真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十二章 三顧の礼・3

 それから三日後。

 

「桃香様、本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫大丈夫♪ もう熱は下がってるし、そんなにノンビリしてられないしね。」

 

 隆中への道を桃香、愛紗、鈴々の三人が馬に乗って進んでいる。

 桃香を真ん中にして、その両隣を愛紗と鈴々が守る様に馬を寄せていた。

 

「けど、無理して倒れたら大変なのだ。孔明の家に行くのは鈴々達に任せて、桃香お姉ちゃんは宿で休んでいたら良いと思うのだ。」

「有難う鈴々ちゃん。でも、それはダメだよ。諸葛亮さんを説得する為に来たのに、私が出向かなかったら意味が無いもの。」

「かといって、訪問先で倒れたりしたら先方に迷惑をかけてしまいますよ。」

「うぅ……それを言われると困っちゃうよぅ。」

 

 気遣う鈴々に対しては確固とした意志を持って話していた桃香だったが、その意志は愛紗に対しては弱かったらしい。

 うなだれる桃香に苦笑しながら、愛紗はフォローをいれた。

 

「まあ、その誠実さと行動力は桃香様の美点ですから、そんなに落ち込む事は無いかと思います。」

「愛紗ちゃん……っ。」

 

 途端に笑顔になって愛紗を見つめる桃香。心做しか、瞳がいつもよりキラキラしている。

 何ともテンションの差が激しいものだ。

 

「ええーっ! 諸葛亮さん、また留守なんですか!?」

 

 三人のやり取りの後、隆中の諸葛亮宅に着いた桃香達に待っていたのは、またしてもそんな事実だった。

 今回桃香達の応対をしたのは黄月英ではなく、諸葛均(しょかつきん)と名乗る小さな少女だった。どうやら諸葛亮の妹らしい。

 

「済みません。姉は今朝、蒼詩さんと紺杜(こんと)さん……黄月英さんと崔州平(さい・しゅうへい)さんといった友人達と出掛けたんです。」

「どこに行ったか解りますか?」

「いえ……。姉は好奇心が旺盛で、湖に船を浮かべる事もあれば山寺に登る事もあります。ですから、妹である私も行く先迄は解らないんです。」

「そうですか……。」

 

 諸葛均の説明を聞いた桃香は、誰が見ても解るくらいに落ち込んだ。

 説得したい相手が不在というのだから当たり前だが、実はそれだけでは無かった。

 彼女は、自分の為に薬を分け与えてくれた事に対して、お礼が言いたかったのだ。

 しかも、愛紗の推測によれば予備の分を買っていると嘘をついて迄、その薬を分けてくれたらしい。

 推測なので実際はどうか判らないが、もし本当にそうならちょっと悪い事をした気になる。

 

「じゃあ、また明日来ます。」

「いえ、姉は今回の様に友人と外出すると中々帰らない事もありますから、明日居るとは限りませんよ。」

「うーん……じゃあ、諸葛亮さんに手紙を残したいので紙と筆を貸してくれますか?」

「構いませんよ。では、こちらへどうぞ。」

 

 諸葛均は桃香の頼みを聞き入れ、三人を応接室へと招き入れた。

 暫くして紙と筆が用意されると、桃香は諸葛均に一礼してから椅子に座り、机に向かって筆を手に取った。

 

(只の手紙じゃ、きっと諸葛亮さんには伝わらない……だから、この手紙は誠心誠意を込めて書かないと。)

 

 桃香はそう思いながら筆を進める。

 一字一字に想いを込め、言葉を選び、相手に自分の気持ちが伝わる様に願いながら書いていく。

 だからだろうか、同室で待つ鈴々は待ちくたびれたらしい。

 

「桃香お姉ちゃん、詩でも書いてるのー? 早くしてなのだ〜。」

 

 近くの長椅子に座っている鈴々は、足をバタバタさせながらそう言った。

 

「こら鈴々、桃香様の邪魔をするでない。」

「えー、だって退屈なんだもーん。」

「アハハ……鈴々ちゃん、もう少しだけ待っててね。」

 

 共に長椅子に座っている愛紗に窘められるも、鈴々は不満を露わにし続ける。

 そんな二人に苦笑しつつ、桃香は尚も筆を進めた。

 

「……これでよし、と。」

 

 暫くして手紙を書き終えた桃香は、大きく伸びをしてから手紙を纏め、ゆっくりと立ち上がると諸葛均の(もと)へと向かう。

 因みに諸葛均は、同室に在るもう一つの長椅子に座り、愛紗達と対面していた。

 

「それじゃあ諸葛均さん、この手紙を諸葛亮さんに渡して下さい。」

「解りました。」

 

 諸葛均は桃香から手紙を受け取ると、大事そうに懐に仕舞った。未だ幼いのに、しっかりしている様だ。

 その諸葛均は、桃香達にお茶や甘味を振る舞ったり、愛紗に訊かれた際に「孫子(そんし)」の書き出し文から数ページ分を暗唱したりと、流石は噂の諸葛亮の妹という人物だった。

 桃香はそんな諸葛均も連れて行きたくなったが、諸葛亮すら連れて行けるか解らないのに欲を出しては駄目だと自制し、口には出さなかった。

 そうして暫くの間話をしてから、桃香達は宿へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 その夜、諸葛亮こと朱里は、黄月英こと蒼詩と共に帰ってきた。

 その為、劉備達にああ言っていた諸葛均こと緋里は、彼女達に悪かったかなと思った。

 因みに、崔州平こと紺杜は疲れたらしく、ここには寄らずに自宅に帰っていた。

 

「お姉ちゃん、これ。」

「……手紙?」

 

 食事を終えた朱里が一息ついていると、緋里は懐から手紙を取り出し、朱里に手渡した。

 

「劉玄徳さんから、お姉ちゃんへの手紙だよ。」

 

 緋里がそう言うと、お茶を飲もうとした蒼詩の手が止まる。

 

「あいつ等、またやってきたの!?」

「うん。お姉ちゃんが不在だと伝えると物凄く落ち込んでたよ。」

「そりゃ、あいつ等の目的は朱里を連れ去る事だもん。居なかったらガッカリするわよ。」

「連れ去るって……アハハ……。」

 

 蒼詩の言葉に苦笑する緋里。勿論、劉備達が朱里を無理矢理連れて行くつもりが無いのを緋里や朱里は知っていたし、恐らく蒼詩も解ってはいるのだろう。

 だが、朱里を大切に想っている蒼詩にとっては、朱里が連れて行かれる事自体が許されない事なのだ。

 しかも、それによって戦に巻き込まれるのなら尚更だ。

 

「……けど、手紙を読まないのは失礼だよね。」

 

 朱里が呟く様に言うと、蒼詩は何か言いたそうな表情になったが、それから暫くの間煩悶すると溜息を一つ吐いてお茶に手を伸ばした。

 そんな蒼詩を穏やかな表情で見つめてから、朱里は手紙に向き直り封を解いた。

 

『私、劉玄徳は筆頭軍師、徐元直(じょ・げんちょく)の推薦もあり、徐州牧の任を一時的とは言え義兄(あに)に委ね、この隆中迄参上仕りました。』

 

 手紙はその様な書き出しで始まっていた。

 

『ですが、残念ながら御不在の様で、私は虚しさを抱えたまま、一旦宿のある襄陽に帰ります。』

 

 続いて、自身の心情と居場所を告げる。

 

『先年に起こった黄巾党(こうきんとう)の乱、そして十常侍(じゅうじょうじ)誅殺(ちゅうさつ)と、国は乱れました。それは朝廷の権威が無くなり、綱紀が乱れ、逆賊が君を侮る有様だからです。私はそれを見ると心が張り裂けるかの様な思いになるのです。』

 

 そして、この国の現状とそれに対する自身の思いを手紙越しに述べていた。

 思ったより達筆なその文章は、その一文字一文字から切実さを直に訴えてくる様だった。

 

『私はこの国を救おうと思いながら、その策を知らず、今先生におすがりする次第です。』

 

 自分の事を「先生」と呼ばれた朱里は、顔を真っ赤にしながらも手紙を読み続けた。

 

『願わくば、先生の優れた才能を天下国家の為に使って戴ければ、これ以上の幸せは有りません。後日、私の気持ちを述べに参りたいと思っていますが、取り敢えず今のこの気持ちをお手紙にしたためておきます。 劉玄徳』

 

 朱里は手紙を読み終えると、暫くの間手紙に目を落としたまま何かを考えていた。

 蒼詩と緋里はそんな朱里を見詰めながら、彼女の次なる行動、言動を待つ。

 

「……劉玄徳さんと会ってみるね。」

 

 暫くして朱里が発した言葉は、二人にとって予想通りの言葉であり、蒼詩にとっては聞きたくない言葉だった。

 

「……理由は? まさか、徐州に行きたくなったとか言わないわよね?」

「それは判らないよ、蒼詩ちゃん。」

「朱里っ!」

 

 朱里の答えを聞いた蒼詩は思わず立ち上がった。慌てて緋里が宥めるが、それでも蒼詩は着席しようとはしない。

 そんな蒼詩を見詰めながら、朱里はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

「勘違いしないで、蒼詩ちゃん。雪里ちゃんに対する答えと、先日の劉玄徳さん達の訪問に対して居留守を使った事。そうした言動と行動の根底である“戦いへの拒絶”は、今でも私の中に確かに有るよ。」

「それなら、どうして……?」

 

 戸惑い気味に訊ねる蒼詩に、朱里は答えとなる言葉を発した。

 

「一つは、州牧という立場でありながら、遠く徐州からこの隆中迄、私を訪ねてくれた事に対する礼かな。」

「……他には?」

「純粋に、劉玄徳という人と会って話がしたいから。この手紙を書いた人と話す事で、私は何を為すのが正しいか知る事が出来る。そんな気がしてきたの。」

 

 勿論、だからといって徐州に行くとは限らないけどね、と付け加える。

 だが、そう言った朱里の表情は雪里の要請を断った時とも、劉玄徳の訪問時に居留守を使った時とも、薬を買いに行って関雲長と会ってしまった時とも違う、比較的穏やかな表情だった。

 それに気付いた蒼詩は半ば諦めの表情を浮かべる。

 確かに、朱里は徐州に行くと言っていない。だが、あれ程忌避していた州牧との面会を望む様になっただけで、朱里の心境が大きく変化したのは誰の目にも明らかだった。

 そして、そんな朱里を何とか引き留めたいと思っていても、今の朱里の心を変えるのが困難だという事も知っている。

 朱里は柔軟な思考の持ち主ではあるが、一度決意した事はそう簡単に曲げない性格の持ち主でもあった。

 その為、蒼詩は何も言えなかった。

 その日はそのままお開きとなり、朱里達はそれぞれ床に就いた。

 因みに、蒼詩はいつもの様に泊まっていった。

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