涼の世界に居た董卓とは違い、この世界の董卓は虫さえも殺せない可憐な少女。
そんな彼女に涼は心を許していた。恐らく、彼女−月も同じだった筈だ。
多分、今もそれは同じ――。
2010年7月11日更新開始。
2010年8月8日最終更新。
2017年5月3日掲載(ハーメルン)
十常侍を討った各武将達には恩賞が与えられ、特に、趙忠を討って皇子達を助け出した涼には格別の恩賞が与えられた。
もっとも、涼はその事に対して複雑な思いでいた。
「なあ、
「どうしました?」
「趙忠に致命傷を与えたのは愛紗なんだから、これは愛紗が受け取るべきじゃないのかな?」
「何を仰います。
苦笑しながら愛紗はそう言って、涼の背中を軽く叩いた。
宮中での祝賀会は、場合が場合だけに簡素なものだが、それでも十常侍の
洛陽の外で待機していた
そんな中、
「先程、
そう言われて涼が出入口に目をやると、
「御久し振りです、皆さん。」
涼達の
「久し振りだね、月。詠も元気そうで何よりだよ。」
「……有難う。」
詠もいつも通り無愛想に返事をする。
月には優しく接しているのに、他人には厳しいのは何故だろうと思う涼だった。
「皆様の御活躍は先程お聞きしました。特に
「それも皆が頑張ってくれた結果さ。たまたま俺が手柄を取れただけだよ。」
「ふふっ、相変わらず謙虚なんですね。」
口元に手を当てながら月は笑みを浮かべ、暫くの間涼を見つめた。
十代の少年である涼は月のその仕草にドキリとし、顔を紅くする。
だが同時に、涼は違和感を感じていた。
(……何だろう。月は前と変わらない筈なのに、どこか変に感じる……?)
だが、その違和感が何か判らなかった涼は、結局深く考える事はしなかった。
その間に、月と詠は桃香達とも話していき、やがて苦笑しながら言った。
「私達も、間に合えば皆さんのお力になれたのですが……遅れてしまい申し訳ありませんでした。」
「仕方ないよ、月ちゃんは私達の中では一番遠い所に居たんだし、それに異民族と戦っていたんでしょ?」
「地理的にも状況的にも不利だったのなら、遅れるのは仕方ないと思うわ。」
桃香と雪蓮が月をフォローする。が、そんな行為を無にするかの様に、華琳は意地悪な表情になって話し出した。
「
「ここに連れてきたのは十五万程だけど、確かに曹操の言う通りだったでしょうね。」
それに対して、詠が敢えて皮肉を受けながら答える。
当然ながら場の空気は悪くなるので、慌てて桃香や白蓮がフォローに回った。
一方、雪蓮はそうして慌てる二人を見ながらお酒を飲み、華琳はその様子を楽しむかの様に眺めている。
そんなちょっとしたドタバタ騒動は、折角の祝賀会で喧嘩になっては困ると感じた涼が止める迄続いた。
「あー、
そこに、何処かで聞いた事のある関西弁が聞こえてくる。
この世界で関西弁とはおかしいが、実際に話しているのだから仕方が無い。
「
「おおきに。まあ、お互い様やけどな。」
張遼も涼と同じく、十常侍討伐で功績をあげている。
そうした意味で「お互い様」と言ったのだろう。
「そうだね。それより、俺を捜していたみたいだけど、何かあったの?」
「ああ、ウチの大将が会ってみたいらしくてな。少し時間ええか?」
「大丈夫だよ。張遼の大将って……確か
「せや。丁原の旦那には色々助けて貰うてな、その恩を返す為にウチは部下になってるんや。」
張遼は真面目な表情でそう言った。
そんな張遼の過去を涼が気になっていると、そこに低く威厳の有る声が聞こえてきた。
「儂は大した事はしてないから気にするなと、いつも言っておるんじゃがな。」
声の主は白髪が多めの頭髪をした初老の男性だった。また、その傍らには色黒で紅い髪の少女が居る。
「せやけど、あの時旦那に助けて貰わんかったら、ウチは今頃どうなっとったか解らへんのやし、気にするなってのが無茶ですわ。」
「相変わらずだな、
初老の男性は、そう言ってカラカラと笑う。
つられて張遼も笑ったが、紅い髪の少女は無表情のままだった。
そんな紅い髪の少女の様子も気になる涼だったが、その前に確認しなければならない事が有るので後回しにする。
「張遼、ひょっとしてその人が……。」
「ああ、放っておいてスマンかったな。察しの通り、この爺さんがウチの大将であらせられる
「爺さんで悪かったの。……さて、挨拶が遅れて済まんかったのう。儂が
「御丁寧にどうも。自分は
張遼に紹介された初老の男性――丁原が挨拶してきたので、涼は平伏しながらそう答えた。
すると丁原は、怪訝な表情になりながら訊ねてきた。
「副将? 確か黄巾党征伐時のお主は、連合軍の総大将を務めていたと記憶しておるが。」
「あれはあくまで一時的なものです。本来は
涼は謙遜する様に言った。それが、桃香が居たら間違い無く即座に否定しそうな事だったのは、今更言う迄も無い。
丁原が涼の言葉をどう受け取ったか判らないが、暫くして先程の様にカラカラと笑いだした。
「今時珍しい謙虚な男じゃな。……じゃが、それでいて隙を見せぬとは、流石じゃの。」
「そんな……買い被り過ぎですよ。」
いきなり高評価を得た涼は照れながら謙遜した。
だが丁原は、そんな涼に対して尚も評価を述べていく。
「義勇軍とは言え、一万を超える大軍の補佐となれば、誰にでも出来る事ではない。……それでいて、儂等の事を探ろうと目を光らせておる。じゃから流石じゃと申した迄よ。」
(……読まれてたか。)
涼は内心で小さく舌を出した。
「三国志」に詳しい涼だが、その知識をそのままこの世界で使えるとは限らない。
何しろ、大半の武将・軍師が女になっている世界だ。勿論、今涼の目の前に居る丁原の様に、男性のままという場合もあるが。
そうした事情から、涼は情報を得る事を最優先にしている。とは言っても、あくまで自分自身にとっての情報だが。
「俺は、俺に出来る事をしているだけですよ。」
「ふむ……“天の御遣いは公明正大で思慮深く、それでいて謙虚だ”という噂は、間違っておらぬ様じゃの。……どうじゃ、お主さえ良ければ、うちの霞と
「なあっ!?」
「……
涼は余りの急展開に苦笑しつつも、初めて喋った紅い髪の少女を見ていた。
丁原が恋と呼んだ紅い髪の少女は、ボーっとした表情をしている。
紅く短い髪は前後に鋭く伸び、上部には二本の長い髪がまるで触角の様に伸びている。
燃える様な深紅の瞳は大きくて、髪の色と相まって自然と見る者を惹きつけていく。
色黒の肌の肩や腹部には、黒い線状の模様が有る。
服は真ん中のファスナーらしき物を境に右が黒、左が白に分かれているタンクトップみたいな襟付きの服で、真ん中のファスナーらしき物の左右に一本ずつ、左胸の辺りに曲線を重ねた様な金色の刺繍がそれぞれ施してあった。
肩先から有る袖は腰と同じ赤茶色のベルトで固定。色は服と同じで右が黒、左が白で、肩口と袖先に三角形の金色の刺繍が有る。
また、首元には赤紫色の布をマフラーの様に巻いており、その布は地面に着くんじゃないかと思う程長い。実際に着いているのか、布の先は所々に穴が空いていた。
白いプリーツスカートの上にはボロボロの黒い布を巻き、赤茶色のベルトで固定している。
黒いオーバーニーソックスと赤茶色を基調とした、登山靴の様な厚底靴の様な靴を履いており、只でさえスタイルの良い体型が、更に綺麗に映えていた。
「……ふむ、どうやら清宮殿は恋が気になる様じゃの。」
「えっ!?」
丁原がそう言った時、涼は何を言われたか解らず慌てて声を出した。
どうやら、丁原が勘違いする程に紅い髪の少女――恋を凝視していた様だ。
「……恋、オマエの妻になるの?」
「いやいや、決まってないからっ。」
恋は相変わらずボーっとしたままそんな事を言い、慌てて涼が否定した。イマイチよく解らない娘である。
「……義兄上。」
そこに、凛とした声が冷たさを含んで聞こえてきた。
聞き覚えが有り過ぎるその声を聞いた瞬間、涼は背筋が凍ったかと錯覚した。
それから涼は恐る恐る振り返り、そこに居た愛紗を確認する。清々しいくらいの笑顔なのに、涼は何故かそれを恐いと感じていた。
「……相変わらずおモテになりますねえ、義兄上。」
「そんな事は……無いと思うよ、うん。」
涼は所々言葉に詰まりながらそう答える。
その間に、雪蓮や華琳、月達もやってきた。
「あらら、競争相手がまた増えたのねー。」
「……本当に人気があるわね、涼。」
「へう……。」
約一名を除き、彼女達は皆ジトッとした目を涼に向ける。
(な……何か、皆の視線が痛い!)
涼は愛紗達の冷ややかな視線にたじろぎながら、どうやってこの場をやり過ごそうか思案する。
だがそこに、丁原の笑い声が聞こえてきた。
「いやはや、流石は清宮殿じゃな。自軍の者だけでなく、他軍の者迄惹きつけるとはのう。」
「いえ……そんなつもりは無いんですが。」
丁原のその言葉に苦笑しながら涼は答える。
また、愛紗達も丁原にそう言われて冷静になったのか、はたまた却って焦り始めたのか、少なくとも涼へのジトッとした視線は無くなった。
「これは負けておられぬな、恋、霞。」
「うん……負けない。」
「
紅い髪の少女に張遼が冷静にツッコミを入れる。
それを聞いた涼は、納得しながらも内心で少し驚いていた。
(さっき、丁原を“義父上”って呼んだからもしかしてとは思ったけど……この娘がこの世界の呂布なのか……。)
涼はそう思いながら再び紅い髪の少女――呂布を見る。
呂布と言えば、三国志史上最強と謳われる武将である。
何せ、「三国志演義」における
因みに、その戦いの場面は「三英戦呂布」と呼ばれている。
(けど、この娘は強いって言うより可愛いって感じだなあ……。)
涼は呂布を見ながらそう思った。もし口に出して言っていたら、愛紗達のあの視線をまた受ける事になっていただろう。
そんな事を考えない涼は、結局いつも通りの事をするだけだった。
「まあ……結婚とかは兎も角、これからも宜しくね、張遼、呂布。」
涼はそう言いながら右手を差し出した。
「そやな。ウチは未だ結婚する気無いから、変に期待せんといてなー♪」
「……宜しく。」
張遼と呂布はそう言いながら涼と握手を交わす。
それから二人は居住まいを正し、笑みを浮かべながら次の様に続けた。
「ほなら、改めて自己紹介や。ウチの姓は“張”、名は“遼”、字は“
「……じゃあ恋もする。……姓は“呂”、名は“布”、字は“
名前だけでなく
「今のって……真名を呼ぶ事を許してくれたって受け取って良いんだよね?」
「せや。」
「……うん。」
「この世界では真名は神聖な物と聞いてるけど?」
「その通りや。そやから、ウチはアンタの事を認めたっちゅう事や。」
「……恋はオマエの事よく解らないけど、義父上が認めてるから、構わない。」
「そ、そうなんだ。」
聞き間違いでは無かった事を確認した涼は、多少戸惑いながらも、やがて自らも居住まいを正して言った。
「じゃあ、俺も改めて自己紹介を。姓は“清宮”、名は“涼”。字と真名は無いから好きに呼んでくれ。」
「了解や、涼。」
「……解った、涼。」
その言葉を受けて、張遼――霞と呂布――恋はそれぞれ、目の前に居る「天の御遣い」と呼ばれる少年を涼と呼んだ。
それを見ていた愛紗達は再びジトッとした視線を送ったが、やがていつもの事だからと諦めたらしく、彼女達も霞達と普通に接し始める。
そうなると後は早いもので、涼達は段々と和気藹々とした雰囲気になっていった。