真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十四章 江東の虎達・5

 そんな中、孫堅が一つの提案をした。

 

「婿殿が今日から正式に婿殿になったのですから、私は真名を預けようと思います。祭達も良いわね?」

「堅殿、それは儂等の真名もこの孺子に預けよ、という事ですかな?」

「そうよ。……嫌かしら?」

「いえ。儂もこの孺子が気に入りました。これだけの人数を前にして、平然としているのですからな。」

「平然となんてしていませんよ。これでも緊張してますから。」

 

 涼の世界では「孫呉の宿将」と伝わる黄蓋が、涼を見据えながら孫堅に答える。

 黄蓋は普通に答えたが、「真名を預けよ」という命令はひょっとしたらこの世界で一番強い命令かも知れない。

 何せ、勝手に呼ばれたら殺しても良いと言うのが真名である。

 それを他人に預けろというのは、取りようによっては屈辱を受けろと言っている様なものだろう。

 だが、黄蓋はそれをあっさりと受け入れた。勿論、黄蓋自身が納得していたというのもあるだろうが、それでも自分で預けるのと他人に促されるのでは気持ちの上で大きく違うだろう。

 そうした事を考えると黄蓋の器の大きさがよく解るし、無茶な命令をさらりと命じられる孫堅も凄いと言える。

 

「そうは見えんがの。……まあよい、では儂から預けるとしよう。儂の名は黄蓋、字は公覆(こうふく)、真名は祭。宜しく頼むぞ、清宮。」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」

 

 黄蓋から真名を預けられた涼はそう答え、自分の呼び方は好きな様に呼んでほしいと続けた。

 黄蓋こと祭の番が終わると、次はその隣に居る程普が涼に向き直った。涼に近い順番に進むのだろうか。

 程普は常の冷静な表情のまま、静かに口を開いた。

 

「私の名は程普、字は徳謀(とくぼう)、真名は泉莱。改めて宜しくお願いします、総大将。」

 

 表情だけでなく、口調迄もが常と変わらない程普こと泉莱だった。

 涼も改めて自己紹介をし、次に備えた。

 順番で言えば次は周瑜であり、その通りになった。

 

「次は私だな。私の名は周瑜、字は公瑾、真名は冥琳(めいりん)。改めて雪蓮共々宜しく頼む。」

「こちらこそ宜しく、冥琳。」

 

 二人はそう言って会釈し、少しの雑談を交わした。二人は十常侍誅殺の時に会ったのが最初であり、今回はそれ以来の再会となるので互いにそれ程知っている仲という訳では無いが、“共通の話題”がある為か意外と話が合っていた。

 その際に、何故か雪蓮がむくれていたり、いじけたりしたが、些細な事なのか二人共スルーしていた。

 そうして雪蓮が不貞腐(ふてくさ)れたまま、尚も雑談は続いた。

 周瑜――冥琳は、愛紗の様に艶のある黒髪を長く伸ばしている。

その長さは腰より下迄伸びており、先端で桃色の細い布を巻いて纏めている。

 服装は赤紫色のドレスの様な服で、肩や胸元や腹部が大胆に露出しており、目のやり場に困る。尤も、ここ揚州は緯度で言えば日本の九州と余り変わらず、比較的温暖な気候の土地である為、薄着の人が多いのは仕方ないのだろう。

 黒い長手袋とストッキング、そして靴は白いハイヒール。全体的に寒色のコーディネートは彼女の褐色の肌によく似合っている。

 冥琳の左の目元にはホクロがある。所謂泣きぼくろというものだ。その所為か、只でさえ色気がある冥琳が尚更美しく妖艶に見える。

 物語では「美周郎(びしゅうろう)」と呼ばれ、京劇では二枚目の役者が演じる役とされる周瑜だけあって、その容姿は性別が変わっても凛としており、思わず溜息が出そうになる。

 そんな彼女は視力が悪いのか眼鏡を掛けている。長方形のレンズに紅い上縁が無い眼鏡で、現代ではハーフフレームと呼ばれる物だ。

 三国志や日本史に詳しい涼でも、眼鏡については流石に詳しくない。

 レンズ等を使って物を拡大して見る行為は紀元前の昔からあった様だが、「眼鏡」という物に限定すると、13世紀のヨーロッパで発明される迄待たねばならない。そうした歴史を知っていると、この時代に眼鏡があるのはおかしいのだが、他にも色々とおかしいこの世界では些末な事である。

 そんな冥琳との雑談、つまりは雪蓮いじりもやがて終わり、次の自己紹介へと移った。

 次は誰かと涼は思ったが、後ろに居る韓当が口を開いた。

 

「私の名前は韓当、字は義公(ぎこう)、真名は(かい)。清宮殿、これから宜しくお願いします。」

 

 韓当は真っ直ぐに涼を見詰めながら、丁寧な口調でそう名乗った。

 韓当は長いストレートの金髪を首の後ろで纏め、それをマフラーの様に右肩にかけている。そんなに長い髪を巻いて暑くないのだろうか。とは言え、この場には実際にマフラーみたいな布を首に巻いている者も居るので、その辺はよく判らない。

 一つだけ確かなのは、この揚州は漢大陸の中でも温暖な気候だという事だけだ。

話を韓当に戻す。

 韓当の瞳は燃える様な紅であり、孫呉の人間の殆どがそうである様に彼女の肌も褐色だ。

 年齢は孫堅四天王の一人だけあって、同じ四天王の泉莱や祭と近い筈だが、涼が見る限りは四天王の中で一番若く見える。

 服装はこの場に居る孫呉のメンバーの中では比較的地味と言える。地味というか、露出が少ないと言った方が正しいか。

 前述の通り、揚州は温暖な気候である為、薄着の者が多い。この場にも、雪蓮を筆頭に何人も薄着の者が居る。

 薄着でない者は韓当の他には、今日も以前と同じ漆黒のコートタイプの長袖の衣服を身に着けている泉萊くらいだ。

 韓当は泉莱程ではないが、孫呉のメンバーの中では厚着の方であり、胸元は疎か足も殆ど露出していない。それでも彼女の胸が大きいのはよく判るし、全体でもバランスのとれたスタイルの持ち主だと判る。

 衣服の基調は橙色であり、長袖の側面、肩から袖にかけて黒い線が三本引いてある。それを見た涼は片仮名五文字の某スポーツブランドを思い出した。

 下はスカートではなくズボンであり、そちらも橙色を基調とし、やはり側面に三本の黒線が引いてある。

 要するにジャージに近いのだが、そう見えないのは衣服の材質の違いの他に、衣服の上下に非対称に刺繍された(からす)の意匠や、着る者の雰囲気といった様々な事によるものが大きいだろう。

 他には、左耳に紅いピアスをしている事と、靴が白いハイヒールというのが彼女の服装に関する情報だ。

 

(韓当は弓術や馬術に優れてて、演義だと太刀を使う武人だけど、この世界だとどうなのかな?)

 

 涼は韓当と挨拶しながらそう思った。

 韓当は関羽や張飛等と比べれば地味で知名度も無いが、映画の題材にもなった「赤壁の戦い」では黄蓋の命を救ったり、夷陵(いりょう)の戦いで活躍する等、かなりの名将である。

 尤も、日本で三国志といえば劉備や諸葛亮(しょかつ・りょう)の蜀、というイメージが強く、その次に近年その墓が見つかったと言われた曹操の魏、最後に孫策や周瑜が活躍した呉という順の人気や知名度なので、孫呉の将兵が地味になってしまうのは仕方無いかも知れない。

 世界中で公開された映画「レッドクリフ」で周瑜や孫権の名は広く知られただろうが、黄蓋の見せ場がカットされたり、甘寧と思われるキャラが話の都合上とはいえ架空の人物に置き換えられていたりと、優遇されているのか不遇なのかよく解らない演出をされていた。因みにその役を演じたのは日本人であり、序でに言えば諸葛亮を演じたのも日本人――正確に言えば日本人と台湾人のハーフ――である。

 韓当との挨拶が終わると、次はその隣の女性の番となった。

 

「我が名は祖茂、字は大栄(だいえい)、真名は(たい)。童よ、宜しく頼む。」

 

 そう名乗った女性――祖茂は涼を「わらべ」と呼んだ。確かに、壮齢の女性から見れば、未だ十代の涼は童子と同じだろう。

 それを理解している涼は特に不快には思わず、挨拶を交わした。

祖茂の外見はというと、年齢は前述の通り泉莱達と近い様だ。四天王全員に言える事だが、年齢より若く見えるのは何故だろう。

 そもそも、妙齢の娘を持つ孫堅も、年齢より遥かに若く見える。しかも三人の子持ちでこれだから尚凄い。この世界の人は某戦闘民族の様に若い時代が長く、老化の時期が遅いのだろうか。勿論そんな訳は無いのだが、そう思う程に若々しかった。

 余談になるが、この後の会食後に涼がその事を雪蓮に語った所、『あんなの単に若作りしているだけよ』と返された。本人達に聞かれたらどうするのだろうか。

 祖茂の髪は黒く、長さは孫堅と同じくらいの長さ、髪型もどこか似ている。見た感じは身長も似ている様だ。

 似ていると言えば、スタイルもそうであった。何を食べたらそんなに大きくなるのかという胸に、どう動けばそこ迄引き締まるのかという腰等も、孫堅と似ていた。

 無論、顔や雰囲気は全く似ていない。肌の色はやはり褐色だが、瞳の色は孫堅の碧眼では無く茶色である。

 服装に関しても、基調となる色は似ているがチャイナ服を大胆に加工している孫堅とは違い、水色のタンクトップに赤いジャケットタイプの服を羽織っている。

 下は足首迄隠れる程の長いスカート、色はやはり赤。靴は黒いハイヒールで、ヒールはそれ程高くない。

 そうした外見の祖茂こと黛だが、涼は彼女を見ながら心の中でツッコミを入れていた。

 

(既に紅い頭巾を被っているのかい。)

 

 確かに、黛は紅い頭巾を被っている。頭巾というよりバンダナの様だが、何れにしても頭に何か被っているのは間違いなかった。

 何故涼がこの様なツッコミを入れているのかと言えば、正史及び演義で伝えられている祖茂に関する記述によるものである。

 孫堅がある戦いに参加した時、当然ながら祖茂も従軍した。だが、その戦いで孫堅が大敗し敗走している時、祖茂は孫堅が被っていた頭巾を被って自らが囮となり、その為に孫堅は助かったという。

 実は、祖茂に関する記述は正史も演義もこの戦いに関する事しか記されていない。更に言えば、演義ではこの後に華雄(かゆう)を倒そうとするも返り討ちにあって戦死している。正史ではそうした記述が無いので、生死不明である。

 演義では孫堅四天王の一人として登場しているにも係らず、その記述の量は他の三人より遥かに少ない。それが長い歴史の中で散逸した為に少なくなったのか、元々少なかったのかは判らないが、正史で現在伝わっているのは三国志「孫堅伝」のこの部分だけなのである。

 三国志に詳しい涼は当然その事を知っており、だからこそこの格好にツッコミを入れざるをえなかった。

 とは言え、それを本人に言う訳にはいかないので、心の中だけに留めたが。

 尤も、黛はそんな涼の様子に気付いた様で首を傾げていたが、敢えて追求はしなかった。

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