真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第二章 桃園の誓い・2

 車もバイクも無いこの世界の地上での交通手段は、馬か徒歩しかない。

 この行進も一部の人間を除き、皆徒歩だ。

 目的地は近くの山間に在るらしく、パッと見は近いのだが、いざ歩くとなるとかなりの時間がかかる。

 しかも、それなりの人数で行進している為、勝手に速度を上げたり落としたり出来ず、休憩も勝手に出来ない為にかなり辛い。

 調練された兵士なら兎も角、ここに居るのは殆どが農民なので、この様な行進に慣れていなかった。

 当然ながら、それは桃香も同じだ。

 

「あう〜、疲れたよぉ〜。」

「桃香お姉ちゃん、もう直ぐ着くから頑張るのだ。」

「その前に小休止があと一回は有るでしょう。頑張って下さい、劉備殿。」

「そんなぁ〜。」

 

 出発から約二時間、幾つかの小休止を挟みながら、桃香達義勇兵は行進を続けていた。

 

「……涼さんは良いなあ。馬に乗ってるから楽だろうし。」

 

 そう言って桃香は遥か前方に居る筈の涼を探す。

 探す相手は馬に乗っているから探し易い筈だが、この人混みでは意外と見つけるのが難しかった。

 

「涼殿は“天の御遣い”ですからね。流石に、その方を皆と同じ様に歩かせるという訳にはいかないと、徐福殿は判断されたのでしょう。」

「それはまあ、解るんだけどさあ〜。」

 

 関羽の言葉に同意しつつも、何処か羨ましそうな返事をする桃香。

 出発前、徐福の号令が義勇兵を鼓舞していた時、涼達の前に一人の兵士がやってきた。

 その兵士は涼に対して「徐福様が呼んでいます。」と伝え、涼は兵士に案内されるまま徐福の許へと向かった。

 その後、涼を待とうとした桃香達だが、程なくして皆が行進を始めた為、仕方なく行進に加わっていると、前方で徐福と指揮官の間に居る涼の姿が見えた。

 しかも、多少おぼつかない腕ながら馬に乗っている姿が。

 

「それに劉備殿、馬に乗るというのも、それなりに疲れるものなのですよ。」

「そうなの?」

「ええ、常に落ちない様に気を付けなければいけませんからね。お陰で、慣れない内は筋肉痛になり易いんですよ。」

「へえ〜。けど、それでも馬に乗りたーい。」

「まったく、桃香お姉ちゃんは忍耐力が足りないのだ。」

「その様ですね。」

「うぐぅ。*1

 

 

 二人にそう言われ、落ち込む桃香であった。

 一方、桃香達がそんな会話をしている頃、前方で馬に乗っている涼は徐福と話をしていた。

 

「清宮殿、大分馬の扱いに慣れてきた様ですね。」

「まあね。昔の勘を取り戻したから何とか乗れてるよ。」

 

 昔、乗馬クラブに入っていたのが役に立ったなと思いながら、涼は徐福と話をしていた。

 涼の両親は共に乗馬が趣味で、小さい頃からよく乗馬をさせられ、一時期乗馬クラブに入らされていた。

 嫌いではなかったが、友達と遊ぶ時間が無くなる為に余り長く続かなかった。

 だが、子供の頃覚えた事は成長した今も覚えているらしく、暫く乗っているといつの間にか勘を取り戻していた。

 

「それにしても、馬より簡単に乗れる乗り物や速い乗り物が有るとは、流石は天の国ですね。私もその“じてんしゃ”や“ばいく”、“じどうしゃ”とやらに乗ってみたいものです。」

 

 徐福は目を輝かせながらそう言った。

 馬に乗る前に涼に説明された天の国の乗り物に、彼女は強い興味を持った様だ。

 まあ、どんな時代のどんな人間も、未知の事に興味を持つのは当然だろう。

 

「……それは楽しみだろうけど、今は黄巾党を倒す事に集中しないと。何か策でも有るの?」

 

 そんな徐福の願いを叶える事が出来ない涼は、それとなく話を戻した。

 すると徐福は自信満々に答える。

 

「勿論有りますわ。もっとも、黄巾党相手に手の込んだ策を弄する必要性は感じないのですが。」

「けど、黄巾党は結構数も多いし、都の兵士達も手を焼いていると聞くけど?」

「それは、都の兵士が無能なのと、相手を賊と思って侮っているからです。黄巾党は農民出身が殆どなのですから、霊帝(れいてい)*2大将軍(だいしょうぐん)何進(かしん)がもっと早く本腰を入れていれば、既に事態は沈静化している筈ですから。」

 

 徐福は、黄巾党の乱における現状と感想を苦々しい顔をしながら語った。

 彼女の話によれば、霊帝によって何進が大将軍に任じられ、黄巾党討伐に本腰を入れたのはつい最近の事らしい。

 霊帝は体が弱く、中常侍(ちゅうじょうじ)と呼ばれる側近達が霊帝を助けていたらしいが、その実はそうして権力を手に入れ、自分達の思うがままに政をしてきた。

 そしてそれが漢王朝を衰退させ、黄巾党が出現した最大の要因らしい。

 

「けど、霊帝と何進が本腰をあげたのなら、この乱もじきに治まるんじゃないのか?」

 

 涼は徐福にそう尋ねた。

 この黄巾党の乱の後に待っている新たな戦いを知っているのに、それでも敢えて尋ねてみた。

 

「ええ、“この乱”はじきに治まります。ですが、こちらの様な地方に討伐軍が来るには未だ時間がかかるでしょう。ですから、この様な義勇兵が必要なのです。」

 

 徐福は後ろに続いている義勇兵の面々を見ながらそう答えた。

 つられて涼も振り返れば、その中に見知った三人の姿を見つける。かなり疲れている様だな、と感じる。

 特に桃香が。

 

「そろそろ小休止をとりましょうか。目的地は近いですから、疲れをとっておかないと戦いになりませんからね。」

 

 そう言ったのは徐福。どうやら彼女も、義勇兵達が疲れているのに気付いた様だ。

 直後に小休止をとると指揮官や徐福が告げると、皆ホッとした表情になっていった。

 小休止は近くの小川の側でとる事にした。

 小川に着くと、皆その水で顔を洗い、汗を拭き、喉の渇きを潤していた。

 桃香、関羽、鈴々の三人も例外ではなく、特に桃香は先程迄とはうって変わって元気を取り戻していた。

 そんな三人を見ながら、涼も自らの顔や腕の汗を洗い流していた。

 比較的寒かったり、馬に乗っているとはいえ、二時間以上も移動していればそれなりに汗をかくし喉も渇く。

 出発前に貰った竹製の水筒に入れていた水は既に飲み尽くしていたので、喉を潤すには川の水を飲むしかない。

 涼は今迄川の水を飲んだ事は無いが、水道や自動販売機等が無い以上、水を得るには仕方がない。

 それに、この川の水はとても澄んでいて、小魚が気持ち良さそうに泳ぐ姿がそこかしこに見えた。

 

(それだけ、俺の世界の川が汚れているって事か。)

 

 この世界の川は、コンクリートで護岸が固められていたり、転落防止の柵が有ったりしない。

 川へと降りる道が階段になってる事は少ないし、蛇等の獣に注意する様促す看板も無い。

 けど、そんな風景がどこか温かいなと、涼は感じていた。

 きっとこれが、自然の在るべき姿なんだと。

 そう思いながら、ゆっくりと両手で水を掬い、口に運ぶ。

 

「……おいしい。」

 

 川の水ってこんなに美味いものなのか、と思いながら二度、三度口に運ぶ。

 そうして涼は、何度も冷たくて心地良い水を堪能していった。

 

「清宮殿、ここに居ましたか。」

 

 喉を潤した涼の側に、徐福が立っていた。

 それに気付いた涼は、顔を拭きながら応える。

 

「あ、徐福さん。俺を捜していたの?」

「ええ。実は黄巾党との戦いについて少し……。」

 

 そんな風に話をきりだしてから徐福は説明を始めた。

 

「……つまり、俺と劉備がそれぞれ部隊を率いるって訳か。」

「はい。片や“天の御遣い”、片や“劉勝(りゅうしょう)の末裔”。これ等の肩書きは充分に兵の士気を上げ、敵の士気を下げます。」

「けど、俺も劉備も実戦経験は殆ど無いぞ。」

 

 謙遜ではなく事実をありのままに話す涼。

 

「それはこの際構いません。お二人には後方で味方を鼓舞して貰えれば良いのですから。」

「けど、それって何か皆に悪い気がするなあ。」

「では、前線に出て斬られてきますか?」

「……それも嫌だけどさ。」

 

 誰が好き好んで死にに行きたいだろうか。

 勿論、涼もそんな人間じゃない。

 

「……清宮殿はお優しい方ですね。」

「そうかな。」

 

 今度は謙遜じみた話し方をする。

 そんな涼に対して、徐福は少し声を低くし、更に真剣な表情でこう続けた。

 

「ええ、とてもお優しいです。ですが、それだけではダメなんです。」

「……どういう事?」

 

 怪訝に思った涼は、自らも真剣な表情になって聞き返した。

 

「清宮殿は、皆を鼓舞するだけでなく、自ら先頭に立って指揮をしながら戦う人間になりたい、と、そう思っているのではありませんか?」

「まあ……そうかな。」

 

 そんな風になれれば、傷付く人を少しでも減らせる筈だから。

 単純にそう思って言葉に出した。

 

「やはり。確かに、その様な将が味方に居れば兵達は心強いでしょう。」

「だろ?」

「ええ。……ですが!」

 

 突然、徐福は涼の胸を人差し指で軽く突きながら語気を強め、涼にだけ聞こえる声量で話し続ける。

 

「そういった事は、力をつけてから言い、実行するものです! 力無き者が理想を語っても、それは単なる理想のまま。悪く言えば世迷い事でしかないのです!」

「……っ!」

 

 徐福が言った言葉に、涼は反論出来なかった。

 その言葉は全て正しく、何一つ間違っていない。

 力が有るから戦いに勝てる訳だし、民や兵もついて来る。勿論、ある程度の人徳も必要だが。

 理想を語るなら、それ相応の力を得ないといけない。だが、今の涼にはその力が無い。

 有るのは、「天の御遣い」という、人を集めるのに適した肩書きだけだった。

 そんな現状ですら理解出来ず、脳天気に答えていた自分が恥ずかしい。

 少し考えれば、これくらいは直ぐに解る事なのに。

 涼はそう思いながら俯き、額に手をやる。今の情けない表情を見られない様にする為だ。

 多分、今の顔は誰にも見られたくない表情だと思うから。

 そんな涼に対して、徐福がさっきより小さな声で話し掛ける。

 それに気付いた涼が軽く視線を向けると、何故か彼女も帽子の鍔を右手で押さえながら、少しだけ俯いていた。

 

「……勿論、理想を持つ事が悪いと言っている訳では無いのですよ。その点は、どうか誤解しないで下さいね。」

 

 そう言うと徐福は振り返り、元来た道を戻っていく。

 一人取り残された涼は、徐福の言葉を何度も心の中で繰り返しながら、自問自答を始めていた。

 自分に出来る事、やるべき事は何が有るのか、と。

 

(……そりゃあ、ずーっと肩書きだけの存在で良い訳が無いよな。……けど、だったらどうすれば強くなれるんだろう……?)

 

 理想を成すには強くならなければならない、それは解る。

 だが、どうすれば皆を守れるだけの強さを得る事が出来るのか、平和な現代で生きてきた涼には想像出来なかった。

 それから暫くして、行進を再開した義勇兵達は漸く目的地に着いた。

 再び斥候を放ち、様子を見る徐福達。

 その結果、黄巾党の根城には予想以上に多くの人数が居る事が解った。

 

「賊の数は私達より若干多い様ですが、これくらいの差なら策で何とでもなりますね。」

 

 徐福は軍議の場でそう自信満々に告げた。

 因みに、その場所には他に指揮官や各小隊長に任命された者、そして桃香と関羽、鈴々と涼の姿があった。

 

「何とでもなるとは言うが、具体的にはどうするのだ?」

 

 岩に広げられた地形図を見ていた関羽が、徐福を見ながらそう尋ねる。

 

「そうですね……相手の方が数が多い場合、幾つかの方法が考えられます。援軍を呼んだり、火矢を使った奇襲等ですね。」

「けど、援軍は当てが無いし……。」

「火矢にしても、こんな山の中で使ったら山火事になって、こっちにも被害が出てしまうのだ。」

 

 徐福の提案に、桃香と鈴々がそれぞれ意見を述べる。

 だが、徐福はそれをお見通しらしく、全く動じていない。

 

「お二人の言う通りでしょうね。義勇軍である我々は、そう簡単に兵数を増やせませんし、火矢にしても使うには場所が余り良くありませんから。」

 

 黄巾党の根城は山間に在り、正面以外の三方を崖に囲まれている。

 山の中だから周りには木々も沢山在るので、下手すれば山火事になるだろう。

 そうなればこちらも巻き込まれる危険性が高くなる。

 

「それに、弱いとは言え今は向かい風が吹いています。火矢を使うには適していません。」

 

 火矢を使うのは追い風の時というのは、先述の理由からも解る様に、軍略における常識だ。

 よって火矢は使えない。

 

「なら、どうするんだ?」

 

 涼が尋ねると、徐福は直ぐに答えた。

 

「相手はその殆どが農民の出です。まともな調練を受けた者はかなり少ない筈。また、奴等は自分達より弱い者しか襲っていない……つまり、数に頼っただけの暴徒共でしかありません。」

「ふむ。……それで?」

 

 徐福の説明の先を促す関羽。

 

「こちらの人数が少ないと見れば、奴等は意気込んで襲いかかってくる筈。なので、先ずこちらは少人数で奴等の前に現れるのです。」

「あの根城から誘い出すって訳か。」

「はい。そして、充分に誘い出した後、残りの人数全てを奴等に見せつけるのです。」

「けど、それでもこっちの人数は黄巾党より少ないのだ。それはどうするのだー?」

 

 徐福の説明に涼と鈴々はそれぞれ反応するが、当の徐福は相変わらず自信に満ちた表情のまま説明を続ける。

 

「確かに、数的不利という状況は変わりません。ですが、こちらの方が黄巾党より人数が多い様に見せる事は可能です。」

「……?? どういう事なのだー?」

 

 徐福の説明を聞いた鈴々だが、余り理解出来なかった様で、頭の上に疑問符を浮かべている。

 だが涼は、徐福の意図を理解していた。

 

(……成程ね。)

 

 だが、それを口にはしなかった。

 それを説明するのは、この場の主役である徐福の役目だと思ったからだ。

 そんな涼の考えを知ってか知らずか、徐福は鈴々や桃香を見ながら尚も説明を続けていく。

 

「つまりですね、先程も言った通り、相手は弱い相手としか戦っていません。恐らく、相手が官軍か只の義勇兵かというだけでなく、相手の人数を判断材料にしていると考えられます。」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうな。」

 

 徐福の考えに関羽が同意する。

 

「ええ。ならば、もしこちらの人数が黄巾党より多かったら、奴等はどう行動すると思いますか?」

「それは……多分逃げちゃうんじゃないかな? 勝てる見込みが無いと判断すると思うよ。」

 

 暫く口元に手を当てながら考えていた桃香が、冷静に答えを口にする。

 徐福はその答えを頷きながら聞き、言葉を繋いだ。

 

「だと思います。ですが、そうなると私達の目的を達成する事が難しくなります。」

「何でなのだ?」

 

 またも鈴々が疑問符を頭に浮かべながら尋ねた。徐福はその答えを直ぐに口にする。

 

「私達の目的は黄巾党を追い払うのではなく、殲滅する事にあります。何故なら、追い払うだけではまたいつ戻ってくるか判りませんし、追い払った黄巾党の奴等が他の街や(むら)を襲う危険性もあるからです。」

「だから殲滅するって訳か。」

 

 その意図を理解している涼が答える。

 

「はい。それに、上手く殲滅出来れば、黄巾党の他の部隊がこちらに来るのを防ぐ事が出来る筈です。何せ、奴等は弱い相手としか戦いませんからね。」

 

 そこ迄言ってから、徐福は小さな黄色い旗が付いた木片を、周辺の地形を記した地図の上に置いた。

 そこは、目的地である黄巾党の根城が在る場所を指し示していた。どうやらこれは黄巾党を表す物らしい。

 また、その下の森林部分には、小さな青い旗が付いた木片が置かれている。どうやら、こっちは涼達義勇軍を表す物の様だ。

 因みにこの世界の地図も、特に表記がない場合は上が北を指し示しているらしい。

 

「そして、その為には先ず奴等に動いてもらわなければなりません。そこで、先ずは少数で敵前に布陣。その後、応戦しながら後退し、敵を引きつけます。」

 

 そう言いながら徐福は青い旗を上に、黄色い旗を下に動かし、それから二つを同時に下に動かした。

 

「そして、充分に引きつけてから残りの兵を黄巾党の奴等の前に展開します。」

「だから、それが問題なのだっ。少ない人数をどうやって多くするのだ?」

 

 鈴々は早く答えを知りたいらしく、手をバタバタ振りながら促した。

 

「実際に増やすのは不可能ですね。ですが、こちらの兵を多く見せる事は可能です。……虚兵を使ってね。」

「きょへい?」

 

 鈴々は、キョトンとしながら徐福が言った言葉を繰り返した。どうやら、よく解っていない様だ。

 一方、関羽は即座に解ったらしく静かに頷いており、桃香は暫く考えてから意図に気付いた様だ。

 また、涼は予想通りだったらしく、関羽同様静かに徐福の話を聞いていた。

 

「虚兵とは、即ち偽りの兵。それを多用する事で奴等の目を欺き、一気呵成に攻め立てる事が可能なんです。」

 

 徐福は、常と変わらない自信に満ちた表情のまま説明を続ける。

 

「虚兵の絡繰りはこうです。先ず、旗手を通常の倍……いえ、三倍用意して下さい。」

「旗手を三倍?」

 

 関羽が確認の為に聞き返す。

 

「ええ。そして、いざ黄巾党の前に残りの全軍で現れる際に、その旗手達に旗を思いっきり派手に振らせて下さい。序でに私達全員がいつも以上に大声を出すの。それで奴等はこちらが大軍だって誤認する筈よ。」

「成程ねー。けど、もしその策が上手くいかなかったらどうするの?」

 

 徐福の説明を聞いていた桃香が、少し不安な表情をしながら尋ねる。

 

「上手くいかない? 恐らく、それは無いですね。」

「どうしてそう言いきれるんだ?」

 

 疑問に思った涼が、徐福に尋ねる。

 

「そんな思慮深い人間が黄巾党の中に居るのなら、先日の様な少人数での街の襲撃はしないでしょう。もっと大人数で計画的に攻め、街の被害を甚大なものにしていた筈です。」

「成程ね。」

 

 徐福の説明に納得した涼は、昨夜の黄巾党による襲撃事件を思い出していた。

 涼がいつの間にか居たあの街は、小さいながらも義勇兵を募っていただけあり、攻めるにはそれなりの人数が必要な筈だ。

 だが、奴等は十人程度という少ない人数で襲撃してきた。

 結果、幾人かの負傷者と建物が多少損壊したものの、死者は一人も出ず、物品を奪われる事もなかった。

 勿論、関羽と鈴々の活躍があった事も大きいが、それを差し引いても昨夜の襲撃は無謀だったと考えられる。

 

「そんな相手ですから、この策で充分です。それに、念の為の策はちゃんと用意していますから、皆さん御安心下さい。」

 

 徐福は自信満々に話していたが、皆の不安を察したらしく最後に一言付け加えた。

 それで軍議は終了となり、各自の持ち場へと戻っていく。

 涼は桃香、関羽、鈴々、そして徐福と共に本隊へと歩いていた。

 

「さっきの話だけど、本当に予備の策を考えているのか?」

「それはまあ、一応は。」

「一応かい。」

 

 涼は苦笑しながら徐福にツッコミをいれた。

 

「軍師の仕事は策を練り上げ、指揮官を支え、軍を統率する事。そして、最終的には軍を勝利に導く事です。その為なら、策の十や二十を考えておくのは当然ですよ。」

「いやいや、十や二十を考えられる軍師はそう居ないだろ。」

 

 それが普通かの様に話す徐福に、涼は驚きと呆れが混じった表情で再びツッコミをいれた。

 

「そうですか? 私の知り合いの子達なんて、私なんかより凄く沢山の策を瞬時に考え出しますよ。」

「……どんな奴等なんだよ、そいつ等は……。」

 

 策を一つ考えるだけでも凄いと思うのに、それを沢山考えつくなんてどんな頭をしてるんだ。

 涼は頭の中で呆れながら天を見上げていた。

 それから約半刻(約一時間)後、涼達は戦場に居た。

 と言っても、涼や桃香、徐福は戦線の遥か後方に居り、関羽や鈴々の二人が前線で戦っている。

 関羽と鈴々がかなりの実力者とみた徐福によって、前線で戦う小隊長となった二人は前曲の一角を担う事になった。

 今は作戦通り黄巾党を引っ張り出している所で、しかも予想以上に上手くいっていた。

 

「……黄巾党って、本当に考えなしなんだな。」

 

 暫く攻勢に出た後、打ち合わせ通りに後退してみれば、果たして徐福の予想通りに黄巾党の集団がついて来た。

 都合が良過ぎるくらいに策が機能しているのを、遠くの高台から眺めている涼は、同じく眺めている桃香と共にそんな感想を呟いた。

 

「私の予想通り、いえ、予想以上の展開ですね。」

 

 徐福はその光景を眺めながら、口元を緩める。

 何故か右手に大型の中華鍋を持ちながら。

 その中華鍋は何? 持ってきていたのか? 等の疑問が思い付くものの、今は聞く雰囲気では無いので聞くのを止める涼だった。

 

「徐福、未だ出ないのか?」

「未だですよ、清宮殿。もう少し引き付けないと、賊を殲滅するのは難しいです。」

 

 高台から身を屈めながら戦況を伺う涼達は、策の仕上げにかかるタイミングを図る。

 一分……、

 五分……、

やがて十分が経過しようとした時、徐福が高台に居る部隊に合図を送る。

 

「今です!」

 

 大型中華鍋を銅鑼代わりに思いっきり叩いて味方を前進させ、同時に黄巾党を怯ませる事に成功する。

 その隙を逃さず、全ての旗手が旗を思いっきり振りながら大声を張り上げる。

 左右に在る高台から沢山の兵と旗が現れ、兵の声は木霊となって山中に響いていく。

 木霊が策をより効果的にしたのか、黄巾党の士気はかなり低下している。

 そして追い打ちをかける様に、中央の高台から二人の男女が味方を鼓舞する。

 

「黄巾党を討伐せんと集まった勇者達よ! 今こそ反撃の好機だ‼ 怖いだろうが、恐れるな! 君達には天の加護があるのだから‼」

「さあ皆! このまま一気に敵をやっつけるよ‼ 全軍、突撃ーっ‼」

 

 二人の檄を受け、待機していた義勇兵全員が雄叫びをあげながら坂を下り、黄巾党目掛けて突撃する。

 対する黄巾党は既に浮き足立っており、慌てながら後退していく。

 また、黄巾党を引きずり出した関羽と鈴々も、本隊と合流して再び攻勢に転じている。

 こうなれば、この戦いの決着は着いたも同然だ。

 

「お二人共、お見事です。これでこの戦いは私達の勝ちですね。」

 

 高台で戦況を見ながら、徐福は鼓舞した二人--涼と桃香を労う。

 

「そうは言ってもねえ……。」

「俺達は味方を鼓舞しただけで、戦ってはいないしなあ……。」

 

 だが、戦っていない二人は複雑な表情を浮かべながらそう呟いた。

 

「清宮殿、先程言った事をまた言わせるつもりですか?」

 

 徐福が先程と同じ様に険しい表情をしながらそう言うと、涼は苦笑いをしながら答えた。

 

「大丈夫、解ってるよ。只……。」

「只?」

 

 徐福は疑問符を浮かべながら涼の言葉を待つ。

 暫しの沈黙の後、涼は声を絞り出した。

 

「……無力な自分に腹がたってるだけだ。」

 

 そう言うと、涼は視線を空に向けた。

 それから暫くして、関羽達が勝ち鬨をあげているのが聞こえてきた。

*1
元ネタは「kanon」の月宮あゆの口癖。ただし「ONE~輝く季節へ~」の長森瑞佳が元祖とも。作者は「kanon」も「ONE~輝く季節へ~」も知らないが、何故かこのフレーズは知っていたのでここで使った。

*2
「霊帝」は本来諡号なので、ここで使われるのは間違い。当時の作者はその知識が無かったのです。

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