真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十九章 帰還、それから・12

 陳留。この世界では今現在、曹操こと華琳が治めている都市である。

 正史で曹操がこの地を治める様になったのは反董卓連合の直前ともいうが、この世界では既に長い間治めている。数はまだまだ少ないながらも良い人材が多いので、陳留及び兗州の統治は上手くいっていた。

 そんな華琳だが、この日はいつも以上に気を張り詰めていた。そんな華琳を見た従妹で家臣の夏侯惇(かこうとん)こと春蘭(しゅんらん)が驚く様に呟く。

 

「あんな華琳様は初めて見る。一体、何があったというのだ?」

 

 それを聞いた荀彧(じゅんいく)こと桂花(けいふぁ)は心底呆れた、という風な目を向けながら、それでも親切に? 説明をした。

 

「あんた馬鹿ぁ? 今日は朝廷の使者が来るのよ。いくら華琳様が素晴らしく尊いお方でも、朝廷の使者には失礼があってはならないの。例え今の漢王朝相手でも、ね。」

 

 どう聞いても親切からでは無かった。なので一瞬怒りかけた春蘭ではあったが、華琳が大変な状況だという事が分かると瞬時に冷静になった。

 

「桂花、朝廷の使者は何の用でこの陳留に来るのだ?」

「華琳様に新しい官位か何かを授けに来るみたいよ。」

「おお! 華琳様がまた出世なされるのだな!」

 

 桂花の説明を受けた春蘭は華琳の出世を喜んだ。「華琳様命」である彼女にとって、主君の出世は心から喜ばしい事であった。

 春蘭とは意見の相違がよくある桂花も、「華琳様命」という点では同じである。それなのに、桂花は余り嬉しそうではない。その様子をいぶかしんだ春蘭は桂花に訊ねる。

 

「お前は華琳様の出世を喜ばしいとは思わないのか?」

「普通の出世なら当然喜ばしいわよ。けど、今回は……ね。」

「? 何かあるのか?」

 

 普段は桂花から馬鹿だのなんだの言われている春蘭ではあるが、流石にこの桂花の反応はおかしいと悟った。しばらくの間、桂花を見つめる。やがて、桂花は重々しく口を開いた。

 

「理由は二つあるわ。一つは、この出世が清宮の奏上によるものだという事。」

「清宮とは、徐州の清宮涼の事か。」

「そう。“天の御遣い”とか大層な言われようなあの男よ。」

 

 春蘭も桂花も涼とは面識があり、真名も預けている。極度の男嫌いの桂花は、半ば強引に華琳に命じられた様なものだが、それでも真名を預けた事には変わりがない。

 男嫌いの桂花は、当然ながら涼の事も嫌っており、そんな涼の奏上で親愛なる華琳様が出世するというのが嫌なのだろうかと、春蘭は考えた。

 とは言え、涼に奏上を頼んだのはその華琳自身であり、それは桂花も知っている。知ってはいるが、嫌なものは嫌なのだろう。男嫌いもここまで来ると病気である。

 

「では、あと一つは?」

 

 桂花は二つの理由があると言っていた。そのもう一つはどんな理由なのか、春蘭は気になっていた。

 よく喧嘩をする二人ではあるが、互いの実力は認めている。武力は春蘭が圧倒しているが、知力では桂花が圧倒している。武力で桂花に負ける事は万に一つも無いと思っている春蘭だが、同時に、自分ではどう足掻いても知力で桂花に勝てないと思っている。そしてその見解は正しい。

 そうして認めている桂花が懸念している二つの理由のもう一つ。これが恐らく一番の理由なのだろうと、春蘭は直感的に考えていた。そしてその見解も、また正しかった。

 

「……今回、華琳様に官職を与えるのは劉弁陛下という事になっているわ。」

「なっているわ、ではなく実際にそうだろう。お前はさっき清宮が奏上したから華琳様が出世されると言ったではないか。」

 

 春蘭の言っている事は正しい。だがそれは、あくまで対外的なものであり、真実は別にあると桂花は言う。

 

「確かに今回、陛下に奏上したのは清宮。それを受けて華琳様に官職を授けるのは皇帝陛下。けど、その官職を決めたのは……恐らく董卓。」

「董卓? あの小さい奴が何故決めるのだ?」

「……本当に何も知らないのね。……董卓は今、相国になっているのよ。」

「しょうこく?」

「……アンタは馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、まさか、相国も知らない程の馬鹿だったとは流石の私も思わなかったわ。」

 

 いや知ってるぞ、えーっと……しゅうらーん、という春蘭はさておき、相国とは漢において最高位の官職であり、現代で言えば首相が一番近いと思われる。

 元々は「相邦」と書かれていたが、漢の初代皇帝である劉邦の名を憚った結果、「邦」と同じ意味を持つ「国」に変えて「相国」となった。この相国には、一つの例外を除くと漢王朝の忠臣にして名臣である蕭何(しょうか)曹参(そうしん)しか就任しておらず、それだけの人物でないとなれない、いわば永久欠番の様な官職なのである。

 日本では太政大臣(だじょうだいじん・だいじょうだいじん)唐名(とうめい・からな)が相国であり、平清盛や徳川家康などが「○○相国」と呼ばれている。

 そんな重要な官職に今、董卓は就いているという。

 前漢・後漢あわせて約四百年経つが、その長い年月の間で実質的に二人しかなっていない相国という官職に、董卓が就任している。その事実を聞いた春蘭は当然の疑問を発した。

 

「確かに、董卓は黄巾党の乱鎮圧などで実績はあるだろう。だが、話を聞く限りそんな重要な官職に就く程の実績があるとは思えん。そもそも董卓は十常侍の時に遅刻したではないか。」

「そうね。」

「それなのに、十常侍を倒した華琳さまより出世しているとか、おかしいではないか。それならば、十常侍を倒しただけでなく、皇太子殿下を救出した清宮が相国とやらになっている方がまだ理解出来るぞ。」

 

 桂花は遺憾ながら心中で春蘭に同意した。彼女が董卓の相国就任の報せを聞いたのは、華琳が陳留に戻っている途中であった。

 一報を聞いた桂花の感想は「あり得ない」、だった。理由は先に春蘭が述べた事とほぼ同じである。この漢王朝に於いて、相国という官職が持つ意味はとてつもなく重い。

 相国は前述の通り、蕭何と曹参という漢王朝の忠臣だけが就任している。厳密には呂産(りょざん)という人物も相国になっているのだが、この者は劉邦没後の呂氏専横時代に呂氏一族のコネでなった様なものであり、実力や功績が認められての事ではない。その為省く事が多いと言える。

 正真正銘の実力と功績で相国になった蕭何と曹参は、漢王朝の基礎を作った人物であり、更に言えば漢王朝が出来るまでの統一戦争である「楚漢戦争」で後方支援、または前線で大活躍した人物である。

 史記にある二人の伝記がそれぞれ「蕭相国世家(せいか)」「曹相国世家」と書かれている事からも、相国という官職がどれだけ重要なものが分かるだろう。ちなみに、他に史記の伝記に官職が書かれているのは陳平(ちんぺい)の「陳丞相世家」などがあるが、この陳平もやはり漢王朝の忠臣かつ重臣であった。その陳平でも相国にはなっていない。

 そんな重臣中の重臣だけが就任していた相国という官職に、それ程の実績がある訳ではない董卓が就任したというのは、普通に考えてもおかしい事である。何らかの事情、それも良くない事情があったとしか考えられない。少なくとも桂花はそう考えた。

 

(けど、清宮や劉備並みに甘い考えを持つあの董卓が、汚い手段を使うとは思えないのよね……。そもそも出世欲も余り無かったみたいだし。)

 

 桂花、というより華琳と董卓はかつて共に戦った仲間である。当然ながら、華琳の側近である桂花は董卓の事もよく知っている。

 桂花が感じた董卓の印象は、「深窓の令嬢」「虫も殺せぬお嬢様」。それ程弱々しく、儚げな、それでいて育ちが良いという感じだった。

 だが、曹操軍と董卓軍は確かに黄巾党討伐で共闘していたが、その期間はとても短い。よって、華琳や桂花の見立てが間違っているという可能性も捨てきれないでいる。

 

(だからこそ、今回の使者から何か情報を得たいのだけど……難しいでしょうね。)

 

 いくらお嬢様に見えていたとはいえ、今は仮にも相国という地位に立っている董卓が、そう簡単に情報を漏らすとは考えられない。そもそも、董卓が相国になるという前兆すら無かったのだ。甘い考えは捨てるべきだと、桂花は思った。

 と、そこへ禀がやってきて使者の来客を告げる。彼女も桂花と同じく、曹操軍の軍師の一人である。

 

「華琳様、使者の方々がお見えになりましたが……お通ししてもよろしいでしょうか?」

「……ええ、構わないわ。呉々も……。」

「失礼の無い様に、ですね。承知しています。」

 

 禀はそう言って拝礼し、退室していった。華琳はその後ろ姿を見送った後、深々と溜息を吐いた。

 

「……そういう訳だから、貴女達も失礼のないようにね。春蘭は特に気をつけなさい。」

「そんな、華琳さま~!」

 

 名指しで注意された春蘭は、捨てられた猫の様な表情と声を出しながら項垂れたのだった。

 やがて、禀に先導されて二人の女性が現れた。女性と言っても、華琳たちとそう変わらない年齢だろう。

 

「貴女は……ねね?」

 

 華琳は、その内の一人である少女を驚きながら見た。そこに居たのは、短いながらもつい先日まで華琳と共に居たねねこと陳宮だったのである。

 

「ご無沙汰しているのです、曹孟徳殿。」

 

 陳宮は軽く一礼して応えた。

 その対応に春蘭は怒ったが、慌てて秋蘭が止める。

 

「まさか貴女が来るとは思わなかったわ。今はゆ……董卓様の許に居るのね。」

「そうなのです。(ゆえ)殿は新参者であるねねにもお優しく、この様な大任をお任せになされたのですぞ。」

 

 それを聞いた秋蘭は姉を止めて良かったと心底思った。春蘭はいまだに事態を把握しきれていないが、「もし姉者があの者に危害を加えていれば、最悪、華琳様が処刑されていたかも知れない」と説明すると顔色を青くしていた。

 勿論、陳宮の主である董卓こと月はその様な事を望まない。だが、今の陳宮達は建前上は皇帝陛下の使者である。皇帝の使者に無礼を働いたとなれば、それは(すなわ)ち皇帝への侮辱となり、それなりの責任をとらなければならなくなる。勿論、その責任をとるのは華琳であり、最悪の事態になる危険性もある。春蘭が青くなったのも無理はなかった。

 華琳と陳宮の会話が終わると、使者の残る一人、背の高い羽織袴の女性が口を開いた。

 

「初めまして……やないな。十常侍ん時以来やな、曹孟徳。」

「ええ、あの時はお互い大変だったわね。……貴女も今は董卓様の許に居るのかしら、張文遠(ちょう・ぶんえん)?」

 

 張文遠と呼ばれた女性は頷きつつ答える。華琳も言った様に、彼女とは十常侍誅殺の時に共に戦っていた。

 

「まあ、うちも丁原(ていげん)の旦那が急死したりと色々あったんよ。それで今はねねと同じく月の所に厄介になっとるっちゅう訳や。」

「そう……丁建陽(てい・けんよう)の事は病気とはいえ残念だったわね。改めてお悔やみ申し上げるわ。」

「おおきにな。若いながらも名君の誉れ高い曹孟徳からそう言われたら、丁原の旦那もあの世で喜んでるやろ。」

 

 張文遠はそう言うと顔を上に向けて微笑んだ。

 丁原は張文遠の上司だったが最近亡くなっており、その跡は義娘(むすめ)が継いでいる。

 

「さて……うちとしてはこのまま世間話をしてもええんやけど、そういう訳にもいかんしなあ……。」

「そうね。……では、貴女たちの仕事を済ませてください。」

「そうしたいんは山々やけど……なあ。」

「どうかしたの?」

(れん)殿がまだ来ていないので、任命できないのです。」

 

 言いよどむ張文遠に代わるかの様に、陳宮が理由を簡潔に説明した。

 

「真名で言われても……いえ、そう言えば十常侍を討った宴の時にその真名を聞いたわね。……確か、そう呼ばれていたのは……。」

「失礼します、呂布(りょふ)殿をお連れしました!」

 

 華琳が言葉を紡いでる最中、華琳の側近の一人である楽進(がくしん)こと(なぎ)が渦中の人物を連れてやってきた。

 

「……そう、呂布だったわね。凪、わざわざご苦労様。後は任せて仕事に戻って良いわよ。」

「はっ! 失礼しました!」

 

 真面目で礼儀正しい凪はきちんと拝礼し、退室した。

 一方、凪と違ってこの場に残った呂布。真名は恋。可愛らしい真名と、今も持っている食べ物とそれを黙々と食べる様は一見すると可愛らしい。

 だが、この少女は呂布。華琳たちは知る術は無いが、三国志史上で一、二を争う武将と同じ名前を持っている。その武は当然ながら、強い。

 曹操軍の中で一番強い武将は夏侯惇こと春蘭だろう。だがその春蘭でも呂布には恐らく勝てないと思われる。この世界の呂布が呂布の名に恥じない実力ならば。

 

「恋殿ー! いったいどこに行っていたのですかー!」

「……良い匂いがした所に行ってた。そこに居た子に、これ貰った。」

 

 陳宮と呂布の会話を聞いている華琳たちは、「ああ、厨房に行って流琉(るる)から食べ物を貰ったんだな」と思った。流琉とは、曹操軍の武将の一人である典韋(てんい)の真名である。武将ではあるが、料理が趣味でかつ上手くて美味いので、時々厨房で料理をしている。

 

「ちゃんとお礼は言ったんやろな?」

「……もちろん。食べ物をくれる人、みんないい人。」

「その認識はちょっと違うと思いますぞ……。」

 

 陳宮の言葉に同意する華琳たち。その理論でいけば、食べ物を与えるなら黄巾党でもいい人になってしまうではないか、と。同時に、本当にそんな事を万民にしたら黄巾党はいい人になるかも知れない、とも思う華琳たちであった。

 そうした穏やかな会話を一通り続けた後、張文遠が本来の仕事をする様に会話を軌道修正した。それを受けて華琳は所定の場所に移動し、跪く。使者は皇帝の代理なので、漢王朝の臣下である華琳はこの様に恭しくしなければならないのである。

 張文遠はその場に留まり、陳宮と呂布が並んで華琳の前に立った。

 

「…………。」

「ふむふむ。呂布殿は『黄巾の賊討伐、十常侍の殲滅、そして任地であるここ兗州・陳留の統治、全てにおいて陛下はご満悦である』、と仰せですぞ。」

 

 え、そんな事言ったか? と比較的小声で秋蘭に訊ねたのは春蘭。秋蘭も姉の言に同意したいが、ひょっとしたら自分達の位置からは聞こえない程の小声で喋ったのかも知れない、いやでも口も動いてなかった様な……と混乱しつつ、失礼があってはいけないからと何も言えないのであった。

 

「……はっ。」

 

 華琳も多少動揺したのだろう。返事に少し時間がかかった。

 陳宮はその後も呂布の代わりに話し続け、最後にようやく任命の言葉を紡いだ。

 

「『皇帝陛下の命により、曹孟徳を西園八校尉(さいえんはつこうい)の一つ、典軍校尉(てんぐんこうい)に任ずる』、と仰せですぞ。」

「はっ。」

 

 任命状を恭しく受け取った華琳は、呂布たちが退室するまで頭を下げ続けた。

 涼が居たら、「え、今から西園八校尉に任命? 霊帝は居ないのに?」とか混乱していそうだ。本来の西園八校尉は霊帝の時代の臨時職である。一説によると、活動費は霊帝の自費からだったともいう。

 華琳は呂布たちが居なくなって暫くしてからようやく立ち上がり、大きく息を吐いた。

 

「……桂花、使者たちのもてなしをお願い。私は少し休んでから行くわ。」

「わ、分かりました。」

 

 桂花を始めとした面々が恭しく華琳を見送ると、桂花と秋蘭は揃って頭を抱えた。

 現代と違い自動車も電車も飛行機も無いこの世界では、街と街の行き来はちょっとした旅であり、往復に数日から数週間かかる事もある。当然ながら使者である呂布たちもこれからすぐに帰る訳ではない。移動の疲れを癒し、食料を補充するなどしてから帰るのだ。

 そして華琳は宴を開いて使者をもてなす必要がある。勿論、その際に失礼があってはならない。例え使者が知り合いであっても、だ。

 

「……もう少し、頑張りましょう。華琳様の為に。」

「ああ、勿論だ。」

 

 そう言って気合いを入れる二人。その後、呂布が物凄い大食いだった事を知り、更に頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 揚州・建業は、今現在孫家が治めている。当主は孫堅、真名は海蓮という。

 彼女には三人の娘が居る。長女に孫策こと雪蓮、次女に孫権こと蓮華、三女に孫尚香こと小蓮。

 その内、三女の小蓮は今、婚約者である涼が居る徐州に居るのでここには居ない。残る二人も、つい先日までその徐州に居た。よって、長い間建業には海蓮しか居なかったのである。

 

「……そんな時に山越と戦っていたのですか。それなら一報をくださればすぐに雪蓮を引っ張って戻りましたものを。」

「だから言わなかったのよ。この機会に雪蓮たちと婿殿がより仲良くなればと思ってたから。」

 

 屋敷の庭にしつらえてある東屋に、海蓮はその二人の娘である雪蓮と蓮華、そして軍師である周瑜こと冥琳を集めて互いの報告をしていた。

 その報告の中で海蓮から山越と戦っていたと聞いた冥琳は半ば呆れ、雪蓮と蓮華は戦いに参加出来なかった事を残念がったり心配していたりする。

 だが、海蓮も雪蓮たちの報告を聞いて呆れたり残念がっていた。

 

「それなのに、話を聞く限りじゃ思った程は仲良くなっていない様ね。……いっその事、誰か一人くらい婿殿の子を孕んでくれば良かったのに。……仕方がないからシャオのこれからに期待しましょ。」

「か、母様、流石にそれは……。」

 

 まだ十代になって数年の娘に何を期待しているのか。この母親は相変わらずである。蓮華はそんな母親の言動に呆れているが、その母親本人は娘の心配を全く意に介していなかった。

 一方、性格等が海蓮そっくりと言われる雪蓮は山越の事を早く聞きたがっていた。

 

「今はそれより、山越との事よ。……こちらから仕掛けたの?」

「まさか。仮にも孫子の子孫を称している私がそんな無謀な事をする筈がないわ。」

 

 雪蓮が確認する様に問うと、海蓮は即座に否定し、少し冷めたお茶を飲み干してから一連の詳細を話し始めた。

 

「山越は貴女達が徐州に向かったのをどこからか察知した様ね。程なくして攻め込んできた。」

 

 雪蓮たちが徐州に向かったのは一ヶ月以上前である。涼が華琳との会談を終えて徐州に帰還してすぐに雪蓮たちが徐州に着いた。その頃には既に戦端が開かれていた様だ。

 海蓮の話は続く。

 

「すぐに迎え撃ちたかったけど、私達は袁術への睨みもきかせないといけないから、山越への対応は伯陽に任せる事にしたわ。」

晴蓮(せいれん)に?」

 

 雪蓮が、恐らく真名と思われる名前を口にする。

 正史によれば、伯陽とは(あざな)であり、姓名を孫賁(そんふん)という。父は孫羌(そんきょう)といい、孫堅の兄である。よって孫賁は雪蓮たちの従兄弟にあたる。

 

「晴蓮姉さんなら、確かに安心です。あの方は山越戦の実績がありますから。」

 

 蓮華は孫賁を「晴蓮姉さん」と呼んだ。やはりこの世界の武将らしく女性の様だ。

 

「まあねー。私より年上だから戦の経験はあるのよね。」

 

 雪蓮は素直に実力を認めた。どうやら雪蓮より年長らしいが、いくつなのだろうか。

 

「ええ、だからこそ任せたの。そしてあの子は今回もしっかりと結果を出した。」

 

 海蓮の説明によると、晴蓮は将兵を巧みに操って敵に多大な出血を強い、自らも敵の首級を三十も挙げるという大戦果だったという。

 と、そこで雪蓮が疑問を投げ掛けた。

 

「というか、山越の奴等とはしばらく戦わないっていう不可侵の約を結んでいたわよね。今回奴等が攻めてきたって事は、その約をあいつ等が破ったって事よね?」

 

 涼が雪蓮たちと同盟を結ぶ為にここ建業に来た時、雪蓮たちは丁度山越の使者と会談をしていた。その際、しばらく戦わないとの約定を結んでいたのである。

 

「そういう事になるわね。尤も、その事については“一部の反対派が約を無視して暴走した”というのが向こうの言い分らしいわ。」

「母様はそれを信じたの?」

「まさか。私はそんなに優しくないわよ。けどまあ、暴走の首謀者たちと思われる者の首を寄越して謝罪の言葉と金品を献上してきた以上、こちらは矛を納めるしかなかったわね。被害は最小だったし、逆にあいつらの被害は甚大だし、まあ良いんじゃないかしら。」

 

 良い気味よ、と言わんばかりの笑みを浮かべながら海蓮はお茶を注ぎ、一口だけ飲んだ。

 

「母様がそれで良いのなら……けど、癪に障るわね。」

「そんな反応をすると思ったから知らせなかったのよ。」

 

 雪蓮は不満そうだった。約束を守れない、守るつもりもない相手を自分の手で討てなかった事が。そんな娘の性格を知り抜いている海蓮の判断は、どうやら正しかった様だ。

 

「けどこれで、山越に対しては今まで以上に警戒しないといけないわね。」

「今回みたいな遠征をまたしなくてはならなくなった場合、将兵を余り多く連れてはいけないな。」

「ま、そんな事はそうそう起きないでしょ。その時は冥琳に任せるわ。」

「気軽に言ってくれるな。」

 

 呆れつつも悪い気がしない冥琳。それは幼少の頃からの付き合いだからこそ、雪蓮の言葉から信頼されているという感じがしたからだろう。

 尤も、自分の出番はしばらく後で良いとも思っているが。

 冥琳がそう思いながらお茶を口に含んでいると、蓮華が訊ねた。

 

「そういえば、袁術は動かなかったのですか?」

「動かなかったわよ。」

 

 それに対し、海蓮はあっさりと、しかも軽く答えた。

 

「……妙ですね。孫軍の兵が少なく、山越が攻めているという情報は袁術のもとにも入っていた筈。そんな好機に何もしないとは……。」

「母様が恐かったとか?」

「あり得なくはないが……袁術の軍勢は孫軍全てより遥かに多い。先の状況では更に兵数差が大きかったのに、何故動かなかったのか……。」

 

 蓮華たちは皆口々に意見を述べ合うが、何しろ情報が無いので決定的な答えは出ない。

 そんな娘達をしばらくの間眺めていた海蓮は、湯飲みを置いてからゆっくりと口を開いた。

 

「私も気になって少し調べさせたのよ。……そしたら、面白い情報があったわ。」

「面白い情報、ですか?」

 

 蓮華が言葉を繰り返す。雪蓮と冥琳も話の先を促す様に海蓮を見つめている。

 海蓮はそれを確認するかの様に見渡してから話を続けた。

 

「先日、袁紹と袁術が西園八校尉に任命されたそうよ。」

「さいえんはつこうい?」

 

 初めて聞く官職に雪蓮は間抜けな声を出した。海蓮が知り得た情報の中から西園八校尉について説明すると、雪蓮より蓮華と冥琳が興味を持っていたのか、集中して聞いていた。

 

「で、その西園なんとかに任命されたのがどう面白いのよ? 皇帝陛下直属みたいなものなら、少なくとも箔はつくってくらいでしょ。」

「……これを陛下に進言したのは董卓だそうよ。」

「はあ?」

 

 雪蓮はまたも間抜けな声を出した。だが今回は蓮華と冥琳も声は出さなかったものの、大きく驚いていた。

 海蓮は再び知り得た情報の中から董卓の現状について説明した。いつの間にか大出世を遂げていた事に三人は驚きを隠せなかったが、董卓が相国になったと聞いた時の冥琳の驚き様は特に凄かった。

 冥琳ほどではないものの、驚き、そして呆れている雪蓮が言葉を紡ぐ。

 

「相国って……いくらなんでも出世しすぎでしょ。蕭何や曹参みたいな実績はまだあの子には無い筈よ。」

「雪蓮の言う通りね。誰が見てもこの出世はあり得ない。なら、考えられる事は一つ。」

「……賄賂、ですか。」

「けど冥琳、私は董卓とはほとんど話していないけど、その短い間での印象からは彼女がそんな事をする様には見えなかったわ。」

 

 冥琳が出した答えに対し、蓮華は董卓を庇う様に自身が感じた印象を述べた。それに同意するかの様に、雪蓮と海蓮は頷いている。

 

「蓮華の言う通り、あの子はそんな事をする性質(たち)じゃないわ。むしろ、その対極に位置する人間よ。」

「私もそう思う。黄巾の時に数ヶ月間、共に戦ったけど、なんでこの子はこんな所に居るのかと思ったわ。そう言えば、婿殿も同じ印象だったわね。」

「なら……。」

「ですが、人間とはいつ豹変するか分かりません。例えば(いん)紂王(ちゅうおう)は暴君として知られていますが、かつては名君だったとも伝わります。」

 

 殷の紂王は正しくは帝辛(ていしん)という名だが、一般的には紂王の名で知られているかも知れない。

 紂王は殷の三十代目の王にして最後の王。美形で頭が良く、弁舌もたち、殷をよく治めていたというが、段々と増長し、遂には暴君になったと伝わっている。その原因は愛妾の妲己(だっき)にあると「封神演義(ふうしんえんぎ)」などにあるが、何しろ紀元前千百年頃の話なので本当の事は分からないといって良いだろう。

 

「なら、月も紂王みたいになったと言うの?」

「それは分からないが……何らかの要因が無ければこの様な異例の出世は無いだろう。それが何かは今のところ想像するしかないが。」

 

 董卓が悪事を働いたかは分からないが、そこに何かしらの力があったからこそ、数百年間誰も就任していなかった相国という官職に董卓が就いている。それは確かだと、冥琳は思った。

 

「話を戻すけど、袁紹も董卓が相国になって漢の実権を握っている事を最近知った様なの。で、当然ながら納得してないし、何とか出来ないか考えたのでしょうね。」

 

 そう言って海蓮は懐から一枚の手紙を取り出した。懐というより胸の間からと言った方が正しいかも知れない。

 手紙に興味を示した三人は暫しその送り主を想像した。話の流れからすぐに答えは出たが、念の為に蓮華が手紙の送り主について訊ねた。

 

「母様、それは……?」

「袁紹からの贈り物よ。」

 

 海蓮はそう言うと、袁紹からの手紙を娘たちに手渡した。

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 風と星が洛陽に行って一週間後、徐州に来客があった。

 桃香たちは謁見の間でその来客と対面しているが、ハッキリ言って桃香たちはこの来客に困惑していた。その原因は来客の素性にある。

 

斗詩(とし)猪々子(いいしぇ)、久し振り……で良いのかな。」

「そ、そうですね……あはは……。」

「ま、実際にアニキたちとゆっくり話すのは久し振りだし、良いんじゃないかな。刃はぶつけ合ったけど。」

 

 斗詩と呼ばれた大人しそうな少女が苦笑しているのに対し、猪々子と呼ばれた活発そうな少女はさらりと言いにくい事を言った。途端に場の空気が重く、冷えた感じがしたが、当の本人は気にしていない様だ。

 二人の少女、斗詩と猪々子はそれぞれ顔良と文醜の真名であり、どちらも袁紹軍の二枚看板と言われる程の実力者である。

 この話の読者なら覚えているだろうが、この場に居る桃香、涼、愛紗、鈴々、地香、雪里、朱里、雛里という面々の内の約半数がついこの間、袁紹軍と戦っている。なので、それはそれは気まずいどころではない。

 

「そ、それで、今日はどんな用件で徐州に?」

 

 桃香が多少焦りながら話を促した。涼たちが内心ホッとしたのは言うまでもない。

 すると、斗詩がそれまでの穏やかな表情から一変し、凛々しくしっかりとした表情になって言葉を紡いだ。

 

「我が主、袁本初がこの手紙を、徐州牧であらせられる劉玄徳様にと。」

 

 恭しい口調になった斗詩が荷物から手紙を取り出すと、それを愛紗が受け取り、それから桃香に手渡された。

 受け取った桃香はすぐに手紙を開き、黙読した。暫しの沈黙の後、彼女は表情を暗くして一言だけ発した。

 

「…………え。」

「桃香?」

 

 桃香の様子がおかしいと、涼は勿論、この場に居る重臣たち全員が気づく。

 涼は桃香から手紙を半ば強引に取り上げて読んだ。その内容を把握すると、涼もまた表情を一変させた。

 

「…………! 斗詩、この内容に嘘偽りは無いのかい?」

「……はい。」

 

 返事に少し間があった事が気になるが、少なくとも袁紹側はそう感じている様だと涼は判断した。

 ふと見ると、桃香は不安げな表情で涼を見つめている。

 

「涼義兄さん……。」

 

 弱々しげに自分の名前を呼ぶ義妹に対し、涼は彼女の表情を見ながら、恐らく今の自分も同じ様な表情をしているのだろうな、と思った。

 暫し考える様に沈黙し、涼は桃香の代わりに斗詩たちに考えを述べる。

 

「……いきなりの事でこちらも困惑している。返事は追ってすると、袁紹殿に伝えてくれるかな?」

「……分かりました。では、私達は他にも行かなければならない場所があるので、これで失礼します。文ちゃん、行くよ。」

「ん? 終わったの、斗詩? じゃあアニキ達、また今度なー。」

 

 きちんとした拝礼をして下がっていく斗詩と違い、猪々子は最後まで軽い言動だった。尤も、それが彼女の良いところでもある。

 しばらくして、二人の使者が居なくなった謁見の間には、残された面々が袁紹からの手紙を読みながら困惑していた。重苦しい空気はなかなか消えそうにない。

 そんな空気の中、言葉を発したのは涼のもう一人の義妹でもある愛紗だった。

 

「義兄上……私にはとても信じられないのですが。」

「俺だって信じられないし、信じてないよ。」

「ちぃも、あの子達の事はよく知ってるからこれはちょっと……ね。」

 

 地香も愛紗や涼と同じく、手紙の内容に否定的だ。

 それは他の面々も同じらしく、その手紙に書いてある人物に会った事がある者は勿論、会った事が無く話しか聞いていない者も同じ考えだった。

 そうした意見とは関係なく手紙の返事を書かないといけないのだが、この状況で答えを出すのは正しいのかどうかと、桃香も涼も判断しかねていた。

 結果として、彼等は情報収集を優先する事にした。

 

「とにかく、ちょうど今洛陽に行っている星と風が帰ってくるまで待とう。今はとにかく情報が欲しい。彼女達から何か聞いてからでも良いと思うけど、どうかな?」

「……ご主人様のおっしゃる事ももっともだと思います。ですが……その間に出来る事はやっておくべきかと。」

「そうね。結果がどっちでも、すぐに動ける様にしておかないと。朱里、雛里、調練の強化と書類整理、それと返書の案をいくつか考えるわよ。」

「あわわ……がんばりましゅ……あう、噛んじゃった……。」

 

 軍師達三人は涼の提案に賛同した。というより、今出来る事は実際のところそれしかない。涼たちはどうか間違いであってくれ、と思いながら風と星の帰還を待つ事にした。

 そんな風に涼たちを混乱させている原因である袁紹からの手紙の内容は長く、いろいろと書いてあったが、簡単にいうとこう書かれていた。

 

『帝を蔑ろにし、洛陽で悪政の限りを尽くす逆賊・董卓を討ちます』

 

 そして、この手紙が新たな戦いの幕開けを告げていたのだった。




「第十九章 帰還、それから」をお届けしました。

いつもの事ですが、書き終わるのに時間がかかってすみません。今現在入院しているので、書く時間が出来るかなあと思ったらそうでもなかったです。結構、リハビリやらなんやらで忙しいです。調べものもWi-Fiが無いので余り出来ませんし。

そんな中でも少しずつ書いていった今回は、一応拠点フェイズっぽく書いてみましたが、果たして上手く書けたかどうか。前半は前章のエピローグ、後半は華琳、雪蓮、桃香に焦点をあてた話にし、最後に次章に繋げる、という風に構成しました。後付けですが←
いやまあ、ここまで余り書いてない華琳について書いたら、雪蓮サイドも書かないと、だったら最後は桃香サイドも、って思ったらこうなりました。ちなみに、小蓮を徐州に残すという展開は書いてる内に決めたもので、最初は普通に帰る予定でした。

さて、次回からはようやくあれについての話になります。ここまで来るのに長過ぎですが、予め予告(変な日本語だ)しておきます。次も長いです。
次章はまだ出てない恋姫キャラ(真までです。英雄譚などは出ません)が出るので、どう活躍させるか今から決めて整理しないと。

そんな次章は今月中に開始予定です、良かったら読んでくださいね。
ではでは。

2018年1月7日更新
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