真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第二十二章 いざ、連合へ・6

 その様に徐州軍と孫軍が合流する数日前、洛陽では一つの事件が起きていた。「皇帝の暗殺」である。

 現代でいうなら草木も眠る丑三つ時。その様に深い時間の洛陽の宮殿の一室に二人の少女と二人の少年が円卓を囲んで話をしていた。

 

「……以上の理由により、陛下には“死んでいただきます”。」

 

 そう言ったのは賈駆(かく)こと(えい)。今は相国(そうこく)である董卓こと月の補佐を務める尚書(しょうしょ)という役職に就いている。

 

「……そんな。」

 

 「死んでもらう」と言われた陛下こと劉弁(りゅうべん)は絶句していた。当然であろう。

 劉弁はしばし呆然とした後、詠に訊ねた。

 

「何か他の方法は無いのか?」

「ありません。」

 

 詠の答えは簡潔だった。他の問いも受け付けないかの様な、冷たさを含んでいた。心なしか表情もそうなっていた。

 そんな表情の詠は劉弁から視線を移しながら冷たい言葉を紡いだ。

 

「陛下が“亡くなられた”後は、弟君の陳留王・劉協(りゅうきょう)様が即位されます。……よろしいですね、殿下?」

「……本当にやむを得ないのか。」

 

 この場に居たもう一人の皇族、劉協は長い赤髪を揺らしながら険しい表情をしている。

 劉協はしばし思案した後、左側に座っている少女に問い掛けた。

 

「月よ。こんな事をしてしまえば貴公の悪評は完全なものになり、最早後戻りは出来なくなる。それは承知しているのか?」

 

 問われた少女、月は殆ど間を置かずにその問いに答える。

 

「承知しています。(むし)ろ、これは私の発案ですから。」

 

 まるで人形の様な生気の無い、能面の様な表情でそう言った。視線はずっと正面の劉弁を見据えている。

 月の答えに納得できない劉協は、卓を叩きながら立ち上がり更に問い掛ける。

 

「何故だ。確かに袁紹(えんしょう)らのやっかみはあったものの、弁明の機会はいくらでもあった。いや、この帝都洛陽に居るのだからいつでも弁明し、事態の解決を図る事は可能だった筈だ。」

 

 確かに劉協の言う通りだった。

 十常侍誅殺以来、本拠地である涼州には戻らずずっと洛陽に居た月たちにはいくらでもその機会があった。そもそも、現在の地位なら多少の無茶をしても解決出来たかも知れない。

 だからこそ、劉協は納得出来なかったのだ。

 

「それなのに何故貴公はそれをしなかったのだ?」

 

 この問いには月はすぐに答えなかった。

 視線を左隣に居る詠に向ける。詠もその視線に自身の瞳を合わせ、暫し後にゆっくりと頷いた。しばらくして、月は劉弁と劉協を交互に見ながら言葉を紡ぎ始めた。

 

「……これから話す事は、どうか他言無用にお願いします。」

 

 劉弁と劉協が頷いたのを確認した月は、一転してそれまでの能面の様な表情を崩し、年頃の少女の、だが悲壮な表情になって口を開いた。

 

「私の父母が、とある輩に捕らわれているのです。」

 

 それは衝撃的な告白だった。劉弁も劉協も驚愕の表情のまま動かない。

 ただ一人、詠は沈痛な面持ちで月を見ていた。

 

「その輩の要求は、“これから私の身に降りかかる災厄を解決しようとせず、悪逆非道の名を天下万民に知らしめる事”、です。」

「何だそれは……そんな事をしてその輩に一体何の得があるというのだ!?」

「殿下、お声が。」

 

 つい声を荒げてしまった劉協を静かに注意する詠。劉協はハッとし、口を抑えながら着席し話の先を促した。

 

「詳しくは判りません。ただその輩は、“それによって引き起こされる戦が必要”とだけ言っていました。」

「ついでに申しますと、その輩は戦が起きた際は手助けをすると言っています。」

「そして、全てが終わった際に父母を解放する、と。」

「その為に貴公らは何も言えなかったのか……。」

 

 その様な理由があっては、何もしなかった、いや、出来なかったのも無理からぬと劉協は思った。

 輩の目的は今一つ不明瞭ではあるが、少なくとも董卓たちが苦しむ事を良しとする一団である事は確かであった。そして、仮にも涼州の一部を治める才能を持った武将を脅迫する輩が存在する事に劉協は戦慄していた。

 

「ですので、陛下には絶対に“死んでもらわなければならない”のです。御理解いただけましたか?」

「……理解はした。だが納得はしていない。その輩を誅殺する事は出来ないのか?」

「恐らく可能でしょう。ですが、輩に何かあった際は月の父母の命は無いものと思えと“忠告”されました。……残念ながら、ボク達は月の父母が何処に居るか判らないのです。」

 

 詠の表情には諦めが含まれていた。恐らく、これまでに何度も月の両親の居場所を調べていたのだろう。だが、恐らくその結果は芳しくないものだった。もし良い結果ならこんな表情はしていない。

 

「……解った。ならば月たちの言う通りにしよう。」

「申し訳ありません、陛下。」

「構わぬ。思えばあの時、清宮達が助けに来ていなければ十常侍に殺されていたかも知れぬ我が身だ。有効に使えるならそれに越した事はないさ。」

 

 状況を理解した劉弁は納得した様な表情でそう言った。そんな皇帝に月と詠は心から頭を下げた。

 

「流石はこの漢の皇帝です、劉弁陛下。」

「貴公らの忠節に感謝する。……後は頼むぞ、協。……いえ、“姉上”。」

 

 劉弁は弟である筈の劉協に向かってそう言った。

 劉協は一瞬驚いたが、すぐに常の表情に戻し、苦笑しながら応えた。

 

「この様な時に姉と呼ぶか。私は“弟”だ。」

「……そうだったな。済まない、協。」

 

 「兄弟」の最後の会話を、月と詠は静かに見守っていた。そこには驚きも何もない。ただ冷静に見守っていた。

 やがて、頃合いを見計らって月が告げた。

 

「……では、陛下は只今より“死んでいただきます”。」

 

 こうして、「皇帝の暗殺」は行われた。

 

 

 

 翌日、皇帝劉弁とその生母、何太后(か・たいごう)の急死が発表された。

 洛陽の都は勿論、宮廷内も大騒ぎとなった。

 事態を終息させる為、相国である董卓は劉弁の異母弟である陳留王・劉協の即位を発表した。後の世に「献帝(けんてい)」と呼ばれる皇帝の誕生である。

 洛陽の武官文官は皆新たな皇帝の誕生を祝った。だが、それと同時に急逝した劉弁と何太后に別れを告げたいという者も数多く居た。

 だが、董卓と賈駆は

 

『先帝陛下と太后様は病により崩御され、その御遺体は既に埋葬してある。御遺体に病が残っている危険性もある為、何人たりとも陵墓に立ち入ってはならない』

 

とのお触れを出し、二人へ直接別れを告げる事を禁じた。

 これには一部の者が反発したものの、新皇帝である劉協が二人のお触れを支持した事もあってすぐに沈静化した。劉弁と何太后の遺体が安置してある陵墓は警備が厳重で多くの見張りが立っている事もあって、その亡骸を見た者は誰も居なかった。

 そう、“劉弁と何太后の亡骸を見た者は誰も居ない”のだった。


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