真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第五章 黄巾党征伐・後編・5

 その様子を見ながら、涼はゆっくりと抜刀する。

 「雌雄一対の剣」の一振りである「蒼穹(そうきゅう)」は、もう一振りの剣「紅星(こうせい)」と同じく日本刀の形状をしている。

 この世界には当然ながら日本刀は無く、その材料も無かったが、涼が鍛冶屋の女主人に事細かに説明した結果、何とか出来上がった。

 材料が違う為、日本刀本来の切れ味は無いかも知れないが、軽くて使い易い。

 もっとも、未だ人を斬った事は無いのだが。

 

「桃香。」

「解ってる。私も覚悟はとっくにしてるから。」

 

 隣に居る桃香に声を掛け、共に構える。

 二人共、手や足が震えているのが解っていた。

 それでも、やらないといけない。いつ迄も兵士達だけに任せる訳にはいかないから。

 

「頼りない兄だけど、俺から離れるなよ。」

「はいっ。」

 

 桃香の返事を待ってから、涼は黄巾党に向かって駆け出し、桃香も離れない様に走る。

 目指すは張宝只一人。

 余計な殺生はしたくないし、戦う回数が増えればそれだけ命の危機も増える。

 戦い方を知っていても、今迄それを実践する機会が無かった二人にとって、戦う回数は少ない方が良いに決まっていた。

 幸い、兵士達と黄巾党が入り乱れている中で、張宝迄の道が拓けた。

 涼と桃香はそこを見逃さず走っていく。

 当の張宝は馬に乗ったまま黄巾党を鼓舞しており、涼達の接近に気付いていない。

 

(このまま、張宝を捕らえる!)

 

 そう思いながら、涼は張宝に向かって剣を振るった。

 怪我させない様に、ちゃんと峰打ちにして。

 だが、涼の剣は張宝に当たる事は無かった。

 

「地和ちゃんは殺らせないっ!」

「ちぃっ!」

 

 黄巾党の男が涼の前に立ちはだかり、自らの剣で涼の剣による攻撃を防いだ。

 その男はさっき張宝に向かって叫び、投降を思いとどまらせた一人だった。

 

「邪魔するなっ!」

 

 涼は一旦間合いをとって再び剣を振るう。

 だが男はそれを軽く避けていく。

 

「どうしたあ!? 天の御遣い様の太刀筋ってのは、こんな物か!? ……こんなんでこの馬元義(ば・げんぎ)様を殺れると思うなっ‼」

 

 男はそう叫びながら剣を振り回す。

 

(こいつが馬元義……。そう言えば、この世界だと未だ馬元義が居るんだな。あと、登場人物が必ず女になってる訳じゃ無いみたいだ。)

 

 涼は、馬元義の攻撃を必死にかわしながらそう思った。

 その割には意外と余裕が有る様だ。

 一度も戦った事が無い涼がこれだけ動けるのは、涼の「戦いの先生」達のお陰だろう。

 

(そう言えば、桃香はどうした!?)

 

 そんな中、涼はハッと思い出す。

 涼と共に張宝を攻撃しようとした桃香だが、今は近くに居ない。

 不安になった涼は、攻撃をかわしながら辺りを見回す。

 すると、桃香は涼の左前方約十メートル先に居り、そこで黄巾党の一人と打ち合っていた。

 

丁峰(ていほう)さん、剣を退いて下さいっ! 私達は無益な争いを望んでいません‼」

「俺達の仲間を殺しておいて、今更何を言いやがる!」

 

 桃香は宝剣「靖王伝家」を両手で構え、丁峰と呼んだ黄巾党に呼び掛けながら何度も剣を振るっている。

 桃香が黄巾党の男の名前を知っているのは、恐らく先程の馬元義と同じ様に名乗ったのだろう。

 

「桃香……っ!」

「戦いの最中に、何余所見してやがる!」

 

 思わず駆け寄ろうとする涼だが、馬元義の攻撃がその進路を阻む。

 

「くっ……!」

 

 涼は馬元義に斬りかかりながら、桃香の方に目をやる。

 今の所は何とかなっているが、元来戦いに向いていない桃香が長く保つとは思えない。

 もっとも、戦いに向いていないのは涼自身もなのだが。

 

(邪魔するなっ‼)

 

 涼は急に湧き出た怒りに任せて剣を振るうと、運良く馬元義の剣を弾き飛ばす事が出来た。

 そのまま馬元義に向かって剣を振り下ろそうとした涼だったが、何故かその手は途中で止まった。

 

(くっ……!)

 

 涼は止まった手が震えているのが解った。

 決心していた筈なのに、いざ人を斬るとなると躊躇ってしまう様だ。

 そうして動けない涼を、馬元義は見逃さなかった。

 

「おらっ‼」

「うわっ!」

 

 馬元義の左キックが涼の脇腹を狙い、涼はガードする間も無く蹴り飛ばされた。

 涼は何とか受け身をとる事が出来たが、その間に馬元義は自分の剣を取り戻し、そのまま涼に向かってきた。

 

「死ねえっ‼」

 

 涼は、マンガとかでよく聞く台詞だなと思いながら攻撃を必死に避け、立ち上がって剣を構える。

 だが、その剣は依然として震えていた。

 

(……くそっ! 震えるなよ、震えるなって‼)

 

 涼は必死に震えを止めようとするが、止まる気配は全く無かった。

 相手が恐くて震えている訳では無い。相手を斬ることに怖れて震えているのだ。

 そして、この震えを収める術が一つしか無いのを、涼は理解していた。

 だが、「それ」が出来ないから困っている訳で。

 

「おりゃああっ‼」

「くっ!」

 

 攻撃を避けながら、「それ」をしないといけないと思いつつ出来ないジレンマに苦しんでいた。

 

(早く桃香の援護に行かないといけないのに……!)

 

 焦る気持ちをつのらせながら、涼は剣を振った。

 だがその動きは遅く弱く、とてもじゃないが当たる様な一撃では無い。

 涼の攻撃を何の苦も無く避けた馬元義は、逆に斬りかかって涼を追い詰めた。

 馬元義の剣の腕は、ハッキリ言って良くは無い。それは、戦いの素人である涼が動きを見切れている事からも解る。

 だが、涼と馬元義では決定的に違う事が有る。

 それは、

 

“人を斬った事が有るか無いか”

 

の一言に尽きる。

 馬元義は今迄何人も斬ってきたのだろう。剣を振るう動きに迷いが無い。

 だが、涼は違う。

 平和な世界に生まれ育ち、今この乱世の世界に生きていても、ずっと仲間達に守られてきて未だ一人も斬った事が無い。

 斬らないで済むなら一番良いが、それが簡単な事では無いのも解っている。

 斬らなければ自分が斬られると解っていても、最後の決断に踏み込めない。

 それは普通の人間として当然の事だった。

 いざ剣を振るって斬ろうとすると、手が止まって剣が震える。

 仮に振れたとしてもその速度は遅く、簡単にかわされる。

 これでは、例え百万回チャンスが有っても成功はしないだろう。

 

(俺は……負ける訳にはいかないのに……っ!)

 

 焦って剣を振るうも、やはり当たる筈も無く、運良く当たろうとすると手が止まった。

 そんな繰り返しが何度も続き、気付けば涼は孤立していた。

 周りには味方である連合軍奇襲部隊も、敵である黄巾党主力部隊も居ない。

 よく見れば、涼の遥か前方で彼等の戦いは続いていた。

 幸い、桃香は無事の様だが、桃香が戦っていた相手である丁峰もまた無事だった。

 

「味方は来ねえみたいだな、天の御遣いさんよぉ!」

「ちぃっ!」

 

 馬元義もまた周りをよく見ていたらしく、そう叫びながら剣を振り回す。

 その攻撃も難無くかわす涼だったが、バックステップでかわした後、背中に何かが当たった。

 

(木!? しかも結構大きい‼)

 

 涼の背後には樹齢何十年になるか解らない大木が在った。

 その為、これ以上下がる事は出来ない。

 

「もらったあっ‼」

 

 下がる事が出来ない涼に、馬元義は左から右への斬撃を放った。

 次の瞬間、キィン! という甲高い金属音が鳴り響いた。

 涼の剣が、左から迫ってきた馬元義の剣を防いだからだ。

 だが、ギリギリで防いだ為、僅かに剣の刃先が涼の肩に触れていた。

 防ぐのが後少し遅かったら、間違いなく肩を切り裂かれていただろう。

 

「……はあ……はあ…………っ‼」

 

 涼は殺されそうになった恐怖の余り、呼吸が必要以上に荒くなっている。

 また、目の焦点は合っておらず、体温は急激に下がっている様に感じていた。

 

「ちっ、運の良い奴め。ならばもう一度……!」

 

 馬元義はそう言いながら剣を引こうとした。

 だが、剣は涼の後ろに在る大木に刺さっていて中々抜けない。

 

「……くない。」

 

 涼は、目の焦点が合わないまま何かを呟いた。

 

「ああ!?」

 

 中々剣が抜けない馬元義は苛立っている。

 

「……たくない…………。」

 

 再び呟く涼。

 その時、少しずつ馬元義の剣が大木から抜けてきた。

 

「よし、このまま……!」

 

 それによって馬元義の苛立ちは収まりつつあり、攻撃も間も無く再開されようとしていた。

 その時、

 

「…………死にたく、ないっ‼」

 

涼はそう叫びながら剣を動かし、自らも右前方へと踏み出した。

 数秒後、涼は剣を右手に持ち、相変わらず目の焦点が定まらないまま立っていた。

 近くの大木の根元には、一人の男が俯せに倒れている。

 男は首の右側から腰の左側にかけて刀傷が有り、そこから紅い液体が流れ出ていた。

 大木にもその液体が飛び散っており、また、その木に留まっていた小さな虫も真っ赤に染まっている。

 

「はあ……はあ……っ。」

 

 涼は荒い呼吸を繰り返す。

 手は震え、それによって剣がカタカタと音を立てて震えていた。

 白いコートは左側が紅く染まっている。勿論、涼の顔にも紅い液体が飛び散っていた。

 涼は手を震わせながらゆっくりと振り向いた。

 視界に入ってきたのは、紅く染まっている大木と、その根元に倒れている一人の男。

 

「…………っ‼」

 

 男はピクリとも動かない。呼吸もしていない。

 男が倒れている場所には紅い水溜まりが出来ており、男が頭に巻いている黄色い布も、今ではその半分以上を紅く染めていた。

 

「俺が……っ。」

 

 涼は、弱々しく声を震わせながら呟く。

 

「俺が……馬元義を殺した…………!?」

 

 戸惑いながらそう呟いた涼の剣からは、馬元義を斬った時に付いた血が滴り落ちていた。

 涼は信じられないといった表情をしていた。

 だが、馬元義を斬った感触は確かに有る。

 今迄経験した事の無い、肉が裂け、骨が砕ける、あの感触。

 それを思い出した瞬間、涼は激しい嘔吐感に襲われた。

 

「うっ……ぐぅっ…………!」

 

 だが涼は必死になって吐くのを我慢した。酸っぱい液体が胃に戻っていくのを感じる。

 我慢した理由は、連合軍の総大将として、ここで吐く訳にはいかないと思ったからだ。

 

(これで……後戻りは出来ないな…………。)

 

 元々逃げるつもりは無かったが、人を斬った事で尚更逃げる事が出来ないと悟った。

 手の震えは、いつの間にか治まっている。

 人を斬った事で、「人を斬る恐怖」が無くなったからだろう。

 実際、涼は未だ自分のした事を直視出来ないでいるが、人を斬る事に対する躊躇いは無くなろうとしていた。

 

(どんな理由があれ、本当は人を殺しちゃいけない。……だけど、この世界ではそうも言っていられない……。)

 

 剣を握る手に、自然と力が入る。

 

(けど……それを言い訳にして人を殺すのを正当化したくない。だから……だから、この気持ちは絶対に忘れない!)

 

 涼はそう固く決意すると、桃香の援護に向かった。

 先程迄居た場所に戻ると、そこでは尚も戦いが続いていた。

 先程より黄巾党の数は増えているが、連合軍奇襲部隊にも、罠の事後処理を終えた愛紗の部隊が合流している。

 兵の数では負けてはいないし、愛紗や鈴々が農民上がりの黄巾党に負ける筈も無い。

 そんな戦いの中、涼は桃香の姿を確認した。

 愛紗達とは少し離れた所にへたり込む様に座っていて、側には靖王伝家が落ちている。

 そして、桃香の前には一人の男が倒れていた。

 

「桃香!」

 

 慌てて駆け寄るが、桃香は前を見たまま反応しない。

 それに、まるで先程迄の涼の様に、目の焦点が合っていない。

 そこで涼は気付いた。桃香の前に倒れている男が血を流して死んでいる事。

 そして、桃香の剣である靖王伝家に血が付いている事に。

 

「わ……私……っ!」

 

 桃香は声を震わせていた。

 

「戦っている時に転んじゃって……そしたら丁峰さんが私に斬りかかったから、私……私…………っ!」

「……もう良いから。」

 

 涼は桃香を抱き寄せて、必死に落ち着かせようとした。

 だが、それでも桃香は落ち着かず、声だけでなく体迄も震わせている。

 それを見た涼は、先程迄の自分を見ているかの様に錯覚した。

 

「咄嗟に剣を突き出したら……丁峰さんの体に刺さって……それから……それから…………っ!」

 

 尚も落ち着かずにいる桃香は、いつの間にか涙を流していた。

 

「覚悟していた筈なのに……解っていた筈なのに……っ! 結局、私は何も解っていなかったんだ…………っ!」

 

 涙を拭く事すら忘れ、自分がした事とその結果に恐怖し、自我を保てなくなっている。

 この世界で生まれ育った人間でも、皆が皆人を殺すのに慣れている訳では無い。(むし)ろ、涼の世界と同様に人を殺した事が無い人の方が多いのだ。

 だから桃香のこの反応は自然なものであり、決しておかしくはない。

 義勇軍の指揮官としてはおかしいかも知れないが、桃香はついこの間迄普通の女の子として育ってきたのだから、仕方が無いだろう。

 

「大丈夫……解っていなかったのなら、これからちゃんと解れば良いだけだ。俺も一緒だから、心配するな。」

 

 涼は子供をあやす様に桃香を抱き締めながら、柔らかな口調で語り掛ける。

 すると、桃香は少しずつ落ち着きだし、目の焦点も合ってきた。

 

「涼……兄さん…………?」

 

 涼を見ながら漸く気付いたかの様に呟くと、安心したのか体の震えが治まってきた。

 

「涼兄さん……。」

 

 もう一度呟いてから涼に向き直り、涙を拭う。

 そこで初めて、涼の服や顔に血が着いているのに気付いた。

 桃香は驚きつつも目を逸らさず、そのまま涼に尋ねる。

 

「涼兄さん……もしかして……。」

「ああ……さっき、斬った。」

 

 靖王伝家を拾いながら、淡々と答える涼。

 その剣をブンッと振って、剣に着いた血を地面に飛ばし、桃香に渡す。

 暫くの間手に取るのを躊躇した桃香だが、やがてしっかりと剣の柄を握り、そのまま目の前で倒れている男−丁峰に目をやった。

 

「ごめんなさい……。」

 

 そう呟くと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……でも、貴方を殺した事を無意味にはしません。約束します。」

 

 物言わぬ骸と化した丁峰にそう誓うと、表情を引き締めて涼に向き直った。

 

「行きましょう、涼兄さん。少しでも早くこの戦いを終わらせないと!」

「ああ!」

 

 そう言葉を交わした二人は、愛紗達が居る前線へと走る。

 涼も桃香も、動揺が完全に無くなった訳じゃ無い。

 だが、いつ迄もそのままではいられない。

 怖れ、悔やみ、泣くのは戦いが終わってからで良い。

 涼と桃香はそう思いながら剣を構え直した。*1

*1
原作ではあまり戦闘描写がない桃香を戦闘に関わらせ、同じ日に人を斬った経験をした涼と並べる事で少し原作とは違う桃香にしようと思った次第です。

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