投げ出された紫は、今しがた自分を噛み殺そうとした化け物の体が、まるで土台を失った銅像のように倒れるのを見た。見れば、化け物の横っ腹には紫が決死の思いで付けた傷とは比較にならないほどの穴、それも鋼より堅く、粘り強くて分厚い装甲を完全に貫いた弾痕が空いていた。
(やっと、来てくれたんだ…)
こんな人には到底敵わないどころか、勝つために戦略を練ることすらおこがましい程の、理不尽な災厄を仕留められる存在など、この世でたった一つしか無い。否、生物学上の区分に則るのであれば、それとも人にカテゴライズされた一種の生命と言うべきか。
(艦娘か……実際に見るのは初めて…)
かつての栄華を取り戻すために人類が手にした形ある奇跡、魔を討ち亡ぼす唯一の矛にしてか弱き人々を護る堅牢な盾。また、噂によれば太古の神話に登場する女神さえも嫉妬する程美しい容姿を持つ戦乙女達。それの部隊がようやく救援に駆けつけてくれたらしい。
先程までたった今死んだ個体と同様に自分を喰らおうと牙のない歯をガバ開きにしていた最後の一体が、新たなる脅威の接近を感じたのか、その無機質な目を海の方へと向けた。標的を確認した怪物はすぐさま臨戦態勢に移るも、立て続けに火球が怪物の外殻を抉りにくる。反撃を許さない見事な攻撃だ、怪物が怯む隙を上手くリロード時間に回すサイクルは、相当な修練を積んでいることが窺える。頭を持ち上げることさえ出来ないほど血を流し過ぎた体では、その戦いの様子を砲火を浴びて次々と装甲を穿たれる化け物を横目で見ることでしか把握出来ないが、それでも尚戦況は余程の事がない限り不利には傾かないことがわかった。本来海の上にいるべき怪物は、上陸してしまったことで未発達の脚を使って移動しなくてはならないため、回避行動が全く取れない状況下にある。それ故その巨躯も相まってただの的と化しているのだ。
誰が軍配を持とうとも、それが天邪鬼で無い限り100%艦娘側に上げるであろう戦況の中、砂浜にいた三体の化け物、イ級は全て醜い屍となって焼け付くような砂地に転がった。たった3隻、けれどもされど3隻であった。それだけでも浜は転がった死骸によって混沌を極めており、死屍累々とは正にこの事を指すのだろうと思わずにはいられない。地獄絵図と呼んでも差し支えない濃密な死と破壊が、そこには広がっていた。
「でも、ま゛だだ……」
ようやく言う事を聞くようになった肺を使って鼓膜を震わせ、掠れた声で見えない救済者に危険を知らせようとする。洋上に一隻、艦載機を飛ばしている個体が残っているのだ。不意打ちを食らってしまっては大変である。
だが、その心配は必要無かったようで、遠くの海で水柱が上がる音が聞こえてきた。女性の悲鳴は聞こえてこず、代わりにこの世の生物とは思えない程気味の悪い、おどろおどろしい雄叫びのようなものが聞こえたので、先程幾らか堕としてきた艦載機の母艦となっている化け物が撃沈されたということなのだろう。
【終わったようだぜ。】
「そう、だね……」
その一言で、緊張感から体にかかっていた僅かな力も完全に抜けた。正直言って活躍と言うには程遠い仕事ぶりだったが、それでも得られた戦果は大きかった。これでようやく親友の命が保証された、他の何にも代えられない喜びに、心から安堵した。
だが、この身に降りかかり続けると言われた災厄は、こんなものでは終わらない。
再び、水柱の上がる音が聞こえてきた。しかも今度こそ少女の悲鳴がセットだ。驚いた紫は横たわる体に覆いかぶさり続ける痛みを忘れ、飛び起きるように海を見た。見れば、海の上には少女が1人。新手の化け物の姿が見えないことに驚いたばかりではない、たったの1人なのだ。
まさか今の攻撃で他全てを沈められてしまったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。たった1人で駆けつけてくれた少女が、それも小学校低学年のような小さな背丈で、二体のイ級を殺し、洋上の母艦を沈め、そしてどこからか不意打ちを受けた。見れば、今のでかなりの深傷を負ってしまったのだろう。肩を抑え、おぼつかない足は今にも膝をつかんばかりにフラフラとしている。
犯人を見つけようと蒼黒い水原を見渡すも、それらしき影はどこにも見当たらない。視界で捉えられないほどの長距離攻撃を仕掛けてきたのかとも思ったが、艦娘や深海棲艦の射程距離は精々4km程度が限界という話をどこかで聞いたのでそれは考えられないだろう。
そうこう考えているうちに、再び真っ白な柱が水面に立つ。思った通り、砲弾はどこからも飛んで来なかった。
「水面下からの攻撃……まさか潜水艦!」
見えざる新手に、艦娘の少女は慌てているようだ。手当たり次第に魚雷を発射したり、爆雷を投げている。当然の如く全て空振りし、パニックの度合いをさらに強めてしまっている。
(このままじゃ…)
負傷した彼女は、どうやら舵も損傷しているらしい。上手いこと走る事が出来ないため、さっきから動きがトロい。あのままでは撃沈されてしまうだろう。
「ねえ…」
【無理だ、もう活動限界来てんだろ。】
「嘘だね、なら何で僕の体はこんなに回復してる?」
裂けた手足は治りかけ、血涙が止まって乾いた血痕が肌に張り付いている。倦怠感に苛まれていた体幹が軽くなり、血を流し過ぎて思考を停止しようとしていた脳がまた再び回り始めた。死に損なった体がまたもや異常な速度で回復していくのを、紫は刀の影響だと解釈する。
【さっきの17分で、ほとんどすっからかんになっちまったんだよ。今は残ったなけなしの力で、まだ生きられそうなお前を逃がそうってんだ。】
「ふぅん、本当にもう無い?その力ってやつ。」
【言っておくがよ、これだってサービスなんだぜ?本当ならお前を見限ってもいいんだ。】
「さっき僕の刀になってくれるって言ったのに、君はそんなに簡単に主人の命令に逆らうんだ。」
そう言うと、頭の中の声は沈黙を選んだ。辛うじてぐうの音は出せたみたいだが、それでも痛い所を突けたらしい。
【べ、別にお前を主人にした覚えはねえよ。】
「でも刀になるってそういうことだよね、言うなれば僕の手足になるようなものだし。」
再び沈黙、今度は文字通りぐうの音すら出せなくなってしまったようだ。それを受けた紫は、もう観念したものだと勝手に解釈をつけて、これ見よがしに命令を下す。
「今ある限り全ての力を僕に寄越せよ、
【あん?なんだよそれ。】
「君の名前、僕の物だから『ゆかり』、性格悪そうだから『鬼』ってことで。『の』は語呂がいいから。」
【てめ、名前を付ければ俺が言うことを聞くと…】
「思ってるよ、君は名前を付けられて初めて持ち主に従うタイプなんだ。だから名前が無かった、違う?」
今度も沈黙、かと思えば盛大な舌打ちが脳内に響いた。またもや図星ということらしい、案外扱いやすいタイプだ。
【ああもう!好きにしやがれ!言っておくがな、さっきみたいに自由にやれると思うなよ!お前の体力が許す範囲でしかもう動けねえ、しかも終わったら俺の事がまた使えるようになるのは最低1週間後だって覚悟しとけよ!】
こんな状況だと言うのに、やたら人間くさい反応をする刀の声に、薄く笑いを浮かべてしまう。その笑いを、馬鹿にされたとでも思ったのか、刀は堪りかねたように怒鳴り散らして来た。その言葉に理解の意を返すと、鼻がふんっと鳴るのが聞こえる。大方、不貞腐れたのかもしれない。
再び刀を抜くと、胸の中に軽い液体の様な、それでいて実態は曖昧な、質量だけを脳に伝えて来る不可思議な感触が生まれた。これが、刀の言う『力』という物なのだろう、それが少しずつ時間の経過と共に目減りするのが、漠然とわかった。
紫は受け取った力を、早速脳内で簡単な指示を出すことによって、その管理と制御を始めた。
(まずは修復、肺と筋組織、脳を重点的に…視覚補強、聴覚も少し欲しいかな……)
願った通りに体の中身が変化していく未知の感覚に、けれどもそれに臆することなく紫は柔軟に対応した。力の減少が加速を始めれば、回復し始めた自分の体力までも強引に駆り出す。それでも追いつかないのであれば修繕させる臓器をごく一部に限定したりと『力』の最適化にまで着手した。この異様なまでに高い適応能力には、刀改め『ゆかりの鬼』の声も驚きを隠せないようだ。呼吸など必要無いだろうに、はっと息を吸う音が脳内で反響し、動揺を隠せない呟きが聞こえてくる。
超自然的存在にさえ驚愕の念を抱かせながら、紫は洋上で孤立する少女の元へ向かって駆ける。この時、彼の頭の中にはどうやって陸から手の届かない少女の元に行くか、その手段は検討されていなかった。ただひた走るのみが答えであった。どこから湧いて出てきたかは理解できない。だが、彼には自分のこの両足が海を駆けることができるという確信があった。
実に荒唐無稽な話である。普段の彼であればその確信に懐疑するのが正しい。勿論、普通の人間であればおおよそ意識の支配下に置かれていない体の内部構造を、無理矢理に『力』を媒介にして操作していることも思考力に何ら影響を与えていないはずが無いし、そもそも超自然的存在に超自然的力で新たな肉体を授かり、超自然的な怪物と戦闘を繰り広げている時点でそれを問い詰めることすら馬鹿げているというのもある。だがそれでも、紫が感じた確信はあまりに体に馴染みすぎた。もしかするならば、それは本能と呼ばれる次元にある確信なのかもしれない。目を閉じて意識を闇に預けられるのは、再び目覚めるからだと知っているように。そんな当たり前のレベルでの理解が、いつの間にか為されていた。
それ故に、紫は海へ躍り出る。いつもであれば突き抜けて飛沫を散らす海水が、彼の体を拒むかのように円状の足場を形成する。直径1.5mほどのそれは、ガラスのようでいて表面に光沢があまり無く、海の中が潜水艇の窓ガラスの如く覗き込めた。そして、一歩足を踏み出すごとに彼の体に追従して追いかけて来る、さながら影が幾何学的図形の実体を持ったかのような感覚だ。
(あと50m…それまで耐えてくれれば)
しかし不運なことに、海の上を走ってやってくる紫に気づいてしまった少女は、その顔に驚嘆を浮かべると、先ほどよりも更に慌てふためいてしまった。手にしていた砲を取り落としそうになり、それを捕まえんと追いかけた腕は、そのまま宙を掴んで顔から水面に突っ込んでしまった。間の悪いことに、『力』で感覚を鋭くした耳は海中を駆けるモーター音を捉えており、それが彼女を狙ったものであることもすぐにわかった。重鈍そうな装備を付けた少女はもはや水面に顔を出すのが精一杯な有様、間に合わなければ海の藻屑とされてしまう。
「そんなこと…させるかああ!!」
『力』を使い切る勢いで一気に速度を上げる。胸に
あと20m…
10m
5m
1m
「捕まって!!」
「……っ!」
モーターの唸る音が間近に迫る中、怯える少女に向かって手を差し伸ばす。そのまま彼女を引き上げようとした瞬間…
巨大な雪崩のように白い水飛沫が、二人の視界を覆った。
腕に少女を抱きかかえたまま研磨され尽くされた氷上のような海を、鉄塊がガシャガシャと鳴りながら転がされる。上下左右の感覚が一瞬にして消し飛び、脳があらゆるベクトルにシェイクされた。止まろうと刀を突き立てるも、まさしく糠に釘を刺すような手応えでそれを水の床は突き通してしまう。二人はそのまま勢いが殺されるまで転がり続け、三半規管が悲鳴をあげようとした頃にやっと回転が止まった。
「はぁ…うえぇ、気持ち悪……大丈夫、怪我ない?」
「は、はい…おかげで、助かったので……ひっ!?」
頭をぐらんぐらん揺らしながら礼を言う少女は、紫の顔を見た途端急に引きつった悲鳴をあげた。それもそのはず、先ほど全身から血を垂れ流した紫の顔には生乾きの血涙の跡がくっきりと残されており、凄まじい形相を彩っていたのだ。
想像してみて欲しい、血にまみれた凶相をした男が海の上を全力で此方に向かって駆けてくる様子を。先の少女が見せたのは驚嘆などではなく、突如として新たに現れた異種の恐怖に迫られる戦慄に違いない。
磨かれた水面を見て初めてそれに気付いた紫は、まず始めに地に穴が開くほど頭を下げて謝罪したい思いに駆られ、それよりも先にやる事があるだろうと、その血を拭おうとしたが、同時にそれが不可であることを知った。手は腕から滴り落ちた血で染まり、洗おうにも見えない壁が指先一寸たりとも海水に浸かることを許さない。オマケに服は重油に浸され真っ黒だ。どうしたものかと焦る彼を哀れに思ったのだろうか、少女が海水に濡れた袖をおずおずと手で握って差し出し、そしておっかなびっくり頰を拭ってくれた。
「ありがとう、それと驚かせてごめんね。」
「い、いえ…危ない所を助けていただいたのですから、このくらいは……怖かったのですけど、本当に怖かったのですけど…」
物凄い勢いで涙目になる彼女に必死になって謝る、後者のことに関して全然許す気がなさそうなのがヒシヒシと伝わってくるのがとても居た堪れない。
だが、そんなことをしている余裕はない。再びモーター音が聞こえ、悪意に満ちた弾頭が迫り来る警鐘が頭の中で鳴った。
涙を拭う彼女を無理やり立たせてすぐにその場を離れる。再び間一髪、ついさっきまで二人がいた場所にスーッと泡のラインが引かれた。
「傷心の所悪いっていうか僕の所為でしかないんだけど…対潜装備は?」
「潜水艦との戦いを考えてなかったので、爆雷をほんのちょっとしか……」
「となるとソナー無しか、厳しいな…」
潜水艦は限られた兵装と、お世事にも堅いとまでは言えない装甲、そして無音航行のために機動性を犠牲にする代わりに、非常に高い隠密性と魚雷による瞬間的な、駆逐艦ぐらいの小さな艦艇には一撃必殺にもなり得る高火力を持つかなり厄介な敵だ。
先述の通り攻めに特化し過ぎてる影響で、こちらが発見できれば容易く打ち破ることができるが、肉眼での視認は海上からであればまず不可能であるため、ソナーによる海中探査が必要不可欠だ。しかし、今はそれが無い。水中の魚雷接近音を察知できる今の紫の聴力でも、聴けて精々深度2m。それ以上潜られては、魚雷の角度から漠然と居場所を割り出すことくらいしかできない。
(海に潜れれば、人力ソナーできるけど…)
とは言え、刀の呪いなのか良くも悪くも体が海に沈まない体では潜ることはできない。たとえ潜れても、機械に比べれば精度も劣る上に水中では魚雷の良い的でしかない。イ級の体当たりでさえまともに受けれないのだから、潜水艦の魚雷など喰らってしまえば即刻ミンチだ。
そうこうしている間にも、次々と害意を鮨詰めにした弾頭は紫達の元へ飛んでくる。射出間隔からして三隻だろう、引っ切り無しとはこの事だ。少女を抱きかかえたまま休む事なく駆け回る。
「一か八か…爆雷と魚雷の残りは?」
「魚雷はあと2本、爆雷は4つしかないのです。」
足りない、直感的にそう思えた。本来ならば回避されてしまう前提で複数同時に発射し、その命中精度の悪さをカバーする魚雷を、しかも三次元で考えなくてはならない海中の敵に一本一本確実に当てるのは至難の技だ。その上、敵の居場所を正確に突き止めて、爆破するタイミングを見計らわなくてはならない爆雷も、一つ間違えれば全て無駄にしてしまう。
「そうだ、この辺に機雷が敷設されてる区域はない?そこに誘い込めれば撃退できる。」
「確か南東の方角に、潜水艦除けで設置されていた場所があったはずなのです。」
彼女に指差してもらい、粗方の場所を教えてもらう。しかし目算1kmはありそうなので断念した。流石に小学校高学年くらいの少女を抱いてあそこまで走れない。
仕方なく、限られた兵装を1隻ずつ正確にぶち当てる作戦を決行する。それで残り一隻となれば、こちらを脅威であると見なして退散する可能性がある。(だが、これはあくまで深海棲艦を生物として、かつ生物特有の生存本能がある場合に限られるので可能性の域を出ない)
(雷速50ノット、航行速度は5〜8ノット、深度はわからないか…)
「酸素魚雷の雷速は!」
「大体50ノットくらいなのです。」
「ほぼ一緒…立てる?」
「はい、何とか…」
電を傍らに立たせて立ち止まり、魚雷の発射角と速度を正確に把握しながら、海中の潜水艦の航跡をイメージして居場所の特定に全力を注ぐ。
「少しだけ時間が欲しい。合図を出すまで一緒に踊ってもらうよ。」
戸惑う彼女の手を引いて、軽快なステップを踏み、次々襲いくる魚雷を回避する。負傷した少女を庇いながらの舞は決して美しさも、荘厳さも、雅にも欠ける酷い出来であったが、それでも確実に破砕の弾頭を躱す。
回避行動を最小限にすることで、真正面、または真後ろからしか魚雷を発射できない潜水艦(深海棲艦にその常識が通用するかは別として)の動きをシンプルかつワンパターンに制限する作戦だ。そうすることで、より航跡の演算が楽にかつ正確になる。だがその分相手の命中精度は格段に跳ね上がるため、途切れぬ集中力を持って臨まなくては一寸先に待つのは死である。掴んだ少女の手が汗ばむのがわかった。
「……二時の方向68.3°、俯角55.2°、装填が終了し次第放て!」
「はわわ、魚雷装填です!」
導き出した未来予測を元に、回避の合間を縫って雷撃の指示を下す。慣れない細かな角度調整、また水面に沿ってではなく海中へ潜らせるといった無茶な注文に、戸惑いながらもそれになんとか応えた電。彼女の努力と紫の完全に的を得た予測によって、暗い海の中で静かに花咲いた火輪が煌めくと、一筋の水柱が打ち上がった。
「続いて爆雷!合図と共に全て落とせ!」
僅かに残った最後の力を使い、少女を抱えて人離れした速さで疾駆する。先程修復しなかった五臓が悲鳴をあげ、蹲りたくなる激情に耐え苦悶の表情を浮かべるも、少女を手放すことだけは決してせず目標の場所に我武者羅に向かう。ここで成功させなくては全てが水泡に帰す。泣き言や弱音は全て終わってからだ。
「今だ!落とせ!」
振り絞ったその一言に応じて缶詰大の爆雷が落とされる。計四つ、それぞれが連鎖して誘爆を起こし、先のよりも一際大きな水柱が立って飛沫を雨霰の如く撒き散らした。
「はぁ…はぁ……やったか?」
堅くつるりとした不可視の床に身を投げ出して、周囲の様子を伺う。安心するのはまだ早いと知っているが、無茶に無茶を、限界に限界を重ねた代償が全身にやってきてしまった。座ってるだけでも頭頂部から爪先まで、五臓六腑に筋組織までズキズキと痛む。
「はぁ…早く、ここから逃げた方がいい…」
「だ、大丈夫なのです?すごく辛そう…」
「僕のことはいい…でないと…」
頭の支配下から逃れた体では格好の的だ。だがそれでも動くことができない今、少女だけでも逃さなくてはならない。しかし、言葉の続きを紡ぐ前に、悪意が二つ、二人のすぐ近くに迫っていた。
激しい暴圧と、内部に圧縮された膨大な熱量が、音速を超えて瞬発的に肥大化して襲い掛かり、周囲の水面ごと二人の体を吹き飛ばす。
宙に水飛沫と共に枯葉の如く投げ出され、鉱石の如く硬化した水面に叩き落される。血の混じった空気が肺から押し出され、同時に足に燃えるような激痛を感じて絶叫した。見れば左の膝があり得ない方向へ曲がっている。右も膝から下が灼け爛れ、下半身には金属片による切り傷が多く残されている。
爆雷は、効いていなかったのだ。一瞬見えた魚雷のうち一本は、角度からして間違いなく二回目に狙った潜水艦から放たれた物だった。起爆タイミングが早過ぎたらしい。
喉を壊さんばかりに叫びたい衝動に駆られる頭の片隅で、辛うじて冷静さを取り戻した一部が、傍らにいた少女の存在を探す。
果たして見つけた少女は、紫とは逆の方向へ飛ばされて、意識を失っていた。危険が迫っている状況で無防備にその身を海面に浮かべ、ただ波に揉まれていた。
「待、って、たすけ…る、から……ぐぅ、あぁ!!」
痛む足の感覚を無理やり意識から外し、這って彼女の元へ向かう。腕が体を1cmずらす度に、四方八方から足に釘を打ち付けられるような痛みに苛まれるが、それを咬みちぎらんばかりに口内を噛む事で紛らわす。口の中が血の味で満たされ、激痛に進むことを放棄したくなるが、それでも芋虫のように意地汚く進んだ。
人からは畏怖の念を抱かれる頭脳は、先程から何度演算しても無駄足だという結論を変えようとはしない。だがそれでも、進むのを止めたりはしなかった。思えば、自分の不必要に肥えた頭脳でしても、何もすることが出来なかったという事実に、自尊心が傷つけられるのを恐れていたのだろう。諦めてしまうのが、一番恐ろしかった。
しかしそれでも、頭の予知した通り視線の先で海に横たえられた少女には、刻一刻と死神の鎌が振り下ろされようとしている。
無能なこの身は、無意味に叫びを上げることしか出来ない、もう何にも縋ることができない。
ただ、少女が四散するのを呆然と眺めているしかない。
そう思った時、紫の心にはドス暗い暗幕が覆いかぶさり、あろうはずがなかった物が頭の奥底で目を覚ました。そのショックから混沌に溺れる思考が、見えている現実さえも有耶無耶にしていく。
「や、やめ……やめてくれ……」
脳の回路がどんどん崩れていく。培われてきた語彙も投げ出して、トラウマに遭遇した子供のように少女の死に対する拒絶の言葉を繰り返す。
【……なあ紫、ちょっとだけお前の体俺に寄越せよ。】
揺れる思考が、その僅か残った正気をつらまえて話しかける声を捉える。それと同時に、胸を何かが通り抜けたような錯覚に襲われた。呆気にとられて呆然とした顔をしながらも、鳩尾の辺りを見やる。
(あれ、なんで柄が生えて…)
いつの間にか、刀の刃だけ失った物が心臓の辺りから生えていた。何故そこにあるのか、いつの間に鞘から抜け出したのか……
わけがわからない。
しかしそれを確認した直後に、今度は意識が故意に消された電灯の明かりのように掻き消えた。
いやぁ、ようやくの登場ですよ。大変お待たせしました、自分でも驚きの遅さです。ただ、タイトル回収もこれまた随分先の話になると言う(どれだけ待たせるんだ)
戦闘シーン、正直自分でも納得のいかない物になってしまいました。これでもある程度は頑張って直したのですが、それでも酷い……もっと、精進せにゃ
個人的な話ですが、電ちゃん大好きです。その愛は度を越して、私的駆逐艦娘お気に入りランキングに殿堂入りを果たしてしまった程であります。
一位が気になりますか?まあそれはそのうちお話しましょう、ではまた次回