この時の清宮涼の戦いは後者であった。
だがこれは、決して油断出来ない戦いなのである。
2011年7月13日更新開始。
2013年9月25日最終更新。
2017年5月31日掲載(ハーメルン)
涼が最初に目指したのは
本当は先に、
時間が掛かれば、それだけ状況が悪化するかも知れないのだから、そうしたロスは可能な限り避けたい。
その為、先ずは南下して
建業へは、
そこから広陵に入り、
翌日、その武進から西に在る建業へ向かっていた所、とある一団と遭遇した。
その一団は商人でもなければ賊でもない、軍旗を掲げた正規の軍勢だった。
その軍勢の先頭の旗は「甘」と「凌」、少し遅れて「黄」の旗が有った。
突然現れた軍勢に、驚き戸惑う
だが、軍師である
「
「俺達は戦いに来たんじゃない。けど念の為、油断しない様に皆に伝えて。」
「解りました。」
雫はそう言って一礼すると、後ろで待機している兵士達に涼の指示を伝えに行った。
その間、涼は前方一里(約四百メートル)で止まった一団に目をやった。
(“甘”に“凌”に“黄”か……。凌がどっちの武将の旗かは判らないけど、あとの二つは多分あの武将の旗だろうな。)
次いで、やっぱり女なんだろうな、と付け加えながら思案に耽る涼。
そうしている内に、その一団から三人の女性が馬から降りて近付いてきた。
それを見た涼も馬から降り、彼女達を待つ。
同じ様に降りて涼の隣に居る
それでも、万一に備えて蛇矛を握る力は緩めなかった。
やがて、涼達との距離が十メートルになった所で女性達は足を止め、次いで三人の中で一番年長者らしい褐色の肌の女性が声を発した。
「儂の名は
「え、ええ。清宮涼は自分です。それと、左の子は
黄蓋と名乗った女性の声に、涼は若干怯んだ。
別に黄蓋は涼を睨んだりしていない。
それなのに涼の背筋には今、汗が流れている。
(流石は孫呉の宿将、黄蓋の名を持つだけはあるな……
涼は内心ヒヤリとしながら気持ちを立て直し、黄蓋を見返す。
黄蓋の髪は薄紫色で、頭の後ろで結い上げてそのまま腰迄伸ばしている。
細い濃紺の瞳は穏やかであり、鋭くもある。
小豆色のチャイナドレスみたいな服により、肩や太股は大胆に露出している。胸元が空いているので、谷間も見える。
その胸は、男なら誰もが凝視してしまうであろうと簡単に予想出来る程豊かな胸。豊か過ぎる気もする。少し垂れ気味なのは歳の所為か。
背中には大きな弓矢を背負っており、それが黄蓋の武器の様だ。
その証拠に、腕には弓使いが使う
太股には薄桃色のガーターベルトらしきものが有り、同じ色のニーソックスみたいな物と繋がっている。
靴は濃い小豆色の短いブーツっぽい靴で、全体的に同系色を中心とした服装は色合いのバランスがとれている様に見えた。
と、涼が黄蓋を一通り観察し終えると、今度はその黄蓋が涼を見ながら口を開いた。
「ふむ……策殿からは白い服か青い服を着ている黒髪の少年、と聞いておったが、今日は青……浅葱色の服であったか。」
そう言った黄蓋は涼をじっくりと見据えている。
確かに、今の涼はこの世界に来た時の服、つまりコートを着ていない。
今の服装は、浅葱色の羽織りにジーンズといった格好だ。
「袖の模様が策殿の服の袖の模様と似ているのは、策殿を意識しての事かの?」
「いえ、特にそんなつもりは無いです。単にこの服が俺の国で有名な服ってだけですよ。」
確かに、涼が今着ている服は涼の国、つまり日本で有名な服だ。
袖と裾に白い山形の模様、俗に言うダンダラ模様を染め抜いた浅葱色の羽織。
それは、日本の幕末に名を馳せた剣客集団、「新撰組」の羽織と同じデザインだ。
この羽織はその時の羽織を見た涼が、折角だから作ってみようと思い、後に徐州の町の仕立屋に依頼して作った物だ。
因みに、これとは別に背に「誠」の一文字を白く大きく染め抜いた羽織もある。
一応言っておくと、孫策――雪蓮の袖の模様はダンダラ模様ではなく、薄桃色の花びらである。
「ふむ、まあ良い。……確認するが、貴殿の目的は堅殿との会談じゃな?」
「はい、
「有意義とな? それは貴殿等にとってか?」
「俺達は勿論ですが、そちらにとっても有意義な話になる筈ですよ。」
涼が笑みを浮かべながらそう断言すると、黄蓋はその涼の顔を暫く間見つめ、やがてフッと笑った。
「有意義かどうかを決めるのは堅殿じゃ。貴殿が堅殿を納得させる事が出来るかどうか、楽しみじゃな。」
「自分もです。」
涼がそう言うと、黄蓋はまたも笑い、その表情のまま背を向けた。
「では、儂等の後についてきてまいれ。建業迄御案内しよう。」
「解りました。」
それから、黄蓋と涼はそれぞれの部隊に命令を出し、行軍を再開した。
案内は護衛も兼ねているらしく、黄蓋達の部隊は涼達を囲む様に展開した。
旗で位置を表すと、先程と違って「黄」の部隊が先頭になり、その後ろに「清宮」を中心とした徐州軍。
その右から後ろにかけて「凌」、左から後ろにかけて「甘」の部隊がそれぞれ進んでいる。
完全に包囲されているので、徐州軍の兵士達は常に緊張しているが、時々涼達が声を掛けていったので、何とか緊張の糸が切れずに済んだ。
やがて、陽が高く昇った頃に一行は建業に到着した。
建業は下邳や
城門を潜ると、二人の少女が涼の前に現れ、平伏しながら口を開いた。
「お待ちしていました、御遣い様っ。」
「孫堅様より話は聞いております。これより先は私、
「
地面に着くかと思う程長い黒髪の
その様子を黄蓋、甘寧、凌統の三人は表面上は穏やかに見守っている。
やがて、涼達が視界から遠く離れるのを確認すると、黄蓋が二人に向かって話し掛けた。
「お主等、あの
「……ハッキリ言って、噂の様な人物には見えません。」
「ちっ……
「お主等もそう思ったか。……じゃがの、堅殿と策殿があの者をお認めになられているのも事実じゃ。何も仰られておらぬが、恐らく権殿も同じじゃろう。」
「
「
「二人も似た様なもんじゃ。冥琳の場合は、『出来れば敵に回したくない』とも言っておったの。」
「なんと……“孫軍の柱石”と呼ばれる
「ちっ……遺憾ながら、自分も興覇と同意見です。」
またも舌打ちしながら答える凌統に黄蓋は呆れつつ、二人に注意する。
「……お主等、いい加減仲良うせんか。」
「そう仰られましても……。」
「興覇と仲良く等、一生無理です!」
「……だそうです。」
「ハア……。」
とりつく島もない凌統の頑なな態度を前に、黄蓋は深々と溜め息を吐く。
だが、それ以上は何も言わない。凌統が甘寧を嫌っている理由を知っているからだ。
とは言え、いつまでもこのままで良いと思っている訳でも無い。
時間はかかるだろうが、いつかは和解してもらわなければならない。
「ふう……。」
黄蓋はもう一度溜め息を吐き、内と外の問題に頭を悩ませた。