真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第二十四章 汜水関へ向けて・2

 雪蓮たちと別れ、自陣に戻った涼たちは早速軍議を開いた。場所は桃香の天幕の中である。この天幕が徐州軍の中では一番大きい。余談だが、その周りには涼、愛紗、鈴々(りんりん)の天幕もある。

 

「という訳で、私達は汜水関(しすいかん)を目指す事になりました。」

 

 主だった将を前にして、桃香は先程の軍議で決まった内容を伝えた。内容の(ほとん)どは予想通りだった事もあり、混乱も反対も無かった。ただ、何人かは袁紹が総大将になった事に不満や不安を覚え、何故桃香がならなかったのかと残念がっていた。勿論、それが難しい事は百も承知の上での真意であり、それだけ桃香が徐州軍の諸将に慕われている証左でもあった。

 

「出立は明日の予定です。みんな到着したばかりで疲れてると思うから、休めるうちに休んでおいてください。」

 

 他に何かありますか? と付け足した桃香は徐州軍諸将を左から右に見ていき、一拍をおいて右から左に見ていった。特に質問は無い様だと判断した彼女はこの軍議を解散しようとしたが、そのタイミングで手を挙げる者が居た。水色の髪の女性、趙雲(ちょううん)こと(せい)である。

 桃香は星を見ながら彼女の(あざな)を口にした。真名を預かってはいるが、こういう場では字で呼ぶ事もある。星は桃香の真面目さに内心苦笑しながらも、その表情は至って真面目だった。

 

「孫家と行動を共にする事には(いささ)かの疑問も反論も無い。が、それ故にハッキリとさせたい事が一つ。」

 

 それは何ですか? と桃香は問う。星は真面目な表情のまま答えた。

 

「“万が一”の事が起きた際、孫家は頼りになるのか? 我等を裏切る事はないのか? という点です。おや、一つではなく二つでしたな。これは失敬。」

 

 そう言った星の表情はいつもの人をくった様な顔になっていた。

 この問いは桃香だけでなく諸将も想定していなかった。途端にざわめきが起こり、広がった。

 当然であろう。徐州と揚州は同盟関係にある。更に言えば、徐州の主の一人と言ってよい清宮(きよみや)と揚州の頭領である孫家は将来姻戚(いんせき)になる間柄であり、末娘を徐州に送っているのは恐らくその証である。勿論、人質としての意味合いもあろう。

 もし、孫家が徐州を裏切ればその人質の命が危険に晒されるのは必然。そこに桃香や涼の意思は関係ない。いくら跡継ぎとなる娘がまだ二人居るとはいえ、わざわざその様な暴挙に出る事はない。また、徐揚同盟は公言していないとはいえ実態は公然の秘密と言ってよく、孫家が裏切り行為をすればその事実は瞬く間にこの国全土に知れ渡り、これまで積み上げてきた実績も信用も灰塵(かいじん)に帰すのは想像に固くない。名将と謳われる孫堅がそんな愚をおかす筈はない。

 徐州諸将は当然それを理解している。勿論、星も理解している筈である。その上で何故こんな事を言ったのか。それも、孫家の末娘が正面に居る此の場(・・・・・・・・・・・・・・)で。

 孫家の末娘、つまりは孫尚香(そん・しょうこう)こと小蓮は星の言葉に少なからず動揺し、次いで怒った。当然の反応である。隣に立つ涼が止める間もなく小蓮は星の前に進んで怒声をあげた。

 

「せ……子龍(しりゅう)! アンタ何とち狂った事を言ってるの!」

 

 子龍とは星の字である。

 

「尚香殿、お怒りはごもっとも。ですが此度の連合軍も敵軍もその規模は諸将が経験した事がないものとなりましょう。その分、不測の事態が起こった際の対処についてはいつも以上に念を入れねばと思いましてな。」

「だからって、母様や姉様が涼たちに刃を向けるかの様な言い方をしなくても良いでしょ!」

「……その様な事は絶対に起こらぬ、と?」

「起きないわよ、絶対!」

 

 挑発する様な星の言葉に小蓮は即座に反論した。自分の家族がどれだけ涼を信頼しているか、徐州軍に敬意を表しているか、下邳(かひ)に来るのがどれだけ楽しみだったか、実際に来てみて不安になった時にどれだけ桃香や涼が励ましてくれたか、思いの丈を存分に紡いだ。

 名前を出された桃香は瞳を潤ませ、涼は恥ずかしいのか落ち着きがない。愛紗たちはというとそれぞれ差はあるものの皆好意的な反応を見せていた。

 小蓮は元々、徐州軍諸将からの信頼を得ていた。勿論その過程は簡単なものではなく、時には苦情が桃香たちに来る事もあった。だが、彼女が慣れない土地で一生懸命に頑張っている事、涼の婚約者としてどうすれば良いか悩んでいる事などを徐州軍諸将が見てきた事もあって、小蓮を娘や妹の様に見ている者も居る。そういう事もあって、星より小蓮を応援している者がこの場には多い。

 自然と場の空気は悪くなっていった。だが、星はそれを気にする様子がない。ただ小蓮の反論を聞き続けているだけだった。

 その様子を見た桃香は(いぶか)しげに首をひねった。隣を見れば、涼も桃香と同じ様な表情をしているし、朱里(しゅり)は羽毛扇で口許を隠しながら笑みを浮かべている。桃香は視線を戻した。

 小蓮の反論が終わった。暫くの間、両者は言葉を発せず、二人を見守る様に見ていた諸将もまた固唾を飲むかの様に口を閉じていた。

 やがて星がほんの僅かだけ口角を上げた。それはよく見ないと判らない程に僅かだったが、確かに上がっていた。

 

「小蓮殿がそこまで仰られるのなら、若輩者である趙子龍も安心出来るというもの。いや、此度の無礼をどうか許していただきたい。」

 

 星はそう言うと右手で左手を包む、拱手(きょうしゅ)という仕草をした。中国では昔から相手に敬意を示す際に使われる。厳密には性別や立場によって拱手にもいろいろな仕草があるのだが、ここでの星はお辞儀を加えていた。

 小蓮は毒気を抜かれた。さっきまで自分を敵視するかの様な発言をしていた相手がこんな行動をとれば当然である。星の目的が自分や家族の糾弾ではない。それは解った。だが星の真意が何なのかは解らず、小蓮はしばらくの間、探る様に星を見つめた。星はというと頭を下げたままである。

 数十秒か一分か五分かそれ以上か。天幕の中は静けさに包まれた。

 その静けさは、小蓮が言葉を紡ぐ事で消えた。

 

「頭を上げなさい趙子龍。先程の貴女の言葉は劉玄徳への忠義が篤い為に発したと察する。その忠義、高祖の義弟である樊噲(はんかい)に勝るとも劣らないでしょう。」

 

 小蓮は敢えて恭しく言った。それは、自分がいずれ涼の妻になる身だという事を、つまりは桃香の義理の姉になるという事を改めて示したのであり、その言動をもって先程の星の疑問に答えたともいえた。

 樊噲は高祖、つまりは劉邦(りゅうほう)の臣下の一人であり、劉邦の正室である呂雉(りょち)の妹の呂嬃(りょしゅ)を妻としていた。それもあって劉邦の信頼は篤く、樊噲もまたその期待に終始応えていった。漢の三傑には入ってないものの、その実績はもっと評価されて良い筈である。

 星を樊噲に並ぶ、と賞した事で、この騒動は終息したと言って良い。それを見た桃香は軍議の終了を告げた。諸将を解散させ、天幕には平和が戻った。

 だが、それでもこの場には数人が残った。涼、桃香、愛紗、朱里、そして小蓮と星である。

 小さく息を吐いた桃香が訊ねる。

 

「……さっきの騒動の理由を教えてもらっても良いかな、星さん。」

 

 その口調と表情は先程までと違い柔らかく、親しみを込めていた。同時に、何としても星の口から理由を聞きたいという意思が感じられた。

 一方の星は一度桃香を見、次いでこの場に居る全員を見た。こちらは先程と然程変わらぬ表情に見える。相変わらずの人をくったかの様な表情。だが、決して理由を話さないという雰囲気は無い。

 

「既に桃香さまもお気づきの筈では?」

「それでも、星さんの口から聞きたいの。」

 

 それを聞いた星はふっと笑みを浮かべた。どこまでも真面目な方だ、と内心で呟きつつ、言葉を紡ぐ事にした。

 

「一言で言うならば、徐州軍の諸将に孫家を良い意味で意識させる事と小蓮殿の立場を確固なものとする為ですかな。おや、二言でしたな。」

 

 これは失敬、と呟きつつ星は桃香を見据えた。

 

「つまり、小蓮ちゃんを怒らせる事によって小蓮ちゃん自身や孫家がどれだけ私達を、涼義兄さんを想っているかを吐露させたって事なんだね。」

「左様。いくら小蓮殿が諸将に認められているとはいえ、その中には内心まだ信用しきっていない者も居たかも知れませぬからな。決戦に挑む前にこれを(ただ)しておこうと思った次第。」

 

 星の言葉を聞いた桃香は呆れた様な表情で大きく息を吐いた。同じ様に呆れ顔の愛紗が星に訊ねる。

 

「だが星よ、それは少々賭けではなかったのではあるまいか? 下手をすれば諸将が小蓮や孫家に疑念を持つところであったぞ。」

「確かにな。だからこそ私は思いっきり孫家を悪く言ったのだ。そうすれば間違いなく小蓮殿は怒る。それも悪く言えば言う程、それを打ち消す程の反論を正しく言葉に紡ぐだろうと考えた。」

 

 そう答えた星は小蓮を見る。まだ少し怒っている様だ。頬を膨らませて睨んでいる。だがその様子もどこか微笑ましいと星は思った。

 

「そして、小蓮殿の反論が正しければ正しい程、私の疑念は的外れなものとなり、同時に小蓮殿の人気や評価が上がる。孫家への印象も良くなる。それを狙ったのだ。」

 

 結果として星の思惑通りに事は進んだのだろう。軍議が解散した後、小蓮に声を掛けた者は一人や二人ではなかった。しかも皆優しい笑みを向けていた。それはつまり、小蓮や孫家に好意的な想いを向けているという事なのだから。

 星の言葉に納得したのか、愛紗は頷いていた。それを見た朱里は微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「まあ、星さんの言動は明らかに不自然でしたからね。“孫家と行動を共にする事には些かの疑問も反論も無い”と言ったすぐ後に、“万が一の事が起きた際、孫家は頼りになるのか? 我等を裏切る事はないのか?”でしたから。」

「流石に軍師殿はお見通しだったか。私も強引だとは思ったが、他に言い方を思い付かなくてな。それに、多少不自然な方が私の意図が伝わり易いとも思った。今の朱里の様に察してくれた者が他にも居たかも知れぬ。」

 

 頭をかきながら星は苦笑した。ようやくそこで小蓮の表情が少し穏やかになった。

 小蓮の隣に立つ涼はそれに気づき、ホッとした。同時に、残った疑問について聞きたくなった。

 

「一つ目の理由は解ったよ。じゃあ、もう一つの“小蓮の立場を確固なものとする為”ってのは?」

「おや、桃香殿でさえ解っておられたのに、主殿(あるじどの)が解っておられぬとは意外ですな。」

 

 桃香が「私でさえって言い方は酷いー!」と当然の抗議をしたが、愛紗が宥めて事なきを得た。涼は苦笑しつつ、「俺も桃香と同じで星の口から聞きたいだけだよ」と答えた。それに納得したのか、星は笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「このまま孫家との同盟が続けば、確実に、数年内に小蓮殿は主殿の奥となられます。徐州の統治者の一人である主殿の妻というのは当然ながら軽い立場ではござらぬ。時代が時代なら、王妃といって良いでしょうな。そして王妃は、ただ国王の傍に侍れば良いという存在ではない。国王を支え、家臣に、国民に信用される存在でなくてはならぬのです。」

「……つまり、シャオが将来俺の妻になった時に皆に支持される存在になってほしくてさっきの茶番を起こしたって事か。」

 

 星は静かに頷いた。

 

「小蓮殿の反論が正しければ正しい程、小蓮殿や孫家が信頼されるとは先程申した通り。後は私が自身の非を認め、小蓮殿が寛容さを見せてくれればこの茶番劇は上手く幕を閉じれました。……尤も、私の予想以上に小蓮殿は動いてくれましたが。」

 

 星は再び小蓮を見た。その視線が優しげなものであると感じた小蓮は先程までの落差に戸惑いつつも自身の考えを述べる事にした。

 

「確かに、最初は本気で星に怒っていたけど、途中から違和感はあったのよね。それが何なのかは判らなかったけど、最後に星が拱手しながら頭を下げた時に何となく解ったの。ああ、これはシャオの為にしたんだなって。」

 

 そう言った小蓮の視線もまた、星と同じ様に優しげなものになっていた。この場に居る全員がそれに気づき、やはり優しげな視線を両者に向けた。それにしても、「何となく」で解るのは流石は雪蓮の妹である。

 

「だからシャオも何かしないといけないって思った。それで咄嗟に口調を恭しくして、星を許して、同時に称えてみた。これで良いのかなーって思ったけど、星が改めて拱手したのを見てホッとしたわ。」

「そうでしたか。何らかの称賛の言葉はあると思っていましたが、まさか武侯と同列に称えられるとは思いませんでしたな。」

 

 武侯とは樊噲の諡号(しごう)である。前漢の功臣の一人である樊噲になぞらえるという事は、その者をそれだけ信頼しているという事に他ならない。例え咄嗟の事であっても、それは称えた者がそう思っていなければ出てこない言葉である。

 何はともあれ、星が起こした茶番劇は徐州軍にとってプラスに働いたと桃香たちは結論づけ、それぞれの持ち場に戻った。明日には出発なので、やる事が多い。勿論それは徐州軍に限った事ではないのだが。

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