真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十五章 再会と決意・8

 黒系を基調とした衣服と甲冑を身に纏った少女は、涼がハンカチで手を拭いているのを見ながら近付いて来た。

 

「華琳は何故ここに?」

「貴方達を迎えに来ていたのよ。まあ、本来は別の目的があって出ていたのだけど、途中で貴方の先触れと会って、今日はこの辺りに来るって聞いたから、進路を変えて来てみたらこの有り様で驚いたわ。」

「そういや、先触れを出していたっけ。」

 

 涼は先日の孫軍との会談に際しても先触れを出しており、それによって会談の日程がスムーズにいっている。現代の様に電話やメールで気軽に連絡する事が出来ない為、この様な場合は先触れと呼ばれる者を先に派遣して大まかな目的を伝えるのがここでは一般的になっている。急に来られても困るしね。

 

「まあ、私達が来る前に賊の討伐は終わっているみたいだけど……この賊は黄巾党の残党かしら?」

「どうだろう? 確かに、中には黄巾党の目印である黄色い布を巻いている奴も居たけど、全員じゃないし、混成部隊とみた方が良いかもな。」

「私の統治下で未だこんな賊が未だ居たなんて。……一度、桂花(けいふぁ)と賊対策を練り直す必要があるわね。」

 

 そう言って華琳は暫し呟き続けた。

 華琳の沈思黙考が終わるのを待って、涼は彼女と共に皆の所に戻っていった。途中、桂花の乱入でうるさくなったりもしたが、華琳と居ればいつもの事だと割りきっていた涼は意に介さず華琳と話をしていった。

 

「青州の黄巾党を討伐するという話だったけど、上手くいきそうなのかしら? こちらが得た情報では、青州黄巾党はかなりの大軍だそうだけど。」

「まあ、正直言って数的不利は否めないかな。だからこそ華琳には、余計な邪魔が入らない様に協力してほしいんだけど。」

「この集落の惨状を見れば、余計に貴方の提案に乗ってあげたい所だけど……。」

「見返りがほしい、という事かな?」

「ハッキリ言うとそうなるわね。いくら私でも、何の見返りも保証も無しに軍を動かす事は出来ないわよ。それが解っているから、貴方自身が出て来たのでしょう?」

「流石、華琳には何でもお見通しか。」

 

 涼は苦笑しながら見返りについて話す。

 基本的には孫軍との会談での内容と変わらない。金銭、食料、同盟維持等、今回の青州遠征を成功させる為には必要な事を提示していく。

 それに対し華琳は一つ一つ質問をし、答えを得ると隣の桂花に意見を訊き、その結果了承していく、という流れとなった。

 その桂花は涼の提案を聞いて何か文句を言おうと思ったが、その提案が文句をつけられない内容だったので、内心悔しがっていた様だ。相変わらず彼女の華琳様愛は凄まじい。

 華琳は涼の提案を全て了承したが、一つだけ、彼女の方からの提案があった。

 

「陛下への奏上(そうじょう)?」

「ええ、貴方の実績と桃香の立場を考えれば簡単でしょ?」

「簡単かなあ……?」

 

 涼はそう言いながら思案に耽る。

 華琳が言う涼の実績とは、先の十常侍誅殺における皇太子救出の事だというのは、涼も理解していた。実際、あの日の皇太子、現在の劉弁皇帝と陳留王(ちんりゅうおう)劉協(りゅうきょう)は涼に感謝し、暗殺された何進(かしん)に替わって大将軍にしようか、いやいや、新設予定の部隊の指揮官にしようか、等と言って感謝の意を示していた。

 流石にそれは断ったが、代わりに桃香を州牧にするという事で謝意を受け取った。だが、この兄弟はそれでも感謝し足りなかった様で、他にも欲しいものは無いか? と訊ねてきた。

 然程(さほど)物欲も権力欲も無い涼は丁重に断り、かつ二人の顔を潰さない為に、何かあったらその時お願いします、と言っておいた。

 華琳にはその事を詳しく話していないが、涼が二人を助けた事実から多少の無茶は通るだろうと踏んでいる様だ。

 一方、桃香もその立場では涼と同じかそれ以上と言える。

 桃香の先祖は前漢(ぜんかん)の皇族である中山精王(ちゅうざんせいおう)劉勝(りゅうしょう)であり、その為、同じく前漢の皇族の末裔である光武帝(こうぶてい)劉秀(りゅうしゅう)を先祖に持つ二人とは血縁関係となる。

 勿論、皇帝一族と没落した皇族の末裔ではその立場は比べるべくもないが、この漢大陸では「劉」姓は特別な一族として認識されており、現代においても中国の五大姓の一つとされている。尚、五大姓の他の四つは「李」「王」「張」「趙」である。

 そうした理由もあって、劉氏である桃香は漢王朝でも一目置かれる存在となっている。(むしろ)を売っていたという彼女の出自を気にしている者も居るが、黄巾党征伐や十常侍誅殺などで副将、総大将として活躍した事もあって邪険に扱う訳にもいかず、彼女を徐州の州牧にするという劉弁の決定に異を唱える事が出来なかった。

 以上の事から、華琳が涼に奏上を頼むというのはある意味当然であり、恐らく効果はあるだろう。

 涼は思案の末、彼女の頼みを引き受ける事にした。

 同盟または不可侵条約の締結の為には必要な事であり、涼としては本来華琳の手柄になる筈だった青州黄巾党征伐を涼達がしている、という負い目も多少ある。

 本来なら、曹操が青州黄巾党を討伐し、その残党約百三十万を降伏させ、その中から選抜した者達を自軍に組み入れ、精強な「青州兵」が誕生する。

 その結果、曹操軍の実力は飛躍的に上がり、大国「()」の礎になったと言っても過言では無い。

 つまり、涼達が青州黄巾党を討つ事で、この世界の曹操こと華琳が名を上げる機会を奪っている訳で、涼としては心苦しいところがある。そうした気持ちを少しでも緩和する為に、奏上を引き受けるという訳だ。

 そんな大事な話を、小さな集落、しかも賊の襲撃を受けた所の単なる道を歩きながら行っているというのは中々にシュールだ。

 

「おー。お兄さん、どこに行ったかと思えば、曹操様とご一緒でしたか。」

 

 外に出ていた仲徳が涼の姿を捉え、華琳と桂花を見ながらそう言った。

 

「ああ、そこで会ってな。程立は二人と会ったのか?」

「はいー。風も何かお手伝いが出来ないか外に出た時に、丁度曹操様の一団が現れたのですよー。」

「そっか。戯志才達は?」

「稟ちゃんは華佗さんのお手伝いを、文謙ちゃん達は残党が居ないか確認しに、公祐さんと翼徳(よくとく)ちゃんはお兄さんの部隊に指示を出しに、仲康ちゃんは仲颯ちゃんの傍に、それぞれ行ってます。」

「そっか。そう言えば、華琳の部隊はどうしてるんだ?」

「私の部隊はここに着いてから、貴方の部隊と共同でこの集落の警邏(けいら)や救助をしているわ。公祐が上手く部隊を振り分けてくれたから、来たばかりの私達でも円滑に動けている。……欲しいわね。」

「華琳様!?」

「だから、うちの人材を欲しがらないでくれ。」

 

 桂花は本気で驚き、涼は苦笑しながらそう言った。華琳が人材を求めるのは最早彼女の癖の様なもので、余り本気にしなくても良さそうだが、目の前で引き抜かれるかもと思うとやはり気が気でならないものだ。

 事実、桂花は「ぐぬぬ」と言いながらも華琳に反対出来ずにいる。彼女は華琳に心酔しており、可能ならば華琳の側近は自分一人で良いと思っている。だが、実際問題としてそんな事が出来る筈は無く、諦めてはいるのだが、それでも華琳が人材を求めるとこの様な反応を示してしまうのだ。

 

「優秀な人材を得ようとするのは統治者として当然の行為よ。獲られたくないのなら、部下が離れたくないと思う程の行動を見せ、実績を作る事ね。」

「御忠告、感謝するよ。」

 

 涼はやはり苦笑したままそう答えた。確かに、統治者の行動としては、彼女が言っている事は基本的に正しい。

 現に涼も徐州に来てから「招賢館(しょうけんかん)」といった人材獲得の為の施設を造ったりしているので、彼女の言っている事は理解出来ている。

 だが、だからと言って涼は「引き抜き」をやろうとは思わなかった。それは、彼が「三国志」を知っている事も少なからず関係しているだろう。

 例えば、劉備には関羽(かんう)、張飛、諸葛亮(しょかつ・りょう)が居るのが普通であり、孫策には周瑜や太史慈(たいし・じ)が居なければならないという固定観念がある。その例でいけば、曹操には夏侯惇(かこう・とん)夏侯淵(かこう・えん)荀彧(じゅんいく)が居るのが絵になる。もし、この中から一人でも居なくなれば、「曹操軍」の絵は評価が下がってしまうだろう。

 涼は、心のどこかでそう思っている。だからこそ、史実や演義に沿った人材確保は積極的にするが、それ以外の事は余りしないでいた。まあ、本来なら歴史の表舞台から去っている筈の張宝(ちょうほう)が自軍に居る時点で、その気遣いは余り意味が無いのだが。

 だが、「三国志」を知らない、というか当事者である曹操こと華琳はそんな事お構いなしに人材確保に動く。当たり前の行為であるそれを涼が非難する事は出来ないし、もしすれば華琳は間違いなく涼も引き抜きをすれば良いと言うだろう。

 そこには、部下が引き抜かれない自信が表れているし、仮に引き抜かれてもそれは自分の信望がまだまだだという事であり、何れ引き抜き返すと息巻くかも知れない。

 曹操という人物は、現代に於いて評価が大きく変わってきた人物である。

 かつては、「主人公」の劉備陣営に立ちはだかる「悪役」の曹操陣営というのが一般的であり、日本において演義を下敷きにした物語が多く作られた事からもそれは伺える。

 だが、曹操が行った様々な改革、実力主義は歴史の再評価によって賞賛され、後の魏王朝の礎になった事は最早周知の事実となった。

 そもそも、正史において魏王朝は後漢王朝の後継王朝として認められており、その点を考えれば再評価は遅過ぎたといえるだろう。

 日本の英雄で曹操と似た評価がされているのが織田信長(おだ・のぶなが)だ。

 彼は、戦国乱世にあって徹底した改革、実力主義を貫いており、農民出身の木下藤吉郎(きのした・とうちきろう)(後の豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし))等を抜擢しており、信長がした事は後の豊臣政権、そして徳川政権の下敷きになっている。悪役が似合う人物で、後に再評価されているというのも曹操と似ている。

 涼は三国志が好きな日本人で、日中双方の歴史に詳しい分、その構図に手を加える事に迷ってしまう。

 それを克服しなければ、何れ自分達が苦境に立たされると解っているのに。

 涼達が戻ると、稟達と話していた華佗がそちらに気付いた。

 

「あ、清宮殿。丁度良い所に。」

「どうかしましたか?」

「いや、大した事じゃないんだが、賊の治療をしたくてな。」

「はあっ!? 何言ってんのよアンタ! 賊の治療なんてしたら、ここの住民の反感を買うわよ!」

 

 華佗の発言に真っ先に反応したのは桂花だった。

 確かに、沢山の死傷者を出した要因である賊の治療をここの住民が受け入れるとは思えない。彼等が居なければ、住民達が死ぬ事は無かったのだから。

 だが、華佗は医者である。現代において医者には敵味方の区別は無い。この時代は医者の数が少なく、地位も低いので華佗の様な考えの人間は少ないだろうが、現代出身の涼は彼の気持ちがよく解った。

 

「……許可します。但し、名目として彼等が何故ここを襲ったのか調べる為に治療をする、という事にしておきます。」

「……解った。寛大な判断に感謝する。」

 

 華佗は涼に一礼すると、直ぐ様治療の為にその場を離れ、華琳はそんな華陀と涼を交互に見ながら呟いた。

 

「……まあ、妥協点としては今のが正解ね。」

「……そうですね。」

 

 先程華陀の言動に噛み付こうとした桂花も華琳に同意を示した。

 本来なら、賊を治療するという事は桂花が言った様に住民の反発を招きかねない為、許可するべきではないだろう。

 だが、華陀には住民や自軍の兵士の治療をしてもらったという経緯がある。そんな彼の申し出を無碍(むげ)に断るのは双方にとって良くない。

 そうした事情を考えれば、先の涼の返答になるのは必然であった。そうする事で、華陀は負傷者の治療を行う事が出来、ひいては彼への感謝にもなる。住民の反発は多少あるだろうが、名目上、今回の事件の詳細を知る為となっている為、大きく非難は出来ない。何より今は、住民達は支援が無ければ何も出来ない。わざわざ支援者の機嫌を損ねる行為はしないだろう。

 涼は住民達が自分達を恐れるかも、という事迄は考えが回らなかった。幾らこの世界に適応してきているとはいえ、彼は現在の一般的な日本人の性格をしている。

 だが、華琳は違った。涼がそこ迄思案が及んでいない事迄は流石に解らなかったが、彼女は前述の様に考え、納得していた。

 恐らくそれが、清宮涼と曹孟徳の決定的な違いなのだろう。

 勿論そんな事は、当人達も気付いていないが。

 その後、涼達は曹操軍と協力して集落の再建の為に助力した。とは言え、集落の再建には時間がかかり、涼達はいつ迄もここに居られない為、彼は可能な限りの資金、食料、医薬品の提供をする事を軍議で提案し、了承された。

 その日は清宮、曹操軍共に集落に残り、治安維持に努めた。流石に軍が駐留している集落に襲いかかる賊は居らず、住人は亡くなった人々を想いながらも、それ以上の悲しみや不安に苛まれる事無く、一夜を過ごしていった。

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