さて、桃香である。
華琳の言葉によって自身の本心に図らずも気づいてしまった彼女は、いまだに混乱の最中にあった。
(わ、私……涼義兄さんの事を好きなの……!? ううん、それは前からだけど、異性としても……え、ええ~~っ!?)
マンガならば、ぷしゅー、といった擬音と共に顔から湯気が出て、そのまま恥ずかしさの余り倒れそうな勢いである。
だがこれはマンガではないので、当然そんな擬音は出ないし、倒れて場面転換という事も無い。桃香が落ち着くまで、この状態は続くのである。
義兄妹の関係にある涼と桃香に血縁関係は無い。血の繋がった兄妹なら色恋の仲になっては一大事だが、そうでない二人に障害はさほど無い。
あるとすれば、儒教の考えや今までの立場くらいだが、些末な事とも言えた。
確かに、問題にする人は居るだろうが、二人に血縁関係が無い事が決定的になって、最終的には問題にならないだろう。
それどころか、二人が結婚したら「天の御遣い」と劉家の血が合わさるという事なので、大いに祝福されるかも知れない。勿論、その逆もあり得るが。
桃香は中山靖王の末裔を自称してきており、現在は漢王室からも認められている。
そんな桃香は、自身の意思とは関係なく、いずれ周りから跡継ぎを望まれる事になるだろう。その際に彼女が伴侶として選ぶのが誰か、という事になるのだが、現段階ではその相手として一番可能性が高いのが涼なのは間違いない。
とは言え、そんな話が出るのはまだ先の話と桃香は思っており、そもそも涼をそんな目で見ていなかった。少なくとも、自覚はしていなかった。
それが今回、華琳の一言で一変した。
それはさながら、童子が少女へと成長した瞬間と同じである。ここから更に成長するかどうかは、桃香次第であり、涼次第である。
(……涼義兄さんは、どう思っているのかな?)
桃香はそこでふと、自分の膝の上に頭を寝かせている義兄、涼に視線を向けた。
(涼義兄さんも、私と同じだったり……しないかな。)
残念ながら、涼は顔を前に向けていて、尚且つ左腕を頭に乗せているのでどんな表情をしているのかは分からない。
桃香は少し不満げながらも、ハッキリと分からなかった事にどこか安堵もしていた。
一方、安堵どころじゃないのが涼である。
(桃香、今になってそんな事言われても……いや、言ってはいないけど、困るよ……。)
涼は戸惑っていた。
彼の頭の中では、桃香はれっきとした妹だ。とは言え、当然ながら出会った当初は流石に異性として意識していた。
桃香は誰がどう見ても美少女と言って良い美貌の持ち主であり、また、彼女の特徴の一つであるその胸の大きさは男女問わず注目される程である。
健全な高校生だった涼は、桃香にあった初めの内はそんな当然の反応をして過ごしていた。
「桃園の誓い」を経て義兄妹の関係になっても暫くはそんな感じだったが、それからすぐに黄巾党の乱の鎮圧にあたり、数ヶ月間は戦いの日々が続いた。
その数ヶ月間で、涼と桃香は男と女の仲というよりは普通の兄妹の様な関係になっていた。若干の嫉妬や誤解を受けた事はあるが、それも兄妹ならばよくある事だと言えなくもない。
そんな関係が、今崩れようとしている。
それは、涼が望む事ではない。少なくとも、今はまだ。
それから暫くの間、場の空気は何となくのんびりとなり、同時にどことなく会話を切り出せない雰囲気になった。下手に発言してこれ以上空気を変えるのは良くないと考えたのかも知れない。
幸い、彼女達がその様に気を使う必要はすぐになくなった。宴の準備が出来たのである。
そう、雪蓮や華琳がここ徐州にいるのは、青州黄巾党を殲滅した事のお祝いのためだ。例え、本音は別のところにあったとしても。
その後、宴はつつがなく終了した。
途中、涼を酔い潰して何かをしようとした雪蓮が、涼と雪里と冥琳の策によって先に酔い潰れたり、華琳が相変わらず愛紗たちを引き抜こうとしたりしたが、つつがなく終了したのである。うん。