各々が様々な理由で眠れぬ夜を過ごした特別授業の1日目が終わり、寝不足な生徒達を嫌味なほど清々しい朝日が叩き起こす。布団から出るなり顔を合わせると、皆一様に隈ができていたので、誰からともなく失笑が溢れた。けど、興奮のし過ぎで寝不足なんていい年して小っ恥ずかしいことこの上ない。ましてやそれが美女に囲まれたせい、なんてのは笑いの種にしかならないだろう。青年達はそんな醜態を他に悟られまいとして、爽やかな朝を迎えた設定での演技練習を始めた。何気ない会話を演技で生み出そうという滑稽極まりない策だったが、そんなことすら真面目にやろうとするあたり、昨日の熱がまだ冷めていなかったのだろうことが伺える。18を迎えても、まだチェリー坊やなのだ。
そんな様子を呆れ顔で眺めていた黒条は、依然として隣で寝たまま起きない山葵を見る。淫靡な格好に身を包んだ美女達を目の前にして鼻血をダバダバと流し失禁するという、何とも阿呆過ぎて逆に憐れみを覚えてしまう醜態を晒した彼の寝顔は、それはもうさぞ良い夢を見ているのであろうなというほど安らかで、見ていて無性に腹が立ってくる。昨日少しでも心配した自分が馬鹿に思えてくるというものだ。腹立ちまぎれに頰をつねって起こそうとすると、「そんなに吸われたら頬っぺた取れるっす〜」なんて気持ちの悪いことを言い出すので、つねった頰をそのまま持ち上げて振る。
「あ痛だだだだだだだ!!ちょっ!何するっすか!痛い!マジで痛い!!」
「お前が早く起きないのが悪い。」
「違う、その目は明らかにもっと別のことに対して怒ってる目っす…!」
「お前の寝相が気色悪かった。」
「なんちゅう理不尽!!そんな理由で頬っぺ千切られそうになったんすか僕!?」
山葵が完全に目覚めたのを確認し、さっさと着替えを取りに立ち上がる。あしの踏み場も無いほどキッチリと敷き詰められた布団の上を軽快に踏み越え、自分の荷物の元へ行く。その時ふと、何かが足りないような気がして布団の上を見渡すと、あの朝が非常に弱そうな例の生徒の姿が見当たらなかった。
「おい、紫はどうした?」
「天凪?あいつなら起きた時には既にいなかったけど…」
紫が寝る予定だった布団を見てみると、まるで誰も使用していなかったように皺が少ない。起きてすぐ布団の皺を伸ばすようなタイプには見えないので、もしかすると寝ていないという可能性だってある。思い返せば、昨晩紫は艦娘に追いかけられたままどこかへ姿を消してしまっていた。よもやあのまま逃げ続けているとは考えにくいが、ならば一体どうしてこの場にいないのだろうか。
「ひょっとして、昨日の子と朝チュンっすかね。」
にしし、とニヤケ面で笑う山葵に対しそれは無いと言おうとしたが、やめておいた。一々説明するのも面倒であったし、紫にあらぬ噂が立つならそれはそれで一興だ。彼の困惑する様子が目に浮かぶ。山葵が周りも巻き込んで下ネタの話を始め、下品な笑いで部屋を満たす。いざという時には奥手になるくせに、女性の目がない時はここぞとばかりに大胆だ。何がそんなに面白いのかわからない黒条は、半ば辟易とした様子でその様子を眺めていると、不意にドアが開け放たれ、件の生徒が今にも力尽きそうな足取りで入ってきた。
「…やっと、帰って来れた…あ、皆さんおはようございます…昨日はよく眠れましたか…?」
「うわ、随分げっそりとしちゃって、どうしちゃったっすか?」
「いや…時が流れるのは早いものですね…先程まで深夜だと思っていたのに…いつの間にか日が昇って…寝る機会を逃してしまいました…はは…」
「はは〜ん、さては夜通し女の子達を侍らして寝かせて貰えなかったんすねぇ?やーやー、流石モテる男は違うっすね。あれっすか?やっぱり英雄色を好むっすね!」
「ええ…本当に皆さん積極的で…」
「ほうほう、責めるのではなくよってたかって責められた!」
「逃げる先々には常に見張りが…」
「いつでも何処でも熱い視線が注がれて逆に興…逃げる?」
「少し休憩を取ろうものならあっという間に見つかって取り囲まれて…退路を断たれて…」
「えっと…戦か何か?」
「挙句各種トラップが随所に張り巡らせてあってですね…」
「トラップって…本当に一体全体紫君何してたっすか?」
「命辛々という言葉を改めて……」
「紫君!?マジで大丈夫っすか!?しっかりするっす!紫君!紫君!」
紐の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちると、紫は側からみれば死体にしか見えない姿勢のまま眠りこけてしまった。
「山葵、紫に触るな。」
「で、でも意識不明っすよ!?」
「どうせただの寝不足だ、寝かせておけ。俺が退かしておくから、お前達はとっとと朝飯に行ってこい。教諭に怒鳴られても知らないぞ。」
「いやいや、なんなら僕も手伝うっす!」
「お前は一々耳障りだからな、紫が起きたらどうする。」
「酷い!僕だって口にチャックくらいできるっす!」
「なら主計科に頼んでジッパー縫い付けてもらうか?」
「申し訳ながら!山葵みんなを連れて朝食に行ってくるっす!」
突っ伏したまま微動だにしない紫を上手いこと避けながら部屋を出る面々を見送り、掃除用具の入ったロッカーから箒を取り出す。そして柄の先でグリグリと(多少の嫌がらせの意味も含めて)だらし無く伸びた紫の体を部屋の中に収容する。先が丸いとは言え、先端で腹部を抉るように押されたらかなり痛いはずだが、それでも紫は一向に起きる気配を見せない。鬼ごっこだか何だか知らないが、女に追いかけ回されてここまで疲弊した男など今まで見たことがない。
「さて、俺も行くか。適当に腹痛起こしたって言って誤魔化しておこう。」
この時、無理やりにでも叩き起こして連れて行くべきだったと、後に部屋に戻って、安らかな寝息を立てて眠り続けていた紫を見た黒条は思った。
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「ギャアアアアアアアア!!やめて!俺はまだ死にたくないいいいいい!!」
「何言ってんだ、服脱いだくらいで死ぬわけないない。」
「死ぬ!間違いなく死ぬ!裸体を見られた瞬間俺の男としての貞操観念とか尊厳が死ぬ!!」
「いやいや、むしろ真に漢として生まれ変わるぜ。」
「待って本当に本当に無理無理無理無理イイイイイイイイイイイイ!!!」
朝食の後、何故か引率の教諭に呼ばれた紫を除く生徒達は、不運にも名指しで前に出るよう言われた生徒の末路をその目にまざまざと見せつけられていた。浅黒い肌をした屈強な男達に囲まれ、抵抗も虚しく身包みを次々と剥がされ悲鳴を上げる生徒は、最後の砦となったパンツ一枚を、涙目で死守していた。どうも皆男色の相があるらしい男達は、嬉々とした表情でその薄衣を掴み引き降ろそうとしており、それが終わった後その生徒の身に降りかかるであろう災難を想像した他一同は、恐怖のあまり目を逸らして成り行きを見ないようにしていた。尻が半分ほど見え、後少しで完全に脱げてしまおうとしたその時、教諭がストップをかけ、男達の手が止まる。かわいそうなことに、極限の状態が続いていた生徒は緊張が解けたのか失禁し、ついにはそのまま気を失ってしまった。
「何故奴がこのような仕打ちを受けているかわかるか?」
そんなあられもない姿を披露し床に伸びている生徒を、さして気に留めるでもない教諭は、ゆったりとした口調でそう問うてくるが、それに答えられる者は誰もいなかった。
「昨日、寝る前にここの艦娘達がお前達の相手をしただろう。その時、あれは非常に心を乱し、危うく一線を越えるのではないかと思われる程距離を縮めようとしていた。」
それが何だといった空気が一瞬流れ、そして皆一様に理解し驚いた。つまり、昨夜のあのどの様な風俗店でも味わうことは叶わないであろう夢のようなひと時は、完全に罠だったということだ。
「将校を目指す貴君らの中には、絶世の美女美少女に囲まれた夢の楽園を築き上げようと企んでいた者達もいるだろう。しかし、我々はそのような下らぬ道楽にうつつを抜かすためにここにいるのではない。一刻も早く怪物共との戦争に打ち勝ち、失った海を、人類の栄華を取り戻すという、あの大災害から生き延びた我らの祖先から賜った大切な使命がある。女に怠け自らの私利私欲を満たそうとする者に用は無い、また少しのことに動揺し簡単に己を見失うような軟弱者も然りだ。よって今日より、貴君らの精神力を鍛える強化合宿を始める。死に臨む覚悟で受けてもらおう。」
特別授業とだけしか聞いていなかった生徒達は、その言葉を聞いて騒然とする。ただ、よくわからないのが先程、床で伸びている生徒が体罰などではなく、あのような辱めを受けたのかだった。誰からともなくそれを教諭に尋ねると、これまた背筋の凍るような答えが返ってきた。
「見た所、あれは女に弱い。それでは今後万が一にも提督を名乗るようになった場合、艦娘達にあっという間に心を奪われることになるだろう。そこで、今からこの男達に、『男』の素晴らしさというものを良く教え込んでもらう。手荒なマネはさせないが、女に興味を示さなくはなるだろうな。」
何のことでも無いように言うあたり、毎年のように同じことが行われているのだろう。過酷とは聞いていたが、別次元の過酷さだ。人口の少なさ故に男女交際が政府に奨励されている現代において、男達は皆将来何が何でも結婚して子宝に恵まれるべきだと、文句が一生脳内に刻み込まれる程言われ続けて育てられる。よって、子を残せない男色や同性愛と言ったものは最も忌み嫌われる性癖であり、場合によっては迫害を受けることさえある。それを男としての本能に従順であったがためだけに理不尽に強制されるときたものだ、狂っているとしか言いようがなかった。
「そうだ、本日ヒトゴーマルマルよりこの男達に鎮守府敷地内を無制限に歩き回らせる。貴君らは彼等から逃げよ。捕まればその後は彼等の自由、何をされるかわかったものではないぞ。」
特別授業もとい精神の強化合宿二日目にして、恐怖の鬼ごっこの開幕を、教諭は宣言した。
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「はぁ…はぁ…、見失ってくれたか?そっちは…?」
「大丈夫、来てないっす…」
一瞬の気の緩みも許されない極限の鬼ごっこが始まって、もう一時間と五十分が経過した。あと十分逃げ切れればこのゲームは終了、男の尊厳を守りきったことになる。だが、今しがた二人の男達に追いかけ回されたばかりで、十分という時間が物凄く途方も無い数字に思えてくる。
正直なところ、この鬼ごっこ自体の難易度はあまり高くなのいだ。異常なまでの制限時間の長さと逃げ回れる範囲の狭さを考慮しなければ、つまり鬼単体の性能は然程脅威ではなく、逃げ回るだけなら大したことはない簡単なゲームなのだ。士官学校を目指す生徒、というのはあらゆる面で周囲より秀でる能力を有しており、体育の評価であってもそれは変わらない。つまり、図体ばかりでかくてお世辞にも足が速いとは言えない男達をまくくらいなら皆が可能とする。しかしスタミナという点で考えれば、あの筋骨隆々な男達には劣るため、ずっと逃走し続けることは不可能だ。そのためどこかに身を潜めて体力を温存し、回復させる必要があるのだが、最大問題はここにある。毎年行われているらしいこの狂気のイベントにより、男達は鎮守府全域の潜伏ポイントを全て的確に把握しているため、どこに隠れようが二分としないうちに発見されてしまう。よって、体力管理もままならない状態で長時間の逃走を余儀無くされてしまうという点が、この鬼ごっこの難易度をかつて体験したことがない程に高めているのだ。
今のところ、まだ誰も捕獲されていないというのが唯一の救いではあるが、いつまた襲われるかわからない以上、自分が最初の犠牲者になるのではないかという不安がつきまとう。
「そろそろ移動するぞ…」
「えぇ…もうっすか?流石にもうクタクタっすよ…」
「次見つかれば、俺も逃げ切る自信が無い…少しでも時間を稼ぐんだ…」
呼吸音さえも殺すように気配を搔き消しながら物陰を移動する。遠くで男達の声がする度に心臓が跳ね上がり、鼓動の音で居場所がバレやしないかと余計に緊張してしまう。
「…紫君、逃げてるっすかね?」
「……さあな。」
先程誰も捕まっていないと言ったが、ただ一人紫だけの安否が不明だった。よもやあのまま眠っていたとは思えないが、逃げる最中一度も姿を見なかったので、もしかすると寝込みを襲われ男達の輪の中に取り込まれてしまったかもしれない。だが、紫は恐ろしく耳がいい。並みの地獄耳とはわけの違う非常に鋭い聴覚と、全力を出されれば人間では到底追いつけない身のこなしができるのが紫だ。そう簡単に捕まるようなことはあるまい。
「……山葵伏せろ!」
「どうしたっすか…?」
「早く…!」
「ああああああ!!誰か助けて!!」
すぐ側を、逃げ惑う一人の生徒と巨躯の男が走り抜けていく。少しでも身を隠すのが遅れれば、ターゲットをこちらに変えられてしまい、呆気なく確保されてしまっていただろう。助けてやりたい所だったが、生き延びてくれるのを願うしかなかった。
「やあ〜、今年はどいつも活きがいいな。なかなか捕まらねえ。」
「……!!」
「ん?…おやおや、一番いい体してそうなのと、一番掘り甲斐のありそうなの両方発見〜♪」
「逃げろ!!」
なんとも運の悪いことに、至近距離で最もガタイの良い男に見つかってしまった。咄嗟のダッシュでその場を離れることには成功したが、その際に足首を捻ってしまい、溜まりに溜まった疲労も拍車をかけてどんどん速度が落ちていく。
「黒条君!!」
「構うな!前を向いて逃げろ!!」
「おい!そっち一人行くぞ!」
「んなっ!?」
山葵一人だけでも逃げられそうだと思ったのもつかの間、曲がり角にいたらしい他の男が急に飛び出してきて、山葵に腕を伸ばした。反射的に躱した山葵だったが、勢い余って転倒してしまう。
「山葵!!」
「ほらほら、人の心配してると捕まるぞ。」
「くっ…!!」
身を翻して伸びてきた腕を回避しようとしたが、その際に足がもつれて山葵同様転倒してしまう。
「ほい、ゲームオーバー。」
「くそっ…!」
「そんな怖い顔しない、今からとっても楽しいことするんだか…ガッ!?」
汗臭い顔を近づけられ、流石にここまでかと諦めたその時、男は急に苦悶の表情を見せて、そのまま床に倒れ伏してしまった。その一瞬後には、山葵を拘束しようとしていた男も同様に倒れてしまう。
「男色趣味…人の性癖をとやかく言う気はありませんが、黒条君や山葵君が互いの裸体を絡ませ合う姿なんて見たくありませんね。気色悪い。」
「紫…!」
「早くこの場を離れた方がいいですよ、この方々はこれでも上官。僕らがここに居たら暴力を振るったとあらぬ疑いが掛かります。」
「紫君!無事だったんすね!よかっ…むぎゅ!」
「早く離れろと言いました、さっさと行きますよ。」
「お礼もまともに言わせてくれない紫君鬼畜っす…」
突然現れた紫により事なきを得た二人は、その後そのまま生き残りゲームをクリアした。少々ルール違反だった気も拭えなかったが、黙っていればいいと何のことも無いように言う紫の言葉に従うことにした。幸いにして、誰も犠牲者が出なかった上に、見せしめとして最初に身ぐるみを剥がされた生徒も何故か無事に、というか全身小綺麗になって戻ってきた。なんでもあの男達にエステを受けさせられたとかで、あの時は本気で同性愛者にするつもりは無かったらしい。一人いい思いをしたその生徒に周囲は大ブーイングを起こしたが、軍人たるもの死線の一つや二つ経験する必要があるという教諭の言葉に皆言葉を失った。それにゲームでは、捕まれば本当に男と交わる悦びを教えられるとの事だったので、皆無事で良かったとその場は収まった。
だがこの日の夜、前日のようにまたもや艦娘達が今度は宿泊部屋に押しかけてきたので、一同は一斉に悲鳴をあげて逃げ出し、仲良く外で星を見ながら雑魚寝したという。
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三日目、この日は鎮守府の業務を手伝うことで現場の仕事について学ぶという予定がなされていたが、なんと言ったって昨日生徒達を恐怖のずんどこに陥れた精神強化合宿、そんな平和なだけの一日を過ごさせるはずがなかった。その一日特別、不慣れな生徒達の補佐役として艦娘の少女が一人一人に付き添うことになったのだが、これがまたとんでもないリトルモンスターだったのである。
「こんな簡単なこともまともにできないの?はあ…なんだってこんな根本的なところから何も出来てない奴の補佐なんかに付けられたのかしら。」
「そんな事言ってる暇があるなら、少しはアドバイスなり手伝いなりしてくれればいいと思いますけど。」
「はぁ!?何よそれ、あんたがモタモタしてるのは私のせいだって言うの!?」
「いや、別にそんなことは…」
「そうね、あんたの言う通りどうせ私じゃ力不足よ!でも残念ね、あんたが運悪いせいで出来ない奴に無能がくっ付けられちゃって、これじゃあ鬼に金棒の逆よご愁傷様。だけど、こうしてグダグダしてる間にも他の人はどんどん仕事をこなしてるの、あんたも無能呼ばわりされたくなかったらとっと手を動かしなさい!」
(何なんだこの子面倒くせぇ…)
また他方では
「あの、ちょっと聞いても…」
「こっち見んなクソ野郎!」
「あ、じゃああっち向いてるからここ教えて欲しいっすけど…」
「うるさい!そして口臭い!黙って自分で考えろ!」
(ああ…なんか死にたくなってきたっす…)
と、このように罵詈雑言を四六時中側で聞かされたり、スパルタと放任主義を混ぜたような嫌がらせを受けたりと言った、確実に出来ない者たちのメンタルを潰しにかかるというのが本日の修行内容である。正直なところ、何をしてもそつがなくこなし、彼女達の暴言を軽くいなしたりと言った立ち回り上手にとっては、何の障害ともなり得ないのだが、そんな不慣れな業務を一々完璧にこなしつつも付き合いにくい少女達と上手くやり取りができるないしは暴言を言われようが気に留めないスルースキルを兼ね備えた者などやたらめったらいるものでもない。そんなわけで、やたらめったらいるはずのない二人を除く他の生徒達は、頻繁にトイレに行き一人になれる時間を確保しながら、どうにかこうにかこの日を乗り切ろうとするのだった。
「……何よ、私の顔そんなに見ないといけないほど変?」
「まさか、艦娘の名に相応しい大変可愛らしいお顔ですよ。どちらかというと、君が先程からずっと見つめてくるのが気になります。」
「んなっ、見つめてないったら!ちょっとマシな顔してるからって自意識過剰なんじゃないの!?」
「そうですか、今まで顔の評価を人に言われたことがなかったのでそんなに口にも出されないほど醜く見えるものかと常日頃思い悩んでいたのですが、君にはマシに見えるのですね、ありがとうございます。これで少し楽になりました。」
「……意味わかんないし、それに勘違いしないでよね、お礼を言われる筋合いなんてないんだから。」
(ちっ、何だってこの人こんなに中身の無いことスラスラ言えるのよ。適当に一度教えただけで何でも完璧にできるし、転ばそうとしても背中に目があるみたいによけちゃうし…)
毎年毎年、士官候補生となる学生達の面倒を見てきた
「次、これ運んで。不要になった資料よ、これを捨てに行くの。」
「これはまた一人じゃ骨が折れそうですね。」
机の上の仕事がある程度終われば、次は体を使った労働だ。先程は口を挟む余地のない見事な仕事を見せられたが、パッと見た感じ体を使うのが苦手そうな彼ならば、何かしら弱みを見せるのではないかと期待してみる。
「私はこっちを運ぶから、そっち持って。」
「なんだ、一度にこれ全部運べと言われるかと思ってましたが、存外優しいですね。」
「あんた私を何だと思ってるわけ?いくら何でも人の限度を無視して無茶なことさせるように見える?」
「まさか、けど手伝ってもらえるとは思ってなかったので嬉しいですよ。」
「ああもう…往復する時間が無いだけよ、それに無茶して使い物にならなかったら困るもの。」
「お気遣い感謝します。」
「だからいらない…!って、言ってるでしょ。早く行くわよ。」
紙の束がギッシリと詰まった箱は存外重く、危うく抱え切れずに落としてしまうところだった。対してこの生徒は大して苦でもないと言わんばかりに軽々と持ち上げてしまう。背丈こそ倍近い差があるが、これでも霞は艦娘、普通の人間に力で負けるようなことはあまりないはずなのだ。つまり自分達が持つのに苦労するものは大抵人間も苦労するのに、頭以外のステータスを疎かにしたようなこの男はそんな素ぶりを一切見せない。何だか完全敗北をした気分だった。おまけに大変そうだなどと言って、自分の分まで取り上げ追い討ちをかけるときたものだ。いたたまれないことこの上ない。
「さっきのあれ、嘘だったの?」
「さて、何のことやら。」
「一人じゃ骨が折れそうだって言ってたあれよ、わざと私に手伝わせて恥かかせようとしたわけ?」
「まさか、こう見えて結構頑張って持っているんですよ。」
「本当に頑張ってたら、頑張ってるなんて言わないわよ。」
「これは手厳しい、けど君を貶めるようなことはしません。」
つくづく読めない男だ。感情の起伏があまり無いせいで本心を言っているのか、それとも全部嘘なのかわからない。ハッキリとした性格の方を好ましく思う霞は、そんな紫の言動が気に入らなかった。けど、かと言ってそれに難癖をつけるのも、度量の小さい娘だと侮られそうで嫌だった。
結局この日は丸一日、霞は彼に対しこれと言って大した罵倒もできないままで終わってしまった。いや、最後にまた一緒に仕事がしたいと言われた時は、侮蔑の言葉を添えて拒否したのだが、後になって取り消せないものかと思う程には、不本意な発言だった。
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地獄のような一週間が過ぎ、紫達はやっと合宿から解放された。毎夜毎夜襲い来る美女達に怯え、引率の教諭達に正気を疑うような厚着をさせられて熱中症の危機と戦ったり、心霊現象の目撃が頻繁にされている曰く付きの森で絶叫の絶えない肝試しをさせられたり、紐で全身ぐるぐる巻きにされた状態で足を艦載機に結ばれ吊り下げられてそのまま非常にアクロバティックな空の旅を満喫したりと、様々な窮地に立たされた生徒達の顔色はどれも良いものとは言えなかった。途中脱落した者こそいなかったが、半数以上が士官学校行きを諦めようかと本気で語っているあたり、相当な苦行を積まされたことが伺える。
「何はともあれ、色んな意味でご無事で何よりでしたねぇ。」
「ほんとそうっすよ…死に目に遭うだけじゃなくて、危うく男の道を踏み外すところだったんすから…」
「紫さん達が男に色目を使うようになるなんて、想像もしたくありません。ね、古鷹さん?」
「え?あ、うんそうだね。」
「あれぇ、今何で『え?』って言ったんでしょうねぇ?もしかして、紫さん達のあんな事やこんな事してる姿想像してました?」
「違う違う!そんなんじゃないよ!急に聞かれてちょっとビックリしただけで…!」
「ほんとかなぁ、紫さんああ見えて筋肉質だったりしますからきっと頭の中で…」
「わーわー!違うの!本当にそんなこと考えてないからー!!」
「こらこら古鷹ちゃん、あんまりはしゃぐと紫君起きるっすよ?」
「そうですよ古鷹さん。紫さんはお疲れなんですし、静かにしてあげないと。」
「う〜…」
「別にもう起きてるので構いませんよ。」
「紫さん!?一体いつから!」
「『紫さんのあんな事やこんな事(以下略)』あたりからで…」
「違うんです!本当に何もやらしいこと何て考えてないですから!!」
「あれぇ、私やらしいこと何て言いましたっけ?」
「青葉さんもその辺にしておいた方がいいですよ、あまり困らせないであげてください。」
「むぅ、そう言う紫さんは古鷹さんのことばっかり庇いますね。」
「青葉さんは何かしでかしたところで、いつも擁護のしようがありませんからね。」
「あ、それ一理あるっす。それに古鷹ちゃんの方が守りたくなるっすよね。」
「うわひっどぉ〜い!青葉も!青葉もちゃんと愛してください!」
「なら愛される努力をしましょうか。」
「うえ〜ん、古鷹さん可哀想な青葉に愛されかたを教えてください〜」
「大丈夫だって、青葉はちゃんとみんなに愛されてるよ。」
「どっちかと言うといじりたくなるって意味っすけどね。」
「古鷹さ〜ん!」
「はぁ…また寝ます。」
最後適当な感じになってしまいましたね、遅刻の件といいすみませんでした。最近の行き詰まりを感じる今日この頃であります、どうもみなさん一週間と一日ぶりですね影乃です
今回の後書きも今回とて、本編で新キャラも増えません故何もすることがありません!(一応居ましたけどね、今後同一人物として出す予定がないので)なので今回も早いですがこの辺で失礼します
あ、そうだ!皆様のおかげでこの度この小説のUAがついに5桁に到達しようとしております、改めて皆様のご愛読に心から感謝いたします。残念ながら受験期に入り、これから先に幾度となくお休みを頂くことになるやもですが、投稿されていた際にはこれからもお手にとっていただけると嬉しいです。それではまた次回お会いしましょう!