場所と時間は戻って、再び兗州。曹操、孫策、清宮の連合軍は、侵入者である袁紹を追い出す為に戦端を開き、主導権を奪っていた。
だがそれも仕方がない事であった。何せ、戦端を開いた時の将は張飛、夏侯惇、甘寧と、それぞれの部隊の猛将・勇将だったのだから。数ばかりでまともな将が少ない袁紹軍では、太刀打ちできないのも当然であろう。
その、数少ないまともな将である張郃や審配などは、混乱する部隊をまとめて応戦、撤退を繰り返していた。緒戦で劣勢に立たされた事を悟った袁紹軍諸将は、袁紹を守りつつ事態の好転に務めていた。
だが、兵数がほぼ同じ両軍が激突した場合、あとは将と兵法の質が結果に繋がる。袁紹軍のまともな諸将はそれを程なく理解し、早々と「敗戦」を覚悟した。
覚悟しつつも、主である袁紹を守る為に逃げないのは立派な姿勢であろう。が、勿論全ての兵がそうであったのではなく、ただの兵士達の多くは逃げ出し始めていた。誰だって命は惜しい。客観的に見れば、彼等の行動を非難する事は出来ないだろう。
何せ、鈴々が蛇矛を一振りするだけで人が紙の様に吹き飛び、次いで動かなくなっていった。春蘭がその大剣を振るう度に、兵の体は真っ二つになる。思春が曲刀を振れば、前者二人より派手さは無いものの、確実にその息の根を止めていくのである。その光景は、袁紹軍からすれば恐怖以外の何物でもない。
しかも、開戦前に袁紹軍に更なる凶報が伝わっていたのだから、混乱に拍車がかかったのは仕方が無かった。
「南皮までも白蓮さんに攻撃されたなんて……一体どうなってますの!?」
一応、後方で指揮を執る形の袁紹が、苦々しい表情をしながら声を荒げる。
間もなく開戦という時に袁紹の許に届いた報せは、「南皮襲撃。被害甚大」という内容だった。
南皮は、鄴から見て遥か北東に在り、青州に近い。……ここから青州に移動して黄巾党を討ちつつ徐州に攻め込んだ方が良かったのではなかろうか。
その南皮は、袁紹が治める地域では鄴に次いで大きな街である。大きい街という事は人が多く、物が多く、豊かであるという事に繋がる。そんな南皮が攻められたとしたら、当然袁紹軍にとって大きな痛手となる。
だが、冷静に考えれば南皮が攻められたという話は嘘だと分かる筈である。
何故なら、南皮を攻めたという白蓮、つまり公孫賛は、それ以前に鄴を攻めている。これは鄴から来た袁紹軍兵士によって伝えられたので、事実である。
繰り返すが、ここは現代ではない。三国志演義を元にした様な、移動に関しては徒歩か馬を使うくらいしか方法がない世界である。
そんな世界でこの短期間に鄴と南皮を移動し、かつ甚大な被害を与える事など不可能に近い。順序が逆であったら多少は可能性があったかも知れないが、そうなると今度は鄴を攻める事が難しくなる。よって、南皮襲撃は嘘と分かる。
許攸たちはその事に気付いたが、大軍が現れて混乱していた袁紹軍が、この偽報によって更に混乱したのである。その上、その機を見逃さなかった華琳達が攻撃を開始したので、更に混乱に拍車がかかった。こうなっては、いくら許攸たちでもどうしようもなかった。
そうこうしている内に袁紹軍の前線は崩れ、曹操軍を先頭とした連合軍がその傷口を広げていった。大量の出血を強いられた袁紹軍は支離滅裂となり、バラバラになった部隊は各個撃破され、袁紹は顔良と文醜に引きずられる様にして後退していく事となる。
更に連合軍は追撃を開始。その追撃は凄まじく、落伍する者、逃亡する者が多く出た。結局、追撃は袁紹軍全軍が兗州を出るまで休みなく続いた。
勿論、連合軍にも被害は出たが、袁紹軍のそれとは比べ物にならないくらいに少なかった。激戦を覚悟していた涼は余りにも呆気なく決着した事に驚いていたが、将兵を余り損じずに済んだ事を内心喜んでいた。
だが、雪蓮と冥琳はこの戦で将兵を鍛えるという目的を持っていたので、一方的になったこの戦に関して微妙な感情を抱いていた。
「冥琳、ちょーっと予想外の展開になっちゃったわね。」
「ああ。これでは兵達を余り鍛えられん。」
「とは言え、元々の目的は達せられそうだから、文句は言えないわよね。」
「そうだな。まあ、今回は若い将兵に経験を積ませる事が出来たとして、納得するしかないな。」
「冥琳、何だか年寄りくさいわよ。」
うるさい、と苦笑する冥琳たちを遠目に見ていた涼は、これを一体どう捉えたのか。
また、雪里も冥琳と同じ様に思っていたのだが、安堵する涼を見て、また、周りに居る雪蓮たちを警戒して、本心を言う事は無かった。
一方、命からがら鄴へと帰還した袁紹は、残存兵数が五万をきっていたと知ると、落胆した後に激怒し、華琳達への怒りを露わにした。
「華琳さん、孫策、そして清宮! 覚えていなさい! いずれこの屈辱を万倍にして返してみせますわ‼」
この怒りが、後に涼たちを翻弄する事になるが、それは別の話である。
袁紹は軍の再編を命じた。袁紹が動かせる兵はまだ数十万もあったので、ここで再び出陣する事も、一応可能ではあった。
だが、惨敗による士気の低下や、大義名分の無さなどを許攸たちに説かれ、出陣は取り止めた。
また、許攸たちは同時に、今回の敗戦の戦犯だと主張した郭図の処分や、投獄されていた田豊、陳琳たちの助命嘆願を願い出た。結果、田豊と陳琳の助命嘆願は成ったが、郭図の処分は成らなかった。
これには諸将から不平不満が出たが、「勝敗は兵家の常ですわ」という袁紹の言に反論は出来なかった。実は、郭図が事前に袁紹に「自分を処罰しては、命じた袁紹様の格が落ちてしまいます」と言い含めていた事が原因なのだが、それを許攸たちが知るのは青州の動乱が終わった後であった。
さて、大勝した連合軍は、袁紹軍の完全撤退を確認した後に
陳留に着いた連合軍は戦勝の宴を開き、将兵を労った。主催者である華琳のセンスの良さもあり、出された食べ物はどれも旨く、戦でお腹を空かせた将兵の腹を大いに満たした。尤も、鈴々の食べる量には流石の華琳も呆気にとられ、更に許緒が鈴々に食べ比べを仕掛けた事もあり、一時的に曹操軍の食糧事情が危なくなったのは言うまでもない。
涼と雪蓮は宴の翌日、徐州へと戻る事にした。この時点では青州の結果が分かっておらず、不測の事態に備える必要があったからである。
徐州へ戻る際、見送りに来た華琳が妖艶な笑みを浮かべながら涼に言った。
「私も徐州に行こうかしら?」
「ありがとう、華琳。けど、気持ちだけ受け取っておくよ。しばらくは袁紹の動向を監視しないといけないだろう?」
涼がそう応えると、華琳は大いに、だが上品に笑った。
勿論、華琳も本気で言ってはいないだろう。だが、ここでそう言ったという事実が彼女には必要なのである。現在はまだ勢力が大きくない曹操軍を維持し、発展させる為には「天の御使い」のネームバリューが必要なのだから。
そうして兗州から徐州へ戻った涼たちは、将兵の疲れをとりつつ、揚州軍との友好を深め、青州に動きがあればすぐに動ける様に準備をしていった。
こうして、兗州方面の戦いは終わったのである。
「青州解放戦・中編」、いかがでしたでしょうか?
本当はこの回で青州編を終える予定だったのですが、文字数が増えてきたので三部作になってしまいました。多分、次はちゃんと終わるでしょう。
今回は、桃香達が青州で戦っている時に余所で何があったのか、という話にしました。話の展開上、麗羽が割を喰ってしまいましたが、これで次の話に繋げられるんじゃないかと思います。あと、麗羽は嫌いじゃないので、後々活躍させる事が出来ると思います。
いつになるか分かりませんが←
さて、次の後編は「青州編」を書く際にどうしても書きたかった展開になります。
これを書きたいが為に青州編という、恋姫小説でもSSでも余り見ない、青州を舞台にした話を書いてきた訳です。
後編を書き終えるまで何日掛かるか分かりませんが、可能な限り更新していくので、これからもよろしくお願いします。
2016年4月21日更新
誤字脱字の修正と文章の追加をしました。
2017年7月7日掲載(ハーメルン)