真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十二章 三顧の礼・2

 翌日、愛紗は一人で襄陽(じょうよう)の街を歩いていた。

 かと言って、只ふらついている訳ではなく、きちんとした目的を持って歩いている。

 

「確かこの辺りだと聞いたのだが……。」

 

 宿の主人から聞いた目的地に向かいながら、呟く愛紗。

 道行く人々をそれとなく見ると、どの人も楽しそうに微笑みながら歩いている。それにつられて愛紗も微笑んだ。

 襄陽の街は荊州(けいしゅう)の治所に定められている事もあって人通りも多く、活気に満ち溢れている。

 元々、襄陽は漢水(かんすい)の中流域に当たり南岸にあっては樊城(はんじょう)と対峙していたり、古来より関中(かんちゅう)中原(ちゅうげん)長江(ちょうこう)中流域といった地域を結ぶ要の地であった。

 そうした事情もあり、漢水沿岸では最大の都市であるこの地は、交通の要衝として栄えているのである。

 また、栄えているという事は人が多いだけでなく物も多いという事であり、愛紗の目的にとっても丁度良かった。

 

「ああ、在った在った。」

 

 その目的地を見つけると、愛紗は心做しかホッとしていた。

 だが愛紗はその事に気付かぬまま、そこに在る建物に入ろうとした。

 

「……げっ。」

 

 が、その建物から出て来た人物が愛紗を見た途端にそんな声を出すと、愛紗は思わず足を止めた。

 目の前に居るその人物は、よく知ると迄はいかないが忘れられない人物だった。

 

「黄月英殿? こんな所で会うとは奇遇ですね。」

「……そうね。」

 

 比較的冷静に振る舞う愛紗と違い、黄月英は明らかに愛紗を敵視して睨みつけている。

 

 昨日の様に怒らないのは、ここが沢山の人が通る天下の往来だからだろうか。もしここが昨日と同じ場所なら、また短剣を振り上げていたかも知れない。

 

「……? 蒼詩(そうし)ちゃん、どうしたの?」

 

 と、そこに、黄月英が出て来た建物から、彼女と似た背丈の少女が現れた。

 手には紙袋を抱えており、買い物を済ましたのだろうと推測出来る。

 

「しゅ、朱里っ!? な、何でも無いから別に気にしなくて良いわよっ。」

 

 黄月英は慌てながらその少女を「朱里」と呼んだ。

 愛紗はその少女――朱里を見ながら、以前雪里から聞いた事を思い出す。

 それによると、雪里の親友である二人の少女、諸葛亮と鳳統(ほうとう)の真名はそれぞれ「朱里」と「雛里(ひなり)」といった。

 

(……つまり、この少女が諸葛亮殿か。)

 

 愛紗は目の前に居る少女をジッと見ながら、思案に耽る。

 雪里より背が小さく、顔は幼さを残している。パッと見は鈴々と変わらない程幼いこの少女が、雪里が太鼓判を押す程優れているとは思えなかった。

 勿論、人は見かけによらないという事は鈴々の義姉(あね)である愛紗がよく知っている。それでもそう疑問に思ってしまう程、少女は幼く見えたのだった。

 

「……貴女は?」

 

 その少女が愛紗に訊ねる。

 それに気付いた瞬間、愛紗は反射的に身構えようとした。

 先程迄少女から感じていた穏やかさは最早無く、感じるのは全てを見通そうかという視線と威圧感。

 雪里の話から察するに、恐らく武の心得は無い筈のその少女は、今確かに愛紗を、関雲長(かん・うんちょう)を圧倒していた。

 

(これは……っ! ……フッ、どうやら私はまだまだ修行が足らんという事か。)

 

 愛紗は少女の威圧を受け止めながらそう自嘲する。

 そうして愛紗が少女の威圧に耐えると、何事も無かったかの様な表情で答えた。

 

「私の名は関雲長。我が義姉劉玄徳と、義妹である張翼徳(ちょう・よくとく)と共に、とある人物を訪ねる為、遙々徐州からやってきた次第です。」

「徐州からとある人物に……ですか。宜しければ、その人の名前を教えていただけませんか?」

「“臥龍(がりゅう)”こと諸葛孔明(しょかつ・こうめい)殿と、“鳳雛(ほうすう)”こと鳳士元(ほう・しげん)殿です。」

 

 少女の問いに迷う事無く愛紗が答えると、少女の表情が一瞬だけ、ほんの僅かだけ変わった。

 その一秒も無い変化を愛紗は見逃さない。既に雪里や黄月英の言葉から、この少女が諸葛亮だと確信していた。

 そしてそれは、他ならぬ少女自身によってより強固なものへと変わったのだった。

 少女も自分の失態に気付いたのか、その口元が小さく歪む。今度は隠そうとはしなかった様だ。

 

「……会えると良いですね。」

「ええ。」

 

 互いに目線を離さぬまま、言葉を交わす二人。

 武と文。対極たる二つの分野をそれぞれ極めつつある二人は静かに、だが熱く視線を交えていた。

 

「……で、そのアンタが何でここに居るのよ?」

 

 そんな空気を嫌ったのか、黄月英は少女を庇う様に前に出ながら、愛紗に訊ねる。

 その問いに、愛紗は若干表情を暗くして答えた。

 

「実は桃香様……劉玄徳様が昨夜熱を出されてな。宿に有った薬は余り効かなかったので、薬を買いに来たのだ。」

「熱冷ましの薬、ですか……。」

 

 愛紗の話を聞いた少女と黄月英は、何故か互いに顔を見合わせ、やがてしかめた。

 そんな二人の行動に、愛紗は怪訝な表情を浮かべる。

 

「……どうした?」

「……実は、この店にはもう熱冷ましの薬は無いんです。」

「なっ!?」

 

 少女の言葉に驚いた愛紗は、思わず少女の両肩を掴む。

 

「ど、どういう事だっ!?」

「はっ、はわわっ!?」

 

 愛紗は少女の肩を揺さぶりながら訊ねる。

 その表情はそれ迄の柔らかさを残した表情とは違い、武人・関雲長の形相になっていた。

 そんな愛紗に揺さぶられ続ける少女は、目を回しながら可愛らしい声を上げている。

 

「ちょっと! そんなに動かしたら朱里が倒れちゃうじゃない‼」

 

 黄月英が怒りながら少女と愛紗の間に割って入り、少女の身を愛紗から離した。

 

「あっ……す、済まない。」

「はわわ〜……。」

 

 すっかり目を回した少女は、相変わらず可愛らしい声を出しながら目を回し続けている。

 そうして少女の目が回り続けている間、愛紗は黄月英に怒られ続けた。

 その黄月英も、正気を取り戻した少女から注意を受けていた。

 

「……つまり、貴殿の妹君と黄月英殿のお父上が発熱したので、熱冷ましの薬を買ったという訳か?」

「はい。その……済みません……。」

 

 それから、少女達から説明を受けた愛紗が状況を把握し、少女は申し訳なさそうに俯いた。

 

「謝る必要は無い。私が桃香様を大切に想っている様に、貴殿等も家族を大切に想っているのだろうからな。」

「はい。」

 

 少女の二度目の「はい」はハッキリと、力強く口にした。家族を想う気持ちはちゃんと表明しないといけないと思ったのだろう。

 

「……さて、ならば私は他の薬屋を探すとするか。」

 

 愛紗はそう言って二人に背を向ける。瞬間、その二人が同時に「あっ」と声を出した。

 

(この街に薬屋は他にも在る……。けど、そのどこにも熱冷ましの薬は、無い……。)

 

 少女は自分が知る事実を胸中で呟く。

 

(知らせないとこの方が徒労に終わるけど、知らせたらきっと悲しむ……なら……。)

 

 少女は暫く考えていたが、やがて意を決すると、愛紗に向き直って言葉を紡いだ。

 待って下さい、という少女の声に気付いた愛紗が足を止めて振り向くと、少女は手元の紙袋から小さな袋を取り出して言った。

 

「あの……全部は渡せませんが、少しなら……。」

「だが、それでは……。」

「元々、予備を含めて多めに買っていたのでこれ一つ無くても構わないんです。それより、今は早く薬が必要なんですよね?」

 

 少女はそう言いながら、小さな袋を愛紗の目の前に差し出す。

 愛紗はその小さな袋を暫くの間見つめたままだったが、やがて小さく息を吐くとゆっくりとそれを手に取った。

 

「感謝する。」

「どう致しまして。」

 

 愛紗は一礼して感謝を述べ、代金を渡して小さな袋を仕舞うと再び感謝の意を示してから宿へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送った後、黄月英がポツリと呟く。

 

「……予備なんか買ってないくせに。」

「あはは……。」

 

 少女は苦笑いするしかなかった。

 実は、少女は熱冷ましの薬を買ってはいたが、予備は買っていなかった。

 

「あんな奴ほっとけば良いのに……薬足りるの?」

「ちゃんと足りるから大丈夫だよ。……それと蒼詩ちゃん、いくら私を連れて行きたい人の仲間でも、困っていたら助けないとダメだよ。」

「それは解るけど……朱里はお人好しだと思うわ。」

 

 そう言った後、続けて、だから私がシッカリしないと、と小さく呟いたのを少女は聞き逃さなかった。

 その後、二人は薬を持ってそれぞれの家へと帰って行った。

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