人類を救うのは俺ではないような気がする/Apocrypha 作:甘味処アリス
「……マスター、予定変更だ。1週間かけてゆっくりと攻略するつもりだったが、そうも言ってられんようだ」
アヴェンジャーはそう言うと、マントを翻した。いきなりどうしたというんだろうか。昨日の戦いは、一昨日同様にそこまで大変なモノではなかった。──まあ、あの英霊には近寄りたくないけど。ぐだ吉の気持ちがよく分かった。
ファントムの次は勇壮な戦士──フェルグス・マック・ロイを攻略した。絶倫、勇壮、まさにケルトの戦士であることを謳われる戦士。アヴェンジャーによれば、俺もよく知るクー・フーリンの育て親だとか。
しかし、1日に一つの試練を攻略するのかと思いきや、いきなり脱出とは如何なものか。
とはいえ、置いていかれてもどうしようもないのでアヴェンジャーに追いつく。最近分かってきたが、アヴェンジャーはなんだかんだ言って親切だ。
昨日なんて「我がマスターは自己主張が薄い。自身の思うことはしっかりと言え」なんて言われたし。
──
試練の間の扉。その前で、アヴェンジャーはその怒りを煮え滾らせていた。もっとも、アヴェンジャーたる彼は常に怒っているのだけど。そう意味では同じアヴェンジャーである副隊長のジャンヌも同じだろう。性格は全然違うけど。
試練の扉の間を開けると、見慣れた聖女──否、見慣れた聖女のオリジナルがそこにはいた。
フランスで俺たちを助けてくれたサーヴァント……つまりは救国の聖女、ジャンヌダルクだ。
「何をしに来た、裁定者!」
「決まっているでしょう。貴方
貴方達……つまりは、俺とアヴェンジャーの2人ともってことか。
俺はともかく、アヴェンジャーも……?
「復讐の憎悪。そんなものは掃き捨てるのです、アヴェンジャー」
「煩いぞ、そんなことは聞いていない! なぜ、どうやってこの場所に来た!」
「ふむ……今は貴方はいいでしょう。それにしても……お久しぶりですね、ぐだ男」
そう言って、ジャンヌは視線をアヴェンジャーから俺に変えた。
「──あぁ、久しぶりだね」
「フランスの件ではお世話になりました。──さて。先ほども言ったとおり、貴方達を救いに来ました」
──待て。救いに来た? つまり、彼女は「俺の夢の中」に入り込んできたということか?
「ええ。英霊化した副隊長と花園の魔術師によって、連れてきていただきました。外と通信を取れば、出してもらえます」
「──無理だ」
ジャンヌの言葉に対して、アヴェンジャーは否定する。
「──貴様。いつの間に夢見る乙女になった? オレの知るお前は幻想の救いを謳いながら現実を見ていたぞ?」
アヴェンジャーはそう言って、その両手に閃光を伴わせる。
「──仮初めのマスターよ。貴様の見ているこれは全て『悪夢』だ。故に……これ以上は言わずとも分かるだろう。それともう一つ言っておく」
そう言って、アヴェンジャーは一度息を吸い込み、吸った息をを出し切るように笑いながら叫ぶ。
「魔術王め、オレなんぞを選んだのが失敗だったな! いつまでも貴様の手のひらで転がされていると思うなよ!」
「さて、仮初めのマスターよ──待て、しかして希望せよ。オレの名は巌窟王エドモン・ダンテス! クラスはアヴェンジャー。お前を導き、そこな偽物の聖女とは違い真なる救いを与える者──この物語におけるファリア神父だ。貴様との3日間は、楽しかったぞ!」
そう言うと、アヴェンジャーはジャンヌに向かっていく。
ジャンヌは旗を使って対抗しようとしているが──その戦力差は歴然だった。
アヴェンジャーが潰したジャンヌの体の一部が泥のように溶ける。それはどこかで見たことのあるような、穢れそのものだった。
「世界の救恤を願う強欲! 絶望の果てに全てを投げ出す怠惰! 月の女神の寵愛を喰い散らかす暴食! 本来は抱かぬ竜の魔女が如き憤怒! そしてこの
アヴェンジャーが叫びながら破壊し尽くした偽ジャンヌの残骸を燃やしながら叫ぶ。
「ファリア神父として、貴様を導こう! オレの死によって! 7つ目の試練の突破によって道は開かれる!」
アヴェンジャーはそう叫ぶと、ジャンヌの残骸の側に転がるジャンヌの剣を握りしめる。
「本来他人の宝具など使えんが──宝具ですらない紛い物ならば別だろうさ。俺自身をこの監獄塔ごと焼き払ってくれる! さあ、マスターよ、走れ! 決して崩落には巻き込まれるなよ!」
アヴェンジャーはそう言うと、ジャンヌの剣を天に掲げてその剣の真名解放をした。
「アヴェンジャー!」
「立ち止まっている暇などないぞ! 我がマスターよ!」
俺はアヴェンジャーに背中を押され、アヴェンジャーに指した方向へと走っていく。
崩落から逃げるように走り『外への扉』についた頃にはアヴェンジャーの見る影もなく、炎が燃え盛っていた。これが副隊長が前に言っていた、ジャンヌの自滅宝具なのだろう。
「──行くぞ」
俺は覚悟を決めて、扉を大きく開けた。その瞬間、景色は歪んで──。
気づけば、俺はカルデアのベッドの上に横たわっていた。
さっきまでのあれは確かに夢だったのかもしれない──けど。俺は、その夢を決して忘れることはないだろう。