予め告知しておきますと、次週はまたもやお休みをいただきます。詳しくは後書きで、それではどうぞ
「あなたなんか、いなければ良かったんだ!!」
瓦礫の山と、焦土と化した大地、鉄と海の焼け焦げた臭気、時折聞こえる砲の轟音と破砕音、更には幾多もの血に塗れた死体…おおよそ、安寧と退屈しか知らないような人間の目には地獄と映るであろう、平和なはずの学校の敷地内を舞台とする戦場の真っ只中、一人の少女は泣きながらそう叫んでいた。
「紫さんさえいなければ、こんな事にはならなかった!」
「ええ…その通りです。」
「青葉だって死なずに済んだんですよ!」
「ごめんなさい…守ってあげられなかった。」
「守る?私を撒き餌みたいな扱い方しておいてですか?」
「…何故それを」
「知ってるんですよ?私に預けたストラップ、あれは紫さんが誰かに貰った大切な物じゃないことくらい!どうせ、中に発信機でも内蔵されていた。違いますか?」
「いいえ…その通りです。」
事実だった、以前青葉が行方不明になった時、紫は難航する操作に苛立ち取り乱した。そんな自分をなだめるために、彼女は自ら紫に触れ、壊れかけた紫の心を繋ぎとめてくれたのだ。しかし、紫は青葉の救出に
「私は危うく捨て駒にされるところだったんですよ。」
「捨て駒だなんて…そんなつもりは。」
「今更、そんな言葉信じられませんよ…現に、あなたはもう助けてなんかくれなかった。守るって、言ったのに。」
恨み言が木霊する。頭の中で何重にも響いて心を責め立てる。しかも、だんだんとその声は増えていった。地に伏せ、あるいは空を仰ぎ横たわる死体からも、怨嗟や悲しみに満ちた声が聞こえてくる。
お前のせいで 殺さないで なんで私が 嫌だ 苦しい 死なないで もうお終いだ 返してよ こんなはずじゃ 何が守るだ 母さんごめん 嘘つき 殺してやる 身代わりにするなんて許せない 死にたくない いつか あなたが死ねば良かったんだ もう一度会いたかった 折角手に入れたのに 絶対に許さない 仲直りまだしてなかったのに それが何でこんなについてないんだ 殺してやる 憎い あと少しだったのに 何で奪われないといけないんだ 生まれた場所に 呪ってやる 何も悪いことしてないのに 守ってやれなかった 殺してやる あの怪物め よくも私の……を 復讐したい まだ死にたくない 殺してやる どうせ弱者なんだ 還る時が来る 襲うならどこか別の所にしてよ 滅びろ 殺してやる 寂しいよ 殺してやる お前さえいなければ 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる…
「殺してやる」
少女が、殺気立った目でナイフを振りかざし、心臓目掛けて突き刺しに来る。避けるのは容易い、目を瞑っていても刃はかすりさえきないだろう。けど…
「貴女になら、殺されてもいい…」
鋭い白刃が、深く根元まで胸に突き刺さる。不思議と痛みは無かったが、口からも血が吹き出た。
ナイフを握ったまま頭を肩に預けた少女は泣いていた。大粒の涙が溢れ、滴り落ちる鮮血と混ざり合って溶けるも、淀んだ赤い血はその程度では薄まらない。やがて、止まらぬ鮮血は空間そのものを血赤色に染めていく。少女を除く世界の全てが紅く、そして光さえも血に染まり世界が暗闇の中に落ちていく。少女の目だけが、唯一の灯火だった。
依然と泣き続ける少女の頭に手を置いて優しく撫でると、彼女は抜いたナイフを取り落とし、血に塗れた両手で目を抑えて泣きじゃくった。何か声をかけようと思うも、痛みのない体が限界を迎えて倒れてしまう。それと同時、意識まで闇に落ち始め、彼女の輝きがどんどん小さくなっていく。
「次に会う時は…」
最後の言葉が少女に届いたかどうか、それはわからなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……夢…か」
「紫君!!」
死んだように身じろぎ1つせずに眠りこけていた紫がようやく目覚めた。ぼうっとしてまだ意識ははっきりとしていないようだが、とにかく生きていた。そのことに、山葵は強い安堵を覚える。
「……ここは?」
「忘れちゃったっすか?君の部屋っすよ。沢山の怪我人が出て、場所が足りなかったから、無傷だった人は全員寮に戻されたっす。まあ、服がこんなにボロボロになって、どうして無傷なのかはわからないっすけど。」
「そうですか……やはり、現実でしたか。」
依然として夢見心地な紫は、どうも先ほどから眠たそうな目つきのまま顔の表情が変わらない。寝ぼけているだけなのか、それとも体調が本調子ではないのか、そこが判別付かなくて取り敢えずそのまま近くにいると、彼はむっくりと起き上がって外を眺め始めた。間取り的に、確か校舎が一望できたはずである。
「酷い有様っすよ、校舎は。そこから見えるっすか?」
「ええ…当分は青空教室ですね……して、山葵君。」
「何すか?」
「世界ってこんなに色褪せたものでしたっけ…」
死んだ魚のように色を失った瞳は、まるで途方も無い道のりの先を見ようとして絶望した人間のもののように見えた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「紫の様子がおかしい?」
紫の復活を報告すべく、地味に自分よりも彼のことを心配していた黒条の元へ馳せ参じた山葵は、ざっくばらんに紫の容態を説明した。少し、ざっくばらん過ぎた気もしないでも無かったので、自分なりの言葉で補足を加える。
「そうなんすよ、何か何を言っても上の空って言うか、いや別にちゃんと会話はできてるんすけどね?ずっとぼけっとしっぱなしというか。しかも、『世界ってこんなに色褪せたものでしたっけ…』なんておかしなこと言い出すし。」
「疲れているだけだろう、何人かに聞くところによれば、あれはここで化け物共の進行を食い止めようとしていたらしいからな。世界がどう見えるかは、本人の気持ちの持ちようとよく言う、そのうちどうにかなるだろ。」
「そうっすかねぇ、でももし頭打って目がおかしくなってたら…」
「少し心配し過ぎだ、落ち着け。」
「黒条君には言われたく無いっすね。」
「何故そうなる……さて休憩は終わりだ、お前もいい加減手伝え。」
「そうやってすぐ誤魔化す、なかなか黒条君もネタ要素があるっすよね。」
「いいから黙って手伝え……紫じゃないか、もう起きても平気なのか?」
不意にふらっと現れた紫を見つけて、黒条が声をかける。多少しゃっきりしたものの、依然として無表情の紫は変わらず覇気のない声でそれに応じ?。そんな彼に対し、黒条も何らかの違和感を覚えたようだ。
「まだ何処か悪いのか?」
「いえ、これと言って異常は認められません。ところで、今皆さんは何を?」
「遺体の回収だ……ご覧の通り、校舎が一部崩壊していて何人かの生徒が未だにあの中に閉じ込められている。まあ、深海棲艦が襲って来た時は生き残っていた生徒達はほとんどいなかったという話だから、どれも生存は絶望的だろうな。」
「仲間の遺体の回収を生徒にやらせるあたり、かなりえげつないっすよね、大人の考えることって。」
「ただ倒れ伏しているだけなら、まだいい。悲惨なのは瓦礫の下敷きになったのを見つけた時だ。どいつも無理に引っ張るものだから千切れることが多くてな。別個になった遺体を手分けして持つのは、気が滅入ってくる。だからこうして休憩を挟むのだが、皆心が限界でな、なかなか作業が進まない。」
黒条にしては珍しく悲痛な顔で語られる現場の様子を聞いて、実際に回収に行った時の事を思い出してしまう。反射的にせり上がって来た苦い液体をどうにか胃に戻す。そして、仲間の遺体に対し吐き気を催してしまった自分が嫌になった。
そんな沈んだ自分達の様子をどう受け取ったのか、紫は軍手を奪って校舎の中に入って行った。こうしては居られぬと後を追うと、紫は脇目もふらずに懸命に瓦礫を退けていた。
「病み上がりなんだし、あまり無理したらダメっすよ。僕なら大丈夫っすから、紫君は休んでるっす。」
「いや、いつまでも休んでいるわけにもいきません。それに、今回の件は完全に僕が蒔いた種だ、何もしないなんて虫のいい話があるわけないでしょう。」
人形のように眠たげな表情を崩さないまま黙々と作業を進める紫を見ていると、何だか邪魔をするなと言われたような気がして、大人しくボロボロの校舎を出ることにした。人が避けようとすることを進んでやるような性格ではなかったと認識していたので、余計に彼の身に何が起きたのかが気になってしまう。どうにも不安が募ってしまい、結局また黒条に相談することにした。
「そう言えば、新聞部のあの二人はどうした?」
「ええと……残念ながら、二人とも犠牲になっていた筈っす。」
「なら、それに負い目を感じているんだろう…彼女達は随分と紫に懐いていたみたいだからな。あれが戦場に残っていたなら、彼女達の最後も見た筈だ。手の届かない所にあって救えなかった、その事実が耐えられないのだろうな。」
「なんか、可哀想っすね…折角、前に二人のこと助け出せたって言うのに。」
「……そうだな」
少し反応が遅れた黒条は、何か言いたげな顔をしていた。しかしそれを問う前に、用ができたと言って自分の軍手を押し付けたきりどこかへ行ってしまう。紫に軍手を奪われたのを口実にさり気なくリタイアしようとしていた目論見は、あっさりと見破られてしまった。せめて新しい遺体には出会わないことを願って、渋々作業に戻る。黒条の軍手は自分に支給された物よりも随分血や埃で汚れており、はめるのを躊躇してしまうほどであったが、彼がどれだけこの作業に真摯に取り組んでいたかを考えると、自然と手が入った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
いつ終わるともわからない回収作業は、夜にまで及んだ。丸一日体を動かし続けた結果か…それとも出逢いたくない遺体に何度も遭遇した結果か、全身が枯れ枝になったような倦怠感が重くのしかかる。
「やっと終わったっすね…」
「終わりましたね。」
「……沢山、死んじゃってたっすね。」
「11体発見しました。」
「正直数えてる余裕なんてなかったから、そんなのわからないっすよ……けど、本当に多かったっす。」
「明後日には葬儀が行えるでしょうか。」
「ドタバタしちゃう気がするっすね。ゆっくり送ってあげたいところっすけど…」
「早いところ葬らないと、大分涼しくなってきたとはいえ遺体を放置しておける時間はそう長くありません。腐らないうちに執り行わないと。」
機械のように抑揚の無い声と、事務的に返答しているような彼の言葉が、磨り減った心を苛立たせる。もっと心のある言葉を期待していたばかりに余計だ。我慢ならなくなって、声を荒げてしまう。
「ちょっと紫君…さっきから腹立つ喋り方するっすね。みんな死んだってのに、人事だとでも思ってるんすか!?」
「いいえ…しかし彼らの遺体を見て何も感じないのは事実です。」
「この…!!」
信じられないほど血も涙も無いセリフに思わずカッとなって、紫の胸ぐらを掴む。しかし、そんな挙動にも紫は何も反応を起こさず、ただ焦点の合わない目を向けてくるだけだった。
「離してください、死にたいんですか?」
「一体どうしちゃったんすか!?なんでそんなに平気でいられるんすか!!何十人って人が死んで、みんな悲しんでるのに!普段の紫君なら一緒になって悲しんでくれたはずっす!それなのに、一体…」
「いいから離してください。君も後を追うことになりますよ。」
そう言った紫の目は、信じられないほど感情が抜けきっており、瞳の奥には虚無しか映っていなかった。けど、その時彼の手を覆っていた軍手が目に止まった。手を保護する役割を既に果たせなくなっており、手首の所で辛うじてくっ付いていると言うなんともみすぼらしい見た目をしている。護るものが無くなった彼の手には、潰れた豆の跡のみならず掻き傷、刺し傷の跡がいくつもできていた。それだけのことで、彼に浴びせるつもりだった非難の言葉は喉の奥に引っ込んでしまい、彼の言う通りに手を離すことしかできなくなる。
「何も感じないなんて…そんなつまんない嘘はやめるっすよ……全然、笑えるわけないじゃないっすか…」
「冗談で済めば良かったのですけどね。」
「……人のフォローくらい、大人しく受け取っておくっすよ。」
「…肝に銘じましょう。」
居た堪れなくなって、その場から逃げるように離れた。これ以上紫の言葉を聞き続けて、平静を保っていられる自信が無かったのだ。
「ほんと、何がどうなったって言うんすか…」
慣れるまで、こんな急変してしまった世界に耐えなくてはならないのかと思うと、生きることさえ億劫になってくる。月が無いのが救いだった。あの物悲しい光に当てられていたら、自分さえ見失ったかもしれなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「今日はよく降るな。」
二日後、大々的な葬儀が終わり、多くの涙が枯れた夜更け。大粒の雨が頰を叩く中、紫は一人海の上にいた。水葬された多くの生徒達の足跡を辿っている最中だった。針のように突き刺さる雨は、まるで自分の存在を拒み帰還を促しているようでもあった。
【少しは気張れよ、こう視界が悪いと見落としちまう。】
「気張るか…どうやるんだったっけな。」
【はは、こりゃ完全にネジぶっ飛んだな。ま、自我が残っただけラッキーだと思っとけよ。】
「ラッキー…偶然を喜ぶ時に使う言葉だけど、喜ぶことができなかったら、意味のない言葉だ。」
【こりゃ色んな語彙の概念が崩壊しそうだな。】
三日前、友を目の前で殺され、死に瀕した紫は自らの全てを捨てた。正確には精神の器を、その場しのぎの力を得るためだけに代償として破壊させたわけだが、精神が壊れれば心身が一体となって初めて生きることができる人間など死んだのも同然となる。生きる屍となるわけだ。しかし、何の因果か紫は感情を生み出す部分だけが壊れ、その他の僅かな部分だけは残ったので、こうしてまだギリギリ生きている。
しかしながら刀が言うところによれば、精神のエネルギーのほとんどを生み出す『感情』が死ねば、そのまま心身のエネルギーのバランスは崩れ、やがて死に至るのだと言う。
「けど、僕が君を手に入れてから、君は僕の負の感情を片っ端から食べていた…なのに僕はエネルギーのバランスを崩していなかったようだけど。」
【好奇心も、まだ残ってるみてえだな。】
「どちらかと言うと、感情より人間の本能に近いから…で、どうなの?」
【逆だ、俺はバランスを崩そうとして食ってたわけじゃねえよ。むしろ、一度死んだお前の体を保たせるために、感情を食ってそのエネルギーを増幅させて、大食らいになったお前に還元してた。】
「僕の命綱だったわけだ…でもそれなら、僕の心を壊すのに何もメリットが無い。」
【感情ってのは、風呂みたいにそれぞれ正の感情と負の感情を作る蛇口みたいなのが付いてんだよ。俺はその蛇口を破壊して、負感情ダダ漏れにしようとしていたってわけだ。そうなりゃ、幾らでも暴れ回れるからな。】
「正より負の感情の方がエネルギーが大い…そんなことになれば、前の僕はそれに耐えられないから、そこを君が乗っ取ろうとした。」
【そう言うことだ……けど、失敗したけどな。】
「両方の蛇口を壊してしまって、何も感じなくなった僕にはもう乗っ取る隙が無くなった。」
【ああそうだよ、ったく…】
「何とも間抜けな悪魔だよ、君は。」
【うっせ、ほっとけ。】
結局何がしたいのかわからなくなった悪魔との会話を打ち切り、目的の達成に注力する。まだあまり遠くには行っていないらしいが、暗く広い海での探し物は手間がかかる。
「……見つけた。」
【やっとか、ならとっとと始めるぞ。】
暗い海の中に、淡く輝く幾多もの泡のような発光体が、群れをなして固まっている。感情が死んでいなければ、さぞ幻想的に見えたことだろう。感動というものが消えた以上、この目に映る全ては、色褪せ朽ちかけた写真のようでしかなかった。
【この光が、正の感情の塊。死んだやつらから抜け出た、魂の欠片みたいなもんだ……よく見ろ、だんだん数が減っていってねえか?】
「うん…少しずつ消えていってる。」
【正確には消えてるんじゃねえ、一緒について来た負の感情に侵食されて、反転してんだ。ほっとけば全部負の感情の塊になる。】
「全部反転したら?」
【そのうち、海底に沈む。そうしたら、全部あの化け物共の餌だ。】
「深海棲艦の、発生原因か…」
紫が追っていたのは、日中水葬された多くの生徒達の遺体に残された、可視化される程に巨大化した感情のエネルギー体。何でも、水の中は感情のエネルギーが残りやすく、纏めて何人も水葬を行なった際には、こうしてより集まって巨大な塊を形成することが多いのだと言う。これを解消せずに放置すると、いずれ深海棲艦達の糧となり数を増やすのだとか。
【それに、これはお前のためでもある。】
「両方の蛇口が完全に壊れた僕は、もうどちらの感情をも生み出すことが無い。そうすれば、君は僕を生かすためのエネルギーを作れなくなって、僕は死ぬ…」
【そう言うことだ、だからとっとと回収するぞ。これだけあれば、しばらく保つだろ。】
言われるがままに、紫はエネルギー体の丁度真上に立ち、刀を向ける。すると、穏やかに漂っていたエネルギー体は急に悶えるように活発に動き始めた。そして、内包していた淡く紅に発光する黒い塊を次々と吐き出した。
【来るぞ】
黒い塊は、最初元に戻ろうと暴れていたが、やがて1つにまとまると、生物のような顎を形作って、直上の紫を襲わんと急速に浮上してきた。大きさにして直径1mはあるだろうか、人間程度なら一飲みできそうな大口を開けて迫ってくる怪異に対し、紫は全く動じず、じっとその化け物が浮かび上がるのを待った。
周囲の海水ごと紫のいた海面を吹き飛ばして現れた柱のような化け物は、一見したところ目のない鰻のようだった。トラバサミのような口を開き、こちらを丸呑み、もしくは真っ二つにして咬み殺さんとする純粋な破壊衝動に従った攻撃、知性の感じられないそれは深海棲艦の行動とよく似ていた。次の攻撃に移ろうと再び海に潜ろうとする化け物を、先の攻撃を紙一重で躱していた紫は、うねる巨躯に根元まで刀を突き刺しそのまま魚を捌く要領で両断した。血飛沫にも似た泥のような塊が辺りに散乱し、化け物は瞬く間にその姿を元のエネルギー体に戻した。斬られてもまだ尚襲いかかろうとする禍々しい塊に再び刀を突き刺すと、掃除機か何かのように塊は鈍色の刀身に吸収されていく。 最後までもがき続けるその塊に、人間の醜い執念強さが見て取れた。
【ふぅ…まあこんなもんだろ。もう残ってねえみたいだし、とっとと帰るぞ。】
一回り小さくなったように見える発光体が大人しくなったのを見届けてから、依然として雨止みが期待できない帰路につく。負の感情が無ければ、正の感情が反転することは無いらしい、残された正の感情は長い時間をかけて、ゆっくりと海に溶けていくのだそうだ。
【何だって人間は海に死体を沈めるかね。俺らにとっちゃ好都合だがよ、麻袋の中身ってのは想像より何倍も醜いぜ?】
「……たぶん、思い起こすため。」
【思い起こす?】
「墓と一緒、より身近な所に葬れば、ずっと忘れられないでいられる。」
【化け物を増やしてる自覚もないのに、よくやるぜ。】
「拠り所が欲しいんだ…もう僕には必要ないけど。」
不意にポケットの中から、電子音が鳴り響く。ずぶ濡れになった携帯で通話を開始するのは一瞬躊躇われたが、画面を確認すると珍しくもメイドさんからの電話だったので、すぐに出た。どうせ着信が鳴った時点で電源が入っている、当然通話が始まっても携帯は無事だった。
「もしもし?」
『あ、やっと繋がった。マスター、お客様がお見えです。』
「こんな夜更けにか、急ぎでないなら待ってもらって。今帰っている途中だけど、まだ着かないから。」
『わかりました、そう伝えておきます。……あの、大丈夫ですか?』
「別に何も無かった、問題ないよ。」
『何も無かったらこんな土砂降りの真夜中に外をほっつき歩くはずがないと思いますが。』
「なら何かはあった、でも心配はいらない。」
『はぐらかされるのは気持ちが良いものではありませんけど、とにかく何もないうちに帰ってきてください。』
「わかってる。」
ぶつぶつ小さい声で、本当にわかっているのやらと言うのを聞き届け、通話を切る。帰ったら、端末をよく乾かさなくてはならないだろう。今はまだ大丈夫なようだが、ショートでも起こしたらあまりシャレにならない。ある程度水気を払ってから、なるべく濡れていないポケットを探してその中に仕舞う。その間に、濡れ鼠なんて言葉では済まない自分の有様を見て、帰ったとしても客人の対応をすぐにできないことに気がつく。
「遅くとも三十分後、急いだ方が良さそうだ……それにしても客人か、態々僕を訪ねる人なんて、一体誰だ…」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
十数分かけてようやく寮に帰ってきた紫は、寮監の目を盗んで自分の部屋に戻った。客人がいるのにも関わらず外に明かりが漏れていないところを見ると、かなり配慮のある人物が訪ねてきたらしい。
「お待たせしました、只今戻り…」
薄明かりの中、湯気と洗剤の香りが漂う室内に入ると、今しがた湯上りを迎えたばかりであったらしい客人が、一糸纏わぬならぬ薄布一枚纏うという無防備極まりない格好で紫を出迎えた。
「えっと…いらっしゃいませ。」
「……!!」
声にならない絶叫が、闇夜の一室に木霊した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あの、お客様…大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけないじゃない…あんな恥ずかしいところを見られるなんて……」
紫と比べるとかなりの差がある小柄な体格と、今はハの字になっているが平生は凛々しい眉、星色の髪を右側で結んだ可愛らしい髪型が特徴の、艦娘と呼ばれる美少女の一人である霞は、部屋の隅で先程起こった出来事について、何度も同じシーンを脳内で再生し、その度に怒りや羞恥、嘆きや悲しみなんかがごちゃ混ぜになった複雑な感情に浸っていた。不毛な作業だという自覚はあるのだが、どうにも衝撃が強過ぎて頭にこびり付いたまま忘れられないのである。考えても見て欲しい、見知らぬ部屋であまり接点の無い異性に裸同然の格好を見られた乙女の心情を。羞恥心のあまり思考がめちゃくちゃになってもおかしくない。そして、愛らしさのかけらもないはずの自分を乙女だなどと表してしまう浅はかさもまた、自己嫌悪という形で余計に頭に混乱をもたらすのだ。
「その、気休めにもならないかもしれませんが、ここ最近のマスターはどんなことでも受け入れてしまう寛容さを手に入れてしまったようで…あのくらいでしたら、対して気になさらないかと思いますよ。」
本当に気休めにもならない言葉に、逆に礼を言いたくなってしまう。相手がどう捉えたかではない、自分のこのやり場のない劇場を一体どうしたら解消できるのかが重要なのである。というか、あのくらいなら気にならないなどと聞こえたが、裸体にバスタオル一枚巻きつけただけの助兵衛極まりない格好を見て何とも思わないとはこれまた何事か。いくら幼児体型から脱却できていないグラマラスには程遠い体つきとはいえ、仮にも艦娘である自分の痴態をあれだけガッツリ見ておきながら何も感じないなどと、それはもはや同性愛を疑われても仕方ないレベルで不健全なのではないだろうか。あれくらいの年頃ともなればどんな形であれ女性の裸体には興奮するものだと聞く。というか先から興奮だの助兵衛だの女性としてそれはいかがものであろうかという単語がポンポン出てくる自分の方が不健全なのではないだろうか。いや、それ以前に着替えを持って来ていなかったとは言え素肌の上に借りたシャツというなんとも煽情的かつ無防備な姿でいる時点で不健全だし、更にそれを言ってはこんな夜更けに男の私室を訪ね、その上シャワーまで借りてしまっているのだ、今更不健全がどうのこうのという話は…
「霞、ちょっといいですか?」
「ひゃい!?」
「そこの服取ってください。」
「ええ!?な、何で私なのよ!」
「いやメイドさんはご覧の通り動けませんし。」
「そうじゃなくて!それなら最初から中に置いておきなさいな!」
「中には置く場所ありませんけど。」
「ならせめて近くに置いておくとかしなさいったら!異性がいるってのに、配慮が足りな過ぎなのよ!」
「すみませんいつもの癖が出てしまいました。」
「と言うか、人任せにしないで自分で……ああやっぱり何でもないわ!わかった、仕方ないから取ってあげるわよ!」
「ありがとうございます。」
「んもぉ、何だって私ばっかり…」
渋々、重ね上げられた衣類を持って風呂場に持っていく。下着まで持って来させるあたり本当に何とも思っていないらしい。不健全というよりかは、もはやズボラだ。
紫の着替えが終わるのを待っていると、不意にくしゃみが出た。折角風呂を借りて温まったものの、薄着過ぎて冷えてしまったようで、仕方なく布団を拝借して暖をとることにした。くるまった瞬間、自分の普段使っている物とは異なる洗剤の良い香りがしてきて、つい匂いを嗅いでしまう。気がついたら鼻元に当てて呼吸を行なっており、側から見た自分の姿を想像し、またもや自己嫌悪に陥ってしまった。借り物の服を着て他人の使っている布団の匂いを嗅ぐなど、変態以外の何者でもない。しかしながら秋の夜は寒い、半裸のままで耐えられるはずもなく、結局布団は手放せなかった。せめて男臭い布団であればすぐにでも抜け出せたと言うのに、なんとも憎い布団である。
雛人形の十二単のようになった布団の中で悶々としていると、紫が着替えを終えて戻ってきた。こちらを見ても一切表情が変わらないどころか、むしろ逆に表情が固まったように見えた時は、変態のレッテルを貼られたのではないかと恐ろしくなった。その格好では寒いですよね、という当たり障りない文句ですら、自分の姿を見て乱れた心を落ち着けようとしているように聞こえてならない。
しかし、やはり何とも思っていないらしく、押入れから毛布を取り出してはこれを使えと、何のこと無いように差し出してきた。その上、不意にキッチンに立つなり温度計片手に鍋で何やら作り始めると、少し熱めのスープを振舞ってくれたのだ。本気で寒がっているようにしか見えなかったようで、馬鹿なのかそれとも純粋過ぎるのかなどと失礼な感想が出てくる。
「そう言えば、まだ用件を聞いていませんでした。」
「それ今更過ぎるんだけど…」
「まさか風呂の中で話を聞くわけにもいかないでしょう。」
「そうね、まずは急に押しかけたことを謝っておくわ。」
「普段であれば流石に寝ていますよ、この時間は。」
「だから謝ったのよ。」
「して、何の御用で?」
「あんたの学校、大変なことになったって聞いて、心配になったから…」
「態々遠くから、それも一人で?」
「本当はみんなと一緒のはずだったの!けど、日時を間違えちゃって…」
「幾ら君が艦娘とは言え、何かと物騒な世の中です。軽はずみな行動は控えるべきでは。」
「うるさいわね、言われなくてもわかってるわよ!」
「それで、君の服がびしょ濡れになった経緯は?」
「うぬ、相変わらずやりづらいわね……途中、傘が壊れちゃったのよ…引き返すに引き返せるような状況じゃなくて、それで……」
「生地が生地です、制服に関しては明日までに乾く保証はできません。」
「そうね、せめてブラウスは乾いてって…私のブラウスは?」
「洗濯中です。ついでに君の下着も。」
「ちょっとお!?何勝手に人の洗濯してるのよ!!」
「何か問題でも?」
「大有りよ!デリカシー無さすぎったら!」
「雨で濡れたままの衣類をそのまま着るのはとても衛生的とは言えませんが。」
「それでも!……はぁ、まあいいわ。迂闊だったのは私だし。」
言って、これまた随分失礼な態度を取ってしまったと反省する。デリカシーは大事にしてもらいたいが、夜遅くに急に訪ねては勝手に上がり込ん挙句、風呂に入れてもらい軽食を馳走になった身で、文句が言えた立場ではなかった。それに、やましい気持ちで自分の下着に触れたわけではないのが、この短時間でよくわかっていた。
「ごめん……なさい。よく考えたら、私が文句を言う筋合いなんて無かったわ。」
「構いませんよ、こちらこそ不快に思わせてしまったのであれば、謝罪しましょう。」
「いいわよ、そんなの。元はと言えば、こんな面倒な性格の私が悪いんだし。」
「面倒ですか…君が面倒というのは、良くわかりません。」
「何よ、どう見たって面倒じゃない。あんたのやる事なす事に一々怒ってばかりで、可愛げなんてないし。それにすぐこうやって自虐するし。」
「世間一般の見識はどうあれ、僕は面倒だなどと思いません。それを思う心が、もう壊れてしまいましたから。」
紫は胸に手を当てると、初めてその無表情な顔を若干憂いに歪めてそう告げた。言葉の真意を掴み損ねてしまい、問い返そうとするも、紫は適当にはぐらかしてしまう。気が治らないので再び問い返したが、それでも彼は詳細を聞かせようとしない。
そのうち、夜更かしし過ぎたと言って就寝を急かされ、彼が普段使っているであろうベッドを占領させられた。押しかけておいて部屋の主人を床に寝かせるのは非常に申し訳なく、自分が下で寝ると言ってもそこで寝ろと言われ話を聞かない。せめて一緒に同じベッドでと言っても、自分も下で寝ると脅しても、断固として辞退されてしまった。終いには見事な手管で簀巻きにされてしまい、結局ベッドの上で寝るしか道を得られなかった。
「なんで、そんなに気を遣うのよ…これじゃあ善意の押し売りよ?」
「君の体は疲弊しています、明日ここを発つつもりであれば体力の回復は不可欠です。」
「それを普通お節介っていうの、わかってる?」
「不快ですか?」
「不快というより、申し訳なくて仕方ないわよ。有り難くはあるけど…」
「なら、お節介でもなんでも構いません。僕の正義を貫くまでです。」
「こんな小さなことで正義って…そんなに大事?」
「残された数少ないものの一つですから…」
気になる。どうも、先の発言に関係しているような気がした。けど、今再びそれを問うたところで、また有耶無耶にされてしまうのだろう。
「ねえ…明日帰るって話だけど…」
「お仲間と一緒にですか?構いませんよ、それまでここに居ても。」
「そうじゃなくて…その……しばらく、ここに居させて。何でもしてあげるから…」
「だめです。」
「何でよ、これから忙しくなるでしょ?勉強とかで。」
「君こそ、鎮守府の仕事を放棄していいんですか?」
「私の鎮守府は、ほとんど新人研修とかそういうのにしか使わないから、この時期は暇なのよ。」
「そうですか…けど、現状で十分間に合ってます。」
「それでも、手があった方が楽でしょ?それに、またいつここが襲われるかわからないのよ?こう見えて私結構強いんだから。」
「なら、一度触れれば恐ろしい呪いをかけられてしまう、そんな相手と同室できますか?そして、艦娘の力を借りずとも並みの深海棲艦を容易く屠ることができる、怪物と。」
「え……何よそれ、どういうこと?」
「そのままの意味です、あの襲撃は僕の呪いにかけられた人に降りかかった災厄。つまり元凶は僕です。僕が友を殺し、学校を滅茶苦茶にした。そんな相手を、君は助け、守ろうというのですか?」
受けたショックは、それはもう凄まじいものだった。何の冗談だと笑い飛ばしたいのに、変わらない淡々とした声が、現実の話であるとはっきり証明してしまっていたのだ。伊達や酔狂で嘘を吐くようなことはしないのだと、わかっていたから。
しかし、それを聞いてなお霞の心は変わらなかった。でなければ、心細いのを押し殺し、日時の再確認をするのも忘れて、不安半分希望半分でここに来たりはしないのだから。
「そんなの…大丈夫に決まってるじゃない。人間の姿したあんたなんかに怯えてたら、化け物共と戦えるわけないわよ。」
「いつか、君に牙を剥くとしても?」
「艦娘ってのは、全ての人間を守るためにあるの。あんただって、例外じゃないわよ。」
「そうですか……なら、不合格です。」
「……なんでよ、こっちはこんなに尽くそうと思ってるのに…嬉しく、ないわけ?」
「嬉しい嬉しくないは置いておいて、僕はまだ君たち艦娘に守ってもらうだけの価値は無い。僕一人死んだところで、今後人類に不利益をもたらすわけでもありません。僕か君の命を天秤にかけるのであれば、今君は迷わず君の命を優先すべきです。」
「そんな…何で、そんなに自分の事を安く見るのよ。」
「安いんですよ、軍人にすらまだなっていない、ただの学生なんですから…」
「でも、安くたっていいじゃない……守りたいものに、何で価値が関係しないといけないのよ…」
「君の運命を、僕なんかが左右してはいけないんです……だから、いつか僕が価値のある者となったら、その時はまた来てください。」
「……価値があるか無いかなんて、私がわかるわけないじゃない…」
「なら、迎えに行きます。」
「年寄りになってたら、承知しないわよ…?」
「約束します、あなたが待っていられるうちには、きっと迎えに行きましょう。」
「馬鹿…いつだって待っていられるわよ。」
「そうですか…」
涙が止まらない。声を抑えるために枕に顔を埋めているが、それだけ枕の染みが広がってしまった。借りているのに汚すなんて、つくづく自分が嫌になるが、けれどこの時は不思議と気分は楽だった。どうせ、何も反応してくれないとわかっていたから。せめて、以前みたいに笑って許してくれたらと思うのに、いつの間にか変わり果てたこの男は、こんなことをしたって何も言ってくれないのだ。その仕返しとばかりに、もっと涙を拭いてやる。そんな霞の心情を知ってか知らずか、彼はまたデリカシーの無いことを口にする。
「どうして、僕を守ろうと?」
「何よ…女の子に言わせるなんて、本当にデリカシーがないんだから……」
「不快なら、答えなくて結構です。」
「……私に、道を見つけてくれたから。」
「道?」
「ずっと嫌な事を言ってなくても済む道…私だって、本当は可愛い自分でいたいの…」
「別に、今の君は不快ではありませんよ。」
「それ、嫌なこと言われても何も感じないからでしょ。」
「ご名答。」
「そんなんじゃダメなのよ…いつか、あんたに心から可愛いって言わせるんだから。」
その一言をどう思ったのか、それっきり紫は何も話さなかった。対する霞は、自分にはまず似合わない赤面ものの台詞を言った事を後悔し、再び濡れて冷えた枕に顔を突っ込んで悶えた。けど、睡魔が夢に誘う直前には、不思議と晴れやかな気持ちで一杯になった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
半年の月日が流れた。
長く生徒達の心を蝕んだ冬が終わり、木々が新たな可能性を孕んで春を迎える準備に入った頃、紫を始め第一海軍学校の生徒達は卒業を迎えた。誰も座ることのない椅子が点在する中行われた式は、門出を祝うというよりも未来に対する不安を少しでも和らげようと激励する空気に包まれていた。七十を超える犠牲が出た殺戮事件並びに深海棲艦の奇襲は、未だに皆の心に大きな傷を残しており、軍に対する忠誠が揺らいだ者も数多くいた。例年に比べ、軍人の道から外れ、一市民として生計を立てることを望んだ生徒は倍以上になったという噂だ。軍に入るのに必要な知識だけを蓄えた者が、市民層に混じって生活していくというのは、かなり厳しいものがある。一般の大学に行こうにも、海軍学校の単位では認められないケースが多いのだ。このまま進むか否か、どちらにせよお先真っ暗の前途多難、そう考えている者達が、卒業生の大半を占めていた。
紫はというと、士官学校への入学が内定しており、これから本格的に軍人としての人生が始まろうとしていた。他には黒条、山葵も一緒なのだが、第一海軍学校としては異例のこの三人のみが士官学校へ進学することになっていた。例年であれば2桁は当たり前であることから、あの事件の影響は相当に凄まじいものであったことが容易に窺える。
式が終わると、三人は連れ立って人気の無い屋上へと向かった。まだ完全に修復が終わっておらず、生徒の立ち入りは禁止されていたのだが、前任の生徒会長であった黒条が鍵を持っているのをいいことに、最後の規則違反である。晴れていれば淡い空色と藍の織りなす見事な眺望が望める、校内屈指の非常に人気の高い場所なのだが、生憎この日は灰色の空と真っ黒な海が見えるばかりだった。
「いよいよっすね…去年の僕だったら、もっと晴れがましい気持ちになったはずなのに、むしろ今からでも尻尾巻いて逃げちゃいたいっすよ。」
「馬鹿を言うな…死んだ同胞のためにも、俺達は深海棲艦を滅ぼす義務がある。」
「僕達の代で、本当にそんなことできるっすかね…」
「やってやるさ、何としてでも奴らを殲滅してやる。」
「なんか、少し変わっちゃったっすね黒条君……紫君は、どう思うっすか?」
手すりにもたれかかって、ただひたすら水平を見つめる紫に声をかける。しかし、紫は問いかけには答えず黙っているばかりだった。何かを思案するのに忙しいのか、こちらの話を聞く気になれないほど嫌われてしまったのか、それともただ面倒くさいのか。二つ目ではないことを祈るが、そうでないならせめて何かしらの反応が欲しいと言うものである。誰からともなく沈黙を選び一様に水平を眺めていると、不意に紫が口を開いた。
「人の生の営みと、奴らの存在は切っても切り離せない世界の業……人類がこの星の上にあり続ける限り、滅ぼすのは難しいでしょう。」
「だとしてもだ。」
「……」
「それでも、俺はもう一度人類の尊厳を取り戻す。」
黒条の言葉は強い意志を感じさせた。しかし、まだ生物が目覚め切らない世界は、その言葉を祝福することはなかった。
以上28話、高校編の終わりであります。次回からは舞台も時間も大きく変わって物語の再スタートとなりますね、乞うご期待
はてさて、このシリーズも始まってからなんと5ヶ月が経ちました。月日の流れはなんとも早いものです。その割にはあまり話が進んでいないように感じてなりませんが、ようやっと第二の転換期を迎えて少し前進した実感がわきました。いえ、いきなり急かしすぎたとかそういうのでは決して…あると思います。ぶっちゃけて言いますと次回は年を越え季節も越えてまさかの春からスタートです。これから寒さが増す中紫君達の世界はポカポカしていくわけですね、なんとも書きづらい…
そうそう、急に話は変わりますが、皆さんこのシリーズのタイトルの意味はもうお気づきですね?なんと序章とあります。そうです、未だに物語は長い長いプロローグを歩いているわけですね。これでプロローグとか本編は一体どれだけの長さに…粗方の骨組みは完成しているものの全く全貌が捉えられていない阿呆な作者です。計画って大事
まあそんな与太話は置いておき、今回は久しぶりにあのコーナーをやりたいと思います。一人分だけですが、張り切ってふざけていきましょう!それではどうぞ
霞
読み方:かすみ
言わずと知れたママン、彼女から滲み出るバブみは多くの提督を魅了…というか、幼児退行させてしまうダメ人間製造機の一人
霞「んなっ!?何よそれ、意味わかんないったら!」
本編に出てくる彼女は乙女チック成分多めだが、紫の部屋で一夜を共にした後、ちゃっかり朝食の準備と洗濯を手伝うといった、面倒見の良さを発揮。まるで通い妻ならぬ通い母である
霞「違っ、だって急に押しかけておいて何もしなかったらただ迷惑かけただけになっちゃうから、それで…」
メ「わざわざタンスを開けてマスターの下着までたたみ直してらしたんですよ、『何よこれ、ちゃんと整理しなさいったら!』とか言って。」
紫「おかげでついサボってしまったあまり、ごちゃごちゃのままにしていた引き出しの中身がスッキリに…」
霞「ああもう終わり!その話は終わり!」
紫「肉じゃがの作り置きまで作ってもらったわけですが、これがまた非常に美味でした。また機会があれば食べたいものです。」
霞「そ、そんな…別に褒めたって、何も出てこないわよ……でも、そんなに気に入ったなら、また作ってあげないことも…」
メ(あ、照れてる照れてる)
因みに、この霞ちゃんは以前登場した精神強化合宿の際に紫君をいじめようとして出来なかった娘です。人の心情を書くことが最近めっきり減ってしまっていたので、書いていてとても楽しかったですね。イメージと合わない所もございましたでしょうが、これもまた「提督の数だけ艦娘がいる」ということで
今回はここまで、前書きの通り次週はリアルとの兼ね合いの都合上お休みさせていただきます。毎週楽しみにしていただいている方がいらっしゃる以上なんとも心苦しいですが、御了承願います
それではまた次回お会いしましょう