前漢・後漢併せて約四百年続く漢王朝も、今や落日の兆しが見えている。
その原因の一つが、ほんの一握りの宦官によるものだとは、劉邦も劉秀も予期出来なかっただろう。
2010年5月2日更新開始。
2010年7月11日最終更新。
2017年4月26日掲載(ハーメルン)
自陣を出て約半刻後、
古代中国の街はその
少なくとも、
勿論それは漢王朝の首都である洛陽も例外では無く、
「どうしたの?」
「いや……本当にでっかいなあと思ってさ。」
初めて見た訳でもないのに、そんな感想しか出てこない。
現代ではもっと大きな建造物が在るし、見た事もある。
それでも目の前の城壁を驚いて見上げてしまうのは、この世界でもこんな建造物が造れるという驚きと、その迫力によるものだろう。
「確かに大きいわね。……でも、大きいだけじゃ意味は無いわ。」
「まあな。」
城壁が大きいだけに門もそれなりに大きい。横に三十人並んでも余裕があるくらいだ。
「これから先は何があるか判らないわ。……覚悟は良い?」
「ああ、大丈夫だよ雪蓮。」
そう答えて涼は馬を進め、分厚い門を潜っていった。
洛陽の街は静けさに包まれていた。
「巻き添えにならないか不安なんでしょ。」
そんな住人達を見ていた涼に、雪蓮はそう言った。
言われてみれば、力を持たない住人にとって、兵を引き連れている自分達は争いの種である事は間違い無い、と涼は認識した。
「……巻き込まない様にしないとな。」
「ええ。」
二人はそう言って目的地へと急いだ。
目的地は、洛陽中心部にほど近い場所に在る大きな屋敷。
以前洛陽に来た際にも滞在した屋敷に、今回も向かう。
「
「お前に何かあったら桃香が悲しむからな。取り敢えず守ってやるよ。」
その雰囲気は、何人たりとも涼に近寄らせないという感じだ。
「あら、
そんな中、雪蓮が進行方向に居る泉莱――
すると程普もゆっくりと雪蓮達に近付いてこう言った。
「若君様、総大将、お待ちしていました。」
雪蓮達を出迎えた程普は、以前連合軍に参加していた時と同じ漆黒のコートの様な長袖の衣服を身に纏っていた。
その為、紅く長い髪がより映えて見える。
「御久し振りです、程普さん。……未だ“総大将”って呼び方なんですね。」
「連合軍での活躍を見た者なら、皆そう呼ぶかと存じます。」
「そ、そうかなあ……?」
涼は戸惑いながら答え、程普の案内通りに馬を進めた。勿論、その隣には愛紗と時雨が並んでいる。
暫く進むと、見覚えのある屋敷が視界に入ってきた。
「こちらで、殿や
「案内有難う、泉莱。そう言えば、
「何進様は先程迄居られましたが、一度御自宅へ戻られました。」
「十常侍の恨みを買っている時に単独行動なんて、大丈夫なの?」
「まあ、念の為、護衛は付けている様ですし問題無いかと存じます。」
「だと良いんだけど……。」
不安な表情になる雪蓮達だったが、大将軍である何進に意見出来る立場では無いので、気持ちを切り替える事にした。
目の前に在る屋敷で、早急に話をしなければならないのだから。
屋敷に入った涼達を真っ先に出迎えたのは、この屋敷の主人だった。
「
「御久し振りです、
涼が翡翠と呼んだ屋敷の主人は、名を盧植という。
後漢末期を代表する学者であり文官であり武将でもある盧植――翡翠は、柔らかな表情で涼達を見つめている。
「
「桃香と
「この状況ですから、それが良いでしょうね。」
翡翠はそう言って涼達を屋敷の奥へと招き入れた。
以前来た事があるので、屋敷の構造は大体覚えていた。
入口から真っ直ぐ進み、突き当たりを右に。そのまま真っ直ぐ行くと、沢山の人数が集まる事が出来る広い部屋に着く。
現代で言うなら「リビング」にあたるだろう。
その「リビング」には、先程程普が言った様に、先客が居た。
「久し振りね、涼。」
部屋に入ってきた涼を見ながら、最初にそう言ったのは金髪の巻き毛の少女。
見かけは小さいながらも、彼女が持つ雰囲気は限り無く大きな感じがする。
そんな少女に涼は挨拶を返した。
「久し振りだな、
「ええ、病気になる暇が無い程忙しかったからかしら、元気に過ごせたわ。」
「それは良かった。」
華琳は笑みを浮かべながらそう応え、涼もまた微笑みながらそう言った。
因みに華琳とは
「三国志」における三英雄の一人、もしくは最大の敵である人物と同じ名を持つ少女も、今は未だ名が売れてきた武将の一人でしかなかった。
そして、そんな彼女の傍らにはネコミミフードの少女――
華琳の軍師である彼女の真名は
「桂花も久し振りだな。」
「ふん、馴れ馴れしく真名を呼ばないでくれる? 孕んじゃうじゃない。」
「呼んだだけで孕むか!」
……許されているのだが、どうやら彼女は極度の男嫌いらしく、涼に対していつもこんな感じだったりする。
それなのに何故真名を許されているかというと、華琳が自身の真名を涼に預けた後、半ば強制的に桂花も自身の真名を涼に預けさせられたのだ。
勿論、桂花は物凄く嫌がっていたが、華琳が真名を預けている事もあって結局は預けた。
……一番の理由は、華琳が「命令したから」だったりするのだが。
「華琳様、只今戻りました。」
と、そこに、右目が水色の髪で隠れている少女と、長い黒髪をオールバックにした少女がそう言いながら現れた。
二人は殆ど同じデザインだが色違いの、チャイナ服の様な肩出し袖有りの服を着ており、その上には主に体の左側を、または体の右側を守る紫色の胸当てをそれぞれ着けていた。
因みに、水色の髪の少女の服は青色、黒髪の少女の服は赤色で、色以外の違いは服の留め具が前者は右肩の位置に、後者は左肩の位置に有る事だ。
また、細長い髑髏の腕当てをそれぞれ左腕と右腕に付け、足には黒いニーソックスと黒い靴を履いている。
とまあ、二人はこの様に対称的な姿形をしていた。
そんな二人に対して、華琳は真剣な表情で尋ねる。
「お帰りなさい、
すると、秋蘭と呼ばれた水色の髪の少女と、春蘭と呼ばれた黒髪の少女はそれぞれこう報告した。
「はい、今の所は十常侍達に動きはありません。」
「何進も今は自宅で休んでいる様です。」
報告を受けた華琳は
「そう……なら、二人は何か起きた時の為に、暫くの間休んでいて。」
「はっ。……ですが、我々は華琳様の護衛をしなくても良いのでしょうか?」
「心配しなくても大丈夫よ。ここには
「えっ?」
華琳の言葉に驚いたのか、春蘭と呼ばれた少女はそう言って振り返り、涼を見た。すると、何故か瞬時に嫌な顔になった。
「なんだ貴様、居たのか。」
「ご挨拶だな、春蘭。俺は最初から居たぞ。」
「嘘をつくな。私は気付かなかったぞ、なあ秋蘭?」
「いや、私は気付いていたぞ姉者。」
「しゅ〜ら〜んっ。」
秋蘭と呼ばれた少女が同意しなかったからか、春蘭と呼ばれた少女は、それ迄の威勢の良さが全く無い声を出した。
涼はそんな二人を苦笑しながら見つめ、声をかける。
「二人共相変わらずだね。まあ、あれから三ヶ月しか経ってないから仕方ないか。」
「ええ、仕方ないわね。」
涼の言葉に華琳が同意すると、春蘭と呼ばれた少女は更にヘコんでいく。
一方、秋蘭と呼ばれた少女はそんな光景を見て微笑んでいた。何故だろう?
「フフ……春蘭、いつまでもヘコんでないで早く秋蘭と一緒に休んできなさい。」
「は、は〜い……。」
春蘭と呼ばれた少女は未だヘコんでいたが、やがて秋蘭と呼ばれた少女と共に部屋を出て行った。
「
それを見ていた愛紗は、春蘭と呼ばれた少女を夏侯惇、秋蘭と呼ばれた少女を夏侯淵と呼んだ。どうやらそれが彼女達の名前であり、春蘭や秋蘭とはやはり真名だった様だ。
「流石は
「これくらい、武人として当然です。それが出来なければ、戦いで命を落としかねませんからね。」
愛紗がそう言うと、華琳は何故か満足した様に微笑んだ。
「良いわね……益々欲しくなったわ。」
「……それについては既に返答した筈ですが。」
「そうね。……けど、私は簡単に諦める様な人間じゃないのよ。」
華琳はそう言いながら、愛紗と涼を見ていった。
涼はやれやれと苦笑しながら華琳に向き直る。
「華琳、義勇軍の筆頭武将であり俺の
「あら、貴方の目の前だからこそ、引き抜こうとしているのよ。」
「……このドSめ。」
小悪魔の様な笑みを浮かべる華琳を見ながら、涼は小さな声で感想を漏らした。
小さな声で言ったのは聞こえない様に気をつけたからだが、仮に聞こえても意味は解らないだろう。
「……涼、何か言ったかしら?」
「さてね。」
どうやら聞こえたらしいが、大して興味が無かったのか直ぐに話題を愛紗に戻した。
「……まあ良いわ。兎に角、先の
「そう仰って下さるのは有り難いのですが……私は涼様や桃香様の義妹であり臣下。お二方以外の将に仕える気は毛頭ありません。」
華琳は愛紗を褒め称え、自軍に引き入れようとするも、肝心の愛紗は全く聞き入れなかった。
流石に華琳の機嫌が悪くなるんじゃないかと涼は焦ったが、その華琳は逆に満足した様な表情を浮かべていた。
「……断られてるのにご機嫌だな?」
「それはそうよ。簡単に寝返る様な兵なら却って要らないけど、関羽の様に忠誠心に溢れる兵なら沢山欲しいもの。」
「つまり、愛紗は合格って事か。」
「その通りよ。」
涼と愛紗は殆ど同時に溜息を吐いた。
華琳の諦めの悪さは、良くも悪くも彼女の特徴である。
その事は知っていたが、改めて思い知らされた二人だった。
(この間ここで断られてるのに、ポジティブかつアクティブな奴だな。)
涼は、自信に満ち溢れた表情を浮かべる華琳を見ながら、そう思った。
三ヶ月前、洛陽で何日にも渡って戦勝祝いの祭りが繰り広げられた中で、華琳は愛紗を勧誘していた。
更に
まあ、皆断ったので事なきを得たのだが。
因みに
「……まあ良いわ、今は退いてあげる。……けど、諦めた訳じゃ無いから覚悟しておく事ね。」
「はあ……。」
不敵な笑みを浮かべる華琳に、愛紗は溜息混じりの返答をするしか出来なかった。