真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第五章 黄巾党征伐・後編・6

 張宝は焦っていた。

 当初は劣勢だった黄巾党も、援軍の到着によって一時は立場が逆転した筈だった。

 だが、今現在優勢なのは連合軍。そう、張宝の敵の方だった。

 更に、悪い事は重なる物らしい。

 

『馬元義将軍が討たれました!』

『丁峰将軍、戦死!』

 

 戦いの最中、部下が伝えてきた二つの凶報。

 張宝率いる黄巾党第三部隊の主力が二人も討ち死にした事は、張宝だけでなく黄巾党全体に大きな衝撃を与えた。

 張宝の檄によって上がっていた士気も、今では著しく低下しており、それによって次々と部下が討たれている。

 

(こんな……こんな事って無いっ‼)

 

 慌てる張宝の耳に聞こえてくるのは、士気高らかに進む連合軍の兵の声と、地面に倒れ死んでいく黄巾党の兵の断末魔。

 今や味方の兵は三十にも満たず、対する連合軍は数百を超えている。

 勢いでも数でも負けていては、勝てる筈が無い。

 

(嫌よ……こんな所で死にたくないっ!)

 

 逃げたいと思う張宝だが、部下を見捨てて逃げる訳にはいかない。

 だが、このままここに居ては間違いなく殺される。

 選択肢は限り無く少なくなっていた。

 そんな時、張宝の近くに居た部下の一人が矢を受けて倒れた。

 部下は張宝に逃げる様言いながら死んでいった。

 張宝は慌てて矢が飛んできた方向を見る。

 そこには、桃色の長髪を靡かせ、大きな胸を揺らしながら弓矢を構えている少女が居た。

 そしてその少女の近くには、「劉」と書かれた旗が風に(なび)いている。

 

(“劉”の旗……! それって、天の御遣いと共に戦ってる指揮官の名前と同じ……っ! 名前は確か、劉備玄徳……‼)

 

 張宝は、以前張梁から聞いた情報を思い出しながら劉備――桃香を見続けた。

 先程の矢は、部下を狙ったものではない。矢は確実に張宝に向かって飛んできていた。

 それが部下に当たったのは、部下が身を挺して張宝を守ったからに他ならない。

 

(……天和(てんほう)お姉ちゃんみたいな大きな胸と、ノンビリしてそうな顔をしてるくせに、意外とやるじゃない……。流石は義勇軍の指揮官って訳……?)

 

 張宝は考えようとした。が、考える暇が有る様な状況では無くなっていた。

 残った部下が、身を挺して戦っていた。

 張宝の前に壁になる様に並び、斬られても射られても直ぐには倒れない。

 そして皆口々にこう叫んでいた。

 

地和ちゃん、逃げろ……!

 

 いつの間にか、張宝は馬を後方に向けて走らせていた。

 少女が立ち塞がる黄巾党の最後の一人を斬り倒すと、少女は兵に向かって大声をあげた。

 

「張宝を逃がすなっ! 弓兵隊はどうしたっ!?」

「駄目ですっ! 馬が速く、既に射程外です!」

 

 兵の報告を聞いた少女は、無意識に歯軋りをした。

 

「ならばこちらから距離を詰めるだけだっ!」

「し、しかし、人間の足では馬に適いませんっ!」

「そんな事は百も承知! だが、だからと言ってここに留まっていても、射程外のままだ!」

 

 少女は長い黒髪を揺らしながら、兵達に向かってそう叫ぶ。

 

「敵将をここ迄追い詰めておきながら逃げられては、我等義勇軍の沽券に関わる! 総員、我に続けーっ‼」

 

 自身の得物、青龍偃月刀を掲げながら、少女は張宝に向かって走り出す。

 少女の気迫に圧されたのか、兵達も大声を上げながらついて行った。

 その様子を、別の部隊の兵が小さな少女に伝える。

 

関羽(かんう)将軍*1の部隊は張宝を追う様です。我が隊はどうします?」

「愛紗が行くなら、鈴々も行くのだっ。あ、念の為何人かはお兄ちゃん達についていてほしいのだ。」

「解りました、張飛(ちょうひ)将軍*2。」

 

 張飛――鈴々は、関羽――愛紗が張宝を追い掛けたと知ると瞬時に指示を出した。

 

「それじゃ皆、鈴々に続くのだーっ!」

 

 丈八蛇矛を掲げた鈴々が走りながら号令を出すと、鈴々の部隊もまた張宝を追って走り出した。

 その様子を見ながら、涼と桃香は自分の部隊に指示を出していた。

 

「負傷者はここに残って治療を受けて下さい。無事な人は私達と一緒に張宝さんを追い掛けますっ。」

「情報を得る為にも、出来れば張宝は生け捕りにしたい。けど、それが出来そうに無いなら無理はしないで良いから。」

 

 指示を受けた兵達はそれぞれの役目を果たすべく動き出した。

 少なからず負傷者は居るし、死者も居る。

 崖を登った時は五百人居た奇襲部隊も、今では四百五十人前後になっている。

 その内の約半数が愛紗と鈴々の部隊の為、ここに居るのは残りの約二百人。それは決して多い人数では無かった。

 

「……涼兄さん。」

「どうした?」

 

 そんな部隊の確認をしていた涼に、桃香が声をかけてきた。その声は何故か沈んでいる。

 

「あの……さっきはごめんなさい。」

「さっき?」

 

 桃香は涼に対して謝ったが、涼は何故謝られているのか全く解らなかった。

 

「その……張宝さんの居る方向に向かって、私が矢を放った事です。」

「ああ、あれか。」

 

 確かあれは、張宝の側に居た黄巾党に当たったなと涼は思い返した。

 

「……勿論、私は張宝さんを狙った訳じゃないの。近くに居た黄巾党を狙ったら、その射線上に張宝さんが居て……。生け捕りにする筈なのに、殺そうとしてごめんなさい……。」

「そっか……。まあ、幸い張宝は未だ無事だから余り気にするな。」

「うん……。」

 

 未だ若干複雑な表情ながらも、少しホッとする桃香。

 

「けど、何で弓矢を使ったんだ?」

「それは、相手がちょっと遠くに居たんで、落ちていた弓矢を拾って攻撃したの。……あの弓矢、誰のだったのかな?」

 

 落ちていたって事は、戦死した連合軍の兵士か黄巾党の兵士の物だろう。

 生きているなら武器を落としたままにはしないだろうから。

 

(張宝は、史実だと皇甫嵩(こうほすう)に、演義だと朱儁に敗れて戦死している。小説とかだと張宝を討ったのは劉備で、しかも弓矢を使っていた。だから、桃香が弓矢を使ってもおかしくは無いな。)

 

 とは言え、普段の桃香が弓矢を使うのはやっぱり違和感が有るなと涼は思った。

 涼は取り敢えず、慣れない武器は使わない方が良いんじゃないかと桃香に助言してから張宝を追った。

 張宝は必死に馬を走らせていた。

 本陣には数万の味方が居る。

 彼等と合流すれば、数百しか居ない敵兵なんて簡単に倒せると、そう思っていた。

 だが、その思惑は脆くも崩れ去る事になる。

 

「何……これ…………!?」

 

 本陣に辿り着いた張宝の視界に入ってきたのは、黄巾党と連合軍の戦いだった。

 しかも連合軍の数は黄巾党を圧倒しており、旗色は明らかに悪かった。

 

「地和……ちゃん……。」

 

 その光景を前に呆然としている張宝の前に、黄巾党の一人がふらついた足取りでやってきた。

 

「一体……何があったの!?」

「鉄門峡前に居た……連合軍が雪崩込んできて……この有り様です……!」

「鉄門峡って……あそこに配置していた部隊は何やってたのよっ!?」

「どうやら……全滅した様です。恐らく……先程の裏切り者達が倒したのかと……!」

「そ、そんな……っ!」

 

 張宝は絶望的な状況を悟り戦慄していた。

 数で互角になっていた黄巾党が連合軍に勝つ為には、この山の地形を生かした戦いをしなければならなかった。

 だが、最早それが可能な状況では無い。

 張宝は、自分の命運が尽きようとしている事に、今迄感じた事の無い恐怖を感じていた。

 

「地和ちゃん……逃げてくれ……っ! 俺達はもう駄目だが、地和ちゃんが……天和ちゃんや人和(れんほう)ちゃんと合流出来れば、黄巾党は未だ……っ‼」

 

 男の言葉はそこで途切れた。

 男はその場に倒れる。背中には無数の矢が刺さっていた。

 

「……っ‼」

 

 張宝は一瞬息をするのを忘れた。

 目の前で部下が死ぬのは何回も見ているが、今は状況が状況だけにその恐ろしさは計り知れないものになっている。

 遠くで張宝の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 そのトーンは決して友好的なものでは無い。

 張宝が声のした方向に目をやると、そこには「曹」や「董」、「盧」の旗が揺れていた。どれも連合軍の武将の旗だ。

 

(ちぃ……死ぬの…………!?)

 

 張宝の体は震えていた。

 次々と倒れていく部下達。雷鳴の様な大声を上げながら近付いてくる連合軍。そのどれもが恐怖の対象でしかない。

 そんな状況に置かれた少女が冷静で居られる筈は無く、少女は只一目散に逃げ出した。

 そこに居たのは黄巾党の指揮官である張宝では無く、普通の少女である張宝だった。

 数刻後、この山に居た黄巾党は殆どが討たれ、残った者は皆投降した。

 只、指揮官である張宝は遂に見つからなかった。

*1
この場合は「関将軍」と呼ぶのが正しいんですが、当時はそれを知らなかったのでこう書きました。原作ゲームも初期はこんなだった筈だし、良いよね?←

*2
なのでここも「張将軍」呼びが正しいです。

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