出立の日まであと数日といったある日、涼の
ここは州牧補佐を務める涼の執務室。ここでは書類整理が主な仕事になっているが、時々こうして来客を迎える事もある。
上座に座る涼の左右には二人の少女が立っている。仕事の手伝いをしていた風と、来客の為に呼ばれた小蓮である。
「この前届いた姉様たちの手紙には貴女が来るとは書いてなかったんだけど、ひょっとして何かあったの、
涼が訊ねる前に来客の少女、明命に訊いたのはその小蓮だった。明命とは孫軍こと
「いえ、特には何もありません。ただ、徐州軍が連合に参加するのなら一緒にどうかと
「一緒に?」
「はい。徐州と揚州、孫家と清宮様は同盟を結んでいるので、此度の会戦でも共に戦う事は多々あると思います。ですから、今の内から行動を共にして将兵の
「それはまあ、確かに。」
涼はそう言いつつ右隣に立つ小蓮と左隣に立つ風を見た。小蓮は家族に会えると聞いて表情を明るくしている。風はいつもの様に眠そうな顔をしている。
「……ぐう。」
というか、寝ていた。立ったまま寝るとは器用な事をするものだ。
「風、こんなとこで寝るな。」
ていっ、と軽く手刀を風の肩に当てる涼。途端に目を覚ます風。
「これは失礼しました~。最近“何故か”忙しいのでつい居眠りをしてしまいました~。」
「……あとで昼寝して良いから、今は起きてて。」
「はい~。」
そう言った風だが眠そうな顔は変わらない。明命はというと目の前で行われたコントに困惑している様である。
そんな明命を薄目に見ながら、風は涼が聞きたい事を答えていく。
「一緒に行軍と言うのは良い考えかと思いますよ~。勿論、こちらも出立の準備といった事情があるのでその辺りを考慮してもらえれば、ですが~。」
「それについては海蓮様は徐州軍に合わせると仰られていました。出立の日にちを教えていただければ、その日に合わせて揚州軍を動かすと。」
涼はそこまでしてもらって良いのかなと思いつつ風に確認し、了承した。
「それで、合流地点はどこにするの? ここ……
「そうですね、下邳から若干南東に下っていただければよいかと思います。」
「南東?」
涼は首をかしげた。涼たちが目指す洛陽は徐州の遥か西である。なのに何故逆方向に進むのかと。
「はい。我々は
「えっ、
いつも通り陸路を行くつもりだった涼からしてみれば、明命の提案は考えもしていない事だった。
「はい。幸いにも
明命はそう言うと航路についての説明を始めた。
建業の北を流れる長江。その建業の東、
その川は
現代や史実の河川の流れとは違うかも知れないが、この世界ではそうなっているらしい。
日本人の感覚では川を大船団が行くというのはピンと来ないが、中国は広いので単に川と言っても大きさが違う。三国志で一番有名な戦いである「
よって、数万の軍勢が川を進むのは比較的簡単な事である。尤もそれは水軍を擁する揚州軍だからではある。
「船なら行軍で兵士さん達が疲れるという事は無いので楽ではありますね~。」
「それは確かに。けど明命、うちも今回の出兵には数万人を予定しているんだ。揚州軍の船の数がどれくらいか分からないけど、船が足らなかったり却って行軍が大変にならない?」
「その心配には及びません。
「マジか。」
涼は冥琳こと
揚州軍、後の
古代中国には「南船北馬」という言葉があった。読んで字の如く、「南方は水軍が、北方は騎馬が強い」という意味である。
赤壁の戦い直前まで
その為に
この赤壁の戦いに孫軍は二万から三万を動員したといわれる。
尤も、この世界に来て長い涼はそれと同時に「この世界ならそれもありなのかな」とも思っていた。
「じゃあ、詳しくはこの後みんなと話して決めるから、明命はしばらく待っていて。シャオ、彼女の話し相手よろしくね。」
「りょーかいっ☆」
シャオはそう言うと、孫家の姫に話し相手になってもらうという事態に戸惑う明命の手をとって、慌ただしく執務室を出ていった。
そんな二人を見送ってから風が呟く。
「……本当は“今の立場のシャオちゃん”を揚州軍の人と二人っきりにするのはどうかと思うんですけどね~。」
「それって、徐州の情報を聞かれるから?」
「はい~。シャオちゃんは今はまだお兄さんの婚約者であって妃ではありません。その状況では、いつ縁談が無くなってしまうか分かりませんから~。」
「それも分かるけど、遅かれ早かれうちの事は知られるし、それに……。」
「シャオちゃんや
「まあ、そんなとこ。」
風はやれやれといった表情とジェスチャーをした。頭上の