「なあに、いつの間にか賑やかになっているじゃない。」
「あ、母様。」
そこに、孫堅を始めとした数人の女性が現れた。
その中には、孫堅以外にも涼が見知った人物が二人居た。
「あ、清宮様。」
「あっ、アニキ。意外と早かったじゃん。」
黒いおかっぱ頭の大人しそうな少女と、緑のツンツン頭の元気一杯そうな少女は、涼に気付くと殆ど同時に声をあげた。
「
「はい、この方が……。」
涼の問い掛けに斗詩が答えようとした時、隣に居た金髪縦ロールの少女が突然叫びながら涼に詰め寄ってきた。
「ちょっとそこの貴方!」
「お、俺っ!?」
「そうですわよ!
物凄い剣幕でまくし立てるその少女は、腰に下げている剣の柄にいつの間にか手をかけてた。
それに気付いた涼は、反射的に両手を上げながら必死に落ち着かせようとする。
「いや、気安く呼んだ訳じゃ……。」
「お黙りなさいっ! どこの馬の骨かは存じませんが、二人の神聖なる真名を勝手かつ気安く呼んだ貴方は、この
だが、金髪の少女――袁紹は涼の言い分を聞こうともせずに抜刀し、涼に斬りかかった。
……が、近距離から急に斬りかかられたにも係わらず、涼は難無くかわせた。
(……遅っ!)
紙一重でかわした訳でも無く、剣先がかすめた訳でも無い。
剣を持つ武将とは思えない程、袁紹の動きが遅かっただけなのだ。
「何で避けますのっ!?」
「避けないと死ぬだろうがっ‼」
無茶苦茶な事を言う袁紹に対し、涼は少し我慢しつつ反論する。
だが、袁紹はやはり聞く耳持たずに二の太刀をあびせようと剣を振るう。
だが、遅い太刀筋を読みかわすのは今の涼にとって苦では無く、袁紹が何度斬りかかってきても簡単に避けられた。
そうして袁紹が数度剣を振るっていたが、途中でその剣は高い金属音をあげながら宙を舞い、床に転がった。
「な……っ!?」
袁紹は暫くの間何が起きたのか解らなかったが、やがて涼の隣に居た黒髪の少女が、手にしている武器を振るって自分の剣を弾き飛ばした事に気付いた。
「な、何をしますの、貴女は!?」
「主が身の危険に晒されようとしていたので、助けた迄です。」
そう言って涼を守る様に立ち、
袁紹はたじろぎながらも虚勢を張り、後ろに居る二人に命じる。
「顔良さん、文醜さん、二人共何をしてますの!? 早くこの人達を懲らしめてやりなさい‼」
「懲らしめろって言われても……ねえ?」
「だよなあ。」
だが、その二人――斗詩と猪々子の反応は、袁紹の予想とは対照的に鈍かった。
「二人共何でそんなに覇気が無いんですの!? 貴女達の真名を勝手に言われたんですのよ!?」
「姫ぇ……だからその前提が間違ってるんですってばあ。」
「…………えっ?」
猪々子の言葉に驚いたのか、袁紹は間の抜けた声を出した。
そんな袁紹に斗詩が説明していく。
「私達、清宮様に真名を預けてるんですよ。この間そう報告したじゃないですかぁ。」
「…………あ。」
どうやら完全に失念していたらしく、呟いたかと思うと途端に表情が焦りの色に変わっていった。
「……じゃあ、このどこの馬の骨かも解らない人が、あの清宮涼ですの?」と呼んでいた。因みに猪々子は、涼の事を「アニキ」と呼んでいた。
袁紹は暫く考えていたが、ついさっきの事なので容易に思い出す事が出来たらしい。
「ま……まあ、間違いは誰にでもありますわ。そう、名門袁家の生まれのこの私にもありますわ!」
「……何でこいつは偉そうに言ってんだ……?」
思い出した結果、勘違いしたのに開き直った袁紹の態度に、涼は只脱力するしかなかった。
「まったく、貴女は相変わらず馬鹿ね。」
一連の様子を見ていた華琳が、そう嘲笑した。
当然ながら、袁紹はその言葉に反応する。
「……あーら、華琳さん、居たんですのね。相変わらず背も胸も小さいから、私まったく気付きませんでしたわ。」
「……さっき迄会っていた私に気付かないなんて、麗羽は記憶力が無いのかしら? まあ、頭が悪いからそれも仕方無いわね。」
袁紹のあからさまな挑発に、華琳は一瞬カチンときた表情を浮かべたが、直ぐに冷静な表情になって挑発しかえした。
当然、罵り合いになる訳で、場の空気はさっきより悪くなる。
「……なあ斗詩、ひょっとしてこの二人っていつもこんななのか?」
「はい……
「要するに、ケンカ友達って奴だよ、アニキ。」
斗詩が詳しく説明していると、猪々子が簡潔に言い表した。
(ケンカは兎も角、友達なのかなあ……?)
目の前で繰り広げられている口喧嘩に嘆息しながら、涼はそう思っていた。
二人の口喧嘩が長くなりそうだったので、涼は他の人に話し掛けた。
「孫堅さん、お久し振りです。」
「ええ、久し振りね。……婿殿。」
「…………はい?」
孫堅が言ったとある単語に、涼は違和感と不安を覚え、絶句した。
「あら、愛娘の“初めて”を奪ったんだから、当然責任はとってくれるのですよね?」
「…………えーっ!?」
そう言った孫堅は笑顔だった。余りにも良い笑顔だったので、却って怖く見えたくらいだ。
そんな孫堅を見ていると、後ろから雪蓮が抱きついてきた。
「あら、涼はもしかして責任とらないつもりだったの?」
「……責任をとるもとらないも、そもそも何の事か解らないんだけど?」
涼が溜息を吐きながらそう言うと、雪蓮はニヤニヤしながら耳元で囁いた。
「
「わざとらしいくらい棒読みだな。てか、苑城での“初めて”って、キス……接吻の事じゃないか?」
「あ、覚えていてくれたんだ? 嬉しい♪」
「俺の記憶が確かなら、あれは“俺が奪った”んじゃなくて、“雪蓮が奪った”んじゃなかったか?」
「んー? そうだったかしら?」
雪蓮は、先程の孫堅と同じ様に良い笑顔で惚けている。
「やれやれ……。本当に責任をとらないといけない事をしたら勿論そうするけど、今はその必要は無いよな?」
そう言いながら涼は雪蓮を離した。雪蓮は離れたくなかった様だが、それでは話が先に進まないので無視する。
孫堅も同じ様に残念そうな表情をしているが、やはり対応したらキリが無いので話を変える事にした。
「ところで、後ろに居る二人はどなたなんですか?」
涼は、孫堅の後ろに居る小さな少女と、その傍らに立つ少女を見ながら訊ねた。
「ああ、この二人は
「ん? なんじゃ?
「
孫堅が二人に振り返りながら説明すると、袁術と張勲と呼ばれた二人の少女がこちらを見ながらそう言った。
どうやら、一見すると小学生の様に小さい少女が袁術で、軍服を着たバスガイドの様な姿の少女が張勲らしい。
(まさか袁術がこんな子供とは……。史実や演義だと袁紹の弟か従兄弟だったから、この世界だと妹か従姉妹かな?)
涼は袁術を見ながらそう思った。
只、よく見れば確かに袁術は袁紹と似ている所が有る。
例えば、袁紹は腰迄ある長い金髪の縦ロールで袁術は腰迄ある長い金髪のストレートだが、毛先は同じ様に縦ロールになっている。
また、瞳の色も同じ碧色だし、何だか雰囲気も似ている。
勿論、違う所だって沢山有る。
例えば、袁紹は斗詩達と似たデザインの紅い服と白いミニスカート、白い手袋と腿迄の黒いストッキングに白いロングブーツといった服装。
それ等の上に金と黒という配色の胸当てや肩当て、篭手や足当てを身に付け、腰には青と金という配色の剣を下げている。
一方の袁術はと言うと、ヒラヒラとしたドレスの様な服を着ている。
配色は黄色と白色がメインで、腰から伸びている細長い前掛けみたいな布は紫色に葉っぱの様な形の金色の刺繍、その上に薄紫色の帯を巻き、先端には前掛けと同じ様な十字と十文字型の葉っぱの刺繍がやはり金色で描かれている。
肩と胸元は露出しており、姫袖にロングスカート、僅かに見える足下には、紫と黒という配色の先端が上向いている靴。
頭には小さな銀色の王冠、頭の後ろには大きな紫色のリボン、耳には紅いイヤリング、そして首には青色のネックレスを付けている。
武将としての装いの袁紹に対し、普通のお姫様の様な格好の袁術。
更にこの年代の女子の平均身長(だと思われる)の袁紹と、小学生の様な身長の袁術。
そして、そうした身長差からくるスタイルの違い。
二人は姉妹もしくは親戚とは言え結局は他人なのだから、似た所と違う所が有るのは当然ではある。
「そなたがあの天の御遣いとやらかえ?」
その袁術が、トテトテと歩きながら涼に近付き、そう尋ねた。
「まあね。」
「……思っていたのと違うのじゃ。」
「違うって、どう違ったの?」
涼が疑問を口にすると、袁術は涼を見ながら答えた。
「黄巾党をあっと言う間に倒したと聞いていたから、もっとゴツい男かと思っていたのじゃ。」
「そ、そっか……。と言うか、別にあっと言う間に倒してはいないし。」
「そうなのかえ?」
涼の言葉に、袁術はキョトンとしながら呟いた。
一体誰がそんな風に言ったんだと思った涼だったが、袁術の傍らに居る少女が涼を見ながら微笑んだのに気付き、あっと言う間に見当がついた。
「成程、貴女が袁術に過剰な説明をしたんですね。張勲さん?」
「さあ〜、何の事でしょうか〜? 私にはちょっと解らないですね〜。」
そう答えた張勲だったが、その口調はわざとらしいくらいに棒読みっぽかった。
絶対にすっ惚けているなと確信した涼だが、下手に追及して揉めるのは避けようと判断し、何も言わなかった。
そんな涼が改めて張勲を見てみると、やっぱり軍服を着たバスガイド、もしくはスチュワーデスって感じの格好だと思っていた。
何故そう見えたかと言うと、頭に有る白と紺を基調とした小さな帽子が、いかにもそれっぽい帽子だからだ。
また、軍服っぽい服は半袖で、両肩には黒い紐が蝶結びになって付いている。因みに配色はというと、服の左右は白、真ん中や襟、袖等は青紫で構成されている。
他には、首元に薄紫色のスカーフ、白い手袋に赤紫のプリーツスカートに黒いニーソックス、白い編み上げブーツを身に着けており、左腕には黄色地に黒字で「袁」と書かれた腕章を巻き、腰には黒い鞘に納められている剣を下げていた。
紺色の短い髪は左から右に分けており、四つ葉型の髪留めで留めている。
瞳は紫色で大きく、背は袁紹と同じくらい。
(一見おっとりして優しそうだけど……何だろう、油断出来無い気がする。)
目の前に居る張勲は笑顔だし、物腰も柔らかい。
それなのに涼がそう思ったのは、その笑顔や口調がわざとらしく感じたからだろうか。
(まあ……取り敢えず今は注意しておくだけで良いかな。それより、今は確認しないといけない事が有るし。)
そう思った涼は一旦張勲から目を離すと、翡翠や華琳達に目を向けながら訊ねた。
「ちょっと聞きたいのですが、洛陽は昨日静かだったそうですね。……何かあったのですか?」
「……昨日? ……ああ、多分あの事ね。」
「あの事?」
華琳と袁紹は未だ口論していたが、涼の質問に気付くと途端に二人共口論を止め、袁紹は沈黙し、華琳は神妙な面持ちでそう呟いた。
その様子に涼は勿論、愛紗や時雨、そして雪蓮も怪訝な表情を浮かべる。
そんな涼達を見ながら、華琳は重々しく告げた。
「……帝は今、病に伏せっておられるのよ。」
「えっ……?」
思い掛けない言葉に涼達は絶句する。
華琳は尚も続けた。
「……
「……そうだったのか。」
華琳の説明を聞いた涼は静かにそう呟く。
昨夜の謎は解けたものの、涼達は重苦しい空気に包まれていた。
帝の容態によっては、民衆が混乱しかねないからだ。
「……帝の容態はそんなに悪いのか?」
そんな中、暫く俯いていた時雨が華琳に訊ねると、華琳の代わりに翡翠が答えた。
「噂ではその病状はかなり重く、明日をも知れぬ命だそうです……。」
「……っ! そんなに酷いのですか……。」
想像以上の現実を知らされ、時雨は息を詰まらせた。
約四百年続く漢王朝の帝の命の灯が、まさに今、消えようとしている。
幸い、跡を継ぐ皇子は居るが、二人の皇子はどちらも未だ幼い。
つまり、このまま帝が死ぬと、この国は間違い無く混乱する。
そして、その時に十常侍が存在していたら、その混乱は更に大きくなり、黄巾党の乱以上の大乱が起きてしまうかも知れない。
それが解ったからこそ、時雨は絶句しているのだ。
「……我々に出来る事は、天に祈る事だけか……。」
悔しそうに愛紗が呟く。
華琳達は勿論、涼や時雨もまた愛紗と同じ様に悔やみ、天に祈った。
だが、涼は天に祈りつつも、帝が助からないと思っていた。
何故なら、涼はこの世界の元というべき「三国志」を知っているからだ。
(……「三国志演義」だと、病に倒れた帝……
涼は神妙な面持ちのまま、自分が知っている「三国志」に関する知識を頭の中で再生していく。
(でも、この世界では帝の存命中に蹇碩が殺されている……。まあ、雪里……
その知識とこの世界の出来事との違いを考え、涼は少し悩んだ。
それでも涼は、帝――霊帝の死は免れないだろうと確信していた。
「失礼っ!」
そこに、凛とした声の少女が豪快に扉を開き、息を切らせて入ってきた。
突然の事に涼達は驚き、その少女に目を向ける。
「何をそんなに慌てておるのじゃ、
「
「な、
袁術と張勲が、その少女をそれぞれ「瑠衣」「紀霊」と呼び、その少女――紀霊は張勲から渡された水を一気に飲み干していく。
そして紀霊は、深呼吸してから言った。
「……先程、帝がお亡くなりになりました。」
「っ!?」
紀霊が発した言葉に、その場に居た全員が息を飲む。
「……ま、間違いないのかえ、瑠衣?」
「残念ながら……。」
恐る恐る確認する袁術に、紀霊は俯きながら答えた。
「紀霊さん、その話は誰から聞いたんですか?」
「何進大将軍の補佐をしている
「張遼さん……ああ〜確か、
張勲は、両手を軽く合わせながら、まるで誰かに説明する様に言った。
涼はその説明と紀霊が告げた事を頭の中で
紀霊は、短い黒髪をきちんと整えており、寝癖の様な乱れは一切無い。
衣服は左肩から服の右下を境に、右側が黄色で左側が黒のノースリーブ。黒いミニスカートを履いているが、その下には黒いスパッツらしきものも履いている。
足には白いニーソックスと、スポーツシューズの様な黒い靴。
防具の類は、銀色の肩当てと胸当て、それと足当てを付けているだけで、猪々子に近い格好をしている。
そして背中には、白銀に輝く大剣を背負っていた。
「……強そうですね。」
涼の右隣に居る愛紗が、涼にだけ聞こえる様な声量で呟く。
その視線の先には、紀霊の姿が在る。
「ああ、今は味方みたいなものだけど、いつかは敵対するかも知れない。その時は充分に気をつけてくれ。」
「解りました。」
「時雨も、良いね?」
「解っている。」
涼もまた、愛紗と同じ様な声量で愛紗と時雨に忠告する。
そう、今は未だ誰も敵では無い。
だが、いつかは敵になるかも知れない。
少なくとも、「三国志」を知っている涼は、普段の性格と違って楽観出来なかった。
「ところで紀霊殿、帝が亡くなられたと知った何進殿は、今どうしています?」
「何進殿は帝の
孫堅の問いに、紀霊は背筋をピンと立て、丁寧な口調で答えていった。
何進の妹が帝の后になっていたので、何進は帝の
それだけに、何進が悲しむのも無理は無いだろう。
そこに突然、
「失礼するで!」
と言う少女の言葉が聞こえてきた。
声がした方を見ると、入り口の扉を豪快に開けた紫色の髪の少女が立っていた。
涼は一瞬「デジャヴ?」と思う程、その光景を遂最近見た様な気がした。
「おや、張遼殿ではないですか。どうしました?」
先程、その光景の中心だった紀霊が、入り口に居る少女を張遼と呼びながら近付いていく。
するとその少女――張遼は、神妙な面持ちのまま口を開いた。
「……何進が
張遼のその言葉に、紀霊は勿論ながら、その場に居た殆どの人間が驚きを隠せなかった。
そんな表情のまま、雪蓮が訊ねる。
「ちょっと、それって本当なの?」
「残念ながらホンマや。」
「……呼び出された理由は何かしら?」
「蹇碩が殺された事や、各地の兵がこの洛陽に集まってる事で何太后が不安になり、何かが起きる前に相談したいというのが理由やけど……。」
「そんなの、十常侍が作りあげた嘘に決まってるわ。」
続いて華琳が訊ね、張遼が答えると、即座に断言した。
張遼も同意見だったらしく、小さく頷くと話を続けた。
「ウチもそう思う。このままじゃ何進は間違いなく十常侍の奴等に殺されるで。」
「そこ迄解っていて、どうして止めなかったのじゃ?」
袁術がもっともな質問をぶつける。何故か張勲は驚いていた。
「勿論ウチ等は止めたで。そやけど、何進は蹇碩を殺した事で十常侍がビビってると高を
張遼は頭を押さえながら言った。
その表情からは、何進のそうした行動が一度や二度じゃ無いと想像出来た。
「兎に角、それなら急いで何進を追い掛けた方が良いと思う。」
「涼の言う通りね。どうせ涼達が来たら何進の所に行くつもりだったし、早速行きましょう。」
涼の提案に華琳が同意し、皆もそれに倣う。
袁紹や袁術が何か言っていたが、何故か無視された。
そうして涼達は、案内役の張遼を先頭にして宮中へと向かった。