管亥は少し強く得物を振った。地香はそれを剣で受けようとしたが、疲労と力の差により剣は地香の手を離れて空を舞い、やがて地面に刺さった。
「さあ、地和ちゃん。観念しようか~。」
相変わらずの下卑た表情で近づき、そう声を出す管亥。
後ずさろうとする地香だが、恐怖と焦りからか馬を上手く操れず、遂にはその首元に得物が突き付けられた。勿論、管亥は斬るつもりはないが、恐怖なのは変わりがない。
「……私は、
それでも地香は、強く言い切った。恐怖で震えながらも何とかそれを隠そうと手に力を入れ、真っ直ぐ管亥を見据えた。それは、管亥が見た事の無い表情であり、僅かだが確信が揺れた時だった。
その揺らいだ確信を改めてから管亥は決意し、ドスの効いた声で言った。
「ならば、ここで死ね。」
勿論それは管亥の本心ではなく、只の脅しだった。
ここまで力の差を見せ、脅しをかければ、いくら何でも屈服するだろうと思った。確かに、普通の女性ならとっくにそうなっていただろう。
だがこの場合は、管亥にとって大きな誤算が幾つもあった。それは、地香は確かに本当は地和だが、昔の弱い地和ではなかった事であり、また、劉徳然としての強い意志を持っていて、そして、絶対的な決意をもってこの場に来ていたという事である。
地香は管亥を見据えながら言い切った。
「やってみなさい。私は死んでも、只では死なない。」
そう言いながら自ら管亥の得物に体を近づける。そのままでは間違いなく体が傷つき、下手をしたら死んでいただろう。管亥が驚いて得物を引っ込めたから、そうはならなかったが。
そして、その行動が二人の運命を決定づける事になった。
管亥の後方から、凛とした大きな声が近づいてきたのだ。
「地香様から離れろ、外道!!」
反射的に振り向いた管亥は、声の主を見て慌ててその場を離れようとした。だが、それより速く声の主は近づき、自身の得物を横薙ぎに振った。
管亥はそれをとっさに得物で受け止めたが、余りの威力に落馬しかけた。
「大丈夫ですか、地香様!」
「……ふう。ありがとう、愛紗。助かったわ。」
地香の危機を救ったのは、愛紗こと関羽、字を
愛紗は、自身の得物「
「無茶をなさらないでください、地香様。私が来なければ、どうなさるおつもりだったのです?」
「その時はその時よ。それに、丁度貴女が来るのが見えたからね。時間稼ぎになればと思って動いたのよ。」
地香の言に愛紗は呆れ、溜息を吐いた。勿論その間も管亥を見据えたままだ。
その間に周りを見た管亥は、この段階になって、ようやく状況を呑み込めた。既に戦いがほぼ終わっている事を知ったのだ。勿論、勝ったのは徐州・青州連合軍である。
まだ少し、遠くで戦闘のものと思われる音や声は聞こえるが、大勢は決したと言って良い。青州黄巾党の数はまだ何万も残っているが、それは女子供や老人といった非戦闘員であり、戦いの役には立たない。
周りを敵兵に囲まれている為、当初の予定だった乱戦の中を逃げるという事も出来ない。そもそも、その時には地和を連れて行く筈だったのに、それも出来そうにない。管亥にとって絶望しかない状況であった。
「地香様、御無事ですか!?」
「飛陽。大丈夫、ちゃんと首は繋がってるわよ。」
地香の後方からやってきた飛陽こと廖淳は、息をきらせながら近寄ると下馬し、地香の体に傷が無いか確かめていった。幸いにも、大きな怪我は一つも無かった。
飛陽も大きな怪我は無い様だと、地香はそれとなく彼女を観察した。先程まで命の危険があったとは思えない程、地香の心に余裕が出てきたのだろう。
そして地香は、視線を前に戻す。
愛紗は今にも管亥を斬り倒すような気迫を見せており、管亥はというと戦意を喪失しかけている。このまま放っておいても、決着するだろう。
(地和、本当にこのままで良いの?)
地香は、いや、地和は自身の心の中で自身に問い掛ける。
このままでは、戦に勝って無事青州を解放出来るが、ここまで来た一番の意味が無くなってしまう。勿論、そうなってしまうのは彼女の本意では無い。
先程の恐怖を思い出し、だが直ぐに首を振ってそれを振り払い、拳に力を籠めながら、愛紗に声を掛ける。
「愛紗、管亥を足留めしておいて。絶対に逃がしてはダメよ。」
「……このまま私が斬ってはいけませんか。」
「今回だけは、ね。」
「ですが……。」
チラリと地香を見る愛紗。戦場なので表情には出していないが、声のトーンが少し落ちた事を考えると、彼女なりに地香を心配している様だ。
「大丈夫、そいつを“確実に殺す方法”はちゃんと考えているから。……お願い。」
「……承知しました。」
愛紗は地香の頼みにそう応えると、偃月刀の刃先を向けて管亥を牽制する動きをとった。逃げようとすれば瞬時にその動きを止め、向かって来ればすぐに応戦出来る様に距離をとりながら。