「朱里、
涼は目的の場所、軍師用の詰め所に来ると勢い良く扉を開け、四人の軍師を真名で呼んだ。
その四人は確かにその場所に居た。ただし、着替え中だったらしく皆“下着姿”だった。汗でもかいたのだろうか。
「!?」
「ふぇ!?」
「……清宮殿、部屋に入る際は“のっく”をするのが天の国の礼儀なのではないのですか?」
「まあ、お兄さんも男の人ですから仕方ないですね~。」
驚いて涙目だったり、ジト目を向けたりと三者三様ならぬ四者四様の反応を見せる軍師達。共通しているのは皆、腕や持っていた衣服で体を隠している事か。
また、軍師たち同様、突然の事に思考も行動も停止していた涼は、しばらくその光景に魅入ってしまっていた。まあ、年頃の少年なら半裸の少女に目を奪われても仕方がないだろう。
「あ……ご、ごめん。」
「謝る前に早く出ていって扉を閉めてください。」
冷静且つ冷たく言い放った雪里の迫力に負けた涼は、言われた通りにして廊下へと戻った。
しばらくして朱里たちの着替えが終わり、涼が呼ばれたのたが、涼を含めた全員が頬を朱に染めていたのも、年頃の少年少女だから仕方がないだろう。
そんな事があったので、涼は勿論、朱里たちからもなかなか話を切り出せなかった。が、その空気を変えたのはこの中で一番の新入りにあたる風だった。
「それで、お兄さんは風たちの着替えを覗きに来たのですか?」
「違うよ!?」
良いものが見れたとちょっとは思ったが、勿論それを口にはしなかった。
もし言ったら、どんな反応をされるだろうか。考えただけで涼は心の中で震えた。
涼は、風たちにここに来た理由を説明をした。自分がこれからしたい事を、それが果たして実現可能な事なのか、等をハッキリと伝えた。
話を聞いた四人の軍師は、皆一様に難しい表情をしている。当然だろう、それ程難しい事なのだから。
しばらくの間、部屋を静寂が包み、最初に言葉を紡いだのはまたも風だった。
「……なるほど、つまりお兄さんは風たちだけでなく、董卓さん達の下着姿も覗きたいという訳ですねえ~。」
「だから違うよ!?」
お笑いの専門用語で「天丼」というやり取りをしている風と涼。何か大切な話をする筈だったのだが、何だかそんな空気は作られそうもない。
そんな二人のやり取りを見ていた雪里は、苦笑と共にふうと息を吐くと言葉を紡ぎ始めた。
「風の怒りは取り敢えず置いておいて、清宮殿。」
しっかりと涼の顔を見据え、尋ねる。
「ご自身が何を仰っているのか、きちんとご理解なさっていての発言ですよね?」
それは大切な、必要な確認。
それをしなければこれから先の献策など無意味な、涼にとっても軍師達にとっても大事な確認をした。
「ああ。俺が言っている事は、下手したら徐州の人々を巻き込むかも知れないって事は、重々承知しているよ。」
「……そうでしたか。それならば、私からは何も申し上げる事はありません。」
迷い無く、ハッキリとした涼の答えに満足した雪里は、瞑目しつつ内心で安堵し、同時に大変な事になるかも知れないと困っていた。
そんな雪里の心中を察した軍師の一人、雛里もまた涼に尋ねた。
「……清宮様にとって、董卓さん達はご自身の名誉や命をかけてでも守りたい人達なのですか?」
それは雛里にとって当然の疑問だった。
雛里が朱里と共に涼や桃香の
だが、そんな不安を抱いているとは判らない涼は、あっけらかんと自身の考えを述べる。
「うーん……元々、名誉とかはどうでも良いしなあ。勿論、死にたくはないけど。」
「ふぇえっ!? 名誉、要らないんでしゅか? あう……。」
それは雛里にとって全く予想外な事であり、思わず噛んでしまった。
普通の武将、文官であれば、
だが、涼はそんな世界ではなく現代で生きてきた少年なので、余り名誉を気にする事はなかった。これがもう少し社会経験がある大人であったら、こうはいかなかったかも知れない。
そんな涼に対して雛里だけでなく朱里と風も同じ様に驚いているが、義勇軍旗揚げ時から行動を共にしてきた雪里だけは冷静な反応を示していた。
「雛里、清宮殿はこういう方よ。早く慣れた方が良いわ。」
「う、うん……。」
雪里に言われてもまだ戸惑いを隠せない雛里。慣れるにはしばらく掛かりそうである。
「そんな訳で、月たちを助ける方法を考えてほしいんだ。……無茶を言っているのは解っている。けどそれでも、俺は諦めたくない。諦めたらきっと、一生後悔すると思うから。」
もしそうなったら、まだ若い涼にとっては長く辛い人生になるだろう。今でさえ、沢山の兵の最期を見てきたのだ。普通の学生だった涼にとってとてつもなく苦しい事の筈だ。
だからこそ、その数を少しでも減らす為に
朱里はそんな決意を瞳に宿した涼を見据え、真面目なトーンで訊ねる。
「清宮様。諦めなかったからといっても、望む結果を得られるとは限りません。それでも尚、危険を承知でその道を進むおつもりですか?」
「確かに、朱里の言う通りだと思う。けどさっきも言った様に、俺は諦めたくない。後悔したくないんだ。」
後になって、「あの時こうすれば助けられたのかも」なんて思ったら、悔やんでも悔やみきれないからと思いながら涼はハッキリと答えた。
その答えに納得したのか、朱里は瞑目してから改めて涼を見据え、やはり真面目なトーンで、だが今度は柔らかさを含んだ声で言った。
「分かりました。それでは微力ながらお力になりましょう。」
朱里のその言葉に涼は心からの感謝を述べた。雪里たちもそれぞれ苦笑したり嘆息したりしながらも、朱里と同じ様に協力する事を誓った。そんな彼女達にも涼は心からの感謝を述べるのだった。
そうして涼が感謝し終えると、朱里は改めて問いかけてきた。
「まず、助けたい人数は董卓さんを含めて何人でしょうか?」
「理想は董卓軍全員だけど……それは絶対に無理なのは分かってる。だから、月……董卓と近しい武将や軍師を何人か助けたい。……最悪でも、董卓と
全員を助けたいという気持ちはあるが、それは現実的に不可能な事を涼はよく解っている。だから、せめて二人だけでも助けたいと正直に話した。
「それなら、まだ可能性は出てきます。董卓軍全軍とか仰られなくて良かったです。」
朱里の言葉に頷く雪里たち。もし涼がそう言っていたら彼女達も流石に匙を投げたのだろうか。
「とは言え、それでも可能性は低いと言わざるをえません。私達は董卓軍と連絡をとれませんから。」
現代なら携帯電話などで連絡はとれるが、ここは後漢末に似た世界。西暦でいうと紀元百九十年辺りの世界には当然ながら携帯電話は無く、連絡手段は手紙などである。そしてそれすらも今回は使えない。
「清宮様のお望みを叶える為には、董卓軍と一切連絡をとらずにいて、助けるべき人物を戦いで自軍はもちろん諸侯軍も殺さず、数多く集まるであろう諸侯より先にその人物と接触し、そこから説得して仲間にし、尚且つ諸侯の誰にも気づかれずにここ徐州まで連れてくる、という手順を踏む必要があります。」
「……改めて聞くと、難易度高いなあ。」
朱里が述べた「勝利条件」を達成する事がいかに難しいかを理解する涼。もともと解っていた筈だが改めて突きつけられると思わず天を仰ぐ。
そんな涼に対し、クールな口調で雪里が言う。
「それが嫌なら、董卓軍の中心人物を助けるという無茶な事は諦めるべきですね。」
「ご忠告ありがとう、雪里。けど諦める事はしないって決めたんだ。」
ついさっきまで
「やれやれー、どうやら風は大変な主に仕えた様ですー。」
「まったくだぜ。」
「風も
風と宝譿に申し訳ないと思いつつも、これからの事に風の、いや二人の力が必要と思っている涼は改めて協力を申し出る。
風と宝譿は、仕方ないですねえ、といった感じの表情と声音を返した。
そんなやり取りを見ていた雛里は、まだ若干の戸惑いを抱きつつも涼の願いを叶える為に考え、考えを述べ始めた。
「……問題点はさっき朱里ちゃんが挙げた通りですが、特に難点なのは連絡出来ない事ですね。董卓軍はこちらの意図を知らない訳ですから、遠慮なく攻撃してきます。同様に、私たちも董卓軍に遠慮する事は出来ません。」
「内通を疑われるからだね。」
「はい。更に言えば、清宮様の真意を知る者は徐州軍の中でも限られた人だけ、特に信用出来る人だけでなければなりません。」
「そういった意味では、風たちはお兄さんに信用されているのでしょうねー。旗揚げの頃から居る雪里ちゃんはともかく、入ったばかりの風たちにもこうして話してくれるのですから。」
雛里、そして風がそう言うと、涼もまた微笑みながら言った。
「そりゃ信用してるさ。一緒に居る時間に差はあるけど、みんな大切な仲間なんだから。」
あまりにも普通に、かつサラリと紡がれた言葉を聞いた一同は呆気にとられ、暫しの間沈黙した。だがそれは空気が重くなったからではなく、どこか生暖かい雰囲気によるものだった。
誰かがコホンと咳払いをした。見ると雪里だった。心なしか頬に紅が差している様に見えるが、涼の位置からは灯りの関係でよく分からなかった。
「そのお気持ちは嬉しいですが、だからといって全員に真意を打ち明ける訳にはいきませんよ。お解りですね?」
「解ってるって。……で、打ち明けるメンバー……つまりは人員だけど、桃香たちは当然として、他は誰が良いかな?」
雪里の念押しに苦笑しつつ答えた涼は、瞬時に真面目な表情になって訊ねた。それに対し、雪里もまた瞬時に答える。
「はい。昔から徐州軍に居る、もしくは居た人。即ち、
「裏切り……。」
その言葉を反芻するかの様に呟き、瞑目する涼。
その通りだと理解はしていた。だが、いざ耳にすると、口にすると体が震える。
これを直感的に理解していたからこそ、今まで誰にも相談出来なかったのだろうと、今ようやく理解する。
そして、それを理解した上で涼は行動していくと決めた。
「……そうならない様に慎重に動かないとね。まずは打ち明ける人員を決めよう。」
「はい。」
そうして、涼と軍師達はメンバーを決めていった。