気高い志を持って立ち上がった筈の人々。
それがいつの間に、単なる賊に成り下がったのか。
それは最早、黄巾党すら解っていないのだろう。
2009年12月7日更新開始。
2010年1月10日最終更新。
2017年4月8日掲載(ハーメルン)
第四章 黄巾党征伐・前編・1
その間に何度か
とは言え、黄巾党の根城をどんどん潰しているのは事実なので、その噂は瞬く間に広まっていった。
すると、義勇兵の志願者や資金・兵糧等の援助者が次々と現れ、義勇軍はその規模をどんどん大きくしていった。
初めは百名程だった義勇軍も、今では三千近い人数を誇る大部隊に成長している。
それだけ規模が大きくなると色々と問題も起きるが、そうした事には
愛紗は真面目で何より強いので、軍の空気を引き締めるのに一役買っている。
雪里はその頭脳で臨機応変に対応し、規則を守らない者には厳しい罰を与えた。
その為、今義勇軍に居る兵達は心身共にかなり鍛えられた者ばかり。
単に徒党を組んで辺りを荒らすしか能のない黄巾党が、今の義勇軍に勝てる筈もなく、今では「
そして今日も、涼達は黄巾党を倒す為に出陣し、目的の場所に向かっていた。
「すっかり大軍になったなあ。」
後ろに続く軍勢を見ながら、涼は呟いた。*1
「本当ですよね。一ヶ月前とは比べ物にならない人数ですよ。」
その呟きに、隣に居た
「これも御主人様や桃香様の人徳のお陰でしょう。」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、すっかり人気者になったのだっ。」
二人の後ろに続く愛紗と
「ですが、これでは未だ未だです。何れは何万何十万といった大軍を率いてもらわないと。」
そんな風に厳しい声を出しながら、雪里も会話に参加した。
「何十万て……。今は三千弱の軍を率いるだけで精一杯なのに、無茶言うなよ。」
「勿論、今直ぐという訳では有りません。ですが、気構えくらいは持ってもらわないと困ると言っているのです。」
「うぅ……雪里ちゃん、相変わらず厳しいよぅ。」
更に厳しい口調で喋る雪里に、涼と桃香はタジタジになっていく。
「そりゃ、この“劉備・清宮軍”を率いる一人として、それなりの自覚は有るさ。けど、戦い始めて一ヶ月くらいじゃそんな気構えは持てないよ。」
「まったく……。」
涼の答えに雪里は呆れつつも、それ以上は何も言わなかった。
雪里が話し終わったのを確認してから、再び桃香が涼に話し掛ける。
「ねえ、涼兄さん。私達義勇軍の名前、変えちゃダメ?」
「その話は散々しただろ? だからダーメ。」
「えー。」
提案を即座に却下され、頬を膨らませる桃香。
それでも負けずに言葉を繋いでいく。
「だけど、私なんかより涼兄さんの名前だけの方がしっくりくると思うんだけどなあ。」
「そうかな? 俺としては“劉備軍”だけの方が良いと思うんだけど。」
「「それはダメですっ!」」
涼の言葉に桃香と愛紗が同時に反対する。
「お兄ちゃんの名前は無いといけないと思うのだ。」
「我が軍は、清宮殿と桃香様の二枚看板で成り立っているのですよ。それをお忘れにならないで下さい。」
更に鈴々と雪里も、二人と同じく反対の言葉を続ける。
涼は皆の言葉を苦笑しながら聞いてから、口を開いた。
「解ってるって。だから折衷案として“劉備・清宮軍”って名前にしたんじゃないか。」
「だったら、せめて“清宮・劉備軍”に……。」
「ダーメ、これ以上は譲歩しないって何度も言っただろ?」
「それはそうだけど……雪里ちゃーんっ。」
反論に困った桃香は雪里に助けを求める。
「桃香様、時には諦める事も必要かと。」
「そんなーっ。」
雪里にあっさりと断られ、桃香は悲しい表情になって声を上げた。
冷たい様に感じるが、あっさりと断ったのには理由が有る。
実は義勇軍の挙兵以来、既にこの会話は何回も繰り返されている。
挙兵後、軍の正式な名前を決める事になったのだが、その時に「清宮軍」にするか「劉備軍」にするかでちょっと揉めた。
桃香や愛紗は「清宮軍」にすると拘ったが、逆に涼は「劉備軍」にすると拘った。
雪里は両者の言い分を公平に聞き、鈴々はよく解らなかったのでどっちにもつかなかった。
そんな感じで収拾がつきそうになかったので、涼は二人の名前を入れた「劉備・清宮軍」という名称を提案した。
すると桃香と愛紗は「清宮・劉備軍」にという案を出したが、「劉備・清宮軍」じゃないと自分の名前を入れるのは反対と言ったので、仕方なく涼の案を受け入れたという経緯が有る。
だが、やっぱり涼を立てたい桃香や愛紗は、それから何度も変更を申し出たが、今みたいに簡単にあしらわれている。
多分、未だ暫くは続くのだろう。
「ほら、早く行くよ。」
涼は苦笑しながら、皆に先を急ぐ様促した。
「ところでお兄ちゃん、鈴々達はこれからどこに行くんだっけ?」
鈴々の何気ない一言に、涼達は馬上でずっこけた。
「鈴々ちゃん、何処に行くか知らないで進んでいたのっ!?」
「そうなのだっ。」
「威張るなっ。」
元気良く答える鈴々に、桃香と愛紗は呆れてしまった。
同様に呆れつつも、雪里は簡潔に説明した。
「これから行くのは、
「官軍……なら苦戦しているだろうな。」
雪里の説明を聞いた愛紗が重い口調でそう呟く。
この時代の官軍は堕落した漢王朝に仕えている為、殆どが戦える実力を持ってない上に覇気も無い。
そんな人間ばかりだから、殆どが農民の黄巾党にさえ勝てない部隊が多いのだ。
(董卓……か。三国志でも演義でも物凄い悪役だけど、この世界でもやっぱり悪役なのかな。)
雪里達の会話を聞いていた涼は、董卓について考え始めた。
董卓と言えば三国志は勿論、歴史上でも有数の悪役として知られている。
その暴政は、董卓が暗殺される迄長く続いた。
そんな人物の救援をしなければならないのは、涼としても不本意なのだが、今の董卓は未だ一武将であり黄巾党と戦う官軍なので、彼等が苦戦していると知った以上、行かなくてはならなかった。
(あと、多分……いや、絶対女の子なんだろうな。それでいて悪役なら、性格が悪いとか太ってるとか、そんな感じなんだろうか。)
この世界の董卓について色々と想像してみたが、ゲームや演劇に出てくる董卓を女にしただけの醜い姿しか思い付かなかった。
(……やーめた。想像したって何の得にもならないしな。)
想像するのを止めた涼は、少し行軍速度を上げる様に指示し、目的地へと急いだ。
数刻後、董卓軍陣営に着いた涼達は、董卓に会う為に本陣に向かって歩いていた。
「……怪我人が多いな。」
「それだけ苦戦しているという事でしょう。」
その途中、陣内のあちらこちらに包帯を巻いた兵達の姿を見掛けた。
腕や足は言うに及ばず、頭や体にも巻いている兵が多く居る。
「覇気は勿論、数でも黄巾党が圧倒していますからね。こうなってしまうのは必然かと。」
目線だけを左右に動かして状況を確認しながら、雪里がそう分析する。
桃香も周りを見ながら暫く考え、そして雪里に尋ねる。
「ねえ雪里ちゃん、董卓さんが今相手にしてるのって、黄巾党の主力部隊なんだっけ?」
「ええ。農民が中心の黄巾党ですが、戦いを重ねる内に実力をつける者も多数居ます。そうした者を集めた部隊が、この辺りにも現れた様です。」
「厄介極まりないな。」
雪里の説明を聞いた涼がそう呟く。
今迄も何度か黄巾党と戦ってきたが、一人一人はそれ程強くない。
だが、如何せん数が多いので正面から戦うと被害が大きい。
なので、いつも雪里の策を用いて被害を最小限に抑えてきた。
その黄巾党の中でも、腕に覚えのある者ばかりが集まっている部隊が、今回の敵なのだ。厄介極まりないという言葉は、決して過言では無いだろう。
「雪里、何か良い策は思い付いたか?」
「幾つかは。ですが、先ずは董卓将軍に会わなければ策を弄する事も出来ません。」
「そりゃそうだ。」
今度の敵の数は、涼達だけで戦って勝てる人数じゃない。
涼達よりも遥かに多い人数の董卓軍ですら、この有り様なのだから。
「じゃあ、先ずは董卓さんを捜さないと。どこかなー?」
そう言って桃香は辺りを見回した。
だが、その動きは直ぐに止まった。
「……桃香?」
その事に気付いた涼が声を掛けるも、返事は無い。よく見ると、桃香の視線は一点に集中していた。
その表情も、いつも以上に明るくなっている。
かと思うと、桃香は視線の先へと向かって突然走り出した。
「ちょっ、桃香!?」
涼は驚きつつも後を追った。愛紗と雪里もそれに続く。
涼達は、桃香が走り出した理由が解らなかった。
だが、自軍の陣内でないここで何かあったらいけない。
だから必死に追い掛けた。
だが桃香は止まらず、尚も走り続ける。
そして、
「先生っ!」
そう叫んで、一人の妙齢の女性の前で止まった。
先生と呼ばれた女性は、何事かという表情で振り返ったが、桃香の姿を見るとその表情を明るくして近付いた。
「貴女はもしや
「はい! 御久し振りです、先生!」
そう会話を交わすと、二人とも笑顔を浮かべながら手を握る。
愛紗と雪里は、桃香と話している女性は誰かと思いながら見ていたが、涼だけはその正体に気付いていた。
(この時期に桃香が先生と呼ぶ人物って事は、恐らく……てか、やっぱり女性なんだな。)
涼がそう思っている間も、桃香は先生と呼んだ女性と親しげに話している。
まあ、話している相手が桃香の先生なら、親しいのは当たり前ではあるが。
「こうして会うのは三年振りですね、玄徳。息災そうで何よりです。」
「先生こそ、お元気そうで嬉しいです。」
桃香は女性との話に夢中で、涼達に気付いていない様だ。
「貴女が天の御遣いと共に義勇軍を旗揚げし、活躍している事は聞いていましたよ。」
「いえ、私なんて未だ未だで……。皆が居なかったら、義勇軍を旗揚げする事は出来ませんでした。」
そう言った所で漸く涼達に気付いたらしく、慌てて涼達の自己紹介を始めた。
「先生、この方がその天の御遣いの
桃香の紹介を受けて、涼達は丁寧に挨拶を交わす。
その挨拶が終わると、今度は女性が柔らかい物腰で自己紹介を始めた。
「皆さん初めまして。私は、かつて劉玄徳の先生をしていた
その名前を聞いた愛紗は、盧植を単なる桃香の師として認識したが、対照的に雪里はかなり驚いていた。
「貴女があの高名な盧植先生ですか。是非一度お目にかかりたいと思っていました。」
そう言った雪里は口調こそ常の冷静さを保っているものの、その瞳は眩しい程キラキラと輝いており、まるで憧れの人に会ったかの様だ。
いや、普段クールな雪里がこんな反応を示しているのだから、本当にそうなのかも知れない。
そんな雪里を盧植は真っ直ぐ見つめ、微笑みながら言った。
「有難うございます。でも、私はしがない儒学者ですよ。」
それが謙遜して言っている事は、雪里の反応を見る迄もなく解る。
涼に至っては、「三国志」の知識を知っているのだから、盧植がしがない儒学者だけでない事くらい解っていた。
「そして、政治家であり将軍でもある、でしょ?」
そんな中、涼達の前方から女の子の声が聞こえ、そう言葉を紡いだ。
涼達はその声の主を注視し、盧植は振り返ってやはり微笑みながら声の主に応える。
「私にとって、それ等は副業でしかありませんよ、
賈駆と呼ばれた少女は、やれやれといった表情を浮かべながら更に言葉を紡ぐ。
「それだけ才能が有るのに、政治家や将軍が副業とはね。天も時々気紛れが過ぎるわ。」
そう言うと、賈駆は視線を涼達に向けた。
「で、貴方達は?」
「この方達は劉備・清宮軍の劉玄徳と清宮涼さん、関雲長さんに徐元直さんですよ。」
賈駆の質問に涼達が答える前に、盧植が答えてくれた。
「最近噂に聞く、あの義勇軍の? ふーん……。」
賈駆はそう言って、涼達を値踏みする様に見つめる。
女の子に見つめられて、ちょっと恥ずかしくなる涼だったが、それでも賈駆を観察する事は出来た。
賈駆は、緑色の長い髪を細い三つ編みにし、その上には黒を基調とした四角い帽子を被っている。帽子の前両端には糸を束ねた様な装飾があり、それはブーツにも施されていた。
金色に光る大きな瞳は鋭く、紅色フレームの上部分の縁が無い眼鏡をかけていた。
白を基調とした服の袖口は黒く、その両端に白いラインが入っている。また、胸元には紅いリボンが付いていた。
肩には、黒いケープみたいな羽織を身に着けていて、端は波の様な形の白い模様になっている。
指の部分が無いタイプの黒い手袋を填めていて、細い指先が露わになっている。
黒が好きなのか、プリーツスカートもタイツもブーツも黒を基調としていた。
身長は小さいが、鈴々よりは大きい。
(同じ小さいでも、かなりの差が有るもんだな。)
そう思いながら、一瞬だけその部分を見る。
小さい外見ながら、その体が女性だと如実に示す部分−つまり胸は意外と大きい。
少なくとも、鈴々よりは遥かに大きかった。
(ここに鈴々が居なくて良かったよ。あれで結構コンプレックスみたいだし。)
因みにその鈴々は、部隊と共に留守番をしていて、何故かこの時クシャミをしていた。
「……ボクの顔に何か付いてる?」
ジッと見過ぎていたのだろうか、賈駆は涼を睨み付ける様に見ながらそう尋ねる。
余りに強く睨んでいたので、近くに居る桃香が竦み上がってしまったくらいだ。
だが、涼はそんな賈駆にたじろぎもせず、微笑みながら答える。
「綺麗な眼が二つに、鼻と口が一つずつ。あ、細い眉毛も二つ有るね。」
「……誉めてるのかケンカ売ってるのか、どっちかしら?」
賈駆は顔を赤らめつつも機嫌を悪くするという、器用な表情をしながら言った。
「ケンカは売ってないよ。ちょっとした冗談さ。」
「良い性格してるわね。」
「そりゃどうも。」
「言っとくけど、誉めてないわよっ。」
賈駆はさっきより機嫌を悪くしながらそう言った。
「ゴメンゴメン、機嫌を直してよ。」
そう言って微笑みながら賈駆の頭を撫でる。
途端に賈駆の顔が紅く染まった。
「な、何やってんのよアンタっ!」
「何って、機嫌を直してもらおうと思って……。」
「だからって人の頭を撫でるんじゃないっ!」
顔を紅くしたまま、涼の手を振り払う賈駆。
そんな賈駆の様子を、涼は頭に疑問符を浮かべながら見つめていた。
(変だなあ、桃香はこうすると機嫌が直るんだけど。)
涼はそんな風に思いながら、疑問符を更に増やしていった。
皆がそれで機嫌が直る訳では無いという事を、誰かが涼に教えた方が良い様だ。
「……御主人様、遊んでいる暇は有りませんよ。」
愛紗が、凛とした常の声をいつも以上に低くして涼に話し掛ける。
涼は反射的に体を硬直させながら、首を何度も縦に振っていた。
「わ、解ってるってっ。えっと……ここの指揮官に会いたいんだけど、何処に居るのか教えてくれるかな?」
「……ここの指揮官は董卓将軍よ。……こっちへ。」
未だ少し朱に染まっている顔を若干伏せながら涼達に背を向けると、賈駆はスタスタと歩き出す。
涼達は慌ててそれについて行った。
それから数分後、涼達は一際大きな天幕へと辿り着いていた。
因みに、盧植もついて来ていて、さっきから何故か微笑みながら涼達を見ている。
「この中に董卓将軍がいらっしゃるわ。……くれぐれも、失礼の無い様にしなさいよ。」
「解ってる。」
賈駆の忠告を涼はしっかりと受け止める。
何せ相手はあの董卓だ。今は未だ官軍の将軍とはいえ、どんな性格か解ったもんじゃない。
下手に怒らせたら命が幾つ有っても足りないだろう。
「それじゃあ……失礼します。」
賈駆が天幕に入ると、涼達も後に続いた。
天幕の中には数人の兵士が左右に均等に配置されていて、中央の椅子に座っている人物の警護は万全の様だ。
涼は椅子に座っている人物に目を向け、そして驚いた。
そこに座っているのは、やはり女性だった。それも、かなり若い。ひょっとしたら涼と同じ位か年下かも知れない。
それだけでも充分驚きなのだが、もっとも驚いたのはその容姿だ。
背は賈駆より小さく、肌は透き通る様に白い。
緩やかなウェーブ状の薄銀色の髪は肩迄伸び、ふんわりとしている。
そして何より、紫色の大きな瞳はとても澄んでいて、見る者を穏やかな気持ちにさせてくれた。
(この子が董卓……? 本当に……!?)
余りにも想像と違っていたので、別人じゃないかと思ったが、天幕の中には他にそれらしい格好をした者は居なかった。
目の前に居る少女は、黒と薄紫を基調とした宮廷装束に身を包み、帯は花魁の様な大きい紫色のリボン状になっていた。
ファーの様にもこもことした物を肩から掛けて腕に巻いており、優雅かつ華麗な姿に拍車がかかっている。
紫色のスカートは地面に着く程長く、どんな靴を履いているか判らない。
黒と白を基調とした四角い帽子の左右には、鍔が付いていて、その先には小さな宝石が幾つか連なって吊り下げられていた。
額には紅い水滴状の宝石が付いた飾りを巻いていて、帽子から降りている蝶々結びの細く紅いリボンと長いベールが表情を隠し、神秘的な印象すら感じさせる。
(こんな格好の子が一般兵な訳は無いし、ならやっぱりこの子が董卓なのか?)
そう結論付けようとするも、やはりイメージとかけ離れている為か、中々判断出来ない。
だが、まるでそんな涼に答えを突きつけるかの様に目の前の少女が立ち上がり、言葉を紡いだ。
「……皆さん初めまして。私が、この部隊の指揮官である董卓です。」
目の前の少女自身がそう言ったので、涼は認めざるを得なかった。
だがそれでも、涼は中々言葉を紡ぐ事が出来なかった。
けどそれも、仕方が無い事だろう。
現実世界に伝わる董卓は、悪逆非道の限りを尽くした人間で、ゲームや演劇等では、太っていたり醜い容姿をしていたりする。
そんな董卓が、この世界では虫も殺せない様な可愛い女の子なのだから、余りの落差に思考が停止したりもするだろう。
「あの……?」
董卓はそんな涼の様子に気付いたらしく、怪訝な表情をしながら尋ねた。
すると涼は、董卓を見ながら呟いた。
「可愛い……。」
「へぅっ!?」
「なあっ!?」
「あらあら♪」
「涼兄さん!?」
「御主人様っ!?」
「やれやれ……。」
董卓を見た涼が感想を正直に口にしたら、その場に居た武将や軍師達が三者三様の反応を見せた。
賈駆は暫く口をパクパクさせてから、董卓に駆け寄って涼から離す様に立ち、桃香は何度も涼の名前を呼びながらその体を揺さぶり、愛紗は笑顔のまま
「えっと……皆どうしたの?」
周りが急に騒がしくなったので呆気にとられていた涼が、皆を見回しながらそう尋ねた。
すると、賈駆が顔を真っ赤にして怒りながら迫っていった。
「“どうしたの?” じゃないわよっ! ボクの前で月を
「誑かすなんて人聞きが悪いな。俺は思った事をそのまま言っただけで、別にそんなつもりじゃあ……。」
「それが誑かしてるって言うのよ‼」
そう怒鳴ると、賈駆は董卓の
納得いかない表情の涼は、不満を露わにしながら反論する。
「えー。だって可愛い子に“可愛い”って言っただけじゃんか。」
「月が可愛いのは当たり前よっ!」
さっきより大きな声で怒鳴ると、賈駆は董卓を椅子に座らせ、まるで守る様に董卓の前に立った。
そんな賈駆を苦笑しながら観察しつつ、涼は賈駆が言った「月」という言葉について考えていた。
(賈駆がさっきから言ってる“ゆえ”って、多分董卓の
そんな風に考えていたので、涼の顔は自然と綻んでいた。
だからだろうか、涼は後ろに居る二人の只ならぬ気配に、全く気付いていなかった。
「……御主人様。」
「涼兄さん……。」
一つは常より低く、一つは悲しみを含んだ口調で涼に話し掛ける。
その瞬間になって、涼は漸く事態を把握した。
すると、涼の体中から突然冷たい汗が大量に流れ始めた。
「な、何かな?」
平静を装いながら、ゆっくりと振り返る。
「会ったばかりの女性を口説くとは、随分と余裕が出て来た様ですね?」
「……涼兄さんって、意外と女好きですよね。」
そこに居たのは満面の笑みを浮かべる愛紗と、困った顔の桃香だった。
「え、えーっ!? いや、それは物凄い誤解で……っ。」
「だまらっしゃい‼」
否定して弁解しようとした涼だが、愛紗の一喝に遮られてしまう。
「これから黄巾党と戦うという大事な時に、女性を口説くとは言語道断! 今日という今日は許しませんよっ‼」
「だから口説いていないって! 只、感想を口にしただけだしっ‼」
「問答無用っ‼」
愛紗は青龍偃月刀を思いっきり振り上げる。
涼は既視感を感じたが、それ以上考える事は無かった。
涼がどうなったかは、言う迄も無い。