く染める。その一瞬後には多くの水飛沫が立ち昇り、波間を荒らした。蒸気と上から落ちる雫が散々濡れた体を更にぐしゃぐしゃに濡らす。刀に付いた雫を振り払おうとして、砲弾を斬り落とした腕が軋んだ。肉の盾となり砲撃を防ぐことができるのも、次で最後だろう。
『こちら司令部、状況は?』
「こちら艦長の紫、深海棲艦の艦隊と会敵。数は六、そのうち一隻の轟沈を確認。味方の損害は大きく、弾薬も残り僅か。」
『その戦闘が終了次第帰投を命じる、全力を以って討伐にあたれ。』
「了解。」
他の艦隊はまだ捜索を継続するだろう、捜索隊の中でいち早く離脱しなくてはならない現状が悔やまれる。誰よりもいち早く青葉を救い出さんと躍起になった結果だった。だが反省会は今じゃない、目下最優先で片付けるべきは敵艦隊の殲滅だ。
「帰投命令が出ました!戦闘終了後に撤退します!よって弾薬を惜しまず、全力で敵を殲滅してください!」
砲火が一層激しくなり、次々と敵を打ち倒していくのが見える。弾薬を全て使い切らんばかりの猛攻を仕掛ける皆の姿は、さながら帰投を命じられた悔しさと紫に対する不満を爆発させているようでもあった。
【特攻しなくていいのかよ?】
「司令塔が艦隊を離れるわけにはいかない。」
【でも明らかにお前が突ってれば、楽勝だった戦闘もあったよな?】
「元帥もそれをお望みだっただろうけど、僕が艦長としてこの場にいる名目は違う。」
【ちょいとばかし好き勝手やったって良いだろ、ほんとビビリだな。】
「何とでも言えばいいさ。」
指揮の邪魔をする刀の声にそれっきり見切りをつけて、次なる指示を繰り出す。こちらの弾薬はスッカラカンだろうが、敵も気付けばもう少なくなっている。後一息で押し切れるだろう。
「艦長!旗艦と思われる空母が離脱していきます!」
「構いません。全艦砲撃止め!これより帰投します!」
「しかし!まだ敵は残っています!」
「旗艦が離脱したなら、間も無く奴らもそれを追いかけて去って行くでしょう。」
「追撃すれば全滅させるのは可能です!」
「帰投中に襲撃されれば厄介です、その時一発でも撃てるのであればそれに越したことは無いでしょう。何より貴女方は万全の状態ではありません、思わぬ反撃を受ける可能性もあります。」
「…了解」
皆一様に不服そうな顔をしながらも、撤退を始めた。彼女達にもプライドや精鋭だという自負があるだろう、それに無能な艦長に足を引っ張られたせいで傷がついた。だが、それでも尚従い続けるその姿勢に紫はある種の戦慄を覚えた。人間よりも遥かに武力で勝る彼女達を、こうも従順にさせる人間達の支配力に対する戦慄だ。彼女達は紫に従っているのではない、紫に指揮を任せた上層部の人間に逆らうまいと紫の言葉に従っているに過ぎなかった。
「こちら紫、敵艦隊の撃退に成功。直ちに帰投します。」
『ご苦労、初の艦隊指揮にしては良くやった。』
「その声は元帥殿、お褒めいただき光栄です。」
『随分と、不本意そうだな。』
「従ってくださった艦娘の方々には多大な迷惑をかけ、その上不名誉な結果となってしまいました。」
『なる程、まあそれもこれも私の責任だ。お前が気にすることはない。そんなことは一先ず忘れて今日はよく休め、明日もまた出てもらうぞ。』
「はっ、了解しました。」
プツッ、という音という音を聞き届けて紫はヘッドセットを外した。熱のこもった耳の穴を風が通り抜けていく感覚が何とも心地よかったが、それに長く浸っていることは叶わなかった。
「艦長!前方に艦影が!」
藤色に染まった空の下、黒い海の上で不気味に揺れる黄色の光が、前方に幾つかハッキリと見えた。深海棲艦で間違いない、しかも上位の個体だ。弾薬が無い状態で挑む相手ではない。
「敵はこちらに気付いたでしょうか?」
「わかりませんが、その様子はありません。」
「速度を落として迂回します。全艦取り舵、そして一切の照明の点灯を禁じます。」
「了解。」
そろそろと敵との距離を離しながら進む。いつあの砲口がこちらに向くかヒヤヒヤだ。嫌な汗がじっとりと背にまとわりつき、集中力が途切れて警戒心が薄れてしまいそうになる。
結局、上手くやり過ごせた紫達は、夜中までかかったものの無事に帰投することができた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「無事に帰ってきたようだな。」
「まあ、少なくとも両足は揃ってますよ。」
埠頭で寝転がり星一つない真っ黒な曇り空をぼうっと眺めていると、黒条が声をかけてきた。もう夜更けだと言うのにまだ起きていたあたり、帰るのを待っていてくれたのかもしれない。
「だらしがない…と言う感想は今は控えておく。」
「そりゃどうも、今少し体が言うことを聞かないものですから。」
「……その腕、妙な腫れ方をしているな。」
「骨にヒビでも入ったか、それとも折れたか。まあ艦娘さん達の入渠が終わってから入らせてもらえれば、それで治せます。」
「羨ましい体質だな。」
「治せなければ、お休みをいただけるのですがね。」
「休むつもりなんかないだろう、あれだけ殺気立ってたくせに。」
それに対して何も答えない紫の隣に黒条が腰掛け、先程買ってきたらしい缶のコーヒーを差し出してきた。生憎腕が言うことを聞かないので、開けた口にそのまま流し込むよう頼むと、黒条は盛大に缶を逆さにして内容物をぶち込んできた。焼け爛れるのではないかと心配になる熱さが口内を蹂躙し、飲み込むのに失敗した一部が気管に入りむせそうになる。けど、襲いかかる苦痛全てを我慢して、紫は飲み干してみせた。その後一時呼吸困難になる程むせ、嘔吐感に苛まれはしたが、どうにかこうにか耐え忍ぶ。
「何故飲み干した。」
「……罰ですよ、自分への。」
「人から貰った物をそんなことに使う人間は初めて見た。」
「丁度いい薬です。」
「そこは『ブハッ!何しやがる!!』って言って、やめさせるところだろうが。」
「他人のネタに付き合ってやるほど、お人好しではないので。」
「それは同感だな。だが今のは流石に逃げろ、下手をすれば死ぬぞ。」
「言ったでしょう、罰だと。だから甘んじて君の嫌がらせを受けました。」
「自傷のつもりならよせ、見苦しい。」
「けど、自分が許したら誰も僕を罰してくれないじゃないですか……早く青葉さんを連れ戻さないと、僕が足を引っ張ってる場合じゃないんです。」
「……」
未だに青葉に関する情報が何も入ってこないのが、気がかりでならない。もしかしたら古鷹の言う通り、彼女の御霊はもうこの世には存在しないかもしれない。それを思うと焦燥感が再び海の上にこの身を突き落としそうになる。だが、刀一つ持てないこの体で、その上進むべき航路すらわからないのに、一体何ができるだろうか。ただ傷が癒え、明日が来るのを待たなくてはならない自分が、歯痒くて仕方なかった。
「……」
「一体何故共有した時も少ない艦娘にそこまで熱くなれるのかはわからないが……海に出る以上必ず連れて帰ってこい。少なくとも俺は期待している。」
「以外と情に篤いですね、君は。」
「同じ怪物の仲だろう?」
「真っ平ごめんですよ。」
「はっ、俺もだ……数ある捜索隊の中で、今日戦闘を行なったのはお前の艦隊だけだ。ジンクスを信じるわけではないが、何か引っかかる。気をつけろよ。」
最後にそれだけ言って、黒条は立ち去って行った。その後折れた腕を治した後も、しばらくその言葉が頭から離れず、なかなか眠りに就くことは叶わなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌日、朝早くから再び出撃した紫の艦隊だったが、正午にもならないうちに深海棲艦と遭遇、しかも戦艦と空母を主軸にした主力級の艦隊と交戦することになってしまった。対するこちらの艦隊は、練度が高い艦娘達で構成されているとはいえ、機動力と燃費を重視した構成で重量級が相手では非常に分が悪かった。結局随伴艦の一人が大破し、紫も片足に大きな怪我を負ってしまい、その日の捜索はまたしても中断して帰投せざるを得なかった。
「その怪我でよく帰ってこられたな。」
「その気になれば…片足でも動けますよ……うっ!」
「誰の肩も借りなかったらしいな、何故そんな無茶をする、死にたいのかお前は。」
「女性に支えられる、なんて見っとも無い真似は…」
「くだらない意地で命を落とすつもりか、ふざけるな!お前のような自分の命の勘定が下手くそな奴が指揮官なんて務まるものか!」
「…随分知ったような口をききますね…指を咥えて眺めることしかできない今の君に、僕に口出しする権利がありますか?」
「黙れ!お前は仮にも我が校の生徒、俺はその学校の会長だ!無謀を止めさせる権利くらいある!」
「死の瀬戸際にも立ったことがないような人間に、命の価値を説かれる筋合いはありません……もう行きます、流石に血を流しすぎました…はやくっ、治さないと…ぐっ!」
「待て!俺が担ぐからお前はそれ以上動くな!」
「僕に触るな!!」
今まで出したこともないような大声で黒条の好意を拒絶する。それに一瞬怯んだ様子を見せた黒条だったが、すぐにまた手を伸ばして支えようとしてくる。そんな彼をそれ以上近づけさせないために刀を抜き、間合いを取る。
「何故拒む。」
「君の穢らわしい手で触られたくないとでも言ってあげましょうか…?」
「言え、言えないなら力ずくで…」
「僕のせいだ、僕が青葉さんをこんな状況に追いやった…誰も触れてはならないのに、僕が不甲斐ないばかりに青葉さんは僕に触れてしまった!だから青葉さんは消えた、それを探し出す義務が僕にはある。平穏を彼女と古鷹さんから奪った責任を負わないといけない!けどそれは未だ難航しこんな傷まで負った!それなのに君の不幸まで僕に背負わせるつもりなのか!?いい加減にしろ!!」
叫ぶと同時に、黒条目掛けて刀を振り抜く。切っ先は彼の目の下を瞬きをさせる暇もなく通り過ぎ、皮一枚だけを切ってみせた。足を負傷した人間のものとは思えない絶技を目の当たりにして、この時黒条は初めて完全に怯んだ様子を見せた。
「わかったら二度と触れるな。それが自殺願望なら、勝手にすればいい。ただしその時は僕の手で直接、不幸が訪れる前に殺す。」
「…どうして、どうしてそれを先に言わなかったんだ?」
「さあ、それだけまだ甘ちゃんだったということでしょうね。こんな呪われた忌まわしい怪物に、友達ができるはずなんてないのに。」
近づいて来なくなった黒条を放って、紫はドックに向かった。治り次第再び出撃をしたいと願い出たが、肝心の艦娘はまだ修復が終わっていなかった。一人では何もできない、この時程人間を捨てて尚付きまとうその呪縛から解放を望んだことは無いだろう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
青葉の捜索を始めて、既に一週間という時間が過ぎた。捜索隊は未だに何も成果を上げておらず、また連日出撃する紫の負傷は日増しにその度合いを強めていった。この日帰ってきた紫の姿はそれもう見るも無惨なもので、片腕が丸々一本消し飛んでいた。入渠すればたちどころに治ってしまうため、本人はそれを理由に捜索を断念することはなかったが、周囲の中には気味悪く感じる者も少なくなかった。片腕を失う程の重傷を負ってなお折れない人間離れした心を、その者達は恐れたのだ。また、学生に過ぎない紫を酷使する上層部には、非難の声が少しずつ上がっていた。これを受け、いくら待てども一向に見つからない青葉の生存を絶望視する意見も出始めた上層部は、青葉の捜索を近日中に打ち切る方針を固めつつあった。
「紫さん…」
入渠が完了しても意識を失ったまま目覚めないという紫の姿を、古鷹はガラス越しに見ていた。毎日狂ったように海へと飛び出していっては傷を負って帰って来る紫のことを耳にし、居ても立っても居られなかったのだ。青葉がいなくなったあの日、自分が言い放った言葉がよもや彼のことを追い詰めているのではないかと、最近はそのことばかりだ。無論、青葉のことは今でも心配で心配で仕方ない。しかし、青葉が消えた原因は本当は紫にはなく、また二週間ほど前のあのセリフも彼の思い込みだったのではないかと最近では考え始めており、彼に対し無責任な言動を取った自分に責任を感じていた。
(でも、どうしたらいいんだろう…)
最も良いのは、この捜索から身を引かせ彼をこの終わりなき苦しみから解放することだと思う。けど、それだともう二度と青葉は帰ってこないような気がした。代役はいる、けれどもどこか彼ならば青葉を救ってくれると根拠のない希望を抱いている自分があった。そして、その自分を捨てることが何だか恐ろしい。けれど、彼は正式に青葉捜索の打ち切りが発表されるまで、出撃しないという選択肢はとらないだろう。下手をすれば彼の命にも関わるかもしれない、やめさせるべきだった。
「古鷹か、見舞いにでも来たのか?」
「あ、生徒会長……はい、でももう行こうと思います。」
「ああ、その方がいい…」
「生徒会長?」
「今はあまり関わってやるな、あれは一人で抱えきれない問題に当たって必死なんだ。」
「それって…」
「青葉を諦めたわけではないし、お前に諦めろなんて酷な事は言いたくない。だが、このままではあいつは壊れるだろう。父に早期中止を訴えているがそれまでに保つのかどうか…」
一人で抱えきれない。彼に一人で背負いこませてしまったのは自分だ、ならば何かしらのアクションを起こすべきだろう。語学と机上で行われる戦闘を学ぶことしかしていないので、戦力として数に入れることは難しいだろう。けど、せめて何か他に彼に貢献できることはあるかもしれない。
「何かしてやろうと考えているなら、やめておけ。」
「でも…」
「あいつは人との接触を望んでいない。お前にまで火の粉が降りかかったら、今以上の負担を強いることになるぞ。」
そう言い残して、彼はどこかへと行ってしまった。言葉の意味をあまり良くは理解できなかった。何故関わるだけで火の粉が降りかかるのか、黒条と紫の間に何があったのか、紫のこととなるといつも謎ばかりだ。ただ、自分のことを話している時のあの怯えたような目はよく覚えている。きっと自分にはなかなか理解し難いことに悩まされているのだろう。それを考えると、この場を去る気になれなくなった。
「あ…」
ガラスの向こうで、紫が体を起こしたのが見えた。病衣の隙間から覗く彼の肌は、片腕を失ったとは思えない程何処もかしこも綺麗で。傷跡一つ見当たらなかった。けれど、立ち眩みを起こしたのか、ベッドから離れた瞬間彼は床に膝をついて蹲ってしまい、そんな姿を黙って見ていることができなくなった。
「紫さん!大丈夫ですか!?」
「古鷹さん……っ!それ以上近寄らないでください。」
「で、でも!」
「問題ありません、少し寝すぎただけです。」
「どこへ行くつもりですか?」
「知れたこと、司令部に頼み込んで今夜また出してもらいます。」
「そんな、だめですよ!病みあがりなんですから、まだ寝ていないと!」
「休息なら毎日嫌というほど頂いてます、それなのにまだ何もできていない。のうのうと寝ていられるわけがないでしょう。」
のしのしと部屋を出て行こうとする紫の背中を危うく見逃してしまいそうになり、すかさず彼の腕を掴んで引き止めようとする。しかし、真後ろに目でも付いているのかと思うような挙動で、紫はこちらの手を回避した。埒があかないので、先程紫が言ったことを無視し、背中に飛び付きそのまま床に倒れこむ。
「なっ…何をしているんですか!!」
「行かないで!」
「自分が何をしているかわかっているんですか!?早く離れてください!!」
「嫌です!離しません!!」
「死にたいんですか!?いいから離してください!!」
「絶対にいや!!」
身をよじってジタバタする紫に必死に縋りついていると、やがて彼は諦めたかのように動きを止めた。油断させて逃げ出すのではないかと、警戒して手を緩めずにそのままでいた。すると不意に嗚咽のような声が聞こえてくる。何事かと前方を見ると、顔は見えなかったが床にキラリと光る水滴が幾つか落ちていた。気まずくなって背に顔を埋めていると、鼻先に伝わる異様な冷たさに気づいた。思えば、腹部に回した腕も温もりらしい温もりを感じていない。
「……もう、気づきましたね。」
「……」
「…この体は、既に終わった命を無理やり魂だけ閉じ込めて作られたただの
「……!」
「青葉さんは、イタズラ目的で僕の衣服を気を失っている間に脱がせた。その際に、体に触れてしまったのでしょう。何も言ってはいませんでしたが、きっとそのせいで行方不明になった……そして古鷹さん、貴女もまた僕に触れてしまった…」
先の生徒会長の言葉が頭を過る、火の粉が降りかかるとはそういうことだったのだ。何も知らないくせに、安易な行動でパンドラの箱を開けてしまった。それを思った時、背筋が凍った。けど何故だか、咄嗟に彼から手を離し距離を置くことはしなかった。彼がこうして自ら自分のことを語るのは初めてな気がして、そしてこのまま彼に触れていればその先が聞けるような気がしたのだ。
「…数ヶ月前、親友の大切な友達が僕に誤って触れてしまい、間も無く殺された。僕が殺したも同然です、救おうとしたけど救えなかった…横須賀第三鎮守府が深海棲艦に襲撃を受けた話は知っているでしょう…あれも、僕が招いた不幸です…そして、次は青葉さんだ…」
紫が涙ながらに語る負の連鎖は、少くない衝撃をもたらした。そして彼がどんな思いで青葉の捜索に参加していたのかを考え、胸が締め付けられた。
「間も無く捜索隊は解散する、そうすればもう二度と青葉さんを救いに行けない。力のない僕は、ろくに戦闘もこなせず、また上を動かすこともできません……僕のせいで人が不幸になるのはもう嫌なんです…それなのに、貴女は…」
「……」
「いつまで、そうしているんですか…こんな話をされて、何故平気で僕を捕まえていられるんですか?」
「全然平気じゃないですよ…自分の身に何が起こるのか、それを考えると怖いです…でもそんなことよりも、今ここで紫さんを離して、無理して青葉を捜しに行って、心も体もボロボロになっていくのがもっと怖いです…だって私、紫さんと友達になれた自信すらないんですよ?折角出会えたのに、友達にもなれずに壊れていくなんて、その方がもっと嫌です。」
「古鷹さん…」
「青葉のことは今でも心配です…でも、紫さんまで私の側からいなくならないでください…お願いですから、私を一人にしないで…」
気が付けば自分の目から溢れた涙が、紫が纏っている病衣を濡らしていた。凍った背に、温もりが広がっていく。
「…離してもらっていいですか?大丈夫、もう逃げません。」
穏やかな口調でそう言われ、大人しくそれに従った。目が少し赤くなった彼の顔を見て、先ほどの大胆な行動と、細身なのに筋肉質な体の感触を思い出し、恥ずかしくなって俯いてしまう。自分のせいとはいえ、まともに顔を見れなかった。
「青葉さんを捜せるタイムリミットは、早くて明後日でしょう。この調子で負傷していけば、命を落とすことになる。けど、僕は諦めません。たとえ死ぬとしても、可能性がある限りは出撃を続けます。」
「だめです!死ぬとわかっていて捜すなんて、そんなの…!」
「いいえ、この捜索は僕の罪滅ぼしでもあります。何としてでも見つけ出さなければ、僕はあの人に対して立つ瀬が無い。」
「いなくならないでって、言ったじゃないですか!なのにどうして…」
言葉の続きは、抱きしめられた感触によって阻まれた。全身を、雪のような冷たさと、どこか安心できる心地よさで包まれる。
「大丈夫、きっと戻ってきてみせます…なんせ、貴女まで守らないといけなくなったんですから。」
「嘘は無しですよ…」
「肝に銘じます……ありがとう、人ってこんなに温かかったんですね…」
その言葉から、彼が長らく人の温もりに触れてこなかったことが伺えた。気恥ずかしかったが、彼の冷えた体が少しでも温まるように、彼の求めるままに抱擁を続けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
結局、夜戦に出なかった紫は、古鷹を寮まで送り届けた後、例の埠頭に黒条に呼び出された。新月なのか、星がよく見える。
「随分女に弱いようだな、お前は」
「あちらから無理やり触れてきたんです。」
「その割には、色々聞かせてやってたろ。俺には微塵も話そうとしないくせに。」
「触れさせてもらえなかったからって嫉妬ですか、気持ち悪い。あ、それとも古鷹さんに抱きついたことが不満でしたか?」
「いや、俺は男にも色恋沙汰にも興味はない。勝手にやっていろ。けど、おかげで面白い事を聞けた。」
「盗み聞きとは、趣味の悪い……まあ、そういうことですよ。」
「他人に触れられるとその者に不幸をもたらす、なかなか難儀な体質だな。」
「間違っても触れないように。」
「古鷹の不幸は背負うのにか?」
「特例です……けど、僕は今手が離せません。だから君が代わりに彼女を見てやってください。」
「仕方ないな……けど、明日は古鷹も遠征の実習があるはずだ。青葉の二の舞にならないといいがな…」
「え……そんな、古鷹さんまで…」
「実習はそう多くない、あれだけ欠課というわけにはいかないだろう。」
「……」
暗い海を、夜風が撫でる。波打つ黒の海面は、まるでこちらに向かって手招きしているようにも見えた。
前回同様火曜日投稿になり申し訳ないです。言い訳させていただけるのでしたら、前日にデータ消し飛びました!泣きそうでした!
今回はポンポン話を進めましたが、結局また次回に引き延ばす格好となりました(どうしてこうなった…)紫君の苦行は終わりません
さてさて今回のキャラ紹介は、前回の予告通りとなっております。それではどうぞ。
『古鷹』
古鷹型重巡のネームシップである艦娘。探照灯を模したオッドアイで有名。その性格の良さから「大天使フルタカエル」なんて異名もあり、世の提督達に愛され続けている。
最近では某大手コンビニのコラボにも参加、作者のペンケースのお供にもなっている。
古「あの、あれを持ち歩かれるのはちょっと恥ずかしいのですが…」
作「なんと言おうと、僕は君を手放さない。」
紫「うわ、気持ち悪い…」
作「何とでも言いなさいや!こちとら古鷹が第二の嫁候補じゃい!」
古「第二…そこの私可哀想に…」
紫「すっごい哀れまれてる。」
作「まあまだレベリング全然終わってないんだけどね。」
古「ああ…できることなら代わってあげたい…」
作&紫(天使だ…)
そんなわけで今回は短いですがここまで、次回もお楽しみに