「着いたーっ。」
「のだーっ。」
「二人共、何を呑気に言っているのです。早く
「……やっぱり、行かないとダメ?」
「当たり前です。」
先程と違って、何故か気乗りしない桃香を軽く睨む愛紗。
桃香はその眼力にビクッと肩を震わせると、苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「わ、解ってるよう。ちゃんと報告して……怒られてきます。」
「そうして下さい。私達も一緒に叱られますから。」
「鈴々もなのかー?」
「当然だ。」
愛紗に断言されて、鈴々も桃香と同じくうなだれる。
州牧と将軍が揃って落ち込んでいる姿というのも、中々シュールな光景だ。
因みに、朱里と
「あわわ……大丈夫なのかな。」
「はわわ……た、多分……。」
この時、二人は徐州に来たのをちょっとだけ後悔していたのかも知れない。まあ、そんな自覚はない様だが。
その後、桃香達は愛紗に促されながら城の中へと入っていった。
これからの事を考えると逃げたくなったが、勿論逃げられる訳は無いのだった。
「「「…………えっ?」」」
「はわわっ!?」
「あわわっ!?」
執務室にやってきた桃香達は、そこに広がっている光景を見て絶句した。
「ぐー……。」
「すやすや……。」
普段は桃香が座っている執務用の机の側に在る長椅子に、二人の人物が穏やかな寝息をたてて眠っている。
一人は元黄巾党ナンバー2で、今は桃香の従姉妹という設定の
そしてもう一人は桃香の
まあ、ただ眠っているだけなら、それ程驚く事ではない。何故なら、この長椅子は疲れた時の仮眠用として使う事も多々あるからだ。
だが、二人はただ眠っているだけではない。
涼は仰向けに寝ており、その上に地香が俯せに寝ている。
しかも涼の左手は地香の腰に回っており、心做しか二人の服装や髪が乱れている様に見える。
勿論、二人共ちゃんと服は着ているのだが、状況が状況だけに、少しの乱れも目につき、何かあったのではないかとの疑念が出て来る。
そこに、
「ふむ、昨夜の主は地香と一緒だった様ですな。」
という声が桃香達の後ろから聞こえてきた。
「せ、
「これはこれは桃香様。どうやら、仕事を放り出して迄行った人材獲得は上手くいった様ですな。」
「うぅ……星さんが意地悪する〜。」
桃香達の後ろに居たのは
その星の皮肉にうなだれる桃香だが、愛紗はそんな彼女の肩に手を当てながら非情な言葉を紡ぐ。
「仕方ありません。仕事を丸投げしたのは事実なのですから。」
「愛紗ちゃ〜んっ。」
厳しい
「ん……何の騒ぎ〜?」
と、そこに、涼に抱きかかえられる様にして寝ていた地香が、そう言いながらゆっくりと起き上がった。
「あっ、桃香お帰りー。」
「た、ただいま地香ちゃん……。」
寝ぼけ眼の地香は、目を擦りながら桃香達を確認すると「地香」の姿になっているのを忘れているらしく、口調は「地和」のままだった。
それに気付いた桃香は地和に近付き、朱里と鳳統に聞こえない程度の小声で指摘する。
途端に地香の表情が引き締まり、雰囲気が「地和」から「地香」へと変わっていく。
「そ、それで、勧誘は上手くいったの?」
「う、うん。ほら、この二人がそうだよ。」
未だ若干「地香」を演じきれていない様だが、それをフォローするかの様に桃香が話を合わせる。
その後、桃香から地香について説明された二人は、執務室に入った時と変わらず慌てたまま自己紹介をしていく。
「はわわっ。は、初めましてっ、私は
「あわわっ……。は、初めましてっ、私は
「……何この可愛い生き物達。」
噛み噛みに自己紹介する、見た目は幼い少女達。
地香はそんな二人に見とれながら、「そのままの姿勢」で改めて自己紹介を返した。
余りにも自然にしているので朱里達もそのまま話し続けたが、やはり不自然さは否めない。仕方無いので、桃香が地香に訊ねる事にした。
「あ、あのね地香ちゃん。」
「なあに?」
「……なんで、そこで寝ていたのかな?」
「そこ?」
桃香が何を言っているのか疑問に思った地香だったが、その視線が自分の足下にあると気付くと、そのまま目線を下げていく。
するとそこには、有る筈の寝台の敷布は無く、何故か涼が寝ていた。
「…………えっ、ええぇぇっ!?」
予想外の事態に驚いた地香は、悲鳴と共に涼から飛び降りていった。
「いて……っ。何だよ一体……。」
地香が飛び降りる際に腹部を踏んだらしく、その痛みで目が覚めた涼はお腹を手で押さえながら、ゆっくりと起き上がった。
「ん……? ああ、お帰り桃香。」
「た、ただいま。」
先程の地香と同様に、未だ寝ぼけ眼のまま桃香を確認する涼。
次いで、愛紗、鈴々、地香と確認していき、二人の少女の所で目が止まる。
「桃香、もしかしてこの子達が?」
「うん、諸葛孔明ちゃんと鳳士元ちゃんだよ。」
桃香に名前を言われた朱里と鳳統は、やはり噛み噛みのまま自己紹介をしていく。
涼もまた地香と同じ感想を抱いたが、違う感想も抱いていた。
(
涼はそう思いながら居住まいを正す。寝起きなのでイマイチ締まらないのだが。
「お二人共初めまして。こんな格好で悪いけど自己紹介させてもらうよ。俺がこの徐州の州牧補佐を務めている、清宮涼です。暫くは慣れないかも知れないけど、解らない時は遠慮なく俺達に聞いてね。」
そう言って、涼は朱里と鳳統の前に右手を差し出す。
二人は暫くの間その手をジッと見つめていたが、やがてゆっくりと手を伸ばし、それぞれ握手を交わした。
「よ、宜しくお願いしましゅっ。」
「お願いしましゅっ。……あわわ、また噛んじゃった……。」
握手しながら言った朱里と鳳統の言葉は、やはり噛み噛みだった。
最早噛むのは彼女達のデフォルトだなと思いつつ、涼は二人と会話をしていく。
その中で、雪里の事が出て来ると二人共嬉しそうな表情になった。同じ私塾に通っていた仲間であり親友なのだから、その反応は当然だろう。
「積もる話も有るだろうけど、取り敢えず、二人共荷物を置いてくると良いよ。鈴々、帰ってきたばかりで悪いけど、二人をこの部屋に案内してやって。」
「解ったのだっ。」
涼から部屋の場所が記された
執務室に残ったのは、涼、桃香、愛紗、星、地香の五人。
涼は桃香と愛紗に対して、旅から無事に帰ってきた事を喜び、諸葛亮と鳳統を連れてきた事を誉め、黙って旅に出た事を叱った。
とは言え、その声には義妹達を見守る義兄らしい温かさがあった。
それを感じ取った桃香と愛紗は、義兄の優しさに感謝しつつ謝った。後で鈴々も謝らせようと思いながら。
そうして涼の話が一通り終わると、桃香と愛紗は一度顔を見合わせてから涼と地香に向き直り、先程から思っていた疑問を投げかけた。
「……義兄上。」
「ん?」
「義兄上は何故、地香と一緒に寝ていたのですか?」
「えっ?」
「……っ。」
愛紗が訊ねた瞬間、地香の顔が焦りの表情に変わる。
だが、涼は間の抜けた声を出して愛紗と桃香、そして地香を見るだけだった。
「えっと……何の事?」
「っ! ……惚けるつもりですか?」
「いや、惚けるも何も俺は徹夜で政務をやっていただけだし。それが終わったのが明け方で、部屋に戻るのもキツかったからここで寝たんだ。」
「……一人で、ですか?」
「一人で、だよ。」
そう答えた涼を暫く見つめていた愛紗と桃香だったが、その視線はやがて涼の後ろに立つ地香へと向けられた。
それに気付いた涼も同じ様に地香に目を向ける。何故か地香は目を合わせようとしていなかった。
「……地和?」
涼が彼女の本当の真名を呼ぶ。
地香の正体を知っている者だけの時も余り言わなくなった、その真名を。
久し振りに聞く自分の本当の真名にピクリとする地香。だがそれでも彼女は目を逸らし続ける。
「地和、愛紗が言ってる事は本当なのか?」
「そ、それは……。」
「正直に言わないなら、今日の政務を全部やってもらうよ。」
「そ、それは……っ。」
涼がそう言って圧力をかけると、地香は更に焦っていく。
それから暫くの間、地香は涼達の視線に曝されながらも沈黙し続けたが、やがて観念したかの様に溜息を吐くと、ゆっくりと涼達に向き直った。
「……愛紗が言った通りよ。ちぃは涼に抱きついて寝てたわ。」
「何でそんな事を……。」
「言わなきゃ解らない?」
先程迄と違い、落ち着いた表情と声で涼を見詰めながら言った地香に戸惑っているのか、涼は勿論ながら桃香達も言葉を返せなかった。
地香はそんな涼達を見回してから息を吐き、言葉を続ける。
「……まあ、今は言わないでおくわ。何せ、ここにはお喋りな人が居るからね。」
地香はそう言って一人の少女に目を向けた。
「おや、心外ですな。私のどこがお喋りだと?」
振り袖の様な白い服を着こなしているその少女は、不敵な笑みを浮かべながらそう答える。
だが、この時実は涼達も地香と同感だった。
白い服の少女――星は基本的には真面目なのだが、時々不真面目になる。いや、ひょっとしたら不真面目な時が多いかも知れない。
その不真面目な面が出るのが調練の時ではなく、味方の私事の時ばかりというのは幸いではあるが。
ただ、私事とは言え、ちょっかい出される方からしてみれば、迷惑な事に変わりはなく、それ故に皆注意をしていたりする。
「まったく……どの口がそれを言うのか知らないけど、ちぃはこの前の事を忘れてないわよ。」
「この前……? はて、どれの事を仰っているのかな?」
「そんなの、“あの歌”の事に決まっているじゃない!」
地香は星に向かってそう叫ぶ。
だが、話の内容が解らない涼達はキョトンとしていた。
「「「……あの歌?」」」
「あ。」
奇しくも三人の声が揃った事で、地香の熱くなっていた思考が瞬時に冷えていく。
あたふたとしながら言い訳をする地香。そんな彼女を星がニヤニヤしながらと見つめている事に地香も気付いたが、それに抗議する事すら出来ない程、慌てふためいている。
結局、「あの歌」について知られたくないらしい地香は、それ以上追及出来なかった。