序章:温もりを忘れた青年が提督になるまで   作:影乃と月ノ神

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転生と言うのか、再生と言うのか…
そして、それをタグ付けした方が良いのか……


6:取捨選択

「頭部…出血、及び傷無し。ついでに髪に血液が付着してない……肩と背骨は痛まない。……両手足、主に関節部正常……肋骨は無事、呼吸も滞りなく……」

 

 

 けたたましい爆音とむせ返る硝煙の臭い、肌を焼くような熱風で目が覚めた。いつものようにクリアな視界で辺りを見回すと、まずいつの間にか死んだはずの場所と違う所に寝かせられていたことに気づいた天凪 紫(あまなぎ むらさき)は、体を起こしてみて辺りを見渡した。その時、自分の体が全くの快調である事も発見し、先程負傷したであろう部位を思いつく限り点検した。どこもかしこも完璧に治っている…というか、もとから傷なんてなかったかのような無傷ぶりに、軽く戦慄する。とうに死んだはずなのに、何故まだ生きているのだろうか。自然の摂理をまるっきり無視した超回復を目の当たりにして、禁断の果実を口にしたかのような背徳感と、見えざる神の目の存在に睨まれたような恐怖が湧き起こる。

 

「まあいいか……そうだ、早く茜の所に行かないと。」

 

 制約され過ぎている情報を元に考えるのは無意味と回復に関する思考を中断し、付近にその姿を確認できない南谷 茜(みなみや あかね)の身を案ずる。メイドさんが上手いことやってくれていれば、自分が手を貸すこともないだろう。だが、流石に化け物が迫って来ようとしている砂浜で、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。

 

「そういえばやけにうるさいな、流石にもう近くまで来ているとは思えな……」

 

 来ていた。

 

 黒光りする鉱石とクズ鉄が固まってできたような怪物が、砂に思い切り乗り上げて内陸へ砲撃を繰り返していた。予想以上に大きい、クジラと同程度くらいだろうか。否それどころか、象ともいい勝負ができそうな巨躯だ。

 つい癖で観察をしていると、一体がこちらに気づいてしまった。この時点で、自分が愚かであったことを知る。本来ならば目覚めた時点で、一目散に逃げださなくてはいけなかったのだ。

 手遅れであることは承知しているが、生物的本能にしたがって全力のスタートダッシュをかける。だが、それと同時に飛んで来た火球によって足元を吹き飛ばされ、無様に砂地を転がされた。

 

「くあ゛……あれ、痛くない?おかしいな足首捻ったはずだけど…」

 

 気になって仕方ないが、今はそれどころではない。すぐさま体を起こそうと前を向く。

 

 すると、いつの間にか目の前には立ち塞がるように一振りの刀剣が突き刺さっていた。

 

 見たところ、ずっとそこにあった物ではないらしい。見たところ刃こぼれは一切なく、腹にはホコリひとつ見つけられず、キラリと金属特有の見事な輝きを放っている。刀身の色はお世辞にも美しいとはいえないが、先程観察した化け物に似た色をしていた。

 

 別に骨董の趣味は無いので、気にせず駆け出そうと一瞬思った。だが、あまりに不自然過ぎる登場故に、性分上無視するのは無理があった。

 逃げるついでに鞘の無いその刀を持って行こうと柄に手を伸ばすと、掴んだ瞬間脳が凄まじい痛みに襲われた。まるで何かを外側から無理やり流し込まれているような痛みに耐えられず、その場で膝をつく。すると、突然脳内で何かの映像が一瞬のうちにリプレイされた。

 

 それと同時に、何故死者となったこの身がまた意識をもち、両足をもって大地に立っているのかを思い出した。

 

 

「……へえ、蘇らせてくれた上に傷まで治してくれるなんて、随分気が効くね。」

 

 その場にはいない、けれども刀を掴んだ瞬間脳内でリンクしたその存在に対して声をかける。先程頭でプレイバックされた映像は、自分が死んだ直後に謎の男に見せられた光景。柄を握った今、その時の記憶が取り戻された。

 

【厳密には、一旦お前の体をバラして、この世にお前の魂が留まれるように再構築してある。前の体と同じとは思わねえ方がいいぜ。】

「そうらしいね。妙に頑丈だし、体が軽くなった気がする。」

 

 不意に聞こえる、頭の中に宿ったような声。不思議がることはない、さも自然のことのように紫はそれを受け入れた。

 

 体に力が(みなぎ)ってくるような感覚、今なら空中3回転ひねりぐらい簡単にできる気がした。

 

【まあお気に召して何よりだ。だが、俺の力を使えばもっとすげえぞ。】

「そうなの?じゃあ早速…」

【ちょっ、おいおい説明聞かなくていいのかよ!】

「移動しながら聞いてあげるよ。」

 

 刀に、足に、そして全身に、意識を張り巡らせ、渾身の力をもってして砂地を蹴る。もっと凄いと言われたから如何程のものか試したかったのだ。だが足が地から離れた刹那の時、今までで一度も経験したことのない凄まじい加速Gが全身に襲いかかった。

 

「うっ……うわあああ!!」

 

 とんでもない大気の暴圧を乗り切ったかと思えば、瞬く間に目の前に防砂林の焦茶色が広がっていた。だが気付いた時にはもう手遅れで、盛大に天然の防壁へと突っ込んでしまう。

 

「いったたた……」

【説明聞かないでいきなり全力出すバカがあるかよ!】

「あはは…流石にこのレベルの衝撃は痛いんだ、時速何キロ出てたんだろ…まあ、今ので何となくわかった気がする。」

【わかったってんな馬鹿な!とにかく話しを……】

「ごめん、でも急がないと。」

【ああもっ!いいから待てって!!】

 

 必死に制止を呼びかける頭の声をガン無視して再び飛ぶ。彼女が待ってるのだ、急がなくてはならない。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

「見えた、あそこだ。」

 

 二機の艦載機が、廃屋の上を飛び回っている。あの中に茜達が立て籠もっている証拠だろう。後ろからも何機か向かって来ているようだ。

 

「それにしても、すごく体がダルいな…」

【当たり前だろ。さっきも言ったけどよ、俺の力はお前の体力を大幅に削るんだ。今の速度くらいならまだカバーしてやれるが、これ以上動こうってならMPがすっからかんになるぜ?】

「MPって、いつの時代の用語よ。死語どころか化石レベルじゃないのそれ?」

【んな細けえことはいいだろ。つまるところ、スタミナ切れになったら後悔しても手遅れになるぜって話しだ。】

 

 刀曰く、全身にのしかかる今すぐにでもベッドに飛び込んで重力に負けたい程の倦怠感と、慣れない運動を朝から晩まで延々続けていた次の日のような筋肉痛は、先程試しに全力で飛んだり跳ねたりした時に消費した体力の置き土産で、車で例えるところの所謂(いわゆる)燃料のメーターがEをもう少しで指差しそうな状況なのだそうだ。

 

「手遅れになるって例えば?」

【体力を食えなくなったら、次はお前の体だ。体が使い物にならなくなるのが嫌だってんなら、心を喰わせるって手もあるぜ。】

「体はまだわかるけど、心?」

【簡単に言えば精神力だな、お前がお前でなくなるってことだ。】

 

 精神が喰いつくされれば生きた屍になる、体を喰いつくされれば全身をズタボロにされ肉塊へ帰される。その言葉に少しだけ恐怖を覚えたにしろ、あまり実感がないので戦慄するとまではいかなかった。

 

【だがよ、折角拾われたんだ。最初くらいサービスしてやろうじゃねえか。17分間、体力消費無しで好きに動かせてやるよ。その代わり、17分過ぎたら強制的に、かつ2倍速で体の侵食か精神干渉が始まるから、それが嫌だったらそれまでに俺を鞘に収めるんだな。】

 

 なかなかに好都合な申し出に、早速乗っかってしまう。だが、その鞘とやらを持ち合わせていないことを伝えると、突き刺さっていた場所の近くに落ちているらしいことを言ってきたので、取り敢えずは後回しにすることにした。場所がわかれば、後ででも取りに戻れる。

 

「17分っていう微妙な数字が気になって仕方ないけど……じゃあお言葉に甘えて!」

 

 先程と同じように、全身全霊をもってアスファルトを蹴りつけ駆け抜ける。目視30mくらいの距離を瞬き一つの間に手の届く範囲にもって来てしまうほどの超高速に、足音が追いついて来ていなかった。そのかわり、耳に纏わりつく風が吹奏楽器のような高音を出すのが気になって仕方ない。

 

 ひとまず、速度の狙いを空を飛び回る敵機に向け、跳躍するに相応しい踏切地点を模索する。すると、誰の耳にも等しく非常事態を知らせるような甲高い金切り声が鼓膜をビリビリさせた。

 

「……っ茜だ!」

 

 周囲の景色が矢の如く過ぎ去る中、不思議と普段よりも研ぎ澄まされた視力が、砂利の上で倒れている女子生徒二人を捉えた。何故あんな場所で転がっているのかはわからないが、上空の黒い機体が二人を中心に弧を描いていることから、先の悲鳴も合わせて、襲われているのだと判断する。

 

「ねぇ、斬れ味に自信は?」

【俺が(なまくら)に見えるかよ?】

「なら、合格!」

 

 そのわずかな会話の間に辿り着いた廃墟で、早速戦闘開始。地を離れ、白亜の壁を足場とし、相手の手の届かない位置から一方的屠れるというアドバンテージに(おご)った矮小な悪鬼を斬り捨てていく。烏大の大きさをした飛行体の姿を見た時、どこからともなく何とも形容し難い騒めきが胸の中で起こり、それと共に不意の憎しみに似た感情が湧いて出た。怒りに任せてそれの起こった理由も知ろうとせず、ただ対象の命を刈り取るために刀を振るう。

 

 この時の様子を形容するのであれば、虐殺という言葉を用いるのが的確であろう。突如疾風の如く現れた剣鬼に、お粗末な飛行能力しか持ち合わせない怪物(もど)きは一矢報いることすら許されなかった。だが、先に手を出し、無二の親友を歯牙にかけようとしていた怪物になど、かける容赦も情けもあったものではない。

 

 ものの数秒で二機は真ん中をぶつ切りにされ、地にその屍を晒した。燃料と思わしき黒い液体が発火し、尚も蠢こうとしている醜態から吐き捨てるように目をそらし、親友の安否を確かめるべく彼女に駆け寄った。

 

「茜!大丈夫!?」

「この声……うそ、紫!?なんで!?」

「詳しいことは面倒だから後で話すとして…すごい傷だ、早く手当しないと……うわっ!」

 

 廃墟の外壁に火球が直撃し、古びた外装が盛大に鉱物の粉を撒き散らしながら剥がされた。

 

「呑気に手当してる場合じゃないってことか……」

 

 空を見上げれば、仲間の仇をとりに来たのか先程と同じ型の艦載機が廃墟を取り囲もうと10機近い単位で飛んで来ていた。それを見て今度も胸が騒めき、けれど今度は横隔膜があたかも脳の支配を受け付けなくなったかのように、肺の収縮を狂わせた。息苦しい、それなのに空気が粘度を持ったように気管を上手く通らなかった。

 

 過呼吸気味になるのを、かぶりを振って食い止め、頰を叩いて意識を戻す。心配そうな茜の顔を見て、その必要は無いと伝え、かわりに預けた携帯の居所を彼女に尋ねる。

 

「茜、メイドさんは?」

「そこの入り口の所に置いてあるけど…」

 

 指差された場所に行き、落ちている携帯端末を拾い上げる。

 

「よし……ごめん茜、言いたいことはあるだろうけど行ってくる。」

「行くって、どこに…?」

「ちょっと化け物退治してくるよ、ここで待ってて。」

 

 状況が飲み込めず呆然とする茜に代わって、近くで同じように倒れていた怪我だらけの女子生徒が待ったをかけた。

 

「何?えっと…アオヤマさん?」

「えっと、あのね…海に戻るなら、玲奈のこと探してきて欲しいの!あの子逃げる前トイレに行ってて……」

「レナ…ああ思い出した、あの人か。」

 

 確か苗字はヨシカワだっただろうか、正直言って名前も聞きたくない相手だ。基本的にクラスメイトの名前など覚えようと思わないが、その女子生徒はいつも自分が人前で倒れるたびに、周りにいるムードメーカー的存在の男子グループに合わせて大口を開けて笑うので、嫌でも覚えてしまったのだ。

 

 無視してとっとと駆け出してしまおうかと思ったが、彼女の怪我の具合とここで倒れ伏している状況を鑑み、その友人愛に免じて了承の意を示した。

 

 時間もあまり残されていないので、何故か近くの物陰で震えていた教師を引っ張り出して二人の回収を依頼する。心底嫌そう…というかものすごく後ろめたさを感じている表情が気になったが、こちらの預かり知ったことではない。本当に嫌なら代わりの者を呼ぶだろう。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 ヨシカワさんを探しながら、メイドさんが皆を導いたルートを逆走する。時折、砕けたアスファルトに赤黒いものを撒き散らして倒れ伏している生徒らしき者の姿が、網膜に映し出されてその度に胸に微かな痛みを覚える。だが、その度合いが微かを超えることはなかった。

 

 浜に戻ると紫は取り敢えず鞘を探した。あまり目立たない外見だったにも関わらずすんなりと見つけられたのは、ひとえに手にした刀のおかげであろう。酷く曖昧で直感的だが、目線がひとりでにそちらの方へ吸い寄せられたのだ。

 

「まずはヨシカワさんの生存確認を……おっと!危ない危ない、先にあっちか。」

 

 正確に飛んできた火球を避け、標的を品定めする。メイドさん曰くイ級と呼ばれる深海棲艦の中でも最弱の部類に入る化け物らしい。化け物と呼べる時点で十分人間が対抗し得る枠から盛大にはみ出しているが、今の身体能力及び殺傷能力ならある程度渡り合うことは可能だと刀が頭の中で言ってきた。

 

「それじゃ、始めますか。」

【あまり時間がねえからな、気いつけろよ。】

 

 タイムリミットは、あと3分強。それまでに片さなければ侵蝕が始まる。

 

 化け物との距離を一気に詰めて肉迫する。近づけば近づくほど巨大に感じられるが、先程艦載機を斬り墜とした経験はそれを恐怖にしない手助けをしてくれた。

 

 だが、先の烏大の艦載機と目の前の化け物との違いが、スケールの大きさだけにあらざることを、この身をもって直に知ることになった。

 

(ぐっ、堅い…!!)

 

 表面の見た目は、艦載機とあまり変わらないのに、高速で振り回した刃はその鉱石質の外殻に覆われた強固な巨体を切り裂けなかった。いや、厳密に言えば堅いのではない。装甲が異常に分厚いのだ、ある程度刃はちゃんと通っている。だがおかげで、中途半端に入ってしまった切っ先は、予定していたヒットアンドアウェイのアウェイを妨げ、邪魔な小蝿を振り払うかのように体を震わせる怪物から離脱することを遅らせてしまった。

 

「グハッ……!!」

 

 無造作に振るわれる巨体の一撃をもろに全身に受け、抗うことも敵わず跳ね飛ばされた。大型トラックに轢かれたらこんな感じなのだろうかと思わざるを得ないレベルには、とんでもない衝撃だった。

 

「痛い、なんて…もんじゃないねこれ……今度こそ骨逝ったかも…」

【労ってやりてえところだが、時間がねえぞ。逃げるなら今のうちだ、彼女とやらを連れて逃げ出した方が賢明じゃねえか?】

「うーん、それちょっとできない相談…今あいつら沈めておかないと、多分皆殺しになる……茜ってそういう自分だけ助けられるのって嫌いなタイプだからさ…それ、応えてあげないと……それに、別に茜は彼女じゃないよ、強いていうなら飼い主だから…」

 

 正直、現状を見る限り勝算は無い。1on1(さし)ならまだ無理からぬ話だが、相手は三体でおまけに海の上にもう一体だ。上手いこと三体を無力化できたとしても、完全にアウトレンジにいる相手に対してこちらからは何もできない。

 

 しかしながら、ここで逃げ出して後で精神衛生上よろしくない非難を浴びせられるか、少しでも時間を稼いで、大勢が救われる可能性を高くするかのどちらかを選べと言われたら……答えは勿論後者だ、飼い主に逆らうことはできない。

 

「せめて足の一本、あわよくば目の一つでも潰して時間稼げれば万々歳かな…」

 

 残り数分、時間切れでこのまま屍よろしく寝転がってるか、歯型の一つでも残して数秒で朽ち果てるか。そんな単純な問いに答えを出すために、貴重な時間を割くことなどしてやるはずがない。足掻くと決めたのなら、それに従うまで。そんな自分の声に引かれるようにノロノロと立ち上がり、眼前の怪物に再び狙いを定める。

 

 先程と同様に飛びかかり、爪痕を残してやった部分に今度は刀身を突き立てる。切り裂くのが無理ならば、突き破ればいい。下手な刀捌きでも目論見通り鍔が外殻に当たってカツンと音がするほどに刀は奥深く突き刺さり、化け物は苦しそうに呻き声をあげた。それと同時に、さっきとは比にならないほど暴れ狂い、紫の小さな身体を振り払おうと必死になっていた。

 

 紫も更に傷口を広げるために、剥がされるまいとしがみ付いたが、化け物の身体能力には敵わず、遠心力が見事に乗ったフルスイグで防砂林の壁へと吹き飛ばされてしまった。

 

「ゲホッ…ガハッ…はは、やっぱキツイか。次同じことしたら死ぬなぁ……」

 

 所々服が血で染まっている。深傷を負わせてパニックになっているうちに四肢を切り落とそう作戦失敗だ。痛感信号出まくりの体を無理やり起こそうとしていると、近くの茂みから誰かのすすり泣く声が聞こえた。

 

「誰か…そこにいるの…?」

 

 嗚咽の仕方的に若い女性だろうか、もしかするとアオヤマさんに頼まれたお使いの人かもしれない。

 

「誰かいたら、返事……」

「ヒッ!!」

 

 茂みを掻き分けて見ると、果たしてそこには涙で目元を真っ赤にした女子生徒、ヨシカワレナの姿があった。

 

「そんなに怖がらなくても、僕は紫だよ…天凪 紫…」

「な、なんだ紫君か、脅かさないでよ……ってどうしたの?すごく傷だらけだけど。」

「ちょっと訳あって化け物退治中…それより、早く逃げなよ…ここじゃいつ死ぬかわからない…」

「ああ待って、それより研二は!?トイレに行くから待っててって言ったのに、いくら探してもいないの!」

 

 また思い出すのに苦労する名前が出てきたが、まあ大方ヨシカワさんの彼氏といったところか。いつだったか、前にクラス内で騒ぎになっていたし、そう言ったことに疎い紫でも、彼女にそのような相手がいるのだろうことは知れた。

 

 まあ、探しても居ないと言うことは、当の本人はとっくの昔に彼女を置いて逃げたということだろう。そんな彼のことを探して逃げ遅れたというのだから、救うに救えない。

 

(それにケンジ君より、それこそ命かけるほど心配してくれる友達がいるのに、君はその人のことなんてちっとも考えてないんだ。)

 

 滑稽だ。目の前の女子生徒は、自分を見捨てるような人間に未だご執心で、その友達は自分が彼女の眼中にもないことを知らずに彼女の身を案じているというのだから。

 

 だが、そんなことはどうでいい話だ。こちらはアオヤマさんに頼まれなければ、構わず化け物の方を向き続けていた人間であり、加えて目の前にいるのは好きか嫌いかで言えば嫌い、下手すれば興味も湧かない部類の人間なのだから。

 

 画面にヒビが入ってしまった携帯を取り出し、メイドさんを呼び出してから、それをヨシカワさんに渡す。そして、メイドさんに従ってすぐさまここから逃げるように促してやった。

 

 正直これ以上面倒を見ることは何もない、後は勝手にやるだろうということで再び化け物達を睨み付ける。だが、依然として傍でへたり込む彼女はその場を離れようとしない。しかも間の悪いことに、睨む紫に気付いた化け物達がこちらに向かって砲撃を始めてきた。まだギリギリタイムリミットにはなっていないので回避は可能だ。だが、それはヨシカワさんを見殺しにするのと同義でもある。

 

(ああも、無茶するしかないか…)

 

 既に使うには遅すぎる単語が頭に浮かぶと、体がそれに付随して動いた。そして、マネキンのように固まったヨシカワさんの体を巻き込んで、できる限り爆心地から逃げるように、横に飛びこむ。

 

「キャーー!!」

 

 想像の倍の熱量に焼かれ、想像の倍の衝撃を背中に受けると、耳が張り裂けそうそうな悲鳴が耳穴のすぐ側で炸裂した。だが、その叫びが聞こえるということは、無茶が功を奏したということでもあった。

 

「ぐっ…ああ……!!」

「む、紫君?大丈夫…?」

 

 背中が焦げる、衝撃に耐えられなかった肋が熱を持ち、釘を奥まで刺されたような痛みが全身を駆けずる。煉瓦の塊を支えていた時よりも、生きた心地がしなかった。

 

「みんなと、合流…ぐっ!できたら、さ……アオヤマさんに、感謝しなよ……でないと、僕がこうして…庇うことは、なかったからね……」

「え、里沙が…?」

「死にそうなほど、大怪我してるくせにさ……君のこと、迎えに行こうとしてたよ…早く行って、無事なとこ見せてあげたら……」

「そうだったんだ、ごめん…」

「それアオヤマさんに、ぐあっ!…はぁ、言いなよ…」

 

 痛みに耐えられず、突っ伏してしまう。嫌いな相手とはいえ…否、嫌いだからこそ余計に見っとも無い姿を見られたことが口惜しい。しかも相手が男でないからそれは尚更だ。まったく、どうしてこうも格好つけさせて欲しい時につけさせてくれないのだろうか。別に、嫌いな人間を助けたって良いではないか、命が絶たれるのを防ごうとするのに、個人的な感情は関係ないはずだ。

 

「大丈夫!?ちょっと、私の目の前で死なないでよ!」

「はは…ご心配無く…どうやら簡単には、死なせてくれないみたいだから……」

 

 聞きようによっては酷い言い方をする彼女が本気で心配してくれているのだと理解し、嫌うべき相手ではない、善良な者だということに気付いてしまった。だがそれを素直に認めるのが妙に気に食わなくて、愚問であると彼女を嘲るような口調で彼女の好意を拒む。

 

「いつまでいるの…ここにいたら、盾の無い君はすぐ死ぬよ…」

「でも、こんな重傷の人ほっとけないでしょ!」

「いいから、行きなよ…君に死なれたら、アオヤマさんに言われたお使い、果たせなくなるじゃん……」

「で、でも…」

「いいから、早く行けって!!」

 

 乱暴の一言に尽きる言葉に怯んだ彼女は、一目散にその場から逃げて行った。後は、彼女が立ち止まらない限りメイドさんがなんとかするだろう。

 

「さてと…鞘に隠れて黙ってる人、残り時間は?」

【残念ながら時間切れだ。ったく、あんな奴ほっときゃ良いんだよ。】

「そかそか…まあ約束は守っておかないと、飼い主様にお仕置きされちゃうからね……」

【はっ、飼い犬も楽じゃねえな。】

 

 痛む身体をゴロッとひっくり返し、仰向けになって木々の隙間から溢れる陽光を眺める。重力の負荷がかかった肋が悲鳴をあげ、砂に摩擦される焼け爛れた肌がジリジリとした痛みを伴った不快感を伝えてくるが、構わずそのまま。

 

 太陽に彩られる果てしない青空を、こうも美しいと感じたのはいつぶりだろうか。何だか、痛みや先程のやりとりで尖った心、その他色々なしがらみがスッと頭から流れ出ていって、砂に溶けていくような感じがする。

 

「それにしても、今日は本当に暑いなぁ…」

 

 紫外線を浴び慣れていないせいか、何故か妙に日光が肌に刺さる。まるで火を側まで近づけられて炙られているような感覚だ。だが、全身の痛みに比べれば、その程度であれば些細な痛みであり、無視するに苦も無かった。

 

「ねえ…」

【何だよ。】

「君には、この景色が見えてるのかい?」

【そりゃな、お前が見たもんを俺は見てる。】

「そうなんだ…じゃあこれ、綺麗だと思わない……?」

【呑気なやつだな、お前も早く逃げねえと喰い殺されるか腹に大穴開くぞ……まあ、悪かねえけどよ。】

 

 今の今まで狂気じみた異常者だと思っていた夢の男…今は何故か刀となっている変わり種にも、どうやら人並みの美的感覚というものがあるようだ。こんな時なのに、今はそれが不思議と興味深かった。

 

「さあてと……よいっ、しょ…」

【おいおい、ロクに歩けもしねえ体で大丈夫かよ。】

「逃げろって言ったり…無理だって言ったり…忙しいやだね……」

【わざわざ立たなくてもいいだろってことだ。別に這って物陰に隠れたっていいだろうに。】

「この防砂林が焼かれたら…それこそ、等身大の炭人形が、できるだけでしょ……」

【んなこと言ったってよ、もう気付いたと思うぜ。】

 

 後ろを振り返れば、確かに化け物はこちらを見ていた。絶対絶命というのに相応しいシチュエーションだろう。

 

「ねえ、もし僕が死んだらどうする…?」

【どうもしねえよ、ちと物足りねえが悪くない暇つぶしになった。続きは他のやつを見つけるとするさ。】

「薄情だね…ま、流石にもう蘇りなんて、望んじゃいないけど……」

 

 折角拾った命だというのに、全く活かせなかった自分が愚かしい。せめて、大切な親友だけは生きてくれることを願って、化け物と向き合う。刀を手にした身だ、背中に傷はあまり付けたくない。

 

「なんて、もうボロボロのくせして逃げ傷も何もないか……」

 

 大口開けて中から砲身を突き出した化け物の目を見る。何の感情も込められてない、マネキンのガラスの瞳のようだ。どこまでも冷たく、残酷に人を狩り尽くすためのある意味純粋な曇りなき瞳。

 

 今にも重力に逆らうという本能を忘れて、倒れ伏してしまいたい程の激痛を全身に持つ紫はその目を見て……ほくそ笑む。その瞳が絶望の色に変わる瞬間を思い描き愉快になってきたのだ。

 

「ねえ」

【別れは言わねえぞ】

「僕、言ったよね。」

【何をだよ。】

 

 

「目の一つでも潰せれば万々歳って。それさ、あいつのこと粉微塵にできればもう最高じゃない…?」

 

 すぐさま真意を理解した頭の声は、初めて声を慌たでて静止を呼びかけたが、もう遅い。紫の手は既に刀身を鞘から引き抜いており、いつでも特攻する準備は整っていた。

 

「さて、最後まで一緒に踊ってもらうよ、化け物共…」

 

 そう言った瞬間、身体の芯が急激に熱くなり、心臓が異常なレベルでの拍動を始めた。リアルに伝わってくる()()の感覚を受けて尚、紫は倒れない。血反吐が喉をせり上がってこようが関係ない。この体が骨も残さず全てを奪われるか、あの化け物全てがクズ鉄に変わるまで止まることはない。

 

「いくよ…」

 

 3度目になる突進。だが、今度は猪よろしく一直線に突っ込むだけじゃない。右へ左へ、稲光の如く蛇行し撹乱する。極限状態に置かれその制御を脳が忘れたのをいいことに、あらん限りの力を発揮している脚力が可能にする神出鬼没のステップは、対象の照準を狂わせるには十分過ぎる効果を発揮した。

 

 三度目、化け物の間近に迫ると、今度は化け物の口腔内に刃を滑り込ませる。狙いは装甲のない、化け物の軟弱な喉奥。そして大量に詰め込まれているであろう弾薬だ。ここに傷を負わせれば、化け物に対して致命傷、上手くいけば火薬が暴発して内部から文字通り屑鉄にできる。

 

 はたして、紫の命を投げ打った一突きは成功、内部からの衝撃を想定されていない化け物の体はいとも簡単に先程付けた刀傷から砕け散り、砂地に黒い重油の花を咲かせた。

 

「よし…これでゲホッ、ガハッ…!」

 

 どす黒くなった血の塊が喉から飛び出て、足元の重油にマーブルを描く。気が付けば、目の下にヌルヌルとした感触がある。不思議に思って拭って見ると、果たして手に赤い液体が付着した。どうも血涙が流れているらしい。流しすぎた血が、全身のあらゆる機能を奪いつつあるのを感じ取った。

 

【おい、もういい加減にしろって。何もそこまでしなくたっていいだろ。】

「うる、ざい……ま゛だい゛げる゛……」

 

 だが、その言葉を裏切って体は既に限界を迎えていた。いつの間にか腕は幾度も切りつけられたかのように裂け始め、血を失い続けた影響で足はこの身の重さすらも支えることができなくなっていた。

 

 糸の切れた操り人形のように重油溜まりに崩れ落ちる、もう刀を鞘に収めるだけの力すら残されておらず、ただ闇雲に全身が得体の知れない何かに蝕まれていった。

 

 そんな無様な姿を見ていられなくなったのか、刀は紫の手から勝手に抜け出すと、ひとりでに鞘に収まった。これで侵蝕は(おさま)るのだろう。だが、かといって回復が始まるというわけではないらしい。化け物になろうとその魂すら投げ出そうとした代償を受けた体は、手遅れという言葉がぴったりと当てはまった。

 

【もういいだろ、休め。】

 

 初めて聞く頭の声の優しい声色。死にゆく者に与えられる最後の慈悲の言葉を受け、しかしながらこの極限において湧き上がった生への醜い渇望がその言葉を拒む。まだ走れる、まれて戦える、まだ生きれる、その言葉を行動で示そうにも、多量の出血で麻痺した筋肉は指先を僅かに動かすことしかできない。行動がダメなら今度は声でと声帯を震わさようとしても、掠れた吐息しか出てこない。

 

 今度こそ終わりの刻らしい、醜く蠢く半死状態の体に、仲間を討たれて激昂した化け物が喰らいつこうと襲いかかる。その行為には、砲で吹き飛ばすのではなく、無残に喰い散らかして死に様を穢してやろうという妙に人間じみた感情が垣間見えた。

 

 巨大な体躯が地響きを鳴らしながら突進してくるのを油溜まりの中で感じ、流石にこれまでと瞼を閉じる。血を流し切ろうとする体では、もう抗う気力も湧かなかった。

 

 

 

 “それでも、天凪の人間か?”

 

 

 

 耳を過ぎる風の音が、そう言ったように聞こえた。だが、それがどうしただ。死にゆく人間に、名などもう何の価値も持たないのだから。

 

 迫る死を覚悟し、怪物の影が陽光を隠す。嫌に世界が遅く感じられた。閉じた視界でも、怪物の歯が自分の壊れた体に突き立てられようとするのが、第3の目でもあるかのようにわかる程だ。

 

 

 冷やかな上下の石が自分の体を板挟みにした瞬間、咥えられたまま高く振り上げられた体は……

 

 

 しかし、歯の持ち主が絶命したことで再び地に降ろされた。

 




急に内容量が重くなりました、この頃の僕は読み易いかどうかではなく、書きたいから、区切りが良いからって感じでやってました。それが良かったのか、はたまた今のルールが良いのか、ちょっと振り返って悩んでみたり。
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