華琳や袁紹等は宮中への道筋を知っているが、話の流れから自然と張遼が先頭を走っていた。
宮中の門前に到着すると、そこには既に兵士達を引き連れた武将達が居た。武将達は皆少女であり、どうやら張遼や華琳達の知り合いらしい。
華琳達が彼女達と話している間、涼は宮中の門扉を見た。
宮中の門は鉄で出来ていて重くて厚く、そして大きい。それに伴って石造りの塀も大きくて高い為、建物がよく見えなかった。
この先にあの十常侍達が居ると思うと、涼は緊張して息を飲み、剣の柄を握っていた。
そんな涼達の動きを、宮中の高見から見下ろしている人物が居た。
「やれやれ……相変わらず騒がしい連中だね。」
まるで下界を眺める神の様に窓から下を眺めるその者は、少女の様に小さいが、少年の様な声を発した。
短い銀髪が太陽の光を浴びて輝く。
朱い眼は見える者を侮蔑し、口は嘲笑する形に歪んでいる。
前述の通り背は高くないが、その身から感じる気迫は他者を圧倒している。
袖が白い朱色の礼服を身に纏い、頭には宦官の特徴たる小さな帽子を被っていた。
「
そこに、小さな少年もしくは少女と殆ど同じ服装の男性が慌てながらやってきた。
年齢は二十代前半くらいで、金髪をリーゼントにしているその男性は、小さな少年もしくは少女を、張譲と呼んだ。
「
「どうしたって……慌てるに決まっているだろう!?」
張譲は男性を趙忠と呼びながらゆっくりと体ごと振り向き、趙忠と呼ばれた男性は、リーゼントの金髪を乱しながら言葉を紡いでいく。
「蹇碩を斬った連中がまたやってきたんだぞ! 慌てない方がどうかしている‼」
「ふむ……なら僕は、どうかしてるのかな?」
「何……?」
趙忠が戸惑いながら声を出した。
そんな趙忠を見ながら、張譲は淡々と話す。
「何故かは解らないんだけどね、僕は今、不思議と慌てていないんだ。……ひょっとしたら、死を覚悟して安らかな気持ちになっているのかな?」
「……貴様はそれで良いかも知れんが、俺や
笑う余裕が未だ有る張譲と比べ、趙忠はリーゼントの頭をかきむしって髪型を乱す等して、余裕が全く無い。
張譲はそんな趙忠を見ながら先程とは違った笑みを浮かべ、口を開いた。
「勿論僕だって死にたくは無いさ。……だから、その為の策は既に講じているよ。」
「……策だと?」
「ああ。先ずは……何進は既に殺したよね?」
「勿論だ。今部下に首を刎ねさせている。」
「なら、その首を門前の奴等に投げつけてやると良い。それだけで、奴等は恐怖におののく筈だ。」
「……そう上手くいくだろうか? 奴等は黄巾党の乱で活躍した武将達だぞ?」
趙忠はもっともな疑問を口にした。歴然の武将達が、生首を見ただけで驚く筈が無い。
「大丈夫だよ。何進はあれでも一応大将軍、門前の雑兵達とは位が違うんだからね。」
「……つまり、大将軍である何進の命を俺達が奪う事で、奴等の
「その通り。後は、士気が落ちて退却する奴等を追撃すれば……。」
「簡単に倒せる……か。よし、早速やってみるぜ!」
趙忠は、入ってきた時とは真逆の表情になって部屋を出ていった。
足音があっと言う間に遠ざかり、部屋には静寂が訪れる。
「……馬鹿だね。今の奴等にそんな事が通じる訳無いのに。」
張譲は静かに笑いながら、再び窓から下を眺めた。
そこには一人の男性が居た。服装から察するに十常侍の誰かの様で、何かを持って門に向かっている。
「何進の首を投げる役は郭勝か。ふん……気弱なくせに時々目立ちたがる彼にはピッタリの役だな。」
そう言ってカーテンを閉め、ゆっくりと部屋を見回した後、机の下に置いていたバッグの様な物を持ち上げ、肩にかけた。
何が入っているのか解らないが、かなりの大きさだ。
「趙忠……君は良い手駒だったけど、君が馬鹿だったのがいけないんだよ。」*1
張譲はそう嘲笑しながら懐から一冊の本を取り出し、部屋を後にする。
その後、他の十常侍達が張譲の姿を見る事は二度と無かった。
誰かが門の上に立ち、何かを言った。
服装から察するに十常侍の一人らしいその男は、まるでゴミでも投げ捨てるかの様に、手にしていた物を涼達に向かって投げた。
「ひっ!」
「ひゃあぁっ! な、七乃ーっ‼」
袁紹と袁術がその正体に気付いて後退りする。
「な……っ!」
「あれは……!」
「チッ……マジかよ……!」
涼達もその正体に気付き、絶句した。
数度だけしか見た事は無いが、それは間違いなく何進の生首だった。
転がっているその生首は、長い銀髪に整った顔をしているが、眼はまるで鬼の様にカッと見開いてこちらを見ていた。
黄巾党の乱の最中、
その時は地和の事もあって多少恨みもしたが、その何進が既にこの世のもので無い現実にぶつかり、涼の心情は憐れみと虚しさに変わっていく。
「……遅かった、ですね。」
「……ああ。」
帽子を摘んで俯く雪里が静かに呟き、涼もまた小さく呟いた。
門の上では、何進の首を投げた男がまた何か言っている。
「これに懲りたらさっさと帰れ!」や、「帝に弓引く逆賊等、直ぐに成敗してくれる‼」と、随分と好き勝手言っている。
当然ながら涼達が懲りる筈は無く、また、逆賊は紛れもなく十常侍達の方である。
「……随分と
「はっ!」
「目の前に居る蠅を撃ち落として頂戴。」
「御意!」
華琳が秋蘭にそう命じると、秋蘭は流れる様な動きで矢をつがえ、放った。
「ぐふっ……!」
秋蘭が放った矢は、門の上の十常侍らしき男の喉を貫き、その命を瞬時に奪った。
門の向こうに男が落ちていく。宮中に居る兵達は、それによって混乱し騒然となった。
「流石だな、秋蘭。」
「なに、止まっている的を射抜いただけだ、大した事はないさ。」
涼が褒め称えても、秋蘭はいつもの様に涼しい顔で謙遜した。
その間に、何とか冷静を取り戻した袁紹が猪々子と斗詩に指示を出す。
「……ぶ、文醜さん、顔良さん、あの門を壊しなさいっ!」
「わっかりましたーっ!」
「了解です!」
袁紹の指示に応えた猪々子と斗詩が、それぞれの得物を構える。
(何度見てもでっかい武器だなあ……。)
涼は二人の武器を見ながらそう思う。
猪々子は自身の背丈と余り変わらぬ長さの大剣を、斗詩は人間の胴体を遥かに上回る太さの先端部を持つ巨大槌を武器にしている。
先に動いたのは猪々子だった。
「あたいの斬山刀の一撃、喰らいやがれっ‼」
猪々子はそう叫びながら門に向かって大剣を振り下ろす。
すると、鉄で出来ている筈の門に大きな亀裂が走った。
「ちぇーっ、一発じゃ壊せなかったかあ。」
(いやいや、鉄の門をあんなに斬り裂いただけでも凄いだろ。)
悔しがる猪々子を見ながら、涼は心の中でツッコミを入れた。
「まあ良いや。斗詩ー、あとお願いー。」
「解ったよ、文ちゃん。」
猪々子が下がると、入れ替わりに斗詩が門の前に立つ。
そして、自身の得物を軽々と振り上げながら、口を開く。
「右手に天国、左手に地獄! 光になりなさぁぁぁぁーいっ‼」*2
「どこの勇者王だっ!?」*3
今度は思わず口に出してツッコミを入れたが、そのツッコミは門が粉砕された時の轟音にかき消された。
まあ、聞こえても誰も意味を理解出来なかっただろうが。
轟音が鳴り終わっても、辺りには門の崩壊によって生じた粉塵が舞っていたが、それもやがて消えていく。
攻撃後も武器を構えている斗詩は、目の前の門が無くなり、敵兵の反撃も無いのを確認してから振り向いて言った。
「麗羽様、終わりました!」
「二人共お見事ですわ! ならこのまま、全軍をもって何進さんの仇を取りに参りますわよ‼」
「「はいっ‼」」
袁紹の号令に斗詩と猪々子は同時に応え、また、袁紹軍の兵士達も同様に応えていく。
斗詩と猪々子が先頭に立ち、袁紹軍の兵士達が雄叫びを上げながら宮中へ突撃する。
「袁紹達に遅れをとるな! 我等曹操軍も進むのだ‼」
「孫家も行くぞ! 総員、我に続けーっ‼」
「れ、麗羽姉様の軍に遅れてはならぬ! 七乃、瑠衣、総員を引き連れて十常侍共をやっつけてまいれ‼」
また、華琳、孫堅、袁術も同様に自軍を鼓舞し、宮中に向かった。
「それじゃ、俺達も行こうか。」
「……やはり義兄上も行かれるのですね。」
雌雄一対の剣の一振り、「
「心配してくれて有難う。けど、桃香が洛陽の外に居る以上、俺迄この場に留まる事は出来ない。」
「はあ……義兄上も
「愛紗にだけは言われたくないなあ。」
「まったくだ。」
「なっ!?」
涼と時雨にそう言われ、戸惑う愛紗。
何故かここだけ緊迫感が無い感じになっていた。
「あっ、義兄上!? 私は義兄上の為を思ってですねっ‼」
「解ってるよ、愛紗。」
顔を真っ赤にして怒る愛紗に、涼は笑みを浮かべながら応える。
「愛紗が俺達の事を思って苦言を呈してくれてるのは、皆知ってるから。」
涼がそう言うと、時雨や雪里、そして、近くで涼達を見守っていた翡翠も笑みを浮かべながら頷いた。
それを見た愛紗も自然と笑みが零れる。
「知っててそう言うなんて、意地悪ですね?」
「まあ、たまには良いじゃん。」
涼がそう言うと、愛紗達は勿論、義勇軍の兵士達や盧植軍の兵士達も声を出して笑った。
そうして
「それじゃ……改めて行こうか。」
「はい!」
「ああ!」
その顔には、先程迄の穏やかな雰囲気は微塵も無い。
「雪里、百人程残しておくから、十常侍達が逃げてきたら対応しといて。」
「御意です。」
雪里にそう命じると、涼は息を整えて叫んだ。
「全ての民の為に義勇軍は戦う! 突入部隊、俺達に続けーっ‼」
「「「「「おおおおおーーーーーっ!!!!!」」」」」
洛陽全域に轟く様な雄叫びと共に、涼達は宮中に突撃していった。