真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十四章 江東の虎達・3

 それから、半刻(約一時間)以上の時が過ぎた。

 涼と霧雨は、その部屋に置いてあった本を読んだり窓からの景色を見たりして静かに待っていたが、鈴々は退屈そうに手足をブラブラと動かしていた。

 因みにその間、周泰は出入り口の前にジッと立って三人の様子を眺めていた。

 涼達から話し掛けられればきちんと応えるが、彼女の方から話し掛ける事は一度も無かった。

 

「お待たせしました。準備が出来ましたので御案内致します。」

 

 孫家の侍女が涼達を呼びに来たのは、そんな時だった。

 侍女に案内された先は、先程、雪蓮達が山越の使者と会談していた部屋だった。

 そしてその部屋では、雪蓮、孫堅、孫権、程普(ていふ)、周瑜の五人が二つの長椅子にそれぞれ座って待っていた。

 

「久し振りね、涼。」

 

 雪蓮は笑顔のまま椅子から立ち上がると、開口一番にそう言った。山越の使者との応接時に見せていた作り笑顔とは違う、涼が知るいつもの雪蓮の笑顔だ。

 

「久し振り、雪蓮。孫堅さん達もお元気そうで何よりです。」

「私もまだまだ娘達に負けていられぬからな。それより、私の事は“お義母(かあ)さん”と呼んでくれて構わないわよ。」

「そ、それはまた今度という事で……。」

「照れなくても良いのに。ねえ、雪蓮?」

「ねえ。」

 

 そう言いながら笑顔で顔を見合わせる孫堅と雪蓮。どうあっても涼を婿入りさせたい様だ。

 

(まあ、それも視野には入れてるけどね……。)

 

 涼は頭の中でそう呟くと、孫堅に促されながら空いている長椅子へと腰掛け、自己紹介をした。

 長椅子は三つ在り、入り口から見ると正方形の木製の台を中心にして、カタカナの「コ」を左へ90度傾けた形に配置されている。

 左側の長椅子には右から霧雨、涼、鈴々が。真ん中の長椅子には右から周瑜、程普が。右側の長椅子には右から雪蓮、孫堅、孫権がそれぞれ座っている。

 因みに、周泰は座らずに雪蓮達の後ろに立っている。

 暫くすると、雫と蒋欽がやってきてそれぞれの主の許へ行ってから、改めて自己紹介をした。

 その直後、今度は黄蓋と甘寧と凌統、そして見知らぬ三人の女性が入ってきた。

 

「遅かったわね、(さい)。」

「済まぬ堅殿。こ奴等を探すのにちと手間取っての。」

 

 「祭」と呼ばれた黄蓋が、後ろに居並ぶ甘寧達をチラリと見る。

 黄蓋の直ぐ後ろに居る二人は黄蓋と歳が近い様に見えるが、一番後ろに居る残りの一人は、甘寧や凌統と同じ十代の少女の様だ。

 涼が彼女達を注意深く見つめていると、黄蓋がそれに気付いたらしく、涼に対して彼女達を紹介していった。

 

「こ奴等の名前は後ろの二人が右から韓当(かんとう)祖茂(そも)、その後ろの甘寧と凌統の間に居る胸の大きい娘は陸遜(りくそん)じゃ。」

 

 余りにもサラッと言ったので、涼は驚くのに時間がかかった。

 

(韓当に祖茂に陸遜だって!?)

 

 涼が驚くのも無理はない。

 韓当と祖茂と言えば、黄蓋、程普と共に孫堅四天王と言われる程の武将である。

 世界が違うとはいえ、同じ名前を持つ四人が目の前に居るのだ。驚かない方がおかしいだろう。

 また、陸遜もやはり孫軍の名将としてその名を歴史に刻んでいる。尤も、登場し活躍した時代は孫堅の時代ではなく孫権の時代になるのだが。

 

(まあ、諸葛亮(しょかつりょう)鳳統(ほうとう)が十常侍誅殺後に登場する世界だし、少しくらいズレてもおかしくないか。)

 

 涼はそう思いながら心を落ち着かせた。三国志の武将の殆どが女性になっているこの世界が一番おかしいのだが、最早それには違和感を感じなくなっている様だ。

 簡単な自己紹介の後、黄蓋は程普の隣の空いていた席に座り、韓当と祖茂はその後ろに立った。

 それと同じ様に、甘寧達は雪蓮達の後ろに立った。

 

「未だ来てない者も居るけど、待つ時間が惜しいから始めましょうか。」

 

 孫堅がそう言って会談が始まった。

 とは言え、涼達にしてみればこの状況での会談はやり難い事この上ない。

 何せ、目の前に居る会談の相手は仲間を十人以上連れており、更にはその殆どが武官という構成だ。

 これが涼達に対する威圧なのは、涼は勿論ながら鈴々ですら解った。尤も、鈴々は何故孫堅達が威圧しているのか迄は解らなかった様だが。

 そんな周りの様子を見ながら、涼が小さく呟いた。

 

「予想していたとはいえ、やっぱりこちらにプレッシャーをかけてきたなあ。」

「ぷれっしゃあ?」

 

 隣に座る霧雨が、聞き慣れぬ言葉に興味を持った。

 

「えっと……心理的圧迫とでも言えば良いのかな?」

「成程。まあ、会談を自分達に有利に進める為には、こうした手を使って相手に“ぷれっしゃあ”をかけてくるのは当然でしょう。」

 

 霧雨は早速、覚えたばかりの新しい言葉を使いながら、冷静に状況を分析していった。

 

「兎に角、この雰囲気に呑まれない様にお気をつけ下さい。何しろこの会談の結果によって、徐州全体は勿論、清宮様御自身にも大きな影響を与える事になるのですから。」

 

 その言葉を聞いた涼は無意識の内に唾を飲み込んだ。

 徐州で雪里達と打ち合わせをした時に、今回の会談がどれだけ重要なのかは散々言い含められていたし、理解もしていた。

 だが、実際にその場に来て、いざ会談となると心臓の鼓動が速くなる。緊張しているのだ。

 仕方の無い事とは言え、涼は自分自身が情けなくなった。

 そうして一通り自己嫌悪してから、軽く深呼吸をし、真っ直ぐに相手を見据えながら口を開く。

 

「俺達がここに来た理由は先触(さきぶ)れから御存知かと思いますが、改めて申し上げます。」

 

 普段は使わない堅苦しい口調で話す涼。

 

「俺達徐州軍は青州からの要請を受け、黄巾党(こうきんとう)の残党を倒すべく十万を超す部隊を青州に派兵しました。」

「……! 十万……。」

 

 涼が発した「十万」という兵数に思わず声を詰まらせる孫権。

 だが、雪蓮や孫堅は孫権程の反応は見せず、他の武将達の反応もまたそれぞれに違っていた。

 そんな様子を見ながら話を続ける涼。

 

「これだけの大軍を派兵をしたのは、黄巾党の乱を再び引き起こしてはならないからです。その為、討伐軍は桃香……劉玄徳(りゅう・げんとく)自らがその指揮を執り、関雲長(かん・うんちょう)を始めとした主力部隊で構成しています。」

「へえ〜、あの子が自らねえ。ちょっと意外かも。」

「そうかしら? あの子は意外としっかりしてるわよ。」

 

 涼の説明を聞いた雪蓮と孫堅のこの様な会話があると、

 

「ふむ、討伐軍には関羽(かんう)殿が居るのか。ふっ……黄巾党に同情してあげるべきかも知れぬな。」

「お主が前に話しておった武人じゃな。それ程の強者(つわもの)なのか?」

 

という程普と黄蓋の会話が続いた。

 雪蓮、孫堅、程普の三人は黄巾党の乱の最中に涼達と共闘しており、桃香や愛紗の人柄や実力については孫軍で一番詳しい。

 厳密に言えば、孫権と周瑜の二人も十常侍誅殺の時に涼達と共闘しており、それなりには知っている。

 だが、雪蓮達が数ヶ月一緒に居たのに対し、二人は一日くらいしか一緒に居なかった。

 その為、雪蓮達と孫権達とでは桃香達に対する認識に差があるのである。

 桃香達と長く過ごした雪蓮と孫堅の意見が違うのは、経験の差によるものだろう。

 その後暫くの間、黄蓋達自領残留組が雪蓮達共闘組の話を聞いていたが、やがて結論が出たらしく、涼に話を続ける様促した。

 涼は続けた。

 

「相手の青州黄巾党は万を超す大軍ですが、所詮は賊。徐州軍が負ける筈がありません。」

 

 自信たっぷりな涼の言葉に周瑜が反応し、

 

「ほう、大層な自信だな。」

 

と言うと涼は、

 

「みんな、鍛えてますから。」

 

と、体を鍛えて仮面のヒーローになった青年の様に爽やかに答える。

 勿論、直ぐに表情を引き締めて言葉を紡ぎ直す。

 

「問題は、十万という大軍を動かす以上、空き巣が徐州に来る危険性が出て来るという事です。その危険性を無くす、もしくは少なくする為に……。」

「私達と同盟を結びたい、という訳なのよね。」

 

 話の先を言った雪蓮の言葉に、涼は頷いて答えた。

 それから暫くの間、黄蓋達の間でざわめきを伴った意見交換が交わされていった。

 それも仕方無いだろう。涼が言っている事は、彼等、つまり徐州にとって都合が良い話でしかない。

 

『徐州が何の憂いも無く戦える様に、協力してほしい』

 

 涼の言葉を要約すれば、こうなる。勿論、協力自体は孫軍としても異存は無いだろう。

 徐州軍が出撃した大義名分は「青州黄巾党の討伐」であり、先年に起きた黄巾党の乱が、どれだけの被害と混乱を招いたか考えれば、協力しない方がおかしいと言える。

 だが、協力した場合の見返りが何なのか、それが未だ提示されていない。

 孫軍が袁術や山越と対立関係にある事は既に触れた。

 その為、孫軍は協力したいが簡単には出来ないというジレンマを抱えている。

 そんな孫軍の内情を予め知っていたのか、霧雨が懐から一枚の書簡を取り出す。

 

「これを御覧下さい。」

 

 そう言って霧雨が差し出したその書簡を周瑜が手に取り、孫堅の許可を得て読み出した。

 すると、見る見るうちに周瑜の表情が驚きに変わっていく。

 何事かと思った孫堅と雪蓮がその書簡を読むと、二人もまた同じ様に表情を変えていった。

 書簡の内容を要約して箇条書きにすると、

 

『有事の際(正確には青州遠征時の有事に限定)の兵糧(ひょうろう)金子(きんす)の六割は徐州が負担する』

『その際に孫軍領が外敵の侵攻を受けた場合、徐州は可能な限りの援軍を送る』

『青州遠征後も、徐州と孫軍との同盟関係を続け、共に平和の為に行動する』

 

という内容になる。

 兵糧・金子の件はもとより、援軍や同盟維持等、大いに孫軍に配慮した内容に孫堅を始めとした孫軍諸将は安堵し、感心していった。

 だがそれでも、一部の将は不満げな表情をしており、孫堅・雪蓮の両名も内容に満足しながら、あと一声という表情をしていた。

 その「あと一声」が何なのかは、涼は勿論解っている。

 この世界で涼だけが使えるカード、切り札、アドバンテージ。涼がそれを使う事を二人は望んでいる。

 だが涼は迷っていた。このカードをきれば、間違いなく同盟は結ばれるだろう。だが、それだけに安売りして良いのか判断に苦しんでいる。

 そして何より、涼自身の気持ちが定まっていなかった。

 こんな重大な事を打算で決めて良いのか。大切なのは心じゃないのか。

 心さえ有れば、最悪の展開にはならないんじゃないか。例えばそう、以前交際していた彼女との関係みたいに。

 そうして煩悶した末、涼は決断した。それが個人的に正しい判断かは兎も角、少なくとも徐州を運営する一人としては正しい判断だと信じて。

 

「……そこには書いてありませんが、数年以内に雪蓮との結婚を考えています。」

 

 涼がそう言うと、孫堅と雪蓮は満足した用に笑みを浮かべ、諸将はざわめき、孫権は急な展開に驚き顔を赤らめた。

 ざわめきが止まぬ中、孫堅は笑みを浮かべたまま訊ねる。

 

「……雪蓮と結婚したいと言ってくれるのは嬉しいけど、何故直ぐに結婚しないのかしら?」

「言わなくても解っているのではありませんか?」

「と言うと?」

「御存知の通り、俺は徐州を治めている劉玄徳の補佐をしており、その劉玄徳の義兄(あに)でもあります。ですから、ここに婿入りする事は出来ません。」

「残念だけど、そうなるわね。」

「となると、残りは雪蓮がこちらに嫁入りするしかない訳ですが、そちらの事情を考えればそれもまた難しい筈。」

「……続けて。」

 

 一旦話をきった涼に対し、孫堅は話の先を促す。

 

「これは自分の想像ですが、孫堅さんは雪蓮を後継者にするべく、様々な事を教えてきたと思います。今思えば、苑城(えんじょう)での一件もそうではないかと。」

「よく覚えているわね。確かにその通りよ。何せあの頃の雪蓮は、只血の気の多い娘でしかなかったから。」

「母様も涼も、そんな昔の事を蒸し返さないでよ。」

 

 過去の自分の事を言われた雪蓮は、顔を赤らめながら二人に文句を言った。

 涼が言う苑城での一件とは、以前触れた黄巾党討伐時の事である。

 当時、桃香等と共に義勇軍を率いていた涼は曹操(そうそう)軍、董卓(とうたく)軍、盧植(ろしょく)軍と共に黄巾党討伐にあたっていた。

 だが、盧植が讒訴(ざんそ)により討伐の任を解かれ、曹操が増兵の為に連合から離れた後、入れ替わる様にして孫堅軍が加わった。

 涼は連合軍結成当時から総大将を務めており、孫堅軍が合流してもその任は変わらなかった。

 雪蓮はそれが我慢ならなかった。大して強くもない人物が、「天の御遣(みつか)い」というだけで総大将になり、自分達に命令する。そんな馬鹿な事があって良いのか、と。

 その為、反発して軍議を乱したり、果ては涼に真剣で斬りかかったりと、当時の雪蓮は孫堅が言う様に「血の気の多い娘」でしかなかった。

 そんな雪蓮に対して孫堅は、彼女が軍議を乱しても直ぐには咎めず、ある程度時が経ってから行動に移した。また、涼に斬りかかった際も止めようとはせず、只傍観していた。

 そうした一連の行動を見ると、孫堅は涼という人物を雪蓮を使って見極めようとしていた節がある。

 自分の娘である雪蓮より若い少年が総大将を務める事に、孫堅自身も若干の不満があっただろうという事は想像に難くない。

 そこで、未だ血気盛んな愛娘の雪蓮を通して涼を観察し、あわよくば雪蓮の精神面も一緒に鍛えてみたかったのではないか。

 と涼は推察し、先の質問に至った。

 果たして推察通りの答えが返ってきた事に涼は満足し、孫堅もまた、改めてこの「婿殿」を気に入ったのだった。

 一方、昔の恥ずかしい話を蒸し返された雪蓮は不機嫌そうにしている。

 

「母様もあの時不満だったのなら、何故そう言わなかったのよー。」

「当時の連合は既に劉備・清宮、董卓、盧植の三軍の結束が固かったのよ。外様の私達がわざわざ文句を言って対立しても、得する物は何も無いわ。」

 

 孫堅がそう言うと、雪蓮は不満げながらも納得せざるを得なかった。

 それから話は戻る。

 互いにすぐの婿入り、嫁入りが出来ない以上、取り敢えず婚約だけしておくという事で話は進み、双方の軍師・文官を交えて同盟の最終確認をしていく。

 そうした一連の作業が終わり、同盟締結の一文を誓紙に記そうとした時、作業中は(ほとん)ど話さなかった雪蓮が口を開いた。

 

「婚約の件なんだけど……。」

 

 そう言った雪蓮を、涼や孫堅を始めとした室内のメンバー全員が見つめる。

 その殆どが、雪蓮が婚約について早くも不安になった、所謂マリッジブルーになったのかと思ったのである。

 だが、そんな一同の予想は真っ向から覆された。

 

「私だけじゃなく、蓮華やシャオも候補者にしといてくれない?」

 

 そう言った雪蓮の表情は満面の笑みだった。

 それとは対照的に涼達は驚き固まっていたが。

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