その頃、涼達は漸く十常侍が乗っている馬車を捉えた。
「やっと追い付いた……このまま一気に行くぞ!」
「「はっ‼」」
涼は併走する愛紗と時雨に声を掛けると同時に、手綱を上手く捌いて馬を速め、馬車との距離を詰める。
馬車の周りに居る兵の数は余り多くなく、こちらに向かってくる者も居ない。
そんな中、馬車の前方から突然光が漏れてきた。
「……出口か!?」
「どうやらその様です。……まずい!」
「彼奴等、出口を塞ぐ気か!?」
馬車が光の先へ進むと、残った二人の敵兵が出口を閉じ始めた。
このままでは閉じ込められて、追撃出来なくなるのは確実だ。
「そうは……させねーぜ!」
時雨はそう叫びながら、自身の大剣を前に向かって思いっきり投げ飛ばした。
「ぐわっ!」
その大剣は残っている敵兵の一人の体に突き刺さり、命を奪った。
「やるな時雨! ……ならばっ‼」
時雨に刺激されたらしい愛紗もまた、もう一人の敵兵に向かって偃月刀を投げ飛ばす。
「がは……っ!」
そして、その偃月刀もまた、もう一人の敵兵の喉笛を貫き、その命を絶つ。
これにより、涼達は閉じ込められる危機を脱する事が出来た。
「先に行ってるよ!」
倒した敵兵に刺さったままの武器を回収する愛紗と時雨を横目に、涼は出口に飛び込んでいく。
「……っ。」
出口はどこかの山道に通じていた様だが、暗闇から急に明るい場所に出た為に眩しく感じた涼は、思わず目を閉じる。
それでも馬を走らせ続けられたのは訓練の
そのお陰か、涼の目が光に慣れてきたのとほぼ同時に、十常侍の馬車を再び視界に捉えた。
そんな涼に気付いた敵兵達は、慌てながら馬車の中に居る十常侍に報告をしている。
「趙忠様、未だ追っ手が来ています!」
「くっ……しつこい奴等だ! 今来ているのはどんな奴だ!?」
「頭巾が付いた白き衣を身に纏った、黒髪の少年です!」
「何っ!?」
兵からの報告を受けた十常侍――趙忠は驚きを隠せないらしく、慌てながら再び確認する。
「そ、そいつはもしや、噂に聞く“天の御遣い”とやらか!?」
「お、恐らくそうかと……。」
「お、終わった……。」
再確認の末、趙忠は絶望した。
十常侍の一人である趙忠は、「天の御遣い」である清宮涼が、黄巾党の乱を鎮めた立役者の一人である事を知っている。
また、只強いだけでなく公明正大で、不正は絶対に許さないらしい。
約三ヶ月前、黄巾党の乱鎮圧における各武将達の戦功を讃え、恩賞を与える際に、十常侍達は涼達を過小評価していた。
その為、恩賞を与える役目の高官達に命じて、恩賞を与える順番を後回しにしていたのだが、その事に曹操や
だが、涼はそんな高官達の態度が気に入らなかったのか、恩賞の交換には頑として応えなかった。
また、個人の武力だけでなく統率力も有るらしく、義勇軍はその殆どが農民の集まりであるにも拘わらず、兵の損耗率は低く、また実力も兼ね備えていた。
勿論それは、関羽、
そんな人物が今、自分達を追撃している。
仮に涼を倒せても、彼の部下である関羽達が黙っていないだろう。
その為、趙忠に出来る事は、只ひたすらに逃げる事しか残されていない。
だが、事態はそれすらも出来ない状況になっていた。
「に、逃げろーっ!」
「た、助けてくれーっ!」
突然、護衛の兵士達が悲鳴を上げながら逃げていく。
それにつられてか、馬車を動かしていた兵士も逃げる兵士の馬に飛び乗って一緒に逃げだす。
「ま、待てっ! 貴様等戻らんかっ‼」
趙忠は慌てながらそう叫ぶが、護衛の兵士達は止まる事も振り返る事もせず一目散に逃げていった。
馬を操る者が居なくなった馬車は、暴走するしかない。
悪い事は続くもので、二頭の内の一頭を繋いでいた縄が切れ、そのまま逃走。今迄二頭で動かしていた馬車を一頭だけで走らせられる訳もなく、また慣性の法則も加わって馬車は更に暴走。
遂には馬車の車輪の一つが脱輪し、馬車は横転した。
「し、死んでたまるか……!」
趙忠は倒れた馬車から這い出て必死に逃げようとする。
だが、そんな趙忠の前に、馬に乗って武器を構える少年が立ち塞がる。
「……どこに行くつもりかな?」
「げえっ、御遣い!?」
趙忠はそう叫びながら、尻餅をついて後退りする。その表情は絶望感に支配されていた。
涼は「関羽相手みたいに言うなよ」と思ったが、多分言っても意味が無いだろうから言わなかった。
「漢王朝を腐敗させ、国を乱し、沢山の人々を苦しめ、更には皇子達をも連れ去ろうとしたその罪、お前の命一つで償える程軽くは無いが、かと言って見逃す訳にはいかない。……悪いが、ここで死んでもらう。」
涼は相手を威圧する為に凄んでみせる。
涼を知っている人間が聞いたら思わず吹き出しそうな台詞回しだが、涼の名前と風評しか知らない趙忠には効果覿面だった。
「ひいいっ! た、頼むっ、殺さないでくれっ‼」
「……そうやって命乞いをした人達を、貴様等は何人殺してきた? 随分と都合が良い物言いだな。」
趙忠はとても情けなく、保身にしか考えが回っていない。
十常侍として権力をほしいままにしてきた人間が、いざ我が身の危険に苛まれるとこの有り様だ。
そんな趙忠は涼が一番嫌いなタイプであり、見ていると段々と腹が立ち、演技をしなくても自然と言葉や態度に凄みが出る様になった。
「そ、それは全部張譲の指図だったんだ! 俺は悪くねえ‼」
「悪くない? 張譲に荷担して人々を苦しめ、殺めた人間が全く悪くないだって? ……ふざけるなっ‼」
「ひっ‼」
「張譲の指示に何の疑問も持たず、人々を苦しめ続けた貴様は罰せられるべきだ‼」
余りにも自己中心的な趙忠の態度を見た涼は、最早我慢の限界だった。
下馬して剣を向けながら近付き、その剣を喉元に突き付ける。
「……殺す前に言っておく。殺した人達に詫びろ。」
「な、何故俺がそんな事をしなければならな……。」
趙忠がそう言いかけると、涼は黙ったまま剣を少し前に突き出した。
「わ、解った! 悪かったと思ってる、本当だっ‼」
「……良いだろう。なら次は、張譲の居場所を教えろ。」
「し、知らんっ!」
趙忠がそう言うと、涼は更に剣を前に突き出した。
「ほ、本当に知らないんだっ! 彼奴、俺達に何進の首を投げれば諸侯は逃げるとかデタラメ言ったかと思ったら、そのまま居なくなりやがったんだよっ‼」
「……何だって?」
張譲が居ない。その事に涼は途轍もない違和感を感じた。
(張譲が居ないだって……? “三国志演義”だと十常侍の筆頭で、二人の皇子を連れて逃げた筈。ひょっとしてこの世界じゃ違うのか……?)
涼は暫く考え込んだ。考え込み過ぎて、趙忠がゆっくりと後退りしているのに気付かない程に。
そうして一定距離をとると、趙忠はあっという間に逃げ出し、涼から離れていった。
「……あっ!」
涼が気付いた時には、趙忠はかなり離れた場所を走っていた。
慌てて後を追いかけようとするが、馬に乗ってからのほうが良い事に気付き、騎乗してから追い掛ける。
人の速度と馬の速度、速いのはどちらかと考える迄も無い訳で、その距離はみるみる縮まっていく。
それでも趙忠は必死に逃げていたが、突然その走りを止め、立ち尽くした。
「あっ……。」
涼は思わず声を出した。
よく見ると、趙忠の体には見知った武器が突き刺さっている。
その武器は偃月刀。涼の義妹にして大切な仲間の武器だった。
「義兄上、止めを!」
涼を「義兄上」と呼ぶ少女――愛紗。その隣にはやはり仲間の少女である時雨が居る。
涼は愛紗達に頷き返すと、剣を構えながら趙忠に近付く。
趙忠は、体に青龍偃月刀が刺さったままにも拘わらず、倒れず立っていた。
もっとも、傷口からは大量失血しており、致命傷なのは間違い無い。放っておいても何れ死ぬだろう。
「た、助け……っ。」
趙忠は首だけ動かして涼に助けを求めた。
その姿は余りにも哀れで、とても今迄権力を握っていた人物とは思えない。
涼はそんな哀れな男に対し、無言で剣を振り抜いた。
次の瞬間、趙忠の首が飛び、それによって出来た新たな傷口から勢い良く血が飛び出る。
趙忠の体はゆっくりと倒れ、二つの傷口から血溜まりを作っていく。
やがて、体内の血液の殆どを出し終えた趙忠の体は完全に生き物としての活動を停止した。
それを確認した愛紗は、未だに趙忠の体に刺さったままの青龍偃月刀を引き抜き、刃に付いた血を振り落とす。
それから時雨と共に下馬し、揃って涼の前に来ると跪いて平伏し、涼に向かって恭しく言った。
「逆賊の討伐達成、おめでとうございます。これで義兄上の評判、ひいては劉備・清宮軍全体の評判が上がる事でしょう。」
「どうなる事かと思ったが、よくやったじゃねえか。流石は桃香の義兄だな。」
「……ああ。けど、これも二人の、そして宮中や洛陽の外で頑張っている皆のお陰だよ。本当に有難う。」
愛紗に続いて時雨が誉めた後、涼は一瞬反応が遅れたものの直ぐに表情を正し、二人に向かって微笑みながらそう答える。
だが、愛紗はそんな涼の態度を見逃さなかった。
「……どうかなされましたか、義兄上? 何だか不安そうなお顔をなされていますが……。」
「……実は。」
涼は張譲の事を二人に話した。
「……つまり、張譲を見付けないとこの戦いは終わらない、と、義兄上は思っているのですね?」
説明を聞いた愛紗が真剣な表情で確認し、涼は静かに頷いた。
因みに、元の世界での張譲については話していない。混乱する事を避ける為と、何よりここ迄展開が違うと却って話さない方が良い気もしている様だ。
その後、二人の皇子を助ける為に時雨を馬車に向かわせた。
数分後、帰ってきた時雨の両隣には、未だ幼い二人の男の子が居た。
一人は泣きべそをかいていたが、もう一人は毅然とした態度を保っていた。
見たところ、二人共怪我はしていない様だ。
趙忠の死体や首を見た時は流石に二人共驚いていたが、涼達が経緯を話している内に落ち着きを取り戻していった。
因みに、泣きべそをかいていたのが弁皇子で、毅然とした態度を保っていたのが協皇子だ。
霊帝が崩御した今、次の帝は兄である弁皇子がなるのだが、風格等は弟である協皇子の方が上だ。
「三国志」についての知識が豊富な涼は複雑な思いで二人を見つめ、だが何も言わずに二人を連れて洛陽への帰路についた。
張譲の行方は気掛かりなままだが、今は皇子達を洛陽に戻す事が先決だと判断した結果だった。
その頃、その張譲はとある山の中に居た。
そこには、張譲以外にも一人、怪しげな雰囲気を漂わせた人物が一緒だった。
「……そうですか、趙忠が死にましたか。」
「ええ、これで十常侍は貴方を除いて全員が死亡し、邪魔者が居なくなった訳です。これからの貴方の働きに期待してますよ。」
「御期待に応えられる様、尽力します。
張譲は、隣に居る眼鏡を掛けた導師服の男――于吉に対して恭しく平伏する。どうやら張譲の仲間、それも上司にあたる人物の様だ。
「それで、これからどうするつもりです?」
「僕としては、こちらの兵をなるべく損耗したくないので、“新しい兵”を使う予定です。」
「ほう……そしてそれがあの部隊と言う訳ですか。」
于吉は張譲の視線の先に目を向ける。
そこは張譲達が居る山の麓の街道であり、そこには洛陽に向かって悠然と進む大部隊が在った。
「ですが……果たしてそう上手くいきますかね?」
「御心配無く。既に準備を進めていますから問題有りませんよ。」
張譲は自信たっぷりにそう言うと、再び麓を進む大部隊に目を向ける。
その大部隊が掲げている旗には、「董」の文字が記されていた。
第八章「十常字の暗躍」、お読みいただき、有難うございます。
という訳で十常侍の誅殺は成功したのですが、何やら不穏な動きがありますねえ。
既に大まかなプロットは出来ているのですが、筆者が遅筆なもので中々そこ迄進みません。申し訳ないです。
張譲については、外見はアニメ版を踏襲していますが、最後の会話で解る様に、立場は逆です。まあ、アニメ版も結局は同じでしたが。
断章に登場したキャラの一人の名前を今回明かしました。多分、皆さんの予想通りだったと思います。
原作未登場で無印とアニメに出ている珍しい立場のキャラ(他には大喬、小喬等。)ですが、今作ではどういった動きをするでしょうね。
十常侍についてですが、今回確認しててちょとしたミスに気付きました。涼達に次々と討たれる十常侍ですが、何人かは「三国志演義」に登場していないのです。栗嵩や孫璋が該当します。
ホントにちょっとしたミスですが、一応、演義ベースの世界ですから
気をつけたいと思います。
今回のパロディネタ。修正していて気付きましたが、何だか今回は多かったです。
「趙忠……君は良い手駒だったけど、君が馬鹿だったのがいけないんだよ。」→「ガルマ……君は良い友人だったが、君のお父上がいけないのだよ。」
再び赤い人の台詞から。ちょっと苦しいかな?
「右手に天国、左手に地獄! 光になりなさぁぁぁぁーいっ!!」→「ヘルアンドヘブン、光になれえええええっ!」
戦う勇者王の必殺技台詞であり、原作での斗詩の必殺技台詞より。原作に勇者王の中の人が居るのは確信犯なんだろうなあ。
「ま、待てっ! 話せば解る……!」→「話せば解る。」
日本の総理大臣を務め、五・一五事件で暗殺された犬養毅氏の言葉より。実際には落ち着いたまま言ったそうです。
「げえっ、御遣い!?」→「げえっ、関羽!?」
御存じ「横山光輝三国志」から、関羽登場に驚く曹操の台詞。やはり三国志ものにはこのパロディがないとね。
「俺は悪くねえ!!」→「俺は悪くねぇっ!」
テイルズシリーズ10周年記念作品の主人公の台詞より。因みに筆者は3DS版を買いましたが、いまだにこの台詞の所には進んでいません(笑)
次回は今回のエピローグです。比較的短いですが、お楽しみ下さい。
ではまた。
2012年11月29日更新。
2017年5月2日掲載(ハーメルン)