それはまるで、淡い紅色の吹雪の様だった。
2009年9月14日更新開始。
2009年10月12日最終更新。
2017年4月4日掲載(ハーメルン)
翌日。
「天の御遣い」の少年、
昨夜、桃香に連れられて桃香宅に着き、そこで様々な説明や自己紹介をした後、就寝となった。
起きたのは未だ陽が昇って間もなくの時。
時計もテレビも無いので正確な時間は解らないが、起きるには早過ぎた時間だというくらいは解った。
腕時計は有るものの、そこに表示されている時間は元の世界のものなので、こちらの時間と合っている訳では無い。
この世界の日付や時間が解らないので、時計を合わせる事も出来ない。
よって、太陽が高く昇っている今が、昼前だという事くらいしか解らなかった。
「……本当に別世界に来ちゃったんだなあ。」
縁側の柱に体を預けたまま座っている涼が、空を見ながらそう呟いた。
昨夜、そして今朝交わした会話から、ここが涼の住んでいた世界とは違う世界だという事が解った。
しかも、どうやらこの世界は「三国志」に良く似た世界だという事も解った。
今は
(て事は、
自分が知っている「三国志」の知識から、今の時代に該当する人物を思い浮かべる。
そこで、一つの疑問が浮かんだ。
涼の世界の「三国志」では、
だがこの世界の劉備、関羽、張飛は女性、しかも涼と余り変わらない年齢だ。
(て事は、曹操や孫策達も女性の可能性が有るって事か……。)
劉備達がそうだった以上、曹操達もそうなる可能性は充分に有る。
(……どんなキャラになってるのか、不安でもあるし楽しみでもあるな。)
劉備達があんなキャラになっているのだから、そう思うのも仕方無いだろう。
と、そこに凛とした声が届いた。
「こんな所で何をしているのですか?」
「ん……関羽さんか。」
見上げると、そこには長い黒髪を左側で纏めている少女が立っていた。
「“さん”付けはしなくて良いと申し上げた筈ですよ、涼殿。」
「それなら、俺も“殿”は付けなくて良いって言った筈だよ。」
涼の隣に座りながらそう言った関羽に対して、涼も同じ様な答えを返す。
「それもそうでしたね。ですが、貴方が“天の御遣い”なら呼び捨てにする訳にはいかないのですよ。」
「“天の御遣い”ねえ……。」
そう呟くと、再び空を見上げる。
「未だ御自覚が無いので?」
「そりゃ、今迄普通の学生やってた人間が、急に“天の御遣い”とか祭り上げられても戸惑うだけさ。」
関羽の問いに答えてから、涼が逆に問い掛ける。
「それに、関羽さんも俺が“天の御遣い”だって事に納得してなかったんじゃない?」
「それはそうですが……昨夜の話や、“けーたいでんわ”なる天の絡繰り等を見せられては、ある程度納得せざるを得ませんからね。」
そう言って関羽は少し困った顔をした。
昨夜、少年は自分が別の世界から来た証拠として、持っていたバッグから色々な物を取り出して見せ、説明していった。
携帯電話が遠くの人と話せたり、写真を撮ったり出来る道具だと説明した時には、皆目を丸くしていた。
携帯ゲームを遊んでみせた時は
携帯型音楽プレーヤーを操作して聴かせた時は、桃香も関羽も驚きつつ楽しんでいた。
「あー……まあ、それもそうだな。」
携帯電話もゲームもプレーヤーも、この世界が三国志を基にした世界なら有る訳が無い。
それを持っている涼を別の世界、つまり天の世界の人間と認識するのは当然かも知れない。
「……それに、貴方が本当に“天の御遣い”かどうかは、正直どうでも良いのです。」
「……え?」
思いも寄らない言葉に、涼は思わず聞き返した。
すると、関羽は涼の顔を見ながらこう答える。
「貴方が天からこの大陸に遣わされ、平和に導く人間だという噂が、劉備殿を始めとする人々に希望を持たせるんです。」
「あー……つまりは、風評や大義名分が得られれば良いって事か。」
「そういう事です。ですから、余り肩に力を入れなくて大丈夫ですよ。」
そう関羽に言われ、涼は一つの事例を思い浮かべた。
つまり、自分は「錦の御旗」になれば良いと言う事だな、と。
幕末、戊辰戦争で優勢だった反幕府軍を更に勢い付けたのは、天皇が率いる軍の証である「錦の御旗」を得た事だった。
「錦の御旗」を持つ軍に刃を向ける事は、天皇の敵、つまり朝敵になるという事。
もし朝敵になってしまったら、仮に戦争で勝っても民衆の支持を受ける事は無い。
民衆に支持されない集団が天下を穫れる訳もない。だからこそ、旧幕府軍の戦意は落ち、戦いは反幕府軍改め新政府軍の勝利へと繋がっていった。
涼は、その「錦の御旗」になれば良いらしい。
自分なんかが「錦の御旗」になれるのだろうか? という疑問は残るが、では他に何が出来るか? と聞かれたら、何も出来ないとしか言い様がない。
「まあ、俺に出来る事なら何でもするさ。」
「その意気です、涼殿。」
涼の決意に、関羽は笑みを浮かべながら応えた。
それから暫くして、二人は桃香達の
桃香と鈴々は今、義勇兵の集まりに参加し、これから近くに居る黄巾党の根城に向かう所だった。
「あっ、涼さん。」
「お兄ちゃーん、関羽お姉ちゃーん、こっちなのだーっ。」
老若男女が集まる義勇兵の集団の中から、一際明るく声を上げる二人の少女の姿が見える。
これから戦いに行くというのに、これ程緊張感が無いのも珍しい。
「遅れて済みません。少し、涼殿と話をしていまして。」
「良いよー、気にしなくて。それより、涼さんも義勇兵に参加するんだよね?」
「ああ。戦った事は無いけど、かといってあのまま家に居るのも性に合わないしな。」
そう言って関羽と共に二人と合流した涼は、左腰に有る剣を軽く叩いた。
当然ながら、この剣は涼が元々持っていた物ではなく、昨夜、涼達の話を聞いていた桃香の母から借り受けた物だ。
どうやら桃香の剣「
因みに、名前は無いらしく、涼は取り敢えず「靖王伝家(予備)」と名付けた。
「とは言え、武器を使えぬ者が戦場に出ては足手纏いになります。余り、前線には出ない様、御気を付けて下さい。」
「う、うん。解ってるよ。」
死にたくはないしね、と思いながら涼は身をすくめた。
辺りを見回すと、武具に身を包んだ老若男女が数え切れない程居る。
この街はそんなに大きく見えないが、予想以上に人口が多いらしい。
一通り見終わると、次に桃香達を見た。
目の前に居る桃香は、桃色の長い髪を白い羽根が付いた髪留めで左右に纏めたストレートヘア。
白と緑を基調とした服は、どこかの学校の制服にも見える。襟元に紅いリボンが有るから尚更だ。
まあ、肩が見える制服なんて余り無いだろうけど。
袖等には金色のラインが有り、両袖には羽根をあしらった金色の刺繍。ヒラヒラした紅いスカートの端には白いフリルみたいな物が見える。
靴は膝上迄有る長く白いブーツ。
今更ながら、コスプレみたいな服装だなと、涼は思った。
続いて、桃香の左隣に居る鈴々。
短い赤毛には、コミカルな虎の顔の髪飾りを付けている。
気の所為か、その表情が時々変わる様な……。
暫くして気の所為だと結論付けた涼は、観察を続ける。
短めのインナーシャツとスパッツは同じ紺色で、どちらも下部に金色のラインが入っている。因みにかなりのヘソ出しルックだが、寒くは無いだろうか?
金色の首輪に、黄色を基調として茶色のラインや葉っぱの様なデザインが有る上着。両肩には白と黒で構成される陰陽のマークっぽいのが有る。
そのマークはベルトのバックルにも有り、ベルトは二つのベルトをクロスさせて使っている様だ。
両手には紅い手甲が付いた手袋をはめている。色はやはり紺色で、指先は空いている。
右腕は肘迄やはり紺色で覆われている。手袋の延長だろうか。
靴は履いて無く、指先と踵が無い靴下を履いている。色やデザインはスパッツ等と同じだ。
忘れていけないのは、首に巻いている紅いマフラーだ。
まるで何処かの仮面のヒーローの様に、パタパタと風に揺れている。
もし現代に皆と戻って、その仮面のヒーローの映像を見せたらどんな反応をするだろう。少し楽しみではある。
最後は、涼の左隣に居て、桃香の右隣に居る関羽。
黒く艶やかな黒髪を左側で纏め、紅いリボンが付いた金色の輪で留めている。
白と緑を基調とした服は桃香の服と似ており、金色のラインや肩を出している所も同じだ。
服の下部は花びらの様なデザインになっており、後ろは前より長くなっている。
その下には黒いプリーツスカートに茶色のオーバーニーソックス、革靴の様な黒い靴。
やっぱりコスプレっぽいし、部分的にはどこかの学校の制服に見えなくもない。
とまあ、三人の服装に関して涼はそんな感想を抱いていた。
(それにしても……これって今から戦うにしては軽装過ぎないか?)
周りの義勇兵は鎧兜に身を包んでいたり、最低でも胸当て等の防具を身に着けている。
だがこの三人は普段着みたいな服装でいる。
桃香と関羽の豊かな胸が一目で解る程だ。
因みに別の意味で鈴々の胸も一目で解るが、それはおいておく。
(まあ、俺も劉備達の事は言えないけどさ。)
そう自嘲気味に心の中で呟いた涼は、自分の姿に目を向ける。
基本的には昨日と同じTシャツにジーパンという服装だが、今日はそれに白いフード付きコートが加わっていた。
涼が居た現代は、未だ秋の中頃といった時季だったので、コートを着るには少し早いのだが、どうやら、寒くなる前に買っておいたコートをバッグに入れっぱなしにしていたらしい。
なので、普通なら未だ着ない筈のコートだが、こちらの今の季節は春先でしかも肌寒い為、寒さから身を守るのに丁度良かった。
(他にも色々バッグに入れてたからなあ……お陰で少しは楽出来そうだけど。)
そのバッグは今背中に背負っている。
このバッグは汎用性が高く、本来は肩にかけて使う大きなバッグだが、少し手を加えるとこの様に背中に背負う事も出来る。
因みに、剣はズボンのベルトを通す所に鞘の紐を通して固定している。
「あ、どうやら指揮官の方々が来た様です。」
関羽の声に涼や桃香、鈴々が反応し、関羽が見ている方向に目をやる。
そこには、甲冑を身に纏った中年の男と、涼達と同年代と思われる少女が立っていた。
暫くの間、二人による話が続いたが、どうやらそれによると中年の男が指揮官で、少女は軍師らしい。
涼は指揮官の名前は知らなかったが、軍師の少女の名前は聞き覚えが有った。
「今度は
涼は目の前の少女を見ながら呟いた。
徐福とは、「三国志」で劉備に仕えた軍師の一人で、物語序盤で劉備達と共に活躍した人物だ。
とある出来事により劉備達の許から離れるが、劉備に対する恩義や忠義は忘れる事が無かったという。
「その徐福がここで登場……か。」
そう呟きながら、涼はどこか安心した心地になっていた。
「……? 涼殿は、徐福殿を御存知で?」
「いや、会った事は無いけど解る。彼女はきっと優秀だよ。」
「はあ……。」
涼の言葉に関羽は怪訝な顔をしていたが、その徐福が話し始めたので視線を戻した。
徐福は野球帽の様な黄色い鍔付き帽子を深く被り、銀色の髪は膝元迄ある長さ。
身長は鈴々より頭一つ大きい様だ。因みに鈴々は小学生みたいに小さい。
胸は大きくないが小さくもなく、普通より少し大きいくらい。
首元には羽ばたく二つの羽根をあしらった首飾り。服は帽子と同じ黄色を基調としたワンピースで、その左胸には白い羽根をあしらったワンポイントが有り、どうやら羽根のデザインが好きな様だ。
足は白いオーバーニーソックスと、革靴の様な紺色の靴を履いている。
大きな金色の瞳は自信に満ちていて、見ているこっちも自信に満ち溢れる様な気になってくる。
因みに、桃香の瞳は水色、関羽の瞳は金色、鈴々の瞳は紺色だ。
「昨夜、
「あ、いえ、どう致しまして。」
徐福に誉められ、周りの人々から注目される中、昨夜は実質的に何もしてない桃香が、四人を代表して、少し慌てながら応えた。
関羽と鈴々の提案もあり、昨夜の事件は関羽、鈴々に加えて桃香、涼の合計四人の手柄になっていた。
殆ど活躍していない桃香や涼は当然嫌がったが、あの場に居た事と戦った事は事実だし、その方が後々役に立つからという事で何とか納得した。
因みに、涼が“天の御遣い”だという事は既に街の人々に知らせてある。
勿論、皆が皆それを信じている訳では無いが、昨夜の光と黄巾党の事件を知っている為、街の人々の大半は涼を“天の御遣い”として認めていた。
お陰で明け方、劉備宅の周りに野次馬が沢山居たのを見た涼も桃香も物凄く驚いていたが。
「その情報を基に斥候を放った結果、情報通りの場所に黄巾党の根城が在るのを確認しました。私達はこれからそこへ向かうのです。」
これからの事を力強く説明しながら、集まった義勇兵達を鼓舞する徐福。
隣に居る指揮官の存在理由が無いのではないかと思う程に、徐福は皆を引っ張っていた。
「それでは皆さん、私達について来て下さいっ!」
徐福の号令に義勇兵達は威勢の良い声で応え、目的地へと出発した。
涼以外の桃香達三人もそれに続いて歩き出す。