真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第二十四章 汜水関へ向けて・3

 桃香たちが茶番劇を演じていた頃、彼女たちがそうした様に雪蓮たちも自陣に戻って軍議を開き、明日の出発に向けて動き始めた。軍議の後、雪蓮は親友で筆頭軍師である冥琳(めいりん)と共に陣営を歩いて回っていた。将兵の観察だけでなく、ちょっとした気分転換を兼ねているが、二人の会話はこれからについてのいたって真面目な話であった。

 

「これだけの大軍だと、ここから汜水関までゆっくり進んで五日、急げば三日で着く筈。けど、そこでの戦いが何日掛かるかが問題よね。」

「ああ。時間が掛かればその分だけ敵の援軍が関に入るだろうし、別の道を通って遊撃部隊が来る危険性もある。いくら兵数が多いとはいえ、被害は最小限に抑えたい。」

「それは私達の軍だけ? それとも連合軍全体?」

「解りきった事を訊くんだな。当然、連合軍全体だ。」

 

 冥琳がそう言うと、雪蓮は「そりゃそうよねえ」と嘆息した。

 此度の戦いは黄巾党の乱の時の様に諸将が連合して行う。しかも規模はあの時より遥かに大きい。当然、被害もその分大きくなるだろう。そんな戦いで孫軍だけが無事で他が無事でないなんて事はまず考えられない。その逆も然り。よって、連合軍全体の被害を抑える事が結果として孫軍の被害を抑える事になると雪蓮は考えていた。冥琳も同じである。

 とはいえそれが難しい事だというのも理解していた。連合軍が八十万を超す兵数を集めた様に、董卓軍も数十万の兵を集めているという。正確な数は判っていないが、董卓軍単独でそれだけ集めているのは驚異的といえる。

 と、冥琳はそこで、実際には間に合わなかったとはいえ、十常侍誅殺の時ですら董卓軍は十五万もの兵を集めていたのを思い出す。自身の武力はともかく、元々優秀な将だった董卓こと(ゆえ)は人望が篤いのもあり、兵が集まりやすかったのかも知れない。

 そもそも、本当に月が専横をしているのかという疑問もあった。冥琳は月とそれ程深い付き合いがある訳ではないが、その数少ない付き合いでの印象は悪くなく、むしろ良いと思えた。将として甘そうという印象もあったが、雪蓮から聞いた情報を加味すると、外見に反してしっかりとした将と結論づけた。

 そんな人物が専横をするか? と思ったが、人は変わるものだとも理解していたので、疑問は半ば捨てた。確認のしようがないし、仮に専横をしていなかったとしても今更どうしようもないからだ。やる事は変わらないし、君子危うきに近寄らず、というではないか、と。

 

(もっとも、懸念すべきは清宮と劉備がどう動くかだな。)

 

 冥琳はそう思い、再び考えをまとめ始めた。

 二人と月は仲が良いと雪蓮から聞いていた。実際に冥琳は、十常侍誅殺後の宴会で仲良く話している三人の姿を見かけていた。真名も預けあっていたと記憶している。

 この二人は、月と同じかそれ以上に甘いと冥琳は見ている。十常侍誅殺の際は自ら宦官(かんがん)の首を討ち獲ったり、青州救援の為に最前線で戦ったりと、一勢力の長としては申し分ない働きを涼も桃香もしているのだが、それでも冥琳の基準からは甘いと感じるのだ。

 身近に雪蓮や孫堅こと海蓮(かいれん)という、戦や一族の伸長に関して徹底している者が居るからそう感じるのかは分からないが、実際、雪蓮たちと比べたら涼たちは甘いだろう。

 そんな涼たちがかつての味方を討てるのか、という懸念が冥琳にはある。それを調べる為に、徐州軍に明命(みんめい)を派遣した。表向きは徐州軍に行軍を共にしようと提案する事と小蓮の様子伺いだが、当然ながらそれだけで済ます程、冥琳も孫軍も甘くはない。

 今は同盟を組んでいるとはいえ、いつ敵対するか分からないのがこの時代である。相手の情報は少しでも多く知りたいのが普通だ。

 冥琳は明命に可能ならば(・・・・・)と前置きしつつ「徐州軍について調べる様に」と言い含めていた。そこには「反董卓連合における徐州軍または個人の考え」を確かめる意味もあった。

 残念ながら明命をもってしても徐州軍の真意は判らなかった。小蓮が常に居た事と、朱里たち軍師勢がしっかりと明命の行動を監視していた為である。徐州軍を調べたいとは思っても同盟関係を壊す気は元々無いと言い含められていたのもあり、危険を侵してまで深く調べる事はしなかった。

 

(もし、劉備たちが董卓をどうにかして助けようとしているのだとしたら……こちらも考えなければならない、か。)

 

 冥琳は出来ればそれは考えたくないなと思いつつ、孫軍の軍師として決意する。残念ながらというべきか、桃香たちは月たちをどうにかして助けられないかと考えている訳だが、果たしてどうなるか。

 さて、親友がそんな決意をしているとは流石の雪蓮も気づいておらず、彼女は考え込む冥琳に一言声を掛けてから自身の考えを述べ始めた。

 

「今回の連合は袁紹の檄文に応じて“悪逆董卓を討つ”って目的で集まった訳だけど、恐らくまともに戦おうとする者は少ないわね。可能な限り自軍の将兵を損なわず、上手いとこだけ貰いたいって奴等ばっかりでしょ。」

「ほお……どうしてそう思う?」

「簡単な事よ。董卓の悪政は確かに世に広まってるけど、いまだ私達にその影響はあまりない。勿論、場所によっては影響が出てるとこもあるかも知れないけど、現状では動く意味が薄い。諸侯の多くは名門袁家に誘われたから止む無し、ってのばかりでしょ。」

 

 そうだな、と冥琳は頷く。

 董卓が帝を蔑ろにし、帝都洛陽(らくよう)で専横の限りを尽くしている、との情報は入っている。袁紹からの手紙をまるまる信じる程お人好しではないので、独自に調べていた。

 その結果、確かに噂通り洛陽は董卓の支配下にあったが、実害はあまり見つからなかった。本当に専横して洛陽の都が混乱しているのなら、かつて(しん)趙高(ちょうこう)がした悪政の被害者が数えきれない程居た様に、此度も多数の被害者が居てもおかしくないのに、何故か一人も居なかった。何故か、というものの、それが何を意味するかは明白だった。

 また、諸侯も同じ様に調べていたと見るべきで、当然ながら同じ答えに辿り着いていると考えられる。

 

「だが、真偽はともかく帝を助けるというのは大義名分として充分過ぎるのも確かだ。もし、董卓を排除し帝をお救いする事ができれば、その恩賞は十常侍の時とは比べ物にならぬくらい大きいだろう。」

「ええ、恐らく今回集まった諸侯の多くはその恩賞に目が眩んだんでしょうね。実際、帝を助けた事で大きな恩賞を得た者が居るって前例もあるし。まあ、あの時はまだ帝じゃなくて皇子だったけど。」

「清宮と劉備か……。」

 

 理由は違うといえ、雪蓮もあの二人を注視している事に内心で苦笑しつつ、冥琳は二人の名前を口にする。

 既に触れたが、史実と違い、この段階で劉備が徐州の州牧になっているのは十常侍誅殺の恩賞によるものだ。当時の皇太子兄弟を涼たちが救いだし、その恩賞として涼が徐州牧に任命される事になった。だが涼はそれを固辞し、代わりに劉備をと願い出て、それが認められた為に劉備こと桃香が徐州牧となった。

 

「ええ。けど、今回は恩賞を得るのが簡単じゃない事を皆が知ってる。十常侍の時は宦官が愚かだったのか諸侯が簡単に洛陽に軍を集められたけど、今回は違う。私達の前には少なくとも二つの堅牢な関が在り、それを守る将兵の数も数十万に昇る。」

「ああ、関を抜くのは容易ではない。かつて、戦国末期に(ちょう)()()(かん)(えん)の五国が秦の函谷関(かんこくかん)を攻めたが落とせなかった。その結果、(せい)を含めた六国は秦に抗う力を持てなくなり、始皇帝による統一に繋がった。」

 

 冥琳が言ったのは「函谷関の戦い」と呼ばれる戦いの事である。なお、函谷関の戦いと呼ばれる戦いは少なくとも四回あり、冥琳が言ったのは四回目の戦いを指している。

 函谷関とは秦を守る関所の一つであり、難攻不落の要衝だった。

 その秦を滅ぼした劉邦は当初、函谷関を攻め落として関中へと攻め入るつもりだったが、謀臣の張良(ちょうりょう)の進言を受けて函谷関ではなく南に在る比較的手薄な関、武関(ぶかん)を攻め落としたと伝わる。

 ちなみに、函谷関は後漢時代にも在るが、秦時代のものとは場所が違う全くの別物である。

 関所を落とすのはそれ程大変な事であり、反董卓連合軍の進路に在る関所もやはり突破は簡単ではないだろうというのが両者の見解だった。

 両者はそのまま、さてどうするべきか、と頭を悩ませ、雪蓮は早々に冥琳に丸投げした。

 と、そこに、明るく楽しげな、それでいて落ち着きがある歌声が二人の耳に入ってきた。

 

「あら、この歌は……。」

 

 雪蓮は歌声がする方に目を向けた。冥琳も同じく目を向けながら微笑んでいる。

 

「この歌声は留正明(りゅう・せいめい)だな。相変わらず歌が上手い。」

 

 雪蓮たちの視線の先には、左手の杖で身体を支えながら明朗に歌っている少女の姿がある。周りには彼女の歌を聴きに集まっている揚州軍の兵士達が多数集まっていた。

 

「そういえば、華琳の軍には歌を唄って兵士の士気を上げる部隊があるわね。この間袁紹と戦った時に初めて彼女達の歌を聴いたけど、結構良かったわ。」

「私としては騒がしくて苦手な曲調が多かったが、上手いという点は同感だ。」

「ね、私達もそういう部隊作っちゃう? 勿論、部隊長は留正明で。」

「良い提案だとは思うが、今あいつの武力を失うのは惜しいな。」

「ま、それもそうね。彼女、足が不自由とは思えないくらい強いし、止めときますか。」

 

 あっさりと提案を取り下げた雪連は、そう言いながら再び留正明を見た。

 史実の留正明は黄巾党との戦いで足を負傷し、今でいう障害者になった。だが、家族の反対を押しきって足の筋を切り、その部分を引き伸ばすという荒技によって足を引き摺りながらではあるが歩ける様になったという逸話を持つ豪気な武将だ。

 既に触れたが、この世界の留正明は例にもれず女性である。年齢は蓮華と同じくらいか。史実で歌う際に「髪を振り乱して」とあるからか長い髪をしている。色は黒。

 孫呉の人間の多くが褐色の肌をしているが、彼女もその例に漏れず褐色肌である。服は上下共に赤を基調としており、上はジャケットの様な羽織で下はパンツルック。靴はスニーカーの様に紐で留めるタイプだ。

 胸は大きめで、孫呉の人間で比較するなら恐らく雪蓮以下蓮華以上と思われる。足が不自由なので、歩いたり走ったりする速度は遅い。……筈なのだが、ひとたび戦闘になるとそう思わせない動きを見せ、確実に眼前の敵を屠っている。それがこの世界の留正明である。

 雪蓮と冥琳はそれまでの難しい事柄を忘れ、暫しの間、彼女の歌に聴きいっていった。

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