純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第12話 あるいは優雅なる冷血

 マクギリス率いる革命軍とラスタル・エリオン率いるアリアンロッド艦隊との激突。

 ウトガルド宙域会戦と呼称されるようになったそれが終わってからのマクギリスは多忙を極めていたが、特に急務だったのは治安の回復だった。

 アリアンロッド艦隊以外にもマクギリスに賛同しない一部将校が反抗する姿勢を見せていたし、ギャラルホルンの威信低下により犯罪率も増している。

 特に宇宙に睨みを聞かせていたアリアンロッド艦隊の敗退で、宇宙の治安の悪化は深刻だった。

 ギャラルホルンの腐生を糾すことを大義としておきながら、旧体制よりも治安が悪くなったのではマクギリスの支持基盤そのものがぐらつきかねない。不眠の努力の甲斐あってか悪化の一途を辿っていた治安は漸く静まる気配をみせていた。

 本来ならばもう少し地固めをしてから行うべきだった元帥就任を、周囲の反発覚悟で強行したのは、治安回復のためには強大な権力が必要だったからである。

 だがこの頃になると各部署の仕事を其々の責任者に分担させることで、マクギリス体制にも少し余裕が出来てきた。まだ地上本部ヴィーンゴールヴを離れることはできないが、一日ほどマクギリスがいなくても回る程度には仕上がってきているといっていいだろう。

 そこで石動・カミーチェをヨセフ・プリマ―の援軍として派遣したマクギリスは、部下の勧めもあって休みをとることにした。

 

「随分と戻ってくるのが遅くなってしまったな」

 

 久しぶりに戻ったファリド家の屋敷を見上げながら呟く。

 以前に戻ったのは会戦前夜でのことだったか。ここにくると塞がったはずの掌が痛みを訴えるようであった。

 マクギリスにとってファリド家の屋敷は、牢獄に等しい忌むべき象徴である。まだなんの〝力〟もなかった子供の頃は、父と呼ぶことになった男に毎夜弄ばれ、その度に己の首を掻っ切りたくなったものだ。

 イズナリオ・ファリドを追放した今でもマクギリスにとってこの屋敷は心休まる場所ではない。ガルス・ボードウィンやガエリオが聞けば『何を今更ふざけたことを』と激怒するだろうが、ボードウィン家の屋敷のほうがずっと安らげるくらいだ。

 だがこの屋敷に帰りを待つ人がいるのならば話は別である。

 

「お帰りなさいませ、ファリド元帥」

 

 マクギリスの姿を確認するや否や屋敷の警護隊長が敬礼してくる。

 セブンスターズの一家門に過ぎなかったファリド家の邸宅も、今やギャラルホルンの支配者たる元帥邸だ。警護は厳重である。

 

「ご苦労、通らせてもらうぞ」

 

「はっ!」

 

 屋敷に入ると静寂がマクギリスを出迎える。

 セブンスターズの屋敷ともなると普通は相応の数の使用人がいるものなのだが、ファリド家に限ってはそれは当てはまらない。

 掃除こそ綺麗に行き届いているが、主を出迎える使用人は誰一人としていなかった。これは父の代から仕えていた使用人の全てを屋敷から追い出し、闇へと葬ったせいであろう。

 出迎えの挨拶をしたのが外で警備していた警備隊長だけというのが、まるでマクギリスの心を現しているかのようであった。

 不気味なまでに静かな屋敷を、マクギリスは王のように闊歩する。

 向かう先は決まっていた。この冷たい屋敷で、唯一暖かい人のいる場所だ。

 

「ふぁ、ファリド公……?」

 

 アルミリアつきの専属メイドが、マクギリスを驚いた表情で見詰めている。

 

「一言の連絡もなく急に帰ってきて驚かせてしまったようだ。アルミリアは、部屋かな」

 

 すっとアルミリアのために用意した部屋のドアへ視線を移す。

 アリアンロッド艦隊が敗れ去り、ガエリオが幼馴染み殺しの濡れ衣を着せられたことは彼女も知っているだろう。ガルス・ボードウィンが依然としてマクギリスに非協力的姿勢を崩さずに屋敷に軟禁状態となっていることもあって、アルミリアの立場は体制内で微妙な存在だった。

 そのせいかメイドはマクギリスがアルミリアを粛清しにきたとでも勘違いしたらしい。両手を広げてマクギリスの行く手を遮った。

 

「お、お嬢様に、なにをなされるおつもりですか……?」

 

「勇敢だな」

 

 ふっと笑みを零すと懐から拳銃を取り出す。無骨な凶器にメイドは小さく悲鳴をあげた。

 マクギリスは銃口をメイドに向けると、引き金にかけた指を軸にくるっと回転させてメイドに手渡す。

 

「え?」

 

「これで私は丸腰だ。もしも私がアルミリアに危害を加えようとしたのならば、その時は遠慮することはない。私を後ろから撃ち殺せばいい」

 

 呆気に囚われるメイドの横を通り過ぎると、部屋のドアをノックする。二度三度と繰り返しても返事はなかったので、一言断ってから中に足を踏み入れる。

 そこにはマクギリスが幸せを保証した唯一の女性がいた。

 

「ただいま、アルミリア。帰りるのが遅くなってすまなかったね。この埋め合わせはいつかきっとしよう」

 

 親友に冤罪を着せるよう命じたその唇で、マクギリスは親友の妹を気遣うような言葉をかける。

 マクギリスの血で染まったグローブを握り、月を見上げる後姿は英雄譚にて語られる貴婦人そのものだった。

 幼いながら姫としての美しさを放つ様に驚きはない。

 ガエリオは彼女のことをずっとお子様扱いしてきたが、マクギリスは最初から彼女のことを対等な淑女(レディ)として接してきたのだから。

 

「マッキー……」

 

 目元にある涙の欠片を指で拭う。

 

「悲愴な顔だ、貴女にそんな顔は似合わないよ」

 

 欺瞞だった。彼女をこんな風に悲しませている原因は全てマクギリス・ファリドである。その元凶が彼女を労わるなど、これほど酷い話がどこにあろうか。

 

「それとも私が勝利してしまったことが、そんなに悲しいのかい?」

 

「……う、ちが」

 

「そう、違うとも。貴女は私の知る限り最も優しい女性だ。私の裏切りを知って尚も、貴女には人の死を願うことはできない。

 貴女がこんなにも悲愴に囚われているのは、兄の敗北を悲しむと同時に、私の勝利に安心してしまっている自分の心に後ろめたさを感じてしまったからではないかな」

 

 エメラルド色の双眸はアルミリアの秘めたる女心を容易く見透かしてしまう。彼女が息を呑んだことが、それが事実であるという証明だった。

 膝を折ったマクギリスは彼女と視線が合うようにしゃがみ込む。

 

「私、おかしいの……。マッキーは勝っちゃいけなかったはずなのに、なのに生きてマッキーが戻ってきたって知ったらほっとして…………こんな、お兄様やお父様への裏切りを……」

 

「嬉しいよ、アルミリア。君の中で私の存在が、義父上(ちちうえ)やガエリオと並ぶほど大きいことが」

 

「……ねぇ、マッキー。どうして、なの?」

 

 アルミリアがスカートの裾を握りしめながら肩を震わせた。マクギリスは触れず喋らず、じっと彼女の弾劾を待つ。

 

「マッキーはお兄様の一番のお友達だったはずなのに、どうしてあんな残酷なことをしたの!? お兄様が幼馴染みだったカルタ様を殺したなんて悪い嘘を!」

 

「ガエリオには私の新体制を盤石するために『悪役』になってもらう必要があった。旧世紀から変わりはしない大衆の愚かささ。衆愚を纏めるには悪をでっちあげるのが一番効率的だ」

 

「!」

 

 白馬の王子のような柔らかい雰囲気は消し去り、一転して冷血な独裁者として言い放つ。

 それは幼い頃にガエリオやカルタと知り合って間もない頃の、アルミリアの知らないマクギリスの素顔だった。

 

「ねぇ、前にマッキーは、私のことを愛してるって言ってくれた。あれは本当……?」

 

 縋るようなアルミリアに、再びマクギリスは微笑を浮かべながら頷く。

 

「本当だ。私はもう嘘は吐きはしない。この宇宙で貴女にだけは」

 

「だったら私のお願いを、叶えてくれる?」

 

「勿論だとも。貴女が富を欲するなら奪ってこよう。国を欲するならば攻めとろう。命を欲するなら殺してこよう。貴女の幸せは、約束されたのだから」

 

 アルミリアの幸せは保証する。自ら手にかけた友との約束は、今もマクギリスは忘れてはいなかった。

 例えその友が生き長らえていたとしても、この保証は永遠である。

 

「だったらお願い! 私のことはどうだっていい! マッキーの言うことならなんだって聞くから、お兄様を殺さないで!」

 

 妻である女性からの命懸けの願い。夫であらんとすればマクギリスはそれを叶えるべきなのだろう。

 だが、

 

「悪いが、それは出来ない。それだけは貴女の望みであろうと聞き入れることは出来ない」

 

「どうして! お兄様は友達じゃなかったの!?」

 

「友だからこそだよ。ガエリオを殺し切れなかったのは、自分自身ですら気付けなかった私の甘さが原因だ。血も涙も枯れ果てた筈の私に残った一欠片の情。それを消し去るためにも私はガエリオを殺さねばならない。

 彼の尊厳を踏み躙り、その命を奪ってこそ――――私は嘗ての冷血を取り戻せるだろう。あの頃の純粋に力を渇望した〝俺〟へと回帰できる」

 

「そんなの、おかしいわ!」

 

「おかしいさ。そうでなければ革命などできやしない」

 

 石動は今頃プリマ―三佐の艦隊と合流した頃だろうか。

 こんなことを考えるなど上司失格かもしれないが、願わくば彼等の作戦が失敗に終わって欲しかった。自らの甘さを清算するのは、自らの手を汚してこそなのだから。

 




 このロリコンめ! 爆発しろ!
 ラスタルVS革命軍の戦いですが、いつまでも前の戦いと言い続けるわけにもいかず、かといって原作のマクギリス・ファリドという呼称を使うわけにもいかないので、適当にそれっぽい名前をでっちあげました。なおこれからもでっち上げ設定が度々登場します。
 ところで本作はガエリオ率いるアリアンロッドとマッキー率いるニューギャラルホルン(仮名)の内乱に、第三勢力として鉄華団(火星)やテイワズやらノブリスやら諸々がいるという感じの内容になるのですが、感想欄でもガエリオ派と鉄華団派に分裂しているのは面白いですね。マッキー派が増えることを願って……頑張れマッキー、負けるなマッキー! だけどアルミリアに手を出したら条例違反だマッキー!
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