真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十六章 青州解放戦・前編・2

 ここで時間は少し遡る。

 桃香達が最初の大休止をとり、涼達が兗州に入った頃、遠く冀州(きしゅう)の州都・(ぎょう)で一人の少女が持ち込まれたばかりの情報を聞いていた。

 

「徐州軍が青州に? 一体どういう事ですの、孔璋(こうしょう)さん?」

 

 長い金髪縦ロールの髪型をしていてスタイル抜群の彼女は、目の前で拝礼している短い赤毛の少女に訊ねる。

 

「恐らくですが、青州で跋扈している黄巾党を討伐しに入ったのかと思います。」

「あら、まだ黄巾党が居ましたの?」

「はい。ですが、残っているのはこの青州だけと考えられます。先の戦いでその殆どが討たれた黄巾党は散り散りになりましたが、幽州では公孫賛が、兗州では曹操が、徐州では陶謙(とうけん)、そしてその後を継いだ劉備と清宮が残党を討ち、この冀州では本初様が見事討ち果たしておられます。」

「まあ、私にかかれば賊なんてあっという間ですわ。」

 

 そう言うと、手を口許に当てて「おーほっほっほっ!」と高笑いをする本初。つまりは袁紹である。

 彼女はここ冀州の州牧であり、報告者の孔璋はその家臣だ。

 

「確かに、本初様は黄巾党を簡単に征伐なされました。ですが、青州の州牧代理である孔融は本初様の様にはいきません。事実、孔融は臨淄に居ない様です。」

「臨淄に居ない? 敗走しましたの?」

「はい。正確には、忠実な部下に無理矢理逃された、という事らしいですが。」

 

 そこで孔璋は青州で今起きている事について説明をした。余所の州の事であり、袁紹には直接関係が無い事ではあるが、彼女は説明の最後にこう付け加えた。

 

「本初様、私達も直ぐに兵を集め、青州へ向かうべきです。」

 

 それに対し、当の袁紹は目の前の少女が何を言っているのか理解出来ないらしく、(しば)しキョトンとしていた。

 

「何故私達が兵を出さねばならないの?」

「先程述べました様に、徐州軍は青州へ派兵しました。これは青州黄巾党を討伐する為ですが、それだけとは思えません。」

「他に理由があると?」

「はい。恐らく、徐州軍はこの遠征で青州に恩を売り、同時に捕らえた黄巾党を自軍に組み込むかと。」

「お待ちなさい。青州に恩を売るのは解りますが、黄巾党を自軍に組み込むのは理解出来ませんわ。」

「確かに、獣の様な黄巾等を自軍に組み込む等、一見すれば狂気の沙汰。ですが、徐州軍はそれが可能なのです。」

「どうしてですの?」

「徐州軍には帝の縁戚である劉玄徳、そして天の御遣いの清宮涼が居るからです。」

 

 その瞬間、袁紹は露骨に嫌な顔をした。

 先の十常侍誅殺時、袁紹の思惑とは違う結果になって以来、彼女は清宮涼に余り良い印象を持っていない。

 それなのに、部下の顔良(がんりょう)文醜(ぶんしゅう)はその清宮に真名(まな)を預けている。二人が真名を預けた時期は十常侍誅殺の前なので問題は無いのだが、袁紹にとっては気持ちの良いものではない。だが、真名については流石の袁紹と言えども口出しは出来ないので、もどかしく、また苦々しく思っていた。

 そんな袁紹の性格を知り抜いている孔璋は、それらを踏まえて更に言葉を紡いでいく。

 

「本初様のお気持ちは解りますが、いま(しばら)くお聞きください。」

「わ、解りましたわ。ですが、手短に願いますわ。」

「善処します。……先程述べました様に、徐州軍には劉玄徳と清宮涼が居ます。この二人は民衆の支持も厚く、それを示す様に徐州の人口は陶謙時代より増えている様です。」

「陶謙殿よりも人望があると言う事? 忌々しいですわね……。」

 

 袁紹は途端に「キーッ!」と悔しがり、端正な表情を歪める。どうやら彼女は陶謙を尊敬している様だ。

 

「恐らくはそうなのでしょう。そして、それが黄巾党を組み込む要因なのです。」

「人望で黄巾党を従わせようとする、というのかしら? 幾ら何でも無理でしょう。」

「確かに、黄巾党は獣の様な集団であり、先の反乱では漢王朝に弓を引きました。そんな奴等が漢王朝と深い結び付きがある劉玄徳が居る徐州軍に従うとは思えません。」

「でしょう? それなら、何故貴女は徐州軍が黄巾党を組み込めると言ったのかしら?」

「それは、先の反乱時とは大きく状況が変わったからです。」

 

 そう言うと、孔璋はあの時と違って勢いが無い事、黄巾等に賛同する者が少なくなった事、そして何より、張三姉妹が居ない事を理由に挙げ、話を続けた。

 

「今の黄巾党は一部の人間が暴走しているに過ぎません。そしてその暴走もやがて終わりを迎えます。その時に、暴走していない黄巾党はどうするか。黄巾党が何故出来たかを考えれば、それは直ぐに解ります。」

「……まさか、身の安全、衣食住の保証を、徐州に求めると言うのですの?」

「十中八九。彼等は飢えたから漢王朝に反旗を翻したのです。飢えないで済むのなら、喜んで武器を捨てるでしょう。」

「仮にそうだとしても、それを徐州が受け入れるとは思えないですわね。奴等は既に大きな罪を重ね過ぎているのですから。」

 

 袁紹の疑問は尤もである。黄巾等によって数えきれない程多くの人間が傷つき、殺されている。

 もし、そんな彼等を許してしまえば、被害にあった人々は黙っていないだろう。

 と、袁紹が考えていると、別の少女の声が聞こえてきた。

 

「その為の戦いなのですよ、麗羽(れいは)様。」

「あら、元皓(げんこう)さん。今日は遅いですわね。今迄何をしていたのかしら?」

 

 玉座の間の出入口からやってきた青髪の少女、元皓に袁紹がそう言うと、元皓はガクッと肩を落としながら口を開いた。

 

「何をしていたかって……昨日、麗羽様が私に申し付けた“曹操への対抗策”を考える為に今迄部屋に居たんです。今日は遅れると、昨日そう申し上げた筈ですよ。」

「ああ、そうでしたわね。それで、華琳さんへの対抗策は出来ましたの?まあ、別に華琳さん相手に対抗策なんて要らないんですけど、念の為ですのよ、ね・ん・の・た・め!」

 

 袁紹はそう言って元皓に「対抗策」について促す。が、元皓は対抗策より大事なものがあると言い、それについて話す許可を袁紹に求めた。

 袁紹は何があるのかと興味を持ち、許可した。

 

「徐州が黄巾党を受け入れるという、孔璋さんの説についてですが、私もそれに同意です。」

「貴女もですの? 博学多才の貴女迄そう言うなんて……一体どんな根拠があると言うのですの?」

「それはですね。これから先、徐州軍はどうしても戦力を増強する必要があるからです。」

「どういう事ですの?」

 

 疑問に思う袁紹に、元皓は手にしていた地図を広げ、袁紹に見せながら説明を始めた。

 

「徐州はこの漢において東端に位置しています。北に青州、西に兗州と豫州(よしゅう)、南に揚州(ようしゅう)が在り、東は渤海(ぼっかい)が在ります。これが、徐州軍が戦力増強する理由です。」

「どういう事ですの?」

 

 先程と同じ言葉を返す袁紹。だが、元皓はそれに対して何の反応も見せず、淡々と説明を続けていく。

 

「見ての通り、徐州は周りを囲まれています。もし、これらの州と対立した場合、徐州軍は四面楚歌の状態になってしまいます。」

「確かに。ですが元皓さん、私の記憶では豫州・揚州の孫家、兗州の曹家とは仲が良い様に見えましたけど? 青州とはどうか判りませんが。」

「青州との関係は、孫家・曹家と比べれば繋がりは薄い様ですが、良好と言って良いと思われます。劉玄徳が勅書によって徐州の州牧に選ばれた際、時の州牧である陶謙殿は後継問題があったので喜んでその地位を渡されましたが、家臣は納得していなかったと言います。」

「まあ、当然ですわね。」

 

 (むしろ)売りの小娘ですもの、と袁紹は続けた。

 一応、劉玄徳こと桃香は漢王朝の血筋ではあるが、何せ先祖が直系ではない上に没落しているので、自称ととられても仕方がない。

 尤も、この時代では自称○○の子孫というのが多い。孫堅こと海蓮は孫氏こと孫武の子孫だと言っているし、曹操こと華琳も前漢の名将、夏侯嬰(かこう・えい)曹参(そうしん)の子孫と言われている。こちらは孫家より説得力があるが、それを言うなら桃香も似た様なものである。

 

「その際に陶謙殿から要請を受け、家臣の説得にあたったのが孔融殿だと言われています。」

「あの孔子の子孫に説得されては、納得せざるを得なかった、という事かしら?」

「その通りです。」

 

 その説明を聞いた袁紹は難なく徐州牧になった清宮達の幸運を妬みつつ、孔融が出たのなら仕方無いと思った。

 孔融は袁紹の言葉にあった様に孔子の子孫である。孔子とは孫氏の様に敬称であり、姓名、字はそれぞれ孔丘(こうきゅう)仲尼(ちゅうじ)という。

 春秋戦国時代の()に生まれ、儒教家となり、その語録は「論語」として現代に迄伝わっている。

 孔融はその二十世孫にあたり、孔子の子孫という名に相応しい実力・実績を残している。袁紹程の名家でも、流石に孔子の子孫を無下には出来ない。そんな事をすれば支持や声望を失ってしまうだろう。

 現代で、長い間曹操の再評価が行われなかった理由がここにあるかも知れない。

 曹操は自身に対する誹謗中傷発言の罪で孔融とその家族を殺している。中国では孔子は「聖人」として知られており、その子孫に対しても尊敬の念で接している。孔子の子孫である孔融を殺した事が、曹操が非難される要因の一つであり、恐らく演義などでの「悪役曹操」が作られた原因であろう。

 尤も、この世界の曹操である華琳、そして袁紹である麗羽も、彼女達なりに孔融に敬意を表しており、現時点では現代で起きた事は起きそうにない。

 その孔融と前徐州牧の陶謙に親交がある事が、今回の徐州軍の遠征に繋がっているのだろう。そうすると、恐らく現徐州牧の劉玄徳と、その補佐である清宮涼も孔融と親交を持つだろう。それくらい、冀州牧の袁紹には、いや、袁紹でなくても考えつく筈だ。

 劉備の徐州牧就任の件に納得した袁紹は、それで、と話の続きを促す。

 

「確かに、黄巾党をただ許すだけでは民衆の反発は必然でしょう。ですが、その為の大義名分があれば不可能ではありません。」

「大義名分? 例えばどんなですの?」

「彼等の罪を許す代わりに、何らかの罰、例えば兵役や労働の任に就かせる、とかですね。」

「なっ!? 咎人を兵士にするというのですの!?」

 

 元皓が発した例え話に、袁紹は驚きを隠せなかった。

 労働に駆り出すという考えは分からなくもない。現代の様にブルドーザーやクレーン車などの土木機械や工事用機械が無いこの世界では、工事は基本的に人力である。もちろん、少なからず道具は有るが、どれも現代のものと比べれば、いや、そもそも比べる事すら必要ないくらい劣っている。そんな中で必要なのは人力、つまりは人であり、その数が多ければ多い程工事は早く進む。

 中国を代表する建築物である万里の長城は、三国志の時代よりも四百年程昔、秦の始皇帝の時代に造られた(厳密には少し違うが)ものだが、その建設には何十万人もの人々が動員されたという説もある。そしてそれは、この時代でも基本的には変わらない。

 だが、こうした大掛かりな工事は危険がつきまとう。病院が無く、医療技術も発達していないこの時代、ひとたび事故が起きれば甚大な被害が出た。その為、人々はこうした工事を嫌がり、時の権力者は半ば強制的に動員した。先の始皇帝も、来なければ死罪という重罰を科している。

 なら、既に罪を犯している者に工事をさせたらどうか、という考えは当然の事であった。工事に尽力すれば減刑、もしくは無罪放免という餌をちらつかせ、工事に駆り出すのである。工事が終わった後、約束を守るかどうかはその権力者次第である。

 だが、兵士にするというのはいささか賭けとなる。

 先に述べた例と比べれば、兵士はある意味権力者である。もちろん、実際に政治をしたりは出来ないが、武器を持つ事が出来て、時には力で問題を解決する事が出来るという点では権力者だろう。

 元皓の例えがもし事実だとしたら、劉備たちはその危険を冒そうとしている事になる。ハッキリ言って無謀である。咎人が力を持った場合の危険性を、劉備は理解していないのだろうか。いや、それはない。袁紹自身ですら理解している事を、小賢しくも帝に取り立てられている劉備が分かっていない筈は無い。

では、そこまでして戦力を得る理由とは、一体何なのか。

 

「……もしや、この私と一戦交えるつもりなのかしら?」

「その可能性も、無きにしも非ずですが、この場合は、あくまで防衛の為と考えるべきでしょう。」

 

 元皓は恭しく礼をしながら、自分の考えを述べた。

 元皓の考えによれば、徐州を治める劉備はいくら漢室に名を連ねる者とはいえ、実力が無ければこれから先が無い。

 本初様ほどとはいかなくても、ある程度は名声と実力が必要と考えているであろう劉備は、その為にあらゆる手を打ってくる筈です、と、途中でお世辞を挟みながら、最後まで言葉を紡ぐ。

 

「あの小娘が、何かが起きた場合の覚悟をしていると?」

「恐らくは。それに、劉備の周りには先の黄巾の乱や十常侍誅殺で活躍した名将が数多く居ます。そして、何といっても“天の御遣い”清宮涼。この者の存在は大きいかと。」

「……確かに、そうですわね。」

 

 袁紹は部下の前という事も気にせず渋面を作った。それほど涼が嫌いらしい。ある種のトラウマになっているのかも知れない。

 

「それらを踏まえた上で言上奉ります。過去の遺恨は水に流し、急ぎ青州へ軍馬を遣わし、賊を討ち滅ぼし、お声を更に高める事が肝要かと存じます。」

「……貴女は、そうする事が一番袁家の為になると考えたのね。」

「御意にございます。」

 

 元皓は先程より更に恭しく姿勢を正し、重ねて奏上した。今ここで徐州と戦うよりは、名声を高めた方が得策だと考えたからだ。

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