真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十二章 三顧の礼・4

 それから三日後、桃香達は諸葛亮の屋敷を三度(みたび)訪れていた。

 

「……やはり、貴女が諸葛亮殿でしたか。」

「はい。その……先日は失礼しました。」

 

 応対した諸葛均によって連れられた部屋に居た諸葛亮と対面した愛紗は、柔らかい笑みを浮かべながらそう言い、一方の諸葛亮は名乗らなかった非礼を詫びた。

 

「お気になさらずに。貴女のお陰で義姉上の熱は下がったのです。礼こそすれ、非難する事は有りません。それに……。」

「それに?」

「私達は雪里から貴女の名前や特徴等を聞いていました。勿論、貴女の真名も。」

「つまり、蒼詩ちゃん……黄月英が私の真名を呼んだ時に、私の正体に気付いていたという事ですか。」

「ええ。」

 

 愛紗の説明を受けた諸葛亮は、困った様にふうと息を吐いたが、一転して笑みを浮かべ、愛紗や鈴々、そして桃香を見て呟いた。

 

「……“大夢、誰か先ず覚む。平生、我自ら知る。草堂に春睡足りて、窓外に日は遅々たり”……ですか。」

「えっ?」

 

 諸葛亮の呟きが聞き取れなかった桃香は、思わず聞き返した。

 

「ああ、お気になさらずに。今のは、今朝方目覚めた時にふと思い付いた詩ですから。」

「詩、ですか。」

 

 諸葛亮がそう言うと、桃香はキョトンとしたまま呟き返した。

 諸葛亮と違って桃香は余り詩を嗜む事が無い為、興味が無いのかも知れない。

 だから、その詩がこの時の諸葛亮の新たな気持ちを表していたとか、色々な意味が含まれていたとかには気付かなかった。

 

「桃香様、世間話も宜しいのですが……。」

「あ、うん、そうだね。……諸葛亮さん、私の話を聞いて頂けますか?」

「はい、もとよりそのつもりでしたから。……ですが、一つ条件が有ります。」

「何ですか?」

 

 居住まいを正しながら諸葛亮がそう言ったので、桃香達も同じ様に居住まいを正しながら聞く体勢になった。

 それを見てから諸葛亮は口を開く。

 

「話は私と劉玄徳さんの二人だけで。つまり、他の方には御退室をお願いします。」

 

 諸葛亮の言葉を聞いた愛紗と鈴々は少なからず驚いた。もっとも、鈴々は余り話し合いに興味が無いのか、直ぐに笑顔になっていた。

 また、桃香はそれを望んでいたのか、余り表情を変えていない。

 そして数分後、部屋には諸葛亮と桃香だけが残っていた。

 

「……一対一で話したい等と我が儘を言ってしまい、申し訳ありません。」

「いえ、元々私達が押し掛けて来ているんですから、気にしないで下さい。」

 

 二人きりとなった諸葛亮の部屋で最初に交わされた会話は、そんな謝罪の言葉だった。

 

「この間残していかれたお手紙、拝見しました。」

「有難うございます。」

「貴女が民を想い、国を思う気持ちがひしひしと伝わり、同時に感服しました。ですが……。」

 

 そこ迄言うと諸葛亮は一旦言葉を切り、数秒間瞑目してから再び言葉を紡いだ。

 

「ですが私は御覧の通りの若輩者の上、浅学です。恐らく貴女の御期待には応えられません。」

「いえ、それは御謙遜です。貴女をよく知る雪里ちゃんの言葉に誤りは無い筈です。」

「雪里ちゃんは黄巾党の乱が起きて以来、劉備・清宮軍の軍師として活躍してきたと聞いています。ですが、私は勉学に励むしか能の無い、只の少女でしかありません。そんな私が何故、州牧である貴女と天下の(まつりごと)を談じる事が出来るでしょうか。」

 

 諸葛亮は桃香が言葉を紡ぐと直ぐ様反論した。

 その弁舌はまさに立て板に水。盧植(ろしょく)門下生で優等生だった桃香でさえ、その滑らかさに目を見張っていた。

 だが、それでも桃香は盧植門下生の意地でも有るのか必死に食らいついていった。

 

「貴女の行動は、玉を捨てて石を拾う様なものです。」

「い、石を玉と見せようとしてもダメな様に、玉を石と言われても誰もそうは思いません。」

 

 桃香は多少どもりながらも、最後は強い口調で言い切った。

 

「先生は十年に一人……いえ、百年に一人出るかどうかという程の天才。それなのに世の為に動かずに山村に身を潜めていては、忠孝の道に背くのではないでしょうか?」

「忠孝の道に背く……。」

「今は国乱れ民安からぬ日。あの孔子(こうし)でさえ民衆の中に立ち、諸国に教えを広めました。今はその時代よりも国が乱れようとしています。それなのに一人山に籠もって一身の安泰を図って良いものでしょうか。」

 

 話していく内に、段々と桃香の口調も滑らかになっていく。

 一方の諸葛亮は、そんな桃香の言葉を静かに聞いていた。

 

「今こそ、先生の様な優れた人が必要とされているんです。民衆はそれを待ち望んでいます。」

 

 そう言うと、桃香はゆっくりと立ち上がり、しっかりと諸葛亮の顔を見ながら言葉を紡いだ。

 

「先生、どうか私達と共に立ち上がって下さい。」

 

 そう言った桃香を、諸葛亮はジッと見据える。

 そうして暫く見つめ合ったまま時が流れたが、やがて諸葛亮が口を開いた。

 

「……劉玄徳様、貴女のお力でも国を救う事は出来ます。」

「私の力で……? 確かに、国を思い民を想う気持ちは誰にも負けないつもりです。けど力では、袁紹(えんしょう)さんや袁術(えんじゅつ)ちゃん達に遠く及びません。」

「では、その解決方法をお教えします。」

「えっ?」

「私の様な少女に三顧(さんこ)の礼を尽くして下さったお礼です。」

 

 諸葛亮はそう言うと、優しげな笑みを桃香に向けた。

 桃香は何か言いたくなったが、結局言葉が出ずにゆっくりと座るしか出来なかった。

 それを見てから諸葛亮は言葉を紡ぎ出した。

 

「確かに、今の袁紹、袁術が相手では勝つのは難しいでしょう。また、孫堅(そんけん)曹操(そうそう)といった勢力も着々と力をつけていると聞きます。漢王朝の力が衰えた今、彼等が覇権を穫る為に争うのは誰の目にも明らかです。」

「はい……。」

「ならば天下は名門と呼ばれ、大きな戦力を持つ袁家によって二分され、孫堅や曹操達は彼等に組みするしかないのか。それとも四つ巴や五つ巴となるのか。何れにせよ、平和な時代が来るのは未だ先でしょう。」

 

 諸葛亮の言葉を、桃香はジッと聞き続ける。

 

「では、乱世を少しでも早く治める方法とは何か。単純な事です、他者より早く勢力を伸ばせば良いだけですから。」

「それはそうですけど、具体的にどうすれば……。」

「人材を集め、民心を掴み、領土を拡大する事。高祖(こうそ)劉邦(りゅうほう)は勿論、春秋戦国(しゅんじゅう・せんごく)時代や殷周(いん・しゅう)時代の頃から使われてきた、戦の基本を行えば可能です。」

「ですが、先程仰られた様に袁紹さん達は強いんですよ。そんな中で、どうやって領土を拡大すれば良いんですか?」

 

 桃香の質問は(もっと)もである。

 桃香達が居る徐州は大陸の東端に在り、北には青州(せいしゅう)、西には兗州(えんしゅう)豫州(よしゅう)、南には揚州(ようしゅう)、東には東海(とうかい)と四方を囲まれており、それ等を治める者の中には先程名前が上がった曹操や孫堅といった面々が居るのだ。

 

「……徐州に居るままでは難しいかも知れませんね。ここは思い切って、別の場所から始めるのも手かと思います。」

「えっ!?」

 

 思わぬ発言に驚く桃香。

 だが、そんな桃香には構わず諸葛亮は話を続けた。

 

「徐州の北に在る青州は、黄巾党が特に暴れまわった地域であり、黄巾党が滅んだ現在も依然として治安が良くないと聞いています。」

「はい……青州に程近い臨沂(りんし)東莞(とうかん)等では、度々黄巾党の残党による被害が報告されています。」

 

 桃香は悲痛な面持ちになって、以前受けた報告を述べる。

 

「やはり……。ですから、仮に劉玄徳様が北伐を行って青州を得たとしても、治安や経済を回復させるには時間が掛かるでしょう。ひょっとしたら、黄巾党の残党によって青州は今以上に疲弊するかも知れません。」

「そして私達も今より弱体化する危険性が……。」

「はい。それに青州を得た場合、冀州(きしゅう)と隣接します。そうなると、袁紹とも対立する危険性が出てきます。失礼ながら、今の徐州に袁紹、曹操、孫堅と戦って勝てる程の戦力が有りますか?」

「それは……。」

 

 無い、としか言えないだろう。

 どこか一勢力だけなら勝てる可能性は未だ有る。だが、一対二や一対三となってしまうと、総兵力が十万に満たない徐州軍では太刀打ち出来ないだろう。

 何せその相手は、陳留(ちんりゅう)を中心とした兗州を治める曹操。

 豫州と建業(けんぎょう)を中心とした揚州北部を治める孫堅。

 そして南皮(なんぴ)を中心とした冀州を治める袁紹といった面々なのだから。

 もし、現有戦力でこれ等の勢力に勝てたら、それは奇跡としか言えないだろう。

 

「劉玄徳様がこの国の明日を望んでいるのであれば、一日でも早く体制を整え、不足の事態に備えるべきです。」

「……その為なら、徐州を捨てる事も必要だと言うんですか?」

「はい。」

 

 桃香が確認する様に訊くと、諸葛亮は即座に答えを返した。

 すると桃香は暫くの間諸葛亮を見つめ、やがてゆっくりと立ち上がった。

 

「諸葛亮さん、今日は有難うございました。」

「おや、もう宜しいのですか?」

 

 桃香の突然の行動にも、諸葛亮は平然としたまま対応する。

 

「はい。」

「そうですか。……では、返事をするとしましょうか。」

「いえ、その必要は有りません。」

「……と言うと?」

 

 諸葛亮は眼を細めながら桃香を見た。

 そこには、怒りを押し殺しながらも隠しきれていない桃香の表情があった。

 

「……私は、雪里ちゃんや義兄から諸葛亮さんの話を聞いて、貴女が志操の高い人だと思ってました。けど貴女は、民を捨てるという人の信頼を裏切る事を平然と言いました。……私は、そういった人は好きになれません。」

 

 桃香はそう言うと諸葛亮に背を向けた。

 徳と義を重んじる桃香にとって、徐州を捨てる=民を捨てるという考えは端から無い。

 そんな桃香に民を捨てろと言うのは、彼女の生き方を否定するのと同じである。

 だから桃香はそう言った諸葛亮から離れ、この部屋から出る為に出入口へと向かっていった。

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