何、僕のせい?それなら謝るけど、作品は逃げたりしないから、ちゃんと睡眠はとらないとダメだぞ(ブーメラン)
あ、はい何でもないです、それでは34話ですどうぞ
「やあ、よくぞ無事に帰ってきてくれたね。もう顔は見せてきたかい?皆も随分と心配していたんだ、無論私も君の身を案じていたよ。」
乱雑に資料の散らばった生物準備室に行くと、芹沢教官は待っていたと言わんばかりに目を見開いて、帰還を歓迎してくれた。取って付けたような言い回しが少し気にならないでもないが、まあそれだけ生徒を死地に送った自覚はあるのだろう。そのせいで呆気なく死んだところで、彼が責任を感じることは無いだろうが。
「具合はどうだい?艦娘さん達を癒す術が施されたんだ、身体に関しては全く問題ないのが正直なところだろうけど、生憎こちらにはその経験が無いからね。」
「おっしゃる通り、問題ありません。人間なら長く治療に時間を要するような傷がすぐに治る感覚にも、もう慣れました。」
「人間ならか……その全く違う生物と見なしているような言い回し、やはりもう既に君は人間として生きるのをやめているみたいだね。だからこそ、私は君に興味をそそられる。」
そういう彼は、人間に興味が無いらしい。その代わり大抵の人間なら嫌々取り組むであろう深海棲艦の研究に、教官はとても精力的だ。とは言っても、別に教官自身が人間として異形ということはあるまい。対話した感じ独特な価値観や、一般的な人間と若干異なる趣向を持っていることは伺えるが、単純に変わり者というだけで、結局はただの人間だ。なにより、臭いが化け物臭くない。
「……君は変わっているね。元は人間だろうに、僕に対してこれっぽっちも怒っていないようだ。」
「とうに死んだ身です……それに、天に召されれば、何人かは悲しむでしょうが、僕が生きているだけでその何十倍もの人が悲しんでいる。たとえ鉄砲玉として使われて死んだところで、今の僕はそれを容易に受け入れるでしょう。」
「ふぅん……それなのに、いつ死んでもおかしくない兵士になる道を選ばず、君は大事に匿われ、生きることを望まれる士官を目指している。学力も非常に高くて優秀だから周りに勧められた、というのも考えられなくはないけど、些か不思議な話だね。」
他人に興味が無い教官にしては珍しく突っ込んだ疑問をぶつけてくる。普段は事務的な進路相談すらまともにとりあわないのに、これまた随分と好かれてしまったらしい。だが、やはり今の自分ではこの問いに対して答えることは、否答える資格すらないだろう。己の意思を持たぬ殺戮兵器が、意思を持ち感情に満ちた心を持っていた者の代弁者であってはならない。……少し、自分が狡いと思った。そうやって言い訳して、惰性に任せて逃げているのだということもわかっていた。元々、自分の意思で決めたことなど何も無かったのだから。
「……困らせてしまったかな。まあ無理に話さずとも構わないさ、誰にだって矛盾の一つ二つは抱えているもの。僕だって、深海棲艦を愛してはいても、嬉々として彼女達を滅ぼすための研究に加担しているわけだからね。それに君はまだ若い、自分の意思を見失うことだってザラにある話さ。」
自分のことと深海棲艦で思考のほぼ100%を占めているであろう教官がそう言うと、まるで説得力が無かったが、無理に語らずとも良いと言うのであれば、今はまだそれに甘えることにした。もっとも、今後何かしらの答えを出せる時が来る保証は、まるで無かったが。
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残暑が居座った夏が終わり、濃淡の激しい秋もまた過ぎて、モノクロの、今見えている世界とそう変わらない景色で世界が染まる冬が訪れた。生活の方と言えば、特筆することも無く、20kmの道を艦娘の長良と共に走り、放課後に黒条に稽古をつけてもらう毎日に、時折教官の依頼で深海棲艦を狩ったりするだけの、極めて変哲の無い時期だった。
「随分走れるようになったね。」
「長良さんの指導の成果ですよ。」
いつものように走り終わって、軽く雪の積もった地べたに仰向けになりながら息を整えていると、雪道にも関わらず無事走破できた自分を、長良が賞賛してきた。身体、特に足の疲労が凄まじく、なかなか起き上がれないでいる自分と違い、長良の方は相変わらずタフで、表情はいい運動をしたと言わんばかりに爽やかで、息は既に整ってしまっている。因みに、初日に誘った柘榴はここにはいない。彼は2日目にギブアップして以来、とんと参加しなくなったのだ。
「はいこれ。」
「ありがとうございます…」
手渡されたスポーツ飲料を、受け取り、油を注していない機械のような挙動でなんとか起き上がって、口に含む。渇いた喉に水分を流し込むこの瞬間は、何度味わっても素晴らしく感じる。喉が求めるままに少し甘い味付けがしてある軟水をグイグイ流し込んでいると、ふと長良がこちらをジッと見ているのに気がついた。
「……」
「どうかしましたか?」
「ううん。ただ紫君って、走ってる時だって大変なのに辛い顔にならないくらい無表情だけど、こう言う時は素敵な顔するなって。」
ここ最近、表情のことに関しては、無表情以外のコメントを頂戴することなど全く無かったので、驚いてつい呆けてしまう。寝耳に水というやつだ。
「あ、その、素敵っていうのは、別に普段がつまらないとかそういことじゃ…ああもう、これじゃそういうことみたいに聞こえちゃう!違くて、いつも素敵だけど、それに輪をかけて素て…ああ何言ってるんだろ私、とにかく今の無し!無かったことにして!」
先ほどの発言で傷ついたと誤解したのか、慌ててフォローするも何故か混乱し始める長良。不思議なことに今になって頰が上気しており、それに気づいた彼女は、火照りを鎮めるように両手を当てて、反対側を向いた。知恵熱でも出たのだろうか。
声をかけられることを避けているように見えたので、黙ってボトルに残った飲料を消費しながら待つ。先ほど言われた通り、表情に何らかの変化があるのか意識して、意識的に先ほどと同じような気分に浸りながら飲む。けれど、頰を触ったりしても、変化はあまり感じられなかった。やはり彼女の気のせいだろう、生理的欲求を満たしたくらいでは失われた感情が戻ってくることなどあるはずもない。
最後の一滴を舐めとってボトルに蓋をし、そろそろ頃合いかと長良の方を見ると、ガサゴソと持っていた鞄を漁って、何かを探しているようだった。そしてその何かが見つかると、両手に持っておずおずと差し出してきた。
「これ、良かったら貰って。」
「……インナー?」
「そう、夏からずっと頑張ってたから、そのご褒美ってことで。私が今着てるのと同じメーカーのなんだけど、凄く機能性も良くて着やすいから、是非着てもらおうと思って。」
「ありがとうございます。けど本当に良いんですか?」
「うん、私も何度かご飯ご馳走になってるし。紫君が指揮した、あの艦隊覚えてる?」
覚えてるも何も、あの演習の実習で長良と知り合ったのだ。既に解体されているらしいが、今でも時折あのメンバーで行動を共にしているらしい。
「偶にね、また紫君の指揮下で戦ってみたいなって、みんなで話すの。無茶苦茶でビックリするけど、やりごたえがあるって。いつか副官を任せて貰えるようになったら、来て欲しいなっても言ってるよ。司令官も笑ってさ、会ってみたいって。あの人しかめっ面してること多いけど、楽しいこと好きだから。」
「それは、光栄な話です。」
そう、とても光栄なことだ。長良はこれでもかなりの実力を誇る鎮守府の艦娘であり、士官学校在学中の学生風情がこうして共に話すこと自体が滅多にないことなのに、それに加えて彼女の僚艦や提督殿にも評価を頂いている、同期達が知れば羨望の眼差しを向けることだろう。
「これ、大切に使わせていただきます。」
「改めて言われると照れるけど、そうしてもらえると嬉しいな。」
はにかんで笑う彼女は、どこか『彼女』に似ていた。他人にも笑顔を伝染させる、優しく魅力的な笑顔。そろそろ退き際だろう、さもないとこの笑顔まで、また朱に染めてしまうことになる恐れがあった。
残念ながら着ることによって、恩恵を受けられないであろうインナーを丁寧に鞄に仕舞う。変温動物よろしく、恒温性を失ったこの体は、周囲の温度が変動するとそれと全く同じように体温も変わるので、体感温度は常に一定なのだ。言い換えれば、普通の人間にとって常に37度前後の気温の中で過ごすのと同じことなので、最初は暑くてたまらなかったが、ずっとそんな中で生活していればいい加減慣れる。つまるところ、もはや自分にとっての衣服とは、体温調節のための物ではない。始原の二人が禁じられた実を食べていなければ、何の問題も無く全裸で生活していたことだろう。けれどそれを口に出しては不用に彼女を傷つけてしまうだろう。ボロが出ないうちに仕舞って、この話題は終わらせてしまうに限る。
始業の時間に少しずつ近づいてきたので、ここらで別れようといつものように鞄を肩に掛けると、長良は意を決したように引き止めて、週末の予定を聞いてきた。
「週末ですか……土曜の午後であれば融通が利くはずです。」
「ほ、本当?ならその…ちょっと買い物に付き合ってくれないかな…無理に、とは言わないんだけど……」
目線をチョロチョロと泳がせ、何とも落ち着かない様子の彼女は、何だか断られることに凄く怯えているようだった。ここで断ったら、酷く落ち込ませてしまうかもしれない。それに土曜にやることと言ったら、修復に出していた服を受け取りに行くくらいだ、それなら別に翌日学校が終わってからでも問題は無いだろう。
「構いませんよ、こうして毎日特訓に付き合っていただいているわけですし、荷物運びでも何でも好きに使ってください。」
「ああいや、荷物運びなんてそんなことはさせるつもりないよ!?けど…そっか、ありがとう。じゃあ楽しみにしてるから…またね!」
別れの言葉を短く済ませた長良は、自慢の脚力で素晴らしいスタートダッシュを決めて、場を後にした。あまりに急ぎすぎて、ズレかけていた彼女のトレンドマークである白い鉢巻が解けて、慌てて結び直していたのを見て、少しばかり彼女の道のりを案じたが、まあ転んでも雪の上ならば大事には至るまい。
『お誘いですか?マスター。』
鞄の中から、くぐもった声が聞こえてくる。携帯の中に入りこんでまでついてきたメイドさんが、先の会話を聞いていたのだろう。寒さにそこまで強くない設計なので、冬の時期に自らプログラムを増やして重たくなってしまった彼女を連れ歩くと、バッテリーが悲鳴をあげるのだが、退屈で仕方ないだのと駄々をこねられては仕方ない。近々廃材置き場に行って、代わりになりそうなバッテリーパックを漁ってくる必要がありそうだ。
「うん、買い物に付き合って欲しいって。今のうちに芹沢教官に頼まれてたことを終わらせておかないと。」
『あんなふざけた教官の言うことなんて聞く必要ないと思いますけどね、多少無視したってバチは当たらないでしょう。』
そういうメイドさんは、随分教官を毛嫌いしているらしい。実際、主人がこき使われていると知って、珍しく腹を立てていた。それならば自分を連れて歩くことで、少しは何かしらの手伝いができるはずだ、と言うのも彼女が同行を願い出た際の言い分なのだが、寿命が近いバッテリーでなんとか動かしている携帯端末の中では、彼女が出来ることは数少ない。本格的なダイエット(比喩表現)を考えなくてはならないだろう。
「まあ、教官と居ると色々学べることもあるからね。変わった人だけど、深海棲艦のことに関しては一級だよ。」
「マスターもマスターですよ、少し深海棲艦に振り回され過ぎです。」
「仕方ないよ、振り回されても生きてるだけマシさ。昔の人は、散々振り回されたあげく、何もできないまま死んでいったんだからね。」
人智を遥かに超えた天敵の出現に、厄災の時を生きた人間はどれ程の恐れや絶望を抱いたのだろう。鎧袖一触に生を奪われ、或いは愛する者を奪われた者達の無念たるや計り知れない。まあ、既に我が心は感情を失ったのだ、計るも何もない。
そんな過去の大戦のことを口にされて、メイドさんは不満がつのったようで、口をすぼめてめいいっぱいのしかめっ面を届けてきた。
「もう、折角長良様がお誘いくださったというのに、なんでそう血生臭い話になるのですか。」
「うん?ただ僕の置かれている状況が、そこまで悲観するほどでもないってことを…」
「マスターが生きるのは今です、価値観の違う今と昔を比べてどうしますか。もう少し周りをご覧になったらいかがですか?」
なんだか久しぶりに、本格的な小言を言われた気がする。白も黒も無くなって、灰色になった心にそれが染み込むことは無いけども、なんだかこの感じには不思議と自然さを感じる。病気を理由に逃げて、だらしなかった頃を思い出す。きっと、あの頃の怒られ癖がまだ抜けていないのだろう。
「周りか……別に皆、そこまで幸せそうには見えないけどな。」
周囲の者達は皆、日々を一生懸命に生きている。才があろうが無かろうが、それぞれが新しい景色のために、置かれている現状に対して真摯に向き合っていた。
ふと突然、茜のことが気になった。彼女は未だ息災だろうか。一応メイドさん経由であればいつでも連絡が取れるようにはなっているが、高校を転校して以来、全くもって音沙汰は無い。便りがないのはなんとやらと言うが、もはや彼女に何かあったとしても、便りなど来ないかもしれなかった。
かと言って、こちらから連絡する気は毛頭ない。自分はもう、彼女の日常の世界に入ってはならない異物だ。彼女は彼女で、こんな鉄臭い世界と無縁の場所で、自分のやりたいことを追いかけてくれたらそれでいい。
『どうかなさいましたか、マスター?』
「少し、茜のことを思い出してた。……元気でやってるかな。」
『長良様にお誘いをいただいたばかりで、他の女性のことを考えるなんて……と、言いたいところですが……ええきっと、元気でいらっしゃるはずです。』
会いたいだろうな、と思う。そこまで高度な感情を持ち合わせているのかまではわからないが、茜とメイドさんは友達であるかのように仲が良かった。叶うなら合わせてやりたいが……こんな変わり果てた自分を彼女に見せるのは、こうなる前の自分なら絶対にしないだろう。自分で自分の評価を下すのも妙な気分になるが、優しい以前の自分ならば茜を傷付けることはしない。
もう会うことも無いであろう無二の友人に思いを馳せていると、突然手にしていた端末が小刻みに震えた。メールの着信を知らせるバイブレーターが作動したようで、送り主を確認すると芹沢教官からだった。連絡先を教えたつもりは無かったが、士官学校が生徒の個人情報をあらかた持っているはずなので、そこから調べたのだろう。これから始業だと言うのに、時間にルーズな教官はすぐに生物準備室に来いと、短く要件だけを綴ったそんなメッセージを寄越してきた。
「仕方ない、まあ教官に呼ばれたって言えば一時間くらい大目に見てもらえるかな。」
ただでさえ護衛だの怪我だので授業日数が減っているのに、あまり欠席日数を増やすようなことはしたくなかったのだが、怒鳴る軍人も黙る変人の言いつけとあらば馳せ参じるしかあるまい。成る可くすぐ終わる用事であることを願って、紫はアスファルトの色が見えるのには程遠い雪道を急いだ。
34話でありました、最近オチを付けるのが難しくてどうも締めくくり方がおざなりです。反省m(_ _)m
三月で終わって次回作に移行する予定が、なかなかズルズルと引き伸ばしてしまっているせいでどうも上手くいきそうにありません。なかなか書く時間もまとめて確保できないのも拍車をかけてかなり焦り気味です。困った困った
けどまあ、どうにかこうにか名一杯悩みに悩んで頑張るしかなさそうです。悩むのはお手の物(?)なので、これからめちゃんこ悩んできます
それではまた次回お会いしましょう