さて、堅苦しいのはここまでにして、年明け要素一切無しの35話をどうぞ!
ギイギイと音を立てて軋む杉の板が張られた道場に、二人分のけたたましい足音と竹刀の打ち合う音が響く。どちらも口を堅くひき結んだまま声を張り上げることは無いが、それでも一方の剣線は鋭く、一撃一撃に気迫を感じさせられる。対して一方は、積極的姿勢に欠け竹刀に重みが無く、息がかなり上がっていることから相手との酷い体力差を見て取れる上に、気迫に関してはさっぱりという有様だった。取り敢えず体捌きで誤魔化そうと体を動かしてはいるが、体幹が鍛えられていないのか常に崖っぷちを歩いているような危うさしか無い。結局無理な動きをしようとして隙を作り、またもや容赦無い一撃を面に受けるのだった。
「はぁ…はぁ…っ、もう一戦お願いします。」
大仰に肩で息をする紫は、膝をつくどころか両手まで床につけて、息を整える間もないほどの僅かばかりの休息をとると、すぐに面を上げて再戦の申し込みをしてきた。
「いや、ダメだ。始めたばかりで無理をすれば、それこそ逆効果になるぞ。」
「なに、骨が折れようが、腱が切れたって、すぐに…」
「阿呆、生徒だからと言って、本来艦娘のためにあるドックをそう何度も使わせられるか。いいから黙って休め。」
面の紐を解いて無理矢理引っぺがした後、脇を軽くつま先で蹴ると、紫はマネキン人形か何かのように簡単に仰向けになって寝転がってしまった。これだけ激しく息をしているというのに、額には一筋の汗もかいていない。汗が出にくい人間はいる、だが炎天下の中ロクな冷房設備の無い道場で律儀に防具を着込んでの剣道なら、いくらなんでも汗ひとつかかないのはおかしい。まあ、そう言った些細な異常も今となってはそう大したことではなくなったが、それでも何だか苦しげな顔が演技に見えてきそうだったので、目を逸らしながら小手を外し傍に退けてあったスポーツドリンクを取りに向かった。
「ほら、まずは飲め。」
「……」
微塵も動かなくなった紫の頬に、意地悪のつもりで結露してビシャビシャになったボトルを当てがうも、彼は眉一つ動かさないまま黙って受け取り、蓋を開けて天井を見上げたままガブガブと中身を流しこんだ。そしてお約束の通りむせて、ようやく半身を起こす。そして落ち着いたらまたグビグビと飲み下して、中身が空になるとまた天井を見上げて大の字になってしまった。汗を流していないというのに、あの飲みっぷりである。自分からすればほとんどウォーミングアップ程度の手合わせが、相当応えたらしい。今まで見せつけられてきた理不尽なまでの強さが、まるで今日の朝に見た夢のようだった。
「それにしても、急に稽古をつけてくれと言ったり、かと思えば初心者同然の動きを見せられたり…一体今日はどうしたんだ?」
「どうしたも何も、あれが本来の僕の強さですよ…小細工一切無しの…」
気怠げな彼の言葉が、この時脳に伝わりきらなかった。耳の中で幾度か反復してやっと処理したものの、にわかに信じられる言葉ではなかった。無理もない、自分が超えられないと半ば諦めた壁の正体が花壇の柵だと言われても、はいそうですかと納得できやしないだろう。
「なんの冗談だ?」
「さっきのが、演技に見えますか?」
そう言われては否定するしかない、たかが演技でここまで疲労の色を見せられるなら、劇団員にでもなるべきだ。娯楽の少ない現代ではさぞ重宝されるだろう。けど、今まで抱いていた思い込みと現実のギャップが激しく、その言葉だけでは足りなかった。何か他に判断の材料になるものはないかと思わず彼の姿を眺めると、そう言えばある物が欠けていることに気がついた。
「紫、いつもの刀はどうした?」
「そこにあるじゃないですか。」
何を言っているんだと言うように、そちらを見ることもせず指で無造作に転がしてある刀を指し示す。
「いやそうじゃない、いつも食事中だろうが帯びていただろう。」
「持ってたら稽古になりませんから。」
ますますわからないので、きちんとした説明を求めると、紫は大儀そうに半身を起こして胡座をかき、こちらに向き直った。
「僕が既に死んだ存在と言うのは話していましたか?」
「そんな気もするな。」
「今の僕の体は、人とは少し構造が違う。人が生きるのに使うエネルギーを、通常より多めに消費して、普通の人より少し運動能力を高く設定しているんです。」
「エネルギーというは、寿命のことか?」
当たり前で素朴な疑問に、紫はかぶりを振る。
「それとは違う、寿命は命のタイムリミットに過ぎません。それに対しエネルギーとは生命が持つ感情そのものを指します。」
心臓のあたりに手を置いてそう説明する紫に、今度は疑問を投げかけなかった。概念の話云々は一先ず後でいい、取り敢えず続きが聞きたかったのだ。
「最近までは、単に生まれ変わって強くなったのだと思ってるいましたが、そうじゃなかった。そして、その設定を生前の僕と同程度にすることが可能な事に気付いたのも、最近です。」
「なるほど、それで本来の強さというわけか。なら、その設定を弄れば、俺が今まで見てきたお前よりも、強いお前になれるのか?」
「いや、さっき言った通り人は感情のエネルギーを使って生きている。設定を高めればその消費量も増えるけど、人が生み出せる感情の量には限度があります。その限度量も比較的多かったので高めの設定で大丈夫でしたが、流石にそれを超えた設定はできません。」
じゃあ何故、という疑問に対し紫は素直に答える事なく、代わりに刀を取ってこいと命令してきた。随分な面倒臭がりに変貌してしまったらしい。わけもわからないまま拾って投げてやると、頭上を飛び越えてしまったそれを掴もうと腕を伸ばした紫は、掴んだ瞬間に刀から受けた作用でひっくり返ってしまった。なんだが、隙のない普段と違う姿を見せられ過ぎて目眩がしてきそうだった。
刀を受け取るや否や、こっちを放ったらかしてブツブツ独り言を言い始めた紫に対し、抗議の言葉でも考えようかとした時、独り言を終えた彼は唐突に刀を投げ返そうとしてきた。だが、依然として低い設定のままらしい紫にとってそれは重かったらしく、こちらに届く前に失速して足元を転がった。拾ってくれと目で言われた気がしたので、拾い上げる。普段通りの設定に戻ったらグラウンド100周の走り込みでも命じようか。
「ほんの少しだけ、抜いてみてください。ほんの少しだけ。」
嫌に念を押して言うものだからそのわけを聞いたが、いいから黙って抜けと言う。見れば見るほど、何だか気味の悪い刀だ。装飾らしい装飾がまるで無い黒の鞘、控えめに模様の彫られた金色の鍔、そして特筆すべきは腰に帯びるにはいささか長すぎる刀身とその重さ。真に他者を殺す事のみを目的として造られたらしい禍々しさが、持つだけでも悪寒を感じさせる。恐る恐る、それこそ刀身の光沢が僅かに覗くか覗かないか程度に引き抜いてみる。瞬間、目の前で凄まじい発光が起こって、目の前が真っ白になった。咄嗟に瞼を閉じて目が眩むのを防ごうとしたが、不可思議なことにどうやっても視界が暗転しない。閉じても開いても、目の前には常に新品のキャンバスのような真っ白い世界が広がるのみである。まるで夢に閉じ込められたような気分だった。
「何なんだ、これは…」
右を見ても白、左を見ても白、上を向こうが後ろを振り返ろうが見渡す限りの白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白、白……
もはや虚無とも呼べる無限の白だけの空間に、自分は立たされていた。否、立っているのかどうかもわからない。影もなければ地平線も何も無く、自分の存在を確証するものが何一つとして無かった。人智を超えた未知の体験に恐怖心がつのり、気が狂いそうになり吐き気がした。もはや吐瀉物ですら色彩の一部として歓迎してしまいそうな精神汚染に苛まれて蹲っていると、不意に目の前に黒い点が現れた。本当に目の前にあるのか、それとも遠近法で小さく見えるだけで途方もなく巨大な球体なのか、否球体かどうかも怪しい、何色もの色で構成された構造物の可能性もある。何も無いよりは良い、とにかくこの虚無から抜け出したくて手を伸ばす。すると、不意に男のものと思われる声がどこからともなく聞こえてきた。
【お前も欲しいのか?なら少し分けてやるよ】
瞬間、点だったものが急速に膨張し、見えている世界の半分を埋め尽くす壁となった。ドロドロと蠢く壁の一部が剥がれると、吸い込まれるようにしてすぅっと胸の中に消えた。何の感触も無く潜り込んだそれに驚き、胸を何度もまさぐったり、慌てて服を脱いで確認したりしても、何一つ痕跡は見つけられなかった。
不可解なことばかりで、いい加減卒倒してしまいそうな混乱で足が震えだした時、目が醒めた時のように世界に色彩が蘇った。世界を形成する複雑に入り乱れた情報の多さに、モノクロの世界に慣れた頭がいよいよ処理能力を放棄してしまった。まるで頭に入らない紫の叫びが何十も繰り返されてようやくうわ言のような、気の抜けた返事が口から出てくる。
「何ともありませんか?」
「うん、ああ…少し、驚いただけ……」
思うように言葉が紡げない自分を急かすことなく、こちらの手に握られたままの刀を取り返して、いつものように腰に帯びた。何故だか、この時少し寂しいような、妙に不安な気持ちになった。
「立てますか?」
「ああ…問題、ない。心配をかけたみたいだな。」
「まずは僕が謝りましょう。普通の人間に触れさせるものじゃ無いと知って、無理をさせました。」
硬くなった表情筋で不器用にすまなそうな顔をしてみせる紫。もし仮に彼の中身が、先ほど見せられたような虚無で埋め尽くされているのだとしたら、今こうして話している彼は何者なのだろう。今なら、実は彼が『旧時代』に盛んに開発されていたと言われる
そんな詮無い思考に傾くほど脆くなった自分すらも恐ろしくなり、それを払拭するように頬を叩いて威勢良く立ち上がる。いつまでもヘタれてはいられない、彼を安心させる意味でも、意識を飛ばされる前にしていた話を再開しようと話題を振った。
「今は、やめておいた方が良いかもしれません。」
「俺はそこまで気の長いタチじゃない、いい加減焦らさずに教えろ。」
「……わかりました。」
少しの逡巡の後短くそう答えた紫は、立って行き、古びた道場の壁に掛けてあった真剣をとってこちらに投げて寄越した。そしておもむろに防具を全て脱ぎ捨てると、構えろと言って腰の刀を抜いた。こちらもそれに習って防具を外し、骨董品から漁って来たような刀を抜く。
「全力で行きます、黒条君も手を抜かないで下さい。」
先程の疲労が嘘のように抜けた紫の放つ一言で、刀に手汗が滲む。今目の前にいるのは、以前対峙した時に見た、紅い目をした本気の紫だ。圧倒的速度の前に、刀も自信も折られた相手がいる、それだけで足に鉛がまとわり付いたような緊張を覚えた。だが不思議なことに、彼に対する恐れは微塵も無かった。むしろまた戦えることの高揚感が、沸々と湧き上がってくるようで、いつしか鉛は紙の鎧に変わった。
先攻後攻を決めるまでもなく、まずは紫が仕掛けてくる。凄まじい速さだったが、体と脳は苦もなくそれに対応し、速度の乗った重い一撃を受け止めた。こちらに反撃の隙を与えまいと間髪入れずに次々と繰り出される連撃も、切っ先から手首、足や目線に至るまで、彼の全てを見ることで防ぎ切る。だが今手にしているのは所詮なまくらだ、鈍器としても十分通用するような質量を持つ刀相手ではすぐに折られてしまうだろう。だから見る、隙、癖、そして流れとリズムを、剣捌きから読み解く。不思議だ、いつもの自分なら風を切る音を聞くことしかできないはずの剣速が、まるで演舞のようなゆったりとしたものに見える。超える者がいないばかりに洗練される事がなく、粗を残したまま速度だけを増した剣線の致命的な隙を突いて、急所を狙った絶死の一撃を見舞う。だがそれに素早く反応した紫は、連撃を止めて一度大きく後ろに飛ぶことで回避した。
「危なかった、やはり君は強い。」
そう言う割にはケロリとした顔をして、紫は構えた刀を降ろした。彼から発せられる緊張が緩んだのがわかって、こちらも一息つくと同時に、借り物の刀を見ると、酷い刃こぼれが確認できた。これは研ぎ直したところで、痩せて余計脆くなるだけだろう、 後で適当な刀を他から持ってくる必要がありそうだ。
「体の具合は?」
「問題無い……けど、一体俺に何をした?あれだけの攻撃、俺が受け切れるはずがない。」
「言ったでしょう、消費量の関係で設定を高く上げることはできないと。なら、使えるエネルギーの量を増やしてあげればいい。僕の刀に触れさせたのは、君に僕が持っている感情のエネルギーをほんの少し分けてあげるためです。」
彼の言葉を要約すると、あの刀に貯めてあった感情のエネルギーとやらの一部を自分に移植することで、設定に掛けられた上限を解放させ、一時的に身体能力が上がったということだった。夢の中で見たあの黒い壁から剥がれた黒い破片は、分け与えられたエネルギーの一部だった、ということなのかもしれない。原理も何もわからなかったが、研究対象になったところでなかなか理屈付けて説明することはできないだろう。まさに摩訶不思議と言ったところだ。
「なあ、この状態はあとどのくらい保つ?」
「そう長くは保たないはずです、もう間も無くと言ったところでしょうか。」
「そうか…なら、もう少し付き合わせろ…!」
一矢報いてみたい、よりももっとずっと強い気持ちが、体を動かす。折角対等になれたのだ、せめて膝をつかせるくらいはしたい。積み重ねてきた技術の粋を集めて高速下の運動に応用、先程見た荒削りの剣術の隙を、刀の寿命を顧みることなくガンガン突いていく。この速度に慣れてしまえば、あとは設定を下げた紫と対峙している時とほぼ変わらなかった。欠けて飛んだ刃の破片がキラリと光る度に、紫の体勢がどんどん崩れていく。それでも刃が彼の体を掻っ捌くことができないでいるのは、エネルギー切れが間近に迫っているからなのだろう。それでも貰い受けたエネルギーが僅かでも残っているなら、剣を振るうのを止めない。エネルギーが切れれば自然と動きも止まるものだと考えたこの時は、もはや歯止めが効かない状態だった。ただ紫に膝をつかせたい、それだけで脳裏が埋め尽くされていた。
「黒条君もう止めてください!これ以上は危険だ!」
「まだだ、まだ終わらんよ!俺はまだ戦えるんだ!」
「もう既に僕が渡した分は切れてる筈です!下らない感情に飲み込まれないで!」
「何が下らない感情だ、知ったような口をきくなあ!!」
そう叫んだ瞬間、紫に勝つどころか同じ土俵にすら立てない凡人に戻ろうとしていた体が、再び息を吹き返すどころか先程よりも速く動き、ついには紫を超える速度で剣を振るえるまでに達した。そして紫の反応速度を凌駕する速さで繰り出した切り上げによって、彼の刀は体を離れて宙を舞った。しかし、この時残念なことに酷使され続けた手持ちの刀が折れ、こちらも紫に有効打を与えることができなくなってしまう。そして流石超人であることに慣れた紫だ、こちらが刀を失って動揺した僅かな隙にこちらに近づくと、合理性も何も関係なしで強引に投げ技を仕掛けてきた。幾らこちらが柔道にも精通していて受け身を取ることに慣れていたとして、
「ぐっ…!」
「もう止めてください、これ以上暴れたら命に関わります。」
一切の感情を表せないその面に気圧されて、酔いが覚める。そう表現するのは、つい先程までの自分があまりに理性を欠いていたと気づいたが故だ。自我はあるのに、自分とは別の何かに成り果てようとしていた、それがとても恐ろしいことに思えて、怯む。とんだ厄日だ、自分がどれだけ超常に対し無力であるかを、痛いほど教えられてしまった。
「すみません、稽古をつけろと言った身で、迷惑をかけました。」
「いや……うんまあ、そうだな。とんだ災難な目に遭った。今日はもう休もう…いや、休ませろと、言った方が正しいか?」
「僕も今日はもう懲り懲りですよ。」
疲れた様子も見せずに
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
空が白み、間も無く陽が顔を出そうかという頃、目立たないかつ動きやすい格好で来いと紫に言われ、寝起きで半分しか開かれていない目を擦りながら、士官学校の校門前で
「こんな時間に呼び出して、おまけに女連れて何しようってんだよ。」
「それに対する回答は後回しにして、その格好はなんですか、一体。」
「はあ?目立たなくて動きやすいって言ったらこれしかないだろ。」
何故か疑問に対し疑問を投げつけてくる紫。今の格好は忍びと言ったらこれと言うべき忍者装束であり、言いつけられた条件は見事にクリアしている。そんなことをされるいわれは全く無い。
「まさか、その格好で街中を走るの?そんな格好だと目立つよ?」
連れている鉢巻を巻いた女子にまで何故か心配される始末だ、この服装がどれ程の隠密性を持つか全くもって理解できないらしい……って、街中走る?
「君のことだから、依頼か何かだと思ってその格好で来るだろうなと考えて書いたのに…」
「いやおいおい聞いてないぞそんなこと!走る!?なんだよそれ、それ一番書いてないといけない要件だろ!?」
「書きましたよ、即断即決は良いことですけど、落ち着いて読まないと。」
そう言うと、わざわざ携帯端末の画面に送って寄越した文面を表示してみせてきた……ちゃんと書いてあった。ただこちとらスクロールが必要な文章のやり取りなんてものに慣れてはいないのだ、書いて寄越すなら要件だけにスパッと絞ってくれれば良いものを。まあ悔しいが今回は自分の非を認めざるを得まい。
「わかった、なら今から行って着替えてくるから、先走ってろ。」
「わかりました、なら行きましょうか長良さん。」
「長良?あんたもしかして艦娘か?」
紫にそう呼ばれたジャージ姿の女子は、どうやら艦娘だったらしい。そう言えばこの前の演習で紫の艦隊にいた気がする。大方その時に知り合ったのだろう。
「そう、軽巡の長良です、よろしくね。」
「彼女は毎日走り込みをしているそうで、折角なら同行させてもらうと思いまして。」
「ならなんで俺を巻き込むんだよ?」
「それは柘榴君、長距離走苦手そうですし。」
地味に痛いところをつかれ、思わず顔がひきつってしまう。瞬発力や短時間の運動にはかなり自身があるほうだが、昔から周りから持久力が無いと言われていた。それも凡人と比べれば優れているとは思うのだが、けれど体力をつけて損は無い。ならばとその誘いを受けることにする。
「まあわかった、俺も付き合ってやる。それで、どのくらい走るんだ?」
「そうね、大体20kmくらい?」
「「20km!?」」
台詞が重なったのは、偶然ではあるまい。持久力に自身が無い人間が三人、四人集まっても絶対に重なる。20kmなんて、人間が日々のトレーニングで走るような距離ではない、いや中には20kmを日々の日課として走破し続ける猛者もいるだろうが、初心者にいきなり走らせるような距離ではないのは明らかだ。紫の能面も、表情は変わらねど真っ青になっている。だが漢の悲しい務め、付き合うと言った言葉を取り消せなければ、ましてや見るからに自分達よりも体力の無さそうな(艦娘であるない関係なしに)女子相手に弱音を吐くことも許されず、結局20kmマラソンを、みっともなくヒイヒイ言いながら走らされることになったのだった。この後酷い筋肉痛に苛まれたのは、言うまでもない。
35話でありました、後付け感満載な設定の嵐に戸惑う方も多いでしょう、事前に練り切れていなかった僕のミスです、申し訳ない。まあざっくり言いますと、その気になれば紫君も人間に戻れると言うことです。ただ元々が貧弱なので、鍛錬以外で人間に戻ろうとするかは微妙ですね
さて、暮れの挨拶もできないまま新年を迎えてしまいました、昨日が月曜日ということもあり、新年早々の投稿で皆さんにお年玉を!なんて目論んでいたわけですが、風邪をひいてしまったおかげでその目論見は敢え無く失敗に終わってしまいましたとさ(風邪引きすぎ?すみません、病弱で…)
はてさて、折角なので今年の指標を皆様にお伝えしておきますと、実は早いうちにこのシリーズを終わらせて本当に書きたい【本編】に移ってしまいたいと思っているのです。けどこのままでは正直ダラダラと続けてしまいそうなので、四月一杯で区切りをつけられるよう頑張りたいと思います。そのぶん駆け足な展開となってしまうでしょうが、そこら辺はご了承くだされば幸いです。書きたいものを書いてこその創作活動ですからね、正直ムラムラがとまりません。
まあ無駄話はここら辺で切り上げるとして、この一年が皆様にとってより良いものでありますようという在り来たりな言葉で締めくくって終わりにしようと思います、それではまた次回!