純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第10話 三者面談

 ノルバ・シノの存在を聞いてしまったジュリエッタの剣幕は凄まじかった。

 長年イオクの御守り役を担当していただけあってジュリエッタは気の長い方だが、そんなものはラスタル・エリオンを殺された憎悪の前ではなんの意味もなさない。まさに親の仇を見るような瞳で睨まれたガエリオは、ノルバ・シノとの面会にジュリエッタが同行することを認めざるを得なかった。

 ガエリオの立場であれば強引にジュリエッタを黙らせることも出来ないわけではなかったが、今の彼女を雑に扱えばきっと後々に響いてくる。だったら多少のリスク覚悟で仇と直接話させたほうが良い。時には荒療治も必要だ。

 

「ジュリエッタ。何度も言うようで鬱陶しいだろうが念押ししておくぞ」

 

 ノルバ・シノの収容されている治療室へ歩きながら、ガエリオは口を開く。

 

「早まった真似をするなよ」

 

「随分と信用がないんですね。私から銃も没収しておいて。貴方にとって私はそんなに信じられない人間ですか?」

 

「腐らないでくれ。俺は君を信頼しているさ」

 

「だったらどうしてフラウロスのパイロットのことを黙っていたのですか? 戒厳令を敷きつつも乃木一佐を始めとした一部の人間には話していたのでしょう。私は貴方の信頼する一部の人間には含まれなかったという証にも思えますが」

 

「言い訳に聞こえるかもしれないが、いずれ君が心の整理をつけた頃にでも話すつもりだった。ただ今はラスタルが死んだばかりで、仇が捕虜になっていることを知れば君が早まった真似をしてしまうのではないかと思ってね。

 ああ。そういう意味で俺は君を疑ったといえるだろうな。そのことについては謝罪する」

 

「……私は、そんな勝手な真似など」

 

「しないと言い切れるのか? 感情に引っ張られて合理性を失うのが人間という生き物だ。特に復讐心というやつは人の暴力性を加速させる」

 

「…………」

 

 ジュリエッタは黙り込む。もしも目の前にラスタルを殺した仇がいれば、ギャラルホルンとしての規律など無視して引き金を引いてしまうかもしれない自分を自覚したのだろう。

 そういった黒さも汚れも人間が人間として持つべき心の一部ではある。まったく汚れのない心というのはそれはそれで歪なものだ。

 だが黒さと汚れの比重が大きくなりすぎれば、人間は獣になってしまう。ジュリエッタが復讐心を抱くのは当然のことだが、それだけにはなって欲しくはなかった。

 

「〝復讐者〟の貴方が言うと説得力が……余りないですね。復讐を口にしながら、貴方の太刀筋は強く美しい。とても復讐という汚れた感情を起因としているとは思えないくらいに。

 貴方の戦いを初めて目の当たりにした時は見惚れました。この世界にあんなにも綺麗にMSを操る人がいるなんて思いもしませんでした」

 

「……なんだこれは。もしかして俺は口説かれているのか?」

 

 これでも士官学校ではマクギリスに次ぐほどの成績を収めた身である。ガエリオは自分のパイロットとしての腕前にはそれなりの自信を持っていた。

 ただ流石にここまで持ち上げられたことはなかったので、喜ぶよりも困惑してしまう。

 

「下種の勘繰りは止して下さい。私はそういうことを言っているわけじゃありません。つまり私は――――うっ」

 

 ラスタルがダインスレイヴによって貫かれ死ぬ光景を思い出してしまったのか、ジュリエッタの顔が吐き気を催したように歪む。

 再生治療で体の傷は癒えたジュリエッタだが、心の傷は尚も残ったままなのだろう。

 

「やはり今日は止めておいたらどうだ。フラウロスのパイロットと話すのはまた今度でいいだろう」

 

「いえ……大丈夫です。行きます」

 

 こうなったジュリエッタは頑固だ。意思を曲げることは出来ない。ガエリオはジュリエッタを説得することを諦め、彼女の心の強さを信じることにした。

 ガエリオが治療室に入ると、いきなりの来訪者に軍医が目を丸くして驚いた。

 

「これはこれはボードウィン卿。どうなされましたか?

 

「フラウロスのパイロット、ノルバ・シノと面会したい。彼は目を覚ましているか?」

 

「はい。本当に呆れ返るほどの回復力ですよ。ついちょっと前まで生死の境を彷徨っていたのに、今じゃ五人前の食事を平らげています。図太いというかなんというか。きっと彼に憑りついていた死神も『こりゃ無理だ』とうんざりして帰ったことでしょうよ。医者として保証しますが、あれは長生きしますね」

 

 軍医のフランツ・ブラントは苦笑しながら太鼓判を押した。

 ノルバ・シノというある意味では爆弾を任せただけあって、彼は中々に優秀な軍医である。彼が大丈夫ということは本当に大丈夫なのだろう。

 

「つまり面会は問題ないんだな」

 

「セブンスターズの一員に指示を出すなんて恐縮の極みですが、医者としては30分までにしておいて欲しいですね。一応病み上がりですので」

 

「分かった、20分以内で済ませよう。行くぞジュリエッタ。もう何度目かになるか分からないが、くれぐれも」

 

「早まった行動をするな、でしょう。これで合計七回目です。いい加減耳にタコができました」

 

 最後にジュリエッタに念押ししてから、ガエリオはノルバ・シノの寝かされている病室へ足を踏み入れる。

 果たしてそこに〝彼〟はいた。獰猛な肉食獣のように鍛え抜かれた筋肉と、本人なりの洒落のつもりなのか耳で光っているピアス。裏表のない愚直な目をした男だった。

 ふとガエリオは隣にいるジュリエッタの肩が震えていることに気付く。安心させるようにジュリエッタの肩を叩いてから、ガエリオはノルバ・シノの前に立つ。

 

「ノルバ・シノ、君がフラウロスのパイロットで相違ないな?」

 

「はぁ!? おいおい相違ありまくりだぜ!」

 

「え?」

 

「フラウロスゥ? 俺のMSはそんなダセェ名前じゃねえ! 四代目流星号だ! よーく覚えとけ!」

 

「りゅうせい、ごう?」

 

 そちらの名前のほうがよっぽどダサいというのは言わない方がいいのだろうか。

 ネーミングセンスについては個人の主観が全てなので、文句をつけるのも野暮かもしれない。そうガエリオは納得させることにした。

 

「まぁいい。じゃあその四代目流星号のパイロットは君で間違いないんだな」

 

「おう! そういうお前は……あれ、どっかで見た顔だな。えーと確かありゃマクギリス・ファリドの次にテレビに出てた……」

 

「ガエリオ・ボードウィンだ」

 

「そうそう、そういう名前だ! セブンスターズのお偉いさんがどんな用だ? アンタ等の大将をやった俺にケジメをつけにきたのか?」

 

「っ!」

 

 大将をやった、という一言に心が決壊してしまったのだろう。ジュリエッタが怒りの形相でシノを睨みつけた。

 

「答えなさい! 貴方達はどうして、どんな大義があってラスタル様を討ったのですか!」

 

「は? 大義?」

 

「とぼけないで下さい! 貴方達鉄華団はマクギリス・ファリドの革命に同調し、ラスタル様を討ちました。だったら相応の理由がなければ、納得などできないっ!」

 

 ジュリエッタの問いにシノはきょとんとした顔を浮かべた。とぼけているのではなく、本当に言葉の意味を理解しきれていないのだろう。

 

「すまないな。君が殺したラスタルは彼女にとって親のような存在だったんだ。もし差支えないなら彼女の質問に答えて欲しい」

 

「あー、そりゃそうだよな。俺達が殺した奴等にもそいつ等なりの家族がいるよな。だけど悪ぃが俺達は別に大義だとかそんな大層なもんのために戦ったわけじゃねえぜ。つぅか大義って言葉の意味もよく分からねえ」

 

「大義を、知らない……?」

 

「自慢にならねえけど、俺等CGS時代からの最古参は勉強なんざ碌にしてこなかったからな。普段使わねえ言葉の意味なんてよく知らねえよ。まぁたぶんオルガのよく言ってる〝筋〟みてえなもんでいいんだよな」

 

 ガエリオは首を縦に振って肯定する。

 大義とは己の行動を正しいと信じるための理由づけだ。ヤクザ組織が重んじる〝筋〟とは意味としては遠くない。

 

「俺の通した筋は家族のためだよ。オルガの言ってた火星の王っつうあがり目指して最短距離を突っ走っただけだ。ラスタルって野郎を殺した理由は、単に俺達の敵だったからってだけで特別な理由はねえ」

 

「ただ敵だったから……? そんな……そんなことで……このっ!」

 

 ジュリエッタは怒りの儘にシノのことを撃ち殺そうとして、自分の銃はガエリオに預けたものであったことに気付く。同時にガエリオがしつこいように口にしてきた『早まった真似はするな』という言葉がフラッシュバックし、たまらずその場から走り去る。

 

「迷惑をかけたな」

 

「構わねえよ。俺だってもしオルガが誰かにぶっ殺されたとして、その仇が目の前に転がってりゃ絶対に殺すだろうしな。寧ろアンタが俺を殺そうとしねえほうが不思議だよ。

 もし良かったらちょっくら教えてくれねえか。なんでアンタは俺を殺さねえんだ?」

 

「俺も、君達が憎くないかと言われたら嘘になる。殺したいと、思う感情も否定はしない」

 

 ラスタルのことだけではない。

 カルタとアインを謀殺したのはマクギリスだが、直接二人を殺したのは鉄華団である。ガエリオにとって鉄華団は幼馴染みと尊敬する部下を殺した仇であった。

 

「だが人間には個人の復讐よりも優先せねばならぬことがある。捕虜にした者を理由なく殺すのはギャラルホルンの規則に違反する行為でもあるからな」

 

「じゃあ俺は殺されねえのか? 最後の晩餐のつもりでたらふく食いまくってたんだけど…………なんかでっけえ借りができっちまったな」

 

「君には暫くここで過ごしてもらい、傷が完全に癒えたら捕虜用の収容室へ移ってもらうことになる。俺達が鉄華団と交渉することがあれば、その時に交換条件として君の身柄を提示しよう。そうすれば君は自由の身だ。それまでは我慢してもらう」

 

「それって俺のヘマをオルガ達に払わせるってことかよ。それはそれで情けねえ話だなおい」

 

 シノとの面会を終えたガエリオは走り去ったジュリエッタを追う。

 他にやらなければならない仕事はあったが、睡眠時間を削れば補填できるだろう。今は彼女が心配だった。

 




 ジュリエッタの心中はシンプルなようでいて、ちょっと複雑です。そのあたりのことは次回にやります。
 そういえば鉄華団は新撰組モデルだそうですが、最終的に権力者(マッキー)の仲間になって戦うところは水滸伝の梁山泊に近いかもしれません。

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