真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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黄巾党の最後の足掻きが続く。

桃香たち徐州軍は、全軍をもってそれに立ち向かう。
風は、どちらに向いているのか。


2016年4月21日更新開始
2016年6月21日最終更新


2017年7月8日掲載(ハーメルン)


第十八章 青州解放戦・後編・1

 時間と場所は戻り、というか進み、青州(せいしゅう)臨淄(りんし)

 臨淄に立てこもる黄巾党(こうきんとう)を討ち滅ぼすべく、劉備(りゅうび)こと桃香(とうか)諸葛亮(しょかつ・りょう)こと朱里(しゅり)関羽(かんう)こと愛紗(あいしゃ)と共に臨淄の街を邁進していた。

 障害となる筈の黄巾党の抵抗は(ほとん)ど無く、無人の荒野を行くかの如く、徐州(じょしゅう)軍は進んでいった。

 だが、この展開に、朱里は戸惑いつつ思案に耽っていた。

 

(おかしい……いくら何でも、敵の抵抗が無さ過ぎます。私達の勢いに呑まれて、逃げている……!? ううん、そんな楽観的な考えはダメ。だとしたら、これは一体……?)

 

 朱里は冷静に分析していった。水鏡(すいきょう)こと司馬徽(しば・き)の門下生の中で最も優秀な人物とされ、同級生を中心に“臥龍(がりゅう)”と呼ばれてきた朱里は、ありとあらゆる書物に目を通し、軍略や政治だけでなく天文にも通じている。そんな彼女だからこそ、違和感には敏感であり、些細な事も策に転じる必要がある軍師という役職は天職であると言える。

 彼女は周囲を見渡した。

 敵兵が隠れていそうな建物はいくつも在るが、どれも古く、また壁や屋根に穴が空いてるので、隠れているかどうかは直ぐに分かる。

 敵兵の本陣と思われる場所まではまだ比較的距離があり、そこから敵兵が来たとしても充分に対応できるし、矢が飛んできても盾で防げるだろう。むしろ、騎馬の勢いや弓兵で返り討ちに出来ると判断した。

 一見、見落としは無い。だが、朱里には何か胸騒ぎの様な違和感が、その胸中にずっと去来している。

 と、その時、風向きが変わった。

 それまで徐州軍を押し出すように後ろから吹いていた風が、突然、向かい風に変わったのである。

 だが、それが朱里にとっては幸いした。

 

「……っ! これは……! 全軍、止まってください‼」

 

 朱里の急な命令に、桃香を始めとした徐州軍諸将は戸惑うが、何とか急停止に成功する。(もっと)も、何人かは止まれずにぶつかったりしていたが、幸いにも戦闘行動に支障は無かった。

 

「ど、どうしたの、朱里ちゃん!?」

「桃香様、急いで後退を!」

「だ、だからどうして!?」

「前方から油の匂いがします! これは恐らく、周囲の建物などに染み込ませているものかと。つまりは火計の罠があるという事です! ですから急いでください!!」

 

 朱里の必死な表情と声が、緊急を表していると桃香は察した。桃香には朱里の様な戦術眼は無い。だが、状況判断能力はその可愛らしい、のんびりとした外見とは違って意外と高い。それは、朱里が司馬徽の(もと)で学んだ様に、桃香も盧植(ろしょく)の許で学んできたからだろう。

 桃香は直ぐに後退を命じた。だが、ここは街の中であり、それだけに一部隊とはいえその数は大軍と言えた。よって後退は容易ではなく、命令が最後尾に伝わって後退を始めるまでの時間は数刻もの長さに感じられた。

 そして、それを見逃す黄巾党ではなかった。

 異変に気付いた朱里が声を上げる。

 

「桃香様、火矢が飛んできます‼」

「えっ!?」

 

 慌てて見上げた前方の空から、無数の火矢が徐州軍の周囲に向かって飛んでくるのが見えた。徐州軍そのものに向けても損害を与える事は出来ただろうが、それよりも大きな損害を与える事が出来ると踏んだのだろう。

 それはつまり、朱里の懸念が当たってしまったという事で。

 火矢が前方の建物などに落ちた瞬間、その懸念が現実のものとなったのである。

 桃香たちの前方で瞬時に燃え盛る建物。その炎は周囲の建物へと延焼していき、瞬く間に桃香たちの周りは炎に包まれた。

 

「きゃあっ‼」

「桃香様! 皆さん、急いで後退を! このままでは……‼」

 

 朱里はそこで言葉を飲んだ。

 手遅れかも知れないが、これ以上部隊を不安にさせる言葉を出してはいけないと、瞬時に思ったからだ。この部隊は桃香直属の、義勇軍時代からのメンバーを中心に構成された歴戦の勇士達ではあるが、火計の前ではただの人間でしかない。

 朱里が危惧した通り、部隊は混乱した。我先にと逃げようとする者が続出した。現代日本の避難訓練では「慌てずに避難しましょう」とよく言うが、実際に火事に遭ったらそう冷静にはなれないかも知れない。そう考えるとこの行動を非難出来ないのも確かである。

 

「‼ 桃香様、避けてください‼」

「えっ? きゃあっ‼」

 

 愛紗の声に反応した桃香は反射的に身を動かし、飛んできた矢をかわした。

 黄巾党はここを好機と見て、動きが鈍い桃香たちに向けて矢を放ってきたのだ。距離があるので通常ならかわすのも防ぐのも簡単だが、混乱している今はそうもいかない。何人もの将兵がその身に矢を受け傷つき、または絶命していく。

 

「……っ‼」

 

 桃香は息を飲んだ。既に何度も経験している事ではあるが、やはり目の前で人が死ぬのを見るのは辛い様だ。黄巾党の乱が起きなければ、ただの村娘として生きていたのかも知れない彼女だから、辛いのも当然ではあるが。

 だが、黄巾党にはそんな桃香の事情など関係ない。

 二の矢、三の矢が、桃香たちに向けて放たれていった。このままでは全滅も有り得てしまうだろう。

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