純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第11話 背中の涙

 息を切らすほど全力で走った甲斐あって、どうにかジュリエッタに追い付くことができた。

 ガエリオはできるだけ優しい口調になるよう努めて彼女の名を呼ぶ。

 

「ジュリエッタ」

 

「……少し、一人にして下さい」

 

「そうもいかない。時間が癒してくれるのであればそうするが、今の君は時間を置いたらその分だけ自分を追い詰めてしまう」

 

「分かったような口振りですね。貴方には私の心でも読めるのですか?」

 

「まさか」

 

 ガエリオ・ボードウィンはエスパーではない。誰よりも近くにいた親友の心すら理解できなかった鈍い男だ。

 人の心は書物のように簡単に読み解けるようなものではない。

 

「ただ自分の過去の体験から想像することくらいなら出来る。ジュリエッタ、君は鉄華団にラスタルを殺すだけの『理由』があることを期待したんじゃないか」

 

「……!」

 

 ジュリエッタ本人すら無自覚だった図星をついたのか、彼女の顔が強張った。

 

「俺も、そうだったからな。仮面を被っていた頃の俺はマクギリスの真意を確かめようとしていた。あいつがどうして俺達を殺したのか……どんな目的のために俺達を殺したのか知りたかった」

 

 カルタとアインの誇りと命を弄んで殺すに値する理由。そんなものはないと知りながらも、ガエリオはそれを見極めようとしたのである。

 それが心の淵にあったマクギリスを許したいという感情からくるものだったのか、もしくは単に自分が納得したからだったのかは分からなかった。

 

「ええ、そうなんでしょうね」

 

 俯きながらジュリエッタは肯定する。

 

「誰もが平等な世界を作る、火星圏の独立のため――――理由は、なんでも良かったんです。鉄華団が私の納得できるような大義で戦っていたならば、私はこの醜く黒い感情を抑えることができたかもしれないから」

 

 優しい子だと思う。

 父親代わりの人間を殺されて激怒しない人間などいない。けれど彼女は復讐心に囚われてしまうことを嫌い、それを抑え込むための蓋を欲したのだろう。

 ラスタルを殺したのが鉄華団だったのはジュリエッタにとって不幸だったのかもしれない。

 革命軍は『腐敗したギャラルホルンを糾す』という、やり方は違えどラスタルと同じ目的をもっていた。もし殺したのが鉄華団ではなく革命軍の誰かならば、相手も同じ立場だったということでジュリエッタは復讐心を封じることができたかもしれない。

 

「ですが彼はラスタル様をただ敵だったから殺したと言った! まるで足元に転がる石ころを邪魔だからと蹴り飛ばすように! なんの大義も正義もなく! いったい……彼等はなんだというのですか!?」

 

 鉄華団とはなんなのか。どういったものなのか。それは彼等と関わり合いをもったギャラルホルンが幾度となく疑問に感じたことだろう。

 クーデリアを地球圏へ送り届け、マクギリスと共に革命戦争に参加した。これだけ聞くと彼等は独立思想をもった革命の戦士のようである。

 しかし彼等と実際に矛を交え、生の声を聞いてしまえばそんな幻想は吹っ飛んでしまう。

 

「これはあくまで俺個人の考えで鵜呑みにして欲しくはないんだが、鉄華団を考察する上で善悪を基準とするのは大分的を外しているのかもしれない」

 

「どういうことです?」

 

「色眼鏡を外して見返してみれば、彼等は常に自分の利益のために戦っていたように思える。クーデリア・藍那・バーンスタインを送り届けたことでエドモントンの英雄になったのも、彼等が自分の利益を求めた結果として付随したものであって、彼等には英雄らしい大義なんてものはありはしなかっただろう。そうでなければ身を守る自衛のためかだ」

 

 別にそれを批判するつもりはなかった。

 ラスタルのために自らの経歴を全て捨て去ったガラン・モッサや、虐げられた民たちのために立ち上がったクーデリア・藍那・バーンスタインのように、自分の利害など度外視して正義のために戦える人間など一握りでしかない。鉄華団が英雄扱いされたのも、その一握りの人間であるクーデリアと行動を共にして、彼女の思想と彼等の目的が混同されたことも大きな要因だろう。

 そういったフィルターを外してみれば、鉄華団というのはあくまで火星に拠点を置く一企業だ。要は自社の利益を追及するという、会社として当たり前の行動をしてきたに過ぎない。彼等の戦力や行動力が、一企業という範疇から逸脱していることは否定できないが。

 

「利益のために殺す? それでは彼等はあのノブリス・ゴルドンのような胡散臭い大人と同じということですか!」

 

「これまでの行動を鑑みるに義理堅さを重んじる彼等と、ひたすらに利を貪るノブリスを同列扱いは失礼というものだろう。

 早々に前言撤回するようで申し訳ないが、彼等が利のために戦ったというのは間違いかもしれないな。彼等にはそんな余裕はなかった。彼等はこの理不尽が当たり前に罷り通る世界で、必死に生きようとしていただけなのかもしれない」

 

 人を殺めることなく、真っ当な仕事をして暮らしていけるならそれは幸せなことだろう。けれど彼等はそんな環境にはなかった。

 真っ当に生きれない世界で生きるには、真っ当じゃない方法で稼ぐしかなかった。彼等の命の糧は、戦場にしかなかったのだろう。

 鉄華団の団長のオルガ・イツカはそうしたことが嫌で、そういった真っ当じゃない仕事をせずに団員全てが暮らしていくために、火星の王という玉座を目指したのかもしれない。

 

「生きる、ため……」

 

「そうだ。生きようとすることに善いも悪いもないだろう。だからこそ我々は彼等に恐怖した。相手の野望や目的を測れれば、限界は自ずとみえる」

 

 ギャラルホルンの隊員はいってしまえば公務員で、一兵卒から将官に至るまで明日のパンを保証された身である。

 明日の身も定かではない鉄華団を推し量るのは、ギャラルホルンの人間には難しかったのだ。

 

「では、彼らが善でも悪でもなかったのであれば、私のこの怒りは、何処へ向ければいいのですかっ。どうやって捨てればいいのです!?」

 

「捨てる必要なんかないんじゃないか。抱えたまま生きればいい。抱えきれなくなったら、俺も腕くらいは貸すさ」

 

「……では一つ、いいですか」

 

「なんだい?」

 

「腕ではなく、少し背中を貸して下さい」

 

「ああ……――――分かったよ」

 

 黙って背を向けると、そこに彼女の額の温度が重なる。

 背中から聞こえてくる嗚咽。彼女の目から流れているのは、怒りや怨みなどない、純粋に死を悲しむものだった。そういう意味でもしかしたら彼女は漸く泣くことが出来たのかもしれない。

 ふとガエリオは自分の目からも一条の悲しみが漏れていることに気付く。

 アリアンロッドの将兵の目の前であれば拭うところだが、今くらいは構うまい。ガエリオは悼むように天を仰いだ。

 

 

 

 アリアンロッド艦隊によって敗北を喫したヨセフ・プリマ―の艦隊には、マクギリスの命を受けた援軍が合流していた。

 攻める側に有利な追撃戦であろうと数的に不利なプリマ―の艦隊では、アリアンロッドを追い詰めることは難しいので、マクギリスが増援を送るのは至極自然なことである。

 だが援軍を率いてきた人物が人物なだけに、ヨセフ・プリマ―は肥大化した右目を更に大きくすることになった。

 

「まさか援軍ってのはアンタとはな。革命の立役者の一人、マクギリス元帥の参謀がご苦労なことだ」

 

「アリアンロッド艦隊は元帥の理想成就のための最大の障害。それを廃除することが私の責務です」

 

 石動・カミーチェ。元帥としてギャラルホルンの独裁権を握ったマクギリス・ファリドの参謀として知られる男だ。

 アリアンロッド艦隊と革命軍が雌雄を決したウトガルド宙域会戦でも、目立たないながらもよくマクギリスを補佐してみせたという。

 

「敬語は要らん。今は俺の方が階級が上だが、どうせもう直ぐ俺の上官になるんだろう」

 

 ウトガルド宙域会戦で革命軍に味方した者には立身栄達が約束されている。ギャラルホルン火星支部の権限を移譲された鉄華団などその典型だ。

 マクギリスの側近である彼にも相応の地位が内定されていることだろう。

 

「そういうわけにはいきません。それに准将……失敬、元帥は貴方のことを高く評価しております」

 

「敵をみすみす逃した俺を評価? ファリド元帥の目指していたのは等し 競い合い望むべきものを手に入れる世界だろう。競い合いに負けた俺をなんで評価する?」

 

「ご謙遜を。平凡な司令官であれば、月の艦隊本部の掌握すら満足には行えなかったでしょう。ですが貴方は素早く艦隊本部を手中にし、アリアンロッド艦隊に打撃すら与えてのけた。十分に評価すべきものでしょう」

 

「……そりゃどうも」

 

 生憎とこんな見てくれなのでヨセフ・プリマ―は物事をそのまま受け取る素直さとは無縁だ。

 元帥の地位について独裁者となったマクギリスだが、絶対的と言えるほどの権力を握っているわけではない。彼が勝者たりえたのは、日和見を決め込んでいたバクラザン家とファルク家を味方にすることができたからであり、そのために両家の力は依然として健在だった。

 そこでマクギリスは両家の派閥に属する者を引き入れることで、自分の権力を強化しようとしているのだろう。

 

「ところでプリマ―三佐にはアリアンロッドが何処へ向かったのか心当たりはおありで?」

 

「……幾つか候補はあるが、絞るのは難しいな。敵より少数なのに兵力を分散させるわけにもいかん。一つに絞りたいところだが」

 

「元帥はノーアトゥーン基地であると予測しておられました」

 

「ノーアトゥーンか。成程あそこなら内乱の拠点とするにはうってつけだろう。劉邦にとっての漢中、宋江にとっての梁山泊だ。あそこの司令やってるブリュネ爺さんも肝っ玉が据わってるからな」

 

「でしょうね。既に元帥直々に通信で投降を呼びかけましたが拒否されました。ギャラルホルンに元帥なんて地位はない。存在しない役職からの命令をどうして受ける必要があるか、と」

 

「あの爺さんの言いそうなことだ。しかしアリアンロッド艦隊の戦力であの要塞に立て籠もられたんじゃ、今の十倍の兵力でも落とすのは厳しいぞ。狙うとしたら要塞に入る前か」

 

 幸い宇宙の勢力図はほぼ革命軍のものに塗り替わっている。逃げるアリアンロッドに先回りすることは可能だろう。

 そうと決まれば話している時間すら惜しかった。ヨセフ・プリマ―は直ぐに艦隊に指示を飛ばす。独裁者の期待を裏切る羽目になるのは御免だった。

 




 ガエリオは爆死すればいいんじゃないかと思います。
 ところでジュリエッタのこのシーンは他のガンダムだと、

主人公キャラ「俺とお前、目指すところは同じだった」

ライバルキャラ「同じ平和のために戦っていたのに、どうして殺し合ってるんだろうな」

 みたいなやり取りをして、なんだかんだで和解するところです。
 ですが鉄華団は他のガンダム主人公陣営と違ってそういうことはまるで考えてないのでジュリエッタが多少拗れました。ただこの良くも悪くも現実的な生々しさが鉄華団という集団がもつ、他のガンダム主人公達にはない個性なので、これからも彼等はこんなノリでいきます。

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