真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十七章 青州解放戦・中編・6

 道幅が大きくないので大軍が展開出来ず、どうしても隊列は細く長く伸びきってしまう。約十万もの大軍ともなれば、その姿は長蛇という字の如く長い蛇の様である。

 

「さて、この大蛇を今から仕留める訳だけど。」

 

 眼下の袁紹軍を見下ろしながらそう言ったのは、曹操こと華琳。彼女は今、袁紹軍が進む山道の脇の崖、その遥か上に居る。もちろん、大軍を率いて。

 華琳は隣に(はべ)る従姉妹で部下に視線を送り、どうするか訊ねた。

 その従姉妹で部下の一人、夏侯淵こと秋蘭が一歩前に出て、恭しく意見を述べる。

 

「この地の利を生かす以上、他には特に策は必要ないかと思います。」

「そうね。それに仕留めると言っても、それは“私達の仕事じゃない”しね。」

 

 華琳はそう言うと、年齢の割に幼いその外見からは似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべる。

 華琳たちの役目は、あくまで“兗州に不法侵入してきた袁紹軍を追い出す”事であり、袁紹軍を倒す事ではない。そもそも、今の曹操軍では将兵の質が違うので勝てなくは無いが、それは多大な損害の上での勝利になってしまうので、積極的に戦うつもりはないのである。

 それでも、“予定通り”に部隊を動かし、先回りしてこの場所に布陣するなど、しっかりと仕事はしている辺り、華琳の性格がよく分かる。

 華琳は袁紹軍を見下ろしながら暫し考え、それから静かに左手を挙げた。

 同時に、弓矢を持った部隊が崖の前方に陣取り、構える。あとは放つだけである。

 この時、袁紹軍の一般兵の一人が何気なく空を見上げた。本当に何の意図もなく、ただぶらりと首をあげたのである。

 必然的に、その視界には崖の上に布陣している曹操軍の姿が映り、それが何なのか認識した時には表情が一変し、体温が下がり、あとは大声を上げるだけだった。

 だが、その兵士が声を上げる事は無かった。

 一斉に放たれた矢が、その兵士はもちろん、袁紹軍の将兵の命を次々に奪っていったからである。

 突然の事に、袁紹軍の誰もが対応出来ないでいる。

 先頭の部隊を任されていた張郃は降ってくる矢を自身の得物で打ち落とし、防ぎながら兵士達を落ち着かせようとしたが、徒労に終わった。

 他の部隊を任されていた武官、文官も同じだった。中には兵達と運命を共にした者も居た。袁紹軍の損害は、既に四桁を超えている。

 後方に居た袁紹に曹操軍奇襲の報せが届いたのは、そんな中だった。

 

「な…………っ!?」

 

 流石の袁紹も、今回ばかりは絶句していた。

 今までの様な寡兵による伏兵ではなく、恐らく全軍での待ち伏せ、奇襲。そしてそれによる自軍の大損害。夢であるならば覚めてほしいと思わずにはいられない現状なのだから。

 

「麗羽、すぐに後退を! このままでは全滅してしまうわ!」

 

 異変を察知し、後方から一人やってきた明亜こと許攸が進言する。これには袁紹も二つ返事で了承するしかなかった。

 ただ一人、郭図だけはこのまま全力で前進して徐州に向かうべきと主張したが、自軍の兵士の死体で埋まっている山道を全速力で進める筈がない事、もたもたしている内に全滅する危険性が高い事などから、却下されている。

 とはいえ、狭い山道を約十万の将兵が進んでいたのである。そこを急に方向転換など出来る筈もなく、袁紹軍は大混乱に陥った。ここで追撃されれば、被害は更に大きくなるだろう。

 だが、袁紹軍が必要以上の追撃を受ける事はなかった。

 それは、既に触れた様に曹操軍の目的が袁紹軍を倒すのではなく追い出す事、という理由があるが、それともう一つ、仮に今の華琳が袁紹軍を倒そうとしても、絶対に無理だという状況にある。

 矢が圧倒的に不足しているのである。

 先日より続けてきた伏兵による誘導でも多くの矢を消費し、今回は崖の上からの一方的な攻撃という事もあって、矢の消費が激しかった。

 崖の上という地の利を生かしつつ約十万の袁紹軍を倒すとすれば、どうしても十万以上の矢が無いと難しいのである。

 岩を落とすなどの方法もあるにはあるが、前述の曹操軍の理由と、華琳自身が昔のよしみでそこまでする必要はないと判断しているのもあって、これ以上の攻撃はしなかった。

 

「華琳様、袁紹軍が退却を始めました。」

「そう。では、袁紹軍が南下しない様に気を付けつつ、范まで誘導する様に、春蘭と凪たちに伝えて。」

 

 はっ! と応える秋蘭は一礼してから部隊を率い、姉達が居る場所へと向かう。

 それを確認してから、華琳は傍に居る小さな武官、文官達に声を掛ける。

 

「それじゃあ、私達も行くわよ。皆が待ってるわ。」

「「「はっ‼」」」

 

 三つの声が同じ答えを発し、華琳と共に崖の上の陣を後にした。

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